俺とJKのデカ盛り戦争!

英 慈尊

二郎系リスペクトラーメン

 嵐のような夕食どきの忙しさも乗り切り……。

 普段ならば、俺が経営する定食屋――『とぐち屋』は店じまいの時刻である。

 そこは学生たちで栄えている界隈で商売をする気楽さというやつで、これ以降の時間は店を開いても利益が見込めぬからだ。


 しかし……今日は、事情が異なる。

 三日前……先代の時代から開催しているデカ盛りチャレンジへの、申し込み予約があったためだ。


「来るがいい……今日こそは敗北を味わわせてやるぞ!」


 従業員たちも帰宅し……。

 一人となった厨房で気合を入れながら、デカ盛りメニューを調理する。

 果たして――いつものことながら、二一時ピッタリにその娘は現れた。


「――ごめんください」


「やあ、待っていたよ。挑戦者ちゃん」


 この辺りの学生たちは皆、俺にとって弟分や妹分のようなものだ。

 ファミリーレストランのような敬語は用いず、気さくに挑戦者を迎える。

 ……まあ、腕組みしながら仁王立ちする姿が気さくと言うならば、の話だが。


「どうやら、今日は勝算がおありのようですね」


 腰の辺りまで伸びた黒髪を払いながらそう言い放つ挑戦者は、一見すればうちのような定食屋には似つかわしくない娘である。


 髪型の種類にはくわしくないので黒髪ストレートと形容するしかないのだが、ともかく枝毛一つない艶やかな髪といい、整った毛先といい、我が母校の制服よりは十二単じゅうにひとえでも着せた方が似合いそうだ。

 顔立ちもただ整っているだけでなく、どことなく気品をうかがわせる造作で、さぞかしモテているか――あるいはステージの違いを感じすぎて、かえって男が寄り付かぬのではないかと思わせる。

 ほっそりとした体つきは、しかし、ゴボウのように痩せ細っているというわけでもなく、おそらくこれが今を生きる女子学生のパーフェクトプロポーションであるのだろうと感じられた。


 だが、見た目で騙されてはならない。

 彼女こそ、うちの常連客たる男子運動部員たちすら足元にも及ばぬほどの――モンスターなのだから。


「もちろん。

 ――今日こそは、お代を頂くよ」


 彼女がモンスターだとしたら、俺はさしずめそれを迎え撃つ勇者だ。


「それじゃあ、早速お出ししよう」


 このモンスターを討伐するべく磨き上げた、デカ盛りメニューという名の聖剣を運び出すべく厨房へ戻る。


「ふふ……楽しみです」


 ……背後から、ぺろりと唇を舐める音が聞こえた気がした。




--




 この店のデカ盛りチャレンジメニューは、不定期に変更されるが……。

 これまで、あえて事前にそれを調べたことはない。

 ただ、チャレンジメニューが更新されたとSNSを通じて通知されると、迷わず予約申し込みをしてきただけだ。


 あえて初見で挑む、喜びを味わいたかった。

 少女にとってデカ盛りチャレンジとは、ただの食事ではなく……店側との真剣勝負であり、至上のエンターテイメントでもあるのだ。


 そして、それはおそらく、数年前に先代から店を引き継いだ店長も同じ……。


「お待たせ」


 これまで、指定時間きっちりに到着し続けてきた成果だろう……。

 あらかじめ少女の来店に合わせ、最適の状態で調理されていたデカ盛りメニューがカウンター席へ運び込まれる。

 一見するならば、これは、


 ――すり鉢に盛られた山盛りの野菜炒め。


 ……ということになるだろう。


 すり鉢と言っても、その大きさは尋常ではない。

 おそらく、からの状態で少女が頭を入れたならばすっぽりと収まってしまうのではないだろうか?

 モヤシとキャベツがおよそ九対一の割合で配分されている野菜炒めには、アクセントとして角切りにされたチャーシューが随所に盛りつけられていた。


 見た目は山盛りの野菜炒め。

 だが、鼻孔をくすぐる暴力的なうま味成分の匂いは、実態がそうではないことを雄弁に物語っていた。


「今回のチャレンジメニューは――ラーメンだ」


 店長がスマートフォンのアラームをセットしながら、そう宣言する。


 ――ラーメン!


 ……つまり、この野菜炒めの下には麺やスープが隠されているということだ。

 近年、大いに流行っている二郎系ラーメンをリスペクトした一品ひとしなであると知れた。


「総重量は4.5キロ。制限時間は30分。

 スープまで完飲してチャレンジ達成とする。

 ――ではスタート!」


 麺の状態を意識してのことだろう……。

 これ以上の余計な前向上は省き、手短に告げた店長がアラームをスタートさせる。

 本日のデカ盛りチャレンジ――スタートだ!


「頂きます」


 普段は食前にこのようなことを言わぬ少女であるが、この時ばかりは必ずそう口にしていた。

 それは、食材への感謝というより、かように手間がかかる品を作り上げてくれた店長への感謝である。


 そして勢いよく箸を掴み、これに挑みかかった。


(まず挑むべきは――チャーシュー!)


 デカ盛りチャレンジを成功する上で重要となるのは、料理を構成する食材を食べる順番である。

 今回、少女はラーメン上部を覆う野菜炒めの内、角切りとなって随所へ盛り付けられているチャーシューから始末することとした。


 このチャーシュー、全体としての量はおそらく500から800グラムといったところか。

 単純な重量として考えるならば、さほど恐るべき相手というわけではない。

 問題はこれが、定食屋のチャーシューであるという点だ。


(やっぱり……食感が強い!)


 ラーメン専門店と言うならばいざ知らず……。

 この店は食べ盛りの学生たちを主に相手取っている、定食屋である。

 必然、ラーメンというカテゴリに割ける労力も限界があった。

 故に、近年よく見られるトロトロのそれではなく……昔ながらの固めチャーシュー!

 よく味が染みているそれは、角煮じみたやわらかチャーシューとはまた違った美味さであるが、チャレンジにおいて問題となるのはとにかくこの食感だ。


(なかなか、アゴが疲れますね……)


 人間というものは、アゴの疲れがそのまま満腹感へと直結する。

 限界を超えてここの筋肉が酷使された場合、例えまだまだ胃に空きがあろうとも、脳は機械的に満腹判定を下し、食事を止めるよう促してくるのだ。


 だから、最初に片づける。

 もし、他の食材で腹が膨れてきたところにこれを口にしていけば、チャレンジ達成はおぼつかないことだろう……。


 ――もぐり!


 ――もぐり! もぐり! もぐり!


 ひたすらに角切りチャーシューを掴み上げ、咀嚼していく。

 噛めば噛むほど、肉の奥底にまで染み渡った煮汁の味が染み出していくこれは、チャレンジ中だというのに白飯が欲しくなってくる味わいだ。

 店長がピッチャーごと提供してくれたお冷やでほどけた肉繊維を流し、口中の潤いも最低限取り戻した。


(少し、水を使わされましたね……)


 ――水分。


 ……デカ盛りチャレンジにおいて、最も留意せねばならぬ事項であると言えるだろう。

 かといって、これを惜しみ過ぎて食べるのが辛くなっては本末転倒だ。

 今飲み込んだ分の水は、必要経費と割り切るべきであろう。


(続いては、野菜炒めに挑みますか)


 一定のリズムを保つこともまた、チャレンジにおいては大事であり……。

 テンポよくチャーシューを片付けた少女は、続いて山盛りとなった野菜炒めに取りかかることとした。

 もやしを一つまみ箸で持ち上げ、これを口に運ぶ。


 ――しゃきり!


 歯で噛み切られる感触が、何とも言えず心地良い。

 もやし本来の食感と栄養素を損ねぬ絶妙の加減で炒められたそれは、スープの濁りを考慮してか味付けは施されていないが、噛み締めればほのかな甘みが感じられ、いくらでも食べられそうだ。

 が、それはあくまでも比喩表現であり、現実問題としてはある厄介な要素が存在した。


(それにしても……茹でではなく炒めで勝負してきましたか)


 ……このことである。

 通常、いわゆる二郎系ラーメンに用いられるもやし野菜は、茹でて調理されるものだ。

 それをこの特製ラーメンでは、炒め調理で提供されている。

 その意図するところは、明らかであった。


(茹でではなく炒めの分、お腹に溜まってしまいますね)


 同量の食材であっても、調理方法によって腹への溜まり方は異なる……これはもう、説明するまでもあるまい。

 例えば、100グラムのキャベツを千切りにすれば大盛りのサラダとなるし、今食べてるような炒め調理を施せばそこそこのカサとなる。

 しかし、これを湯がいておひたしとすれば、それは実に呆気ない量となるものだ。

 重量はそのままに、チャレンジとしての難易度は上げてくる……これはそのような、店主の作戦である。

 しかも、これは……。


(茹でに比べて、食感がやや強まるだけではありません……口中の水分が持っていかれますね)


 これが茹で野菜であったならば、それそのものの水分によって水の補給を必要最小限に抑えられた。

 だが、これは炒め野菜だ。

 しかも、きちんと油通しまで施されている。

 口内に残った油分を洗い流すためには、定期的な水の補給が必要不可欠であった。


 ――しゃきり!


 ――しゃきり! しゃきり! しゃきり!


 ……と、ひたすらもやしを、時たまキャベツをかじり胃の中へ葬ってゆく。

 ようやく炒め野菜山の三分の一ほどを始末し終えようかという時、少女の手がぴたりと止まった。


 まるで、ショベルが砂山をかいたように……。

 えぐり崩されたもやしの中へ、ある物を見つけたからである。

 チャレンジを見守る店長が、にやりと笑みを浮かべた……。




--




(――どうだい? 挑戦者ちゃん?)


 いよいよ少女がそこに到達し、店長は会心の笑みを浮かべてみせる。

 果たして、かき崩されたもやしの中に隠されていた物……。

 それは、煮卵だったのである!

 しかも、一つ二つではない……。


 ――五つだ!


 五つもの煮卵が丸ごと、炒め野菜の山へ隠されていたのだ!


(料理の中へサプライズを仕込むのはデカ盛りチャレンジの常道……これを卑怯とは言うまいね?)


 気を散らしては卑怯なので、心の中でそう語りかける。

 炒め野菜を片付ければ、当然その下にはスープと麺が存在する……そこまでは題目が題目だけに想像の範疇だろう。

 しかし、そこにこれだけの煮卵が加われば、これはどうか?


(そもそも、煮卵というのはなかなかどうして満足感の高い食材だ)


 生卵ならばいざ知らず、こだわりの半熟茹でにされたそれはタンパク質の固まりである。

 これは、心も折れたのではないか……どうだ……?


 店長が見守る中、少女はひとまず煮卵を放置し、引き続き炒め野菜を食し続ける。

 おそらくは、途中で他の食材に手を付けることで食感が変わることを嫌ったのだろう……。

 そしてとうとう、炒め野菜が消え去った!


 残るは、特製スープとこの料理のためだけに手配した麺……そして、スープに浮かぶ煮卵のみ!


(さあ……どうだ!?)


 もはや殺気すら伴った視線で見守る店長だが、次の瞬間には両目を大きく見開くこととなった。


(――な、何ィ!?)


 綺麗に箸を使い、丸ごとの煮卵を掴んだ少女……。

 彼女はこれを口に放ると二、三回噛み……一気に飲み干してしまったのである!


(蛇か……お前は……!?)


 心中のツッコミなど当然通じず、少女は次々と煮卵を掴み上げ、これを同様の方法で食していく……。

 そして常ならば、チャレンジメニューから離さぬ目をこちらに向け、にこりと微笑んでみせたのだ。


「ふふ……煮卵は、飲み物ですから」


(な……)


 わなわなと震えながら、麺とスープへ取りかかり始めた少女を見やる。


(ナニイッテンダアンタイッタイ!?)


 心の中で発した声なのに、衝撃のあまり発音が少しおかしくなってしまった。




--




 ごくごく当たり前の一般常識を話しただけだというのに、店長が妙に驚いた顔をしているが……。

 それはさておき、本品をラーメンたらしめる部分――麺とスープに取りかかる。


(まずはスープを……)


 デカ盛りチャレンジ中とはいえ、相手がラーメンであるならばスープのテイスティングから入るのが礼儀というものだ。

 レンゲを使い、これを一口すすった。


「ふふ……」


 そしてその味わいに、思わず笑みを漏らす。


(わざわざ仕込んだんだ……このラーメンのためだけのスープを……)


 この『とぐち屋』においても、ラーメンはメニューとして存在する。

 しかし、通常のそれは鳥ガラを主体としたいかにもな正統派醤油ラーメンであるのに対し、こちらは全くの別物だ。

 一口これをすすれば……。


 ――ガツリ!


 ……と、ハンマーで頭を叩かれたかのような衝撃が突き抜けてくる。

 おそらくこれは、通常のラーメンと異なり玉ねぎを始めとする種々様々な香味野菜は使用していない。

 その代わり、豚ゲンコツや背脂を主体として、とにかく濃厚な豚ダシを抽出しているのだ。

 かといって豚臭いというわけでもないのは、おそらくニンニクでも使って臭い消しを徹底しているからであるとうかがえた。


 ――あまりにもシンプル!


 ――しかしそれゆえに力強く……美味い!


 ラーメンスープにおける飾り気的な要素を徹底的に排除し、ストレートで殴りかかるようなこのスープは、今回のチャレンジメニューにふさわしい代物であると言えるだろう。


(麺も……この一杯のために用意された特注品だ……!)


 スープの手間暇に心中感謝を捧げながらすすったこの麺もやはり、通常この店で扱う中細ちぢれ麺とは大きく異なる。

 超極太のこれは、強力粉を使用しているのだろう……長時間スープに浸ることが前提のデカ盛りラーメンを、最後まで美味しく食べることが可能な逸品だ。


 ――ズズ。


 ――ズ! ズズー!


 よくスープが絡んだそれを、勢いよくすすり上げる!

 暴力的な旨味と濃い目の醤油ダレによって形成されたスープ……。

 これをまとった噛み応え抜群の超極太麺は、噛み締めるごとに濃密なグルテンの味わいが広がり、自分が今……小麦を食べているのだと実感させられる。


 豚骨ダシの味わいと、背脂の多幸感、そして、炭水化物を味わう喜び……。

 このラーメンには、人間が食に求める原始的欲求の全てが存在していた。


 ――ズ!


 ――ズズー! ズー!


 角切りチャーシューや炒め野菜で多量の水分を取らされ、すでにかなりの満腹感は得られている。

 箸が……重い!

 だが、少女は食事を止めるよううながす脳の信号を真っ向から否定し、無心でこれをすすり続けた。


(目の前にこれだけ美味しい麺とスープがあるんです……食べずにいられるものですか……!)


 確実に三玉以上はあるであろう麺をついに完食し――残るはスープのみとなる。

 果たして、どこにこれだけの力があるのか……。

 自分でも驚きながら容器である特大のすり鉢を掴み、一気にこれを飲み込み始めた!


 すでにチャレンジ開始から25分近くが経過し、残す時間はあとわずかとなっている。

 だが、少女はその事実に慌てず騒がず、一定のリズムでスープを飲み続けた。


 これはただ、ラーメンのスープを飲んでいるのではない。

 スープを形成する食材……そして、お代が取れたとしても割に合わないだろう仕込みをしてくれた店長の心意気……。

 その全てに感謝を捧げ、完飲することでそれを表現しているのだ!


「……ご馳走様です」


 空となったすり鉢を置き、圧倒的な満足感と多幸感に浸りながら紙ナプキンで口元をぬぐう。

 残り時間――2分!

 今回のチャレンジも、無事成功に終わった……。




--




「くう……おめでとう、挑戦者ちゃん!

 ――今回も君の勝ちだ!」


 悔しさはひとまず置いておき……。

 まずはデカ盛りラーメンの完食を祝福する。


「今回も、とても美味しかったですよ。

 ――次のメニューも、楽しみです」


 にこりと微笑む彼女の姿は小悪魔的で、かわいらしさよりも憎たらしさの方が先行して湧き上がった。


「それじゃ、もう遅いから気をつけて帰るんだよ」


 果たして、次はどんなデカ盛りメニューをこしらえてやろうか……。

 頭の中で早くも次の算段を整えながら、挑戦者ちゃんを送り出す。


「あ、そういえば……」


 と、引き戸に手をかけた彼女が腹の重さを感じさせぬ軽快さでこちらを振り返る。


「どうしていつも、『挑戦者ちゃん』なんですか?

 名前は予約を入れる際にお伝えしてるはずですけども?」


「そんなことは決まっている!

 俺が君を討ち果たすその時まで、君は俺にとっての挑戦者であるからだ!」


 胸を張りながらの宣言に、挑戦者ちゃんはくすくすと上品に笑ってみせた。


「なんですかそれ……?

 それじゃまるで、挑戦者と受けて立つ側が逆じゃないですか?」


 そしてひとしきり笑うと、こう言ってのけたのである。


「じゃあ、いつか……私を名前で呼べる日がくるといいですね?」


「ああ、首を洗って待っているんだな!」


「ふふ……楽しみにしています」


 そう告げて、今度こそ挑戦者ちゃんは引き戸を開け帰路に就く。


「必ず勝つ……!」


 その挑発的な物言いに、俺はますます戦意を燃え上がらせるのであった。


 ――俺とJKのデカ盛り戦争は、まだまだ終わらない!

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