14.HEARTBEAT〈ハートビート〉
睡蓮が咲いた頃、あの人が好きな曲を選んで唄った。
今年もまた、大沼の湖面に睡蓮が咲き始めたよ。
「わー、なんだよ。この荷物!!」
「あ、ごめんね。自分の部屋で開ければよかったね」
レストランが閉店、今日も仕事が終わって一緒に帰宅しようとすると、広島からの荷物が十和田の実家に届いるからと母に呼ばれた。
荷物を受け取って、蒼と暮らしている自宅に帰宅。さっそくリビングで広げていたら、蒼が仰天している。
「ちょーっと待って。それ、うちの姉ちゃんが送ってきたんだろ。そんなに!? って、なにこれ、CD? え、カセットテープがあるじゃん、こんなんまでっ。なに、葉子ちゃん、小姑に押しつけられちゃったの? 無理矢理送ってきたなら、俺が怒るから言って!」
もう、相変わらず。一人でわーーーっと喋るなあと、葉子は苦笑いをこぼす。
「違うって。お姉さん世代の楽曲を知りたいから、なにか貸してくださいとお願いしたら、これだけ送ってきてくれたんだって」
「送りすぎ!! って、なんで、オタフクソースが入ってんの!? なんで『はっさくゼリー』が入っているの! ふぇえ!? もみじ饅頭に、レモン味のイカ天までまで入ってる! 広島強調しすぎっ」
「私が食べたいって言ったんだってば……」
だから落ち着いて――と彼を見上げると、既に電話を手にしている。
「ちょっと姉ちゃん、なにこれ!!」
はやっ! もう電話して話しているので、葉子は仰天する。
「なんで、私は嬉しいって言ってよ。蒼君にはお馴染みのものかもしれないけれど、北国育ちには、もらって嬉しいものばっかりだって」
「カセットテープはないんじゃないの、姉ちゃん!! プレイーヤーないって、いまどきっ」
「持ってるよ、私。お父さんとお母さんもカセットテープ持っているから、80年代、90年代の楽曲を勉強する用に――」
「姉と、パパママが……同世代ってことなのね~。はあ、あ、姉ちゃん、わかったよ。ありがとね。葉子は喜んでいるから。俺がびっくりしただけ。ほどほどにして。うんうん、じゃね」
しかも、もう電話を切っている。
姉弟でぱぱぱっとやり取りをして終われるって凄いと、葉子は目を瞠っていた。
「はあ、もう~。二階に持っていくの手伝うね。えーーー、ちょっとこれ懐かしいなあっ。姉ちゃんがよく聴いていたから、俺、小学生だったけど、知っている歌ばっかじゃん」
どれどれと、リビングにある蒼ご自慢のオーディオに早速、真由子義姉が送ってきてくれたCDをセットしている。
やがて、その曲が流れてきた。
『ライブがはねたら NOKKO』
「俺、子供だったけど、大人になって彼女と同棲したら、こんなかんじなのかな~って憧れていた曲なんだ」
「そうなんだ。これ、うちのお母さんも好きで持っているよ」
「仕事が終わったら、一緒にいようってかんじ。いまの葉子ちゃんと俺みたいで、やっと叶ったかも」
いや前にもあったでしょう、その状況――と言いたいところだが、いつもの無邪気な顔で『葉子ちゃんが初めて!』とばかりに、本当にそうなのかもとさえ思える明るさで、また蒼は一人できゃっきゃとはしゃいでいる。
これ二階に持っていくんじゃなかったのかと呆れるのだけれど、でも……、『葉子といるいまがいちばん最高』という彼の喜びが伝わってくるので、葉子もそのとおりに受け取っている。
「せっかくだから、いろいろ聴きながら、なにか飲もうか。今夜はなにがいいかな」
「神戸のレストランで、蒼君がかっこつけて頼んでくれたのがいいな」
「かっこつけて、じゃなくて、かっこよくでしょ、そこはぁ」
「かっこつけたカクテルください」
「もう、」
「おかんむり、ですか」
「やっぱ、最近の葉子ちゃんは生意気っ」
でも、一緒に笑い出していた。
「はいはい、キールロワイヤルですね~。お手頃価格のシャンパンを1本開けちゃいますか。蒼君アレンジのクランベリーがないから、凍らせて保存している苺を入れてあげるな」
「おいしそう!」
キッチンでてきぱきと飲み物をつくる彼の背中を眺める。
「曲を変えてもいい? 蒼君大好きプレイリストを聞きたい気分」
シャンパンの栓を抜いている蒼が、キッチンからきらっとした笑顔を見せる。
「なにそれ、俺が好きな曲を集めてるリスト?」
「違いまーす。私が蒼君を思い浮かべながら、大好きって気持ちを高めているプレイリストです」
「うっわ! それめっちゃ気になる、かけて、かけて。聴きたい!!」
彼のオーディオに向かい『NOKKO』の曲を停止する。その後は自分のスマートフォンとスピーカーをBluetoothで接続して、プレイリストをタップ、このまま数曲連続で再生させる。
『HEARTBEAT MiChi』
「なるほど、ドラマのように出会った二人があつーく見つめあってドキドキするってやつですね」
「そうそう」
「うそやん、俺たちそんなんじゃなかったじゃん。俺のこと見てドキドキな出会いじゃなかったでしょ。変なヤツ来たって顔していたもんな」
「うん。秀星さんみたいな人じゃなきゃ、やだって思ってた。違った。秀星さんじゃなきゃ、いや! でした」
「だよなー、俺って先輩と真逆で、やかましいもんな。落ち着きないし……。なんか先輩きっちりしていたし……、いちいち大人だったし」
「見た目はそうだけど、根底がすごく似ている。通じ合っていたのも気が合っていたのもわかる。でも、やっぱり秀星さんは秀星さんで、蒼君は蒼君――。教えてくれたものも、与えてくれるものも違うの」
グラスにシャンパンを注いでいる蒼の横顔が、またふっと年相応の様相になり、静かな微笑みを見せた。
「蒼君とは、これからもずっと感じていけるね。心臓、動いているから」
「そうだな。生きているってそういうことだよな」
いつもならここで、きらきらっとした笑顔を見せて大きな声で騒いでくれるのに、蒼も思うところあるのか、妙にしんみりしていた。
逝ってしまった男と、いまいる男の大きな違いもそこにある。
「ほら、できたよ」
カクテルを作り終えたからなのか、彼もいつものビールを美味しそうに飲んでいる。葉子も散らばった荷物をまとめて、ダイニングへ。
そこにはルビー色のカクテルグラスができあがっていた。
カシス色に染まったシャンパンの細かい泡が、クラッシュした苺にしゅわしゅわとまとって、きらきらと輝いている。
『いただきます』――と、二人一緒に乾杯をする。これも二人の日常になりつつある。
甘くて美味しいと笑顔で伝えると、蒼も嬉しそうに微笑んでくれる。
「んでさ、葉子ちゃんは、いつから俺にドキドキしてくれていたわけ。葉子ちゃんの
「ん~……」
いつだっけ? 本気でそう思った。
篠田給仕長が大沼に来てから過ごしてきた目まぐるしい日々を、葉子は思い返している。
「すぐには、ないんかいっ」
がっかりした蒼が顔をしかめて、次には『はあ』とふにゃりとした顔を見せる。きっと、そんなところだよな――と葉子は急に思ったりした。最近、そんなところ『おじさんだからこそ、かわいいな』と思える余裕まで出てきてしまった。でも――、葉子はもう一度、思いを巡らす。
「休憩中のWEB作業中にミルクティーを必ず持ってきてくれて、それがうんと美味しいとか。ちゃんと運転席から降りて、かならずそばまで迎えに来てくれるとか。頭についた雪を払いのけてくれる手とか、きっと、そういうことの積み重ね。ビートがどんどん強くなっていくかんじだった。給仕長としての姿も、秀星さんに負けないほど、かっこいいのは最初からわかっていたよ」
ふざけた男が来たと思って眺めていたら、ちょっとした隙に心がふっと緩む優しさを挟み込んでくれた、そんな日々の積み重ねだった。
「俺はね。もう、通勤電車の中で『大沼で唄うチャンネル』を見つけた時が、最初のハートビートね。強烈だったよ。唄を初めて聴いた時も『めっちゃ、うまいやん。ええ声やん、なにこれ、俺、好き』ってドキドキしたよ。葉子の声から、ときめいていたかもしれない。あと、葉子は見た目クールだけど、すごく情熱的だって画面越しでもわかった。ほんとうに、会いたかった。会える日、大沼に到着して、レストランのチャイムを押した時にはもう心臓ばくばくだった」
「それで会うなり、大きな声で『ハコちゃんでしょ!』だったんだね」
「そう、俺、興奮していたの。やっぱ、変なおじさんだったよな」
曲を通して、いままで話もしなかったことを話せるのも、音楽がある日々の良いところなのかもしれない。
これからは給仕のサービスに邁進する決意だけれど、音楽も決して手放さない日々になるだろう。
今夜もギターで一曲、なにを弾こう? あれが聴きたいな――というやりとりも日常になっていく。
「じゃあ、プレイリストの中から、『二人の愛のために』みたいな曲をひとつ、弾いちゃおうかな」
「わー、待ってました。独占ライブ、ダラシーノ専用ライブ!」
『LOVE ME DO SCANDAL』
今夜もダイニングでギター片手に、彼と笑いあう。
数年後には、ここに家族が増えているかもしれない。
「明日は、ひさしぶりのハコチャンネル動画配信だな」
「うん。休日なのに、朝早くになりますけど、よろしくお願いいたします。カメラマンさん」
「はあ、緊張するなー」
ダラシーノさん、明日はちょっと緊張する日のようです。
※今度こそ、次回、最終回!!(楽曲リスト追加版付き)
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