第29話、女神様のささやき♡(異世界編)その2

 ──全異世界統括組織、聖レーン転生教団、総本山。


  教皇庁、地下最深部、『転生病監察医務院』特別独房病棟。




「──どういうことなんだ、一体これは⁉」


 その時俺は鉄格子を握りしめながら、目の前でいつも通りに胡散臭い笑みをたたえている、漆黒の聖衣をまとった青年へと食ってかかった。




 そう。教団を代表する『異世界転生』の専門家であり、大陸中の王侯貴族からの信頼も厚く、そして何よりも、俺にとっては一の親友とも呼び得た、ルイス=ラトウィッジ司教へと。




 しかし俺の剣幕なぞ何のその、縁なし眼鏡の奥で青灰色ブルーグレイの瞳を細めた、アルカイックスマイルを微塵も揺るがすこと無く、しれっとふざけたことを言ってのける司教殿。


「ナロタロ卿、一応ここは病院なのですから、あまり騒ぐのは感心しませんよ? 他にも入院されている方もおられることですし」


「何が病院だ⁉ おまえら教団にとって、何かと都合の悪い者を閉じ込めて、自由を奪うための牢獄だろうが! それにこんな地下深くで少々騒いだところで、誰の迷惑になると言うんだ⁉」




「──誰ってもちろん、蜘蛛にスライムにドラゴンの卵ですよ」




 ………………………………は?


「な、何で病院に、蜘蛛やスライムやドラゴン…………の卵?が、いるんだよ⁉」


「それは当然、病気の治療のためですよ。特にここは入院患者用の個別病室棟ですから、長期入院してじっくりと療養することを必要とする、重篤な患者さんばかりが集められているのです」


「……いや、それにしても、よりによって蜘蛛にスライムにドラゴンの卵なんかが、どうして同じ病棟に一緒くたに集められているんだ?」


「だって全員、同じ病気に罹患しているものですから」


「たとえ同じ病気だってさあ、普通蜘蛛とスライムを一緒の病棟に入れたりするかあ? ていうか、ドラゴンの卵って何だよ、卵って? 卵が病気になったりするのかよ? するとしたら、産婦人科かどっかじゃないのか?(錯乱)」


 あ、あれ? 何か自分で言っていて、こんがらがってきたぞ?


 ……そもそも俺にはこの世界の住人としてだけではなく、ゲンダイニッポン人としての意識もあるものだから、わけがわからなくなっているんだろうけど、まずここって、剣と魔法のファンタジーワールドだから、蜘蛛のモンスターとスライムとが存在していることは、まあ当然のこととしても、それとドラゴンの『卵』を同列に扱うのはどうなんだ? そしてこいつらって、同じような病気にかかったりするものだったっけ?


 たとえそうでも、我ながら、『産婦人科』は無いと思うけど。


 そのように俺が一人で懊悩していれば、更に『決定的』な台詞を追撃してくる、司教殿。




「と言うかですねえ、むしろ『疾病』自体がとてつもなくヤバいやつだから、罹患する種族なんか関係無いんですよ。しかもその症状ときたら最悪で、蜘蛛だろうがスライムだろうがドラゴンの卵だろうが、どんな種族であろうとも、『自分』というものを失ってしまい、モンスター以上に救いようのない、狡猾かつ残忍なる『怪物』に成り果ててしまうのです」




 ──っ。、罹患するだと⁉


 ……そうだ、すっかり頭から、すっぽ抜けていたんだが、


 どうして俺は、病気に罹っている蜘蛛やスライムやドラゴンの卵たちと、病棟に収容されているのだ⁉




「……なあ、その病気って、罹るのか?」




 堪りかねてド直球ストレートに問いかければ、一応は気の毒そうな顔を作りながらも、少しもためらいなく頷く聖衣の男。


「ええ、むしろ人間の罹患率こそが、最も高いくらいですので」


「だったら、教えてくれ、俺はどんな病気に、罹ってしまっているんだ⁉」




「──『転生病』、です」




 テンセイ、ビョウ?


 それって、まさか、まさか、まさか──




「ええ、ご想像の通り、自分のことを、『ゲンダイニッポン人の生まれ変わり』だと、精神的疾患のことですよ」




「……思い込む? 精神的疾患だって? ──そんな馬鹿な! デタラメを言うんじゃない! 俺は間違いなく、女神様のお告げによって、ゲンダイニッポン人としての前世に目覚めるとともに、この世界を真に理想的に創り直すという、使命を賜ったのであって──」




「いないんですよ」




 は?


「……いないって、?」




「もちろん、あなたに『異世界転生』などと言う、ありもしないデタラメを吹き込んだ、『女神様』とやらですよ」




 ──‼

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