真・ミグランス城の戦い

ちー

第1話

 A.D.1100、曙光都市エルジオンにて……

「う〜ん楽しかった!曲も良かったわね!」

 映画館からアルドたちがロビーに出てくる。ミルディ達が楽曲提供をしてるからどうしても、というエイミの案だ。

 だが楽しそうな一行の後ろで、アルドだけは神妙な顔をして腕を組んで止まる。

「?アルドさん、どうかされマシタカ?」

 前を歩いていたリィカが体温センサーの違和感に気付いて立ち止まる。

「なあ……オレたち、このままじゃだめだと思うんだ」

「ん?なんの話でござるか?」

「オレたち……」

 瞑っていた目をカッ!と開き、アルドは拳を見せて気合を入れた。


「もっと真面目に芝居をやるべきだと思うんだ!!」


「もう!お兄ちゃん!何のために旅をしてるか忘れちゃったの?エデンお兄ちゃんが……」

 突然叫びだしたアルドをフィーネが叱る。

「わ、分かってるよ……。でも、劇場だって信頼されてやってるんだ。いくら何でもあれじゃあ……」

「そうね。何人かかなりのポンコツがいるもの……」

と、妹に負けそうなアルドに助け舟を出したのは意外にもヘレナだった。

 そう、ポンコツなのだ。元々芝居をするために集まったメンバーではないので当然といえば当然なのだが、普通に役者としてやっていけるんじゃないだろうかという者から、「今すぐ舞台から引き摺り下ろしたほうが良い」と台詞を言う前から観客に思わせる者まで幅がある。ありすぎる。「アルド一座」はピンキリが激しい。

「確かに、AD300の文化レベルを考えても厳しいものがあると言わざるを得まセン!」

 リィカもブーンと髪パーツを回して同調する。芝居において、彼女たちはなかなかマシなほうなのだ。少なくとも話の筋を通すことはできる。言い換えれば、それすら危ういメンバーも少なくない。

「や、やっぱりそうだよな……。なあフィーネ、……頼む!一回だけ、一回だけでいいからちゃんとしたのをやってみたいんだ!」

 パン!と手を合わせてアルドが必死に頼み込む。中々頑固な妹を黙らせるには経験上、正面突破しかない。

「もう……一回だけだからね!」

 妹の方も兄の性格をよく知っている。ぷんぷん!と怒りながらも、フィーネは一番早く旅に戻れるルートを選んだ。

「ありがとうフィーネ!よし、そうと決まればいい芝居をするためのヒントを探しに行こう!」

 エルジオンは高度な文明を誇る未来都市である。それは文化の面でも同じことだ。エンターテイメントの本場で映画を満喫したばかりの仲間たちの中に反対する者はいなかった。

 オレ達の劇はあのままじゃマズい。こうしてアルドたちは、最高の舞台を作るために街に繰り出したのだった……。


 時代が進んでいる方が文化レベルも高いだろうということで、いつものようにとりあえずエルジオンの人達に最高の舞台について聞いてみた。

 端末をいじる若い男はエンタメに詳しいかもしれない。アルドは彼に優しい調子で話しかけてみた。

「なあ、ちょっといいかな?」

「え、何?……え!?なんかの撮影?時代劇とか?」

「ああまあ……アンタからしたら時代劇になるかもな」

「え?」

 いきなり話しかけてきていきなり謎の発言をするコスプレ男に若者は眉を潜めた。

「まだ内容は決まってないんだけど、オレたちいい芝居を作りたいと思ってるんだ。それで色んな人にどんな劇が良いものって言えるのか聞いて回ってて……」

「いいお芝居の条件……?」

 若い男はアルドの格好や妙に大きな剣をじろじろと眺め、それから後ろに続くメンバーを1人ずつ見て何かに納得したようだった。

「まあ……見たところ衣装とメイクは大丈夫そうだね。うーん……やっぱりしっかりした台本があることじゃないかな」

「ダイホンってなんだ?」

 アルドのセリフに男がのけ反る。

「え!?だ、台本を知らずに劇をやってるのか!?逆にどうやって……?」

「脚本にしたがってそれぞれがんばって演じてるんだ」

 事もなげに穏やかな顔で言うアルドに男はなおも驚き続ける。

「全公演設定のみのエチュードってことかい?どんなプロ集団なんだ……!フォローするからアカウントを教えてくれないかい!?」

「アカン……?ホロー……?」

「アルドサン、ここは素直に相手の質問に答えるだけにシマショウ!」

 そんなものは存在しないといち早く気付いたリィカが助け舟を出してくれた。ソーシャルヘルパーとは依頼人の会話のフォローまでが通常業務なのだろうか。相手の男がそれに驚くことはなかった。

「そ、そうなのか……?えっと、俺たちはプロじゃないんだ。だから時々とんでもないことになって困ってるんだ」

 しょんぼりするアルドに男の体からようやく力が抜ける。顎に手をやり、再び納得してみせる。

「だろうね……君たちとんでもなくハイレベルなことしてるよ」

「そうだったのか……。で、そのダイホンっていうのは何なんだ?」

 アルドのぎこちない言い回しに、後ろにいた魔獣兄妹は「あ、こいつ今ダイコンか何かの親戚だと思ってるな」と勘づいた。

 この兄妹、魔獣たちを率いる立場の生まれ故か中々どうして良い芝居をする。台本も知らない人間に負けたのか……と思うとちょっと悲しくなる二人であった。

「脚本と同じ意味だと僕は思ってたけど……まあ、どこでどんな曲を流したり照明効果を付けたりするかがセリフと一緒に書かれた本だね。普通はそれを芝居に関わる全員が一冊ずつ持って劇を作るんじゃないかな」

「ちょっと待ってくれ!最初からセリフが決まってるのか!?」

 男の言葉に今度はアルドの体に力が入る。その後ろでひっそりと魔獣兄妹がうん、とうなづいた。

「……それを覚えて舞台に立つものだと思うけど……」

 うんうん。

「覚える!?そ、そんな、間違えたら大変なことになるじゃないか!」

「だから間違えないように練習するんじゃない……?」

 うんうんうん。

「練習……そうか、練習が必要だよな、ありがとう!」

 納得して気合の入るアルドの陰で、兄妹はゆっくりと目を閉じた。練習しろ……。


「うーん……いい芝居かぁ……変な役者を使わなきゃいいんじゃないか?」

 第一ヒントを得たアルドは今度は眼鏡をかけた科学者に聞いてみることにした。頭が良さそうなので、何かいいヒントをくれるかもしれない。……賢くても芝居に興味はないかもしれないが。

「変な役者?」

「ああ、その役に全然合ってない人が演じても観客の頭にハテナが浮かぶだけだろう。たとえば旅の剣士を科学者にやらせたりとか……」

「う……!身に覚えがあるような……」

 アルドの頭に少年の甲高い笑い声が響く。そう、イーッヒッヒ!と魔女のような……。

「他にも、神様という非科学的な役を科学者にさせたりとか……」

「く……!それもなんだか身に覚えが……!」

 声は思い出さなかったが、アルドは仲間が小道具として勝手に作った妙なドリンクの味を思い出していた。あれは本当に天に昇るかと思った。

「とにかく、話に合った人材を揃えるか、今いるメンバーに合わせて話を作るべきだな。頑張りたまえ」

 アルドの沈痛な表情を見て、科学者はしっかりと励ましてくれた。意外と演劇好きだったのかもしれない。

「ありがとう……参考にするよ!」


「そうねぇ……やっぱり実際にあった話は作りやすいんじゃないかしら」

「実際にあった話か……」

 アルドが最後に話しかけたのはベンチで本を読んでいた優しげなお婆さんだ。教養がないアルドにはよく分からないが、本も芝居も似通うところはあるだろう。

「それを本人が演じられたら間違いないと思うわ。まあその人が役者じゃない限り難しいわよねぇ」

「そうだな……でもいい案だよ。どうもありがとう!」


 情報収集を終えたアルド一行は、再びシアターのロビーに集まっていた。

「どう?何か分かった?お兄ちゃん」

「…………俺たちの芝居が酷いことが分かった」

「まあ、靴が舞うって相当よね」

 目を瞑って悟るアルドにエイミがあはは……と視線を逸らす。

「ああ……でもしょうがない気もするんだ。俺たちには台本を書くことはできないから……」

 悲しそうな顔をするアルドにヘレナが提案する。

「あら、そうかしら?別に演じてみてから役者たちがしっくりくるセリフに変えてもいいんじゃないかしら」

「え!?そんなことしていいのか!?」

「データによると9割を超える劇団がそうやってより良い舞台を作っていマス、ノデ!」

 なんのデータを参照したのか、リィカからキュピィン!と高い音がした。

「そ、そうだったのか……よし、それなら俺たちにもできそうだ!ひとまず劇場に戻ろう!」

「あ、待って」

「え?」

 ノッてきたアルドをエイミが不意に止めた。

「セバスちゃんからの通信……今からうちに来てほしいって」

「セバスちゃん?なんだろう……行ってみるか」

 セバスちゃんには世話になったことも助力を求められたことも何度もある。今回はそのどっちなのかまだ分からないが、すぐに行って損はないだろう。


「やー来てくれてありがとね。あなたたちなんだか面白そうなことしようとしてるらしいじゃない?」

「ああ、良い芝居を作りたくてどうしたら良いかヒントを集めてたんだ」

 セバスちゃんの自宅に移動すると、今回はこちらを助けてくれそうな彼女が腰に手を当ててニヤリと笑った。

「ふっふっふ、まあアルドはともかく、私があなたたちをここに呼んだ理由、エイミはピンときてるんじゃないの〜?」

「え!そうなのか!?」

 名指しにされてエイミはうーんと目を閉じる。

「まあ……セバスちゃんに頼めば派手な効果が出来るわよね……」

「派手な効果?」

「そう!バトルシュミレーターの技術を応用して、舞台上でモンスターと戦えるようになるわ!」

「モンスターと!?そんなの危ないじゃないか!もし観客の方に逃げたらどうするんだ!」

「それをあんた達がなんとかするんじゃない!盛り上がるわよ〜きっと。どう?貸してあげようか?」

「ええ……っ?でもなぁ……」

 と、腕を組んで考え込むアルドの後ろから意外な人物が声をかけた。

「娘。お前の作ったモンスターを俺の指示で動かすことは出来るか」

「ギルドナ……?」

「ええ出来るわ。お兄さん強い悪役に向いてそうね。部下ならいくらでも作れるわよ」

「いや、作るのは……俺だ」

「ギ、ギルドナ!?」

「……詳しく聞かせてもらって良い?」

 楽しい予感にセバスちゃんは再び目を細め、ギルドナを私室へと呼んだ。

 しばらくして二人が出てくる。

「……なるほどね。あなたがやりたい事は全て実現可能よ。それにしても、たったあれだけの説明で応用例を出してくるなんてね。アルド、座長を代わってもらったほうがいいんじゃないかしら?」

「え!?そ、それは……!」

「要らん。面倒なことは全てこいつがやれば良い」

 窮地に立たされたような顔で焦ったアルドをギルドナが無表情であしらう。助かったが……何だか釈然としない。

「いまいちフォローになってないぞギルドナ……」

「した覚えはない。ではこの装置を借りていくぞ」

「ええ、劇が終わったら返しにきてね。良いデータを期待してるわ!」

 ギルドナとセバスちゃんが勝手に別れを済ませてしまったのでアルド達も追いかける。セバスちゃんの技術力を知りながらも、ギルドナの思惑がさっぱり読めないエイミが呟く。

「……結局何をするつもりなのかしら……?」

「さあな……でも、セバスちゃんの技術なら、きっと良い方向に俺たちを導いてくれるはずだ。さあ、現代に帰ろう!」

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