輝く花を求めて
@mitanimayu
1.再生集落アンガル Quest Accept
アルドは、時空を超える旅の途中で手に入れた、自由に時空を超えることが出来る次元戦艦から、この荒れ果てた集落に降り立った。
アンガルと呼ばれるこの集落は、はるか昔に地上が汚染されてなおそこに暮らし続ける種族が細々と暮らす場所だ。
辺りを見回すと、金属の建物た立ち並ぶ。
ここに、人々が残した文明の跡がくっきりと残されており、繁栄の末路が見て取れる。
アルドは茶色がかった短い黒髪を揺らして跳ねるように着地すると、滞留した砂ぼこりが舞う。
埃を少し吸い込んでせき込んだが、すぐにおさまった。
アルドはふう……と一息ついてから、うーんと唸って背を伸ばした。
せき込んでいるときは苦しそうな、背を伸ばしているときは気持ちの良さそうな表情をする。
彼は感情を余すところなく表現する素直な青年だった。
背丈は平均的な人間ほどで、細く引き締まった体つき。
快活さをたたえた整った顔立ちと相まって、彼は旅に出る前も、その後もたいそう女性に人気があった。
ただし、どれだけ色目を使おうと、彼の実直さに恋慕を寄せようと、彼がその感情に気付くことは無かった。
青いシャツを肌にまとい、丈が背中ほど赤いショールを黄色の金属で作られた肩あてで留めている。
白いズボンに太腿まである長いブーツを履き、腰にはいつも使うなじみの剣と、臀部に彼自身の背丈ほどの長さの大剣を下げている。
腰に下げたなじみの剣は実際に使うための剣だが、大剣のほうは意思をもつ魔剣である。
魔剣は自身の意志で行動する厄介な存在だが、今はおとなしくしている。
所用を済ませようとアルドが降り立ったこの集落は、およそ活気という言葉とは程遠かった。
アルドはこの時代より800年昔を生きている。
アルドはA.D.284年に、妹のフィーネと共にバルオキー村の村長に拾われた。
以後、アルドはフィーネと村長と暮らし、のどかな村の雰囲気の中、親しい友人たちに囲まれ、何不自由なく過ごした。
だが、彼の転機は唐突に訪れた。
妹のフィーネが16歳になった時だった。
突然、フィーネが人間と敵対する種族である「魔獣」の王に攫われたのだ。
アルドが家に帰ると、倒れた村長が目に飛び込んできた。
村長の話を聞く限り、フィーネが攫われるのを制止した時に魔獣王にやられたのだろう。
傷ついた村長を背に、アルドは単身フィーネを取り戻そうと魔獣王を追った。
魔獣王とその仲間を追って月影の森に入ったアルドは、森の奥にあった時空の歪みという別の時代への出入口に入ってしまい、A.D.1100年の未来に飛ばさてしまった。
そこで偶然近くの町エルジオンに住む人間の女性エイミや、道すがらアンドロイドのリィカなど、さまざまな時代でアルドはたくさんのの仲間と出会った。
時には偶然、時には敵として出会ったが、それでも最終的にはアルドと共に時を超え、戦い続ける仲間となった。
アルドは時空を超える旅のさなか、このアンガルが存在する大陸を訪れる機会がった。
東方と呼ばれている大陸では、桜咲き、新緑は生い茂り、紅葉が山道を彩り、大陸の北にある山脈は雪で真っ白になる色とりどりの現象が訪れ、アルドたちの目を楽しませた。
東方には複数の国があり、それぞれに睨みをきかせながらもなんとか均衡を保っているように見えた。
表向きは穏やかな情勢なので城下町は栄え、そこに暮らす人々には活気に満ちあふれていた。
だが今は、空に逃げた人々が暮らすための人工の光がかすかに届くだけで薄暗く、かつて人々が残した崩れかけた建物や、錆びた鉄くずなどで粗末に建てられた住居が並ぶのみという寂れた地域に変貌を遂げている。
ここまで衰退してしまった理由は、地中にあったプリズマ資源の枯渇であった。
2万年は前には火地風水と4つの属性を司る四大精霊が生きていた。
かれらの力がやがて地中で結晶化したのがプリズマと呼ばれた資源である。
人が住む場所の至る所に4種のプリズマが設置され、火のプリズマに触れれば火をおこし、水のプリズマに触れれば水が湧き出て、風のプリズマに触れれば風が流れ、土のプリズマに触れれば肥沃な土が湧き出た。
人間たちはこのようにしてプリズマの力を享受し、豊かな生活送っていた。
だが、人間たちはプリズマを求めすぎた。
何百年もその生活を続けたある日、プリズマ資源は大地から採掘されつくしたのだ。
プリズマの力が消えた大地は汚染され、それに伴って空気は淀み、陽の光は差さず、河川や海の水は枯れた。
長い間人々が暮らしていた地上は、もはや人が住める環境では無くなったのである。
こうして地上に居られなくなった人々は、住まう場所を空に求めた。
急激な大地の汚染により住む場所を奪われながら、人々はプリズマをもとにした「人工プリズマ」を開発することに成功した。
そして当時のテクノロジーを駆使して金属製の島を複数作ってその表面に都市をあつらえ、これを人工プリズマの力で浮上させた。
こうして人間は、種の滅びから逃れることが出来た。
それから空中都市は数多く作られ、人々はそこで生活することを享受し、それが常識として根付いている。
アンガルが存在するA.D.1100年はそういう時代だった。
アルドが生まれ育った年代はミグランス歴A.D.300年であり、彼にとっては800年も未来の話である。
そうして空に去った人間に対して、アンガルに暮らす種族の事情は違っていた。
プリズマが豊富にあったはるか昔、一部のプリズマが多い地域では、プリズマの影響を受け人間が独自進化した。
それが、現在はアンガルに少数確認されている種族、魔獣である。
魔獣は人間とほぼ同じ姿形だが、動物に似た角を生やし、肌は等しく青く、髪は金銀や赤茶色が多い。
人間との最大の違いは、戦闘態勢に入るとほとんどの者が獣化といって巨大な獣の姿を取ることである。
体の大きさはもちろん、力も動きも人間とは比べ物にならず、その脅威は人間に害をなす魔物と呼ばれる怪物と並ぶ。
魔獣は、人工島に乗ってさっさと空に逃げてしまった人間とは違い、魔獣は地上に根ざす種族だとの考え方が強かった。
何があろうと地上と共に生きることを選んだ魔獣たちは、大地の汚染から逃れ逃れて東方の大陸に渡り、やっと見つけた定住できる程度の汚染で済んでいるこのアンガルに定住した。
アンガルは、人間たちが残した文明が風化したガラクタ、やせた土地になんとか生えている草木などを採取しなんとか生活をしているという状態で、とても活気があるとはいえない。
常にどんよりとした暗い雰囲気が包んでいる。
とにかくアルドは時空を超える旅の途中、この棄てられた地上で細々と暮らす魔獣たちの町に一人立っていた。
ーーーーー
アルドがアンガルの地を歩いていると、目の前に足元がおぼつかない老いた魔獣が見えた。
よろよろとふらつき、今にも倒れそうである。
アルドが困っている人を放っておけない生来の性質を全開に、
「大丈夫か」
と声をかけてその老いた魔獣に駆け寄りその体を支える。
老いた魔獣は、もうこの地で見ることは無かった人間と、A.D.1100年の時代においては古風な格好に驚きつつ、アルドに身を任せた。
「あ、ありがとう若いの…」
「どうしたんだじいさん」
「いや、この歳だから体が弱まってな」
「無理はしないほうがいい。よかったら家まで送るけど…」
「それはすまないね、家はすぐそこ…」
言うが否や、老いた魔獣はアルドの腕の中で意識を失ってしまった。
「おい、じいさん!」
アルドの呼びかけに老いた魔獣は答えない。
口元に手をやって、息はあるようだ……とアルドは安堵するが、たしかに顔色が悪く、手足の皮膚もボロボロと、老化だけではない衰えがこの老爺の体を蝕んでいることがうかがえる。
幸い目の前がこの老いた魔獣の家だと自身が言っていたので、アルドは彼を家の中に運び込んだ。
アルドは老いた魔獣を簡素なベッドに寝かせ、目が覚めるのを待ちながら思いを巡らせた。
誰かに知らせるべきだろうか?
しかし見ず知らずの人間がいきなり声をかけたら、驚かれたりしないだろうか。
アルドは逡巡したが、やがてあることに思い至った。
そういえば、このアンガルに流れ着いて暮らしていた人間の父娘がいた。
父親はやがて行方が分からなくなったが、娘は今もこのアンガルで暮らしていたはずだ。
娘のほうは旅の道連れとして一緒に過ごした時期があったので良く知っている。
「そうだ、キキョウに話してみよう」
キキョウとは、件の娘の名である。
アルドはアンガルの離れにあるキキョウの住みかに走ろうとしたとき、老いた魔獣が小さくうめいた。
アルドは老いた魔獣の方に向き直る。
「じいさん気が付いたのか」
アルドが老いた魔獣を寝かせたベッドに駆け戻ると、老いた魔獣のかぼそい声が聞こえてきた。
「若いの…わしはもう駄目じゃ……」
「そんな弱気になるなよ」
「いや、若いころからよく汚染区域に足を踏み入れていたから病にかかって、もう治らんのだ」
集落として機能しているアンガルから外れたら、そこはもう地上の汚染によって汚された空気が蔓延した地である。そこに幾度となくガラクタ拾いなどに出かけていれば、肺を侵され病になるのも無理はない。
地上に住むことを選んだ魔獣たちの、さして珍しくもない末路だった。
大地の汚染は、永くプリズマを乱用してきた先人がもたらしたもの。
その先人の中には、800年前の時代に暮らすアルドも含まれる。
アルドが責任を感じてうなだれると、老いた魔獣の弱弱しい声が響いた。
「わしが長くないことはすでに知っておる……。だからこそ外に出て、長く暮らしてきたアンガルの姿を目に焼き付けておきたかったんじゃ。情けない姿を見せたの」
そんなこと……とアルドが言いかけると、老いた魔獣は続けた。
「こんなに荒れた不毛の地でも、わしにとってはここが愛すべき故郷。無理をしてでも外に出ていたが、もう潮時か……」
「じいさん……」
アルドがかける言葉が見つからずにいると、老いた魔獣は夢見心地に呟いた。
「そういえば……昔汚染区域から見つけてきた古い本に、プリズマが豊富な地に咲く「輝く花」があると書いてあった……このアンガルには咲いていないだろうが……一目見てみたかったのう……」
ちなみに、アンガルにも花は咲く。
アルドがアンガルで母の帰りを待つ子供に頼まれて赤い花と白い花を摘んでいるのがその証拠だ。
だが、その時にそのような輝く花は見かけなかった。
何かこの老人に出来ることはないか。
アルドは息をするようにそう考えた。
(オレは医者じゃないからこのひとの病気は治せない。だからせめて……)
ここまで思って、アルドは老いた魔獣に言った。
「じいさん、オレ、その花を探してくるよ」
「あんたは優しい若者じゃな……慰めでも嬉しいわい……」
老いた魔獣は優しい言葉をかけてくれる人間の若者を好ましく思ったが、その言葉を信じてはいなかった。
だが、この老いた魔獣は知らなかった。
この優しい人間の若者に、時を駆ける手段があることを。
「どんな花なんだ?」
アルドは話を聞いて、即座に過去に飛べば見つかるだろうと考えた。
最初にはるか800の未来へ飛ばされたときは混乱したが、もはや慣れたもの。
アルドにとって、すでに時間移動は身近なものになっていた。
(どうせわしは長くない。ならばこの若者の話に乗って夢を見るのもいいだろう)
それを知らない老いた魔獣は、そういうつもりでアルドの話に乗った。
「そこの引き出しに本が入っているから、文字が読めるなら見るといい」
老いた魔獣が震える指でアルドの後ろを差すと、アルドは頷いて古びたタンスの引き出しを開け、唯一そこに入っていた古びた本を取り出した。
アルドは本を読むのは苦手な方だが、彼の育ての親であるバルオキーの村長に文字を習っており、文章を読むことそのものは出来た。
埃を払ってから本をめくると、この本がちょうどアルドが生活しているA.D300年の生活様式が描かれた歴史書であることが読み取れた。
歴史学者でなくても、そこに描かれる生活様式が自分が暮らしている時代のものかは判別できる。
さらに読み進めていくと、輝く花に関する記述が見つかった。
ミグランス王城より北西に位置する、プリズマ資源が豊富な月影の森にのみ咲く花。
潤沢なプリズマの影響を受けた、きらびやかに輝く花弁が特徴。
月影の森。
バルオキーに住むアルドにとっては身近な場所であった。
ミグランス城の西に位置するバルオキーだが、さらに西にはヌアル平原が広がり、奥にある薄暗い森が月影の森だ。
つまり、月影の森はアルドにとって近所といってもいい場所に存在した。
その距離的な気安さからバルオキーの子供たちにとっては、背伸びした探検場所にはうってつけだった。
アルドは子供の頃に、幼少からの友達であるダルニス、メイ、ノマル、そして妹のフィーネと一緒に月影の森を探検したが、そこに棲む魔物に襲われて命からがら逃げだし、村長をはじめ大人たちに大目玉を食らったことがある。
それほどに身近な場所なので、当然、輝く花とやらにも当たりはつけている。
だから、アルドは自信満々だった。
「じいさん、絶対その花を持ってきてやるからな!」
「はは…ありがとう…人間の若者よ」
しかし、それを知らない老いた魔獣から返ってきたのは弱弱しくも乾いた笑いだった。
アルドは老いた魔獣の家を出てさっそく月影の森へ飛ぼうとしたが、先にバルオキーに寄ってからにしようと思いなおした。
{多分、月影の森へ入ればそこら中に咲いているあの青白く光る花だと思うけど、一応じいちゃんにこの本を見せて聞いてからにしよう。
じいちゃんは物知りだし、オレが見落としている所を見つけてくれるかもしれない。}
アルドは時空を超え、バルオキーにある自分の家へと飛び立っていった。
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