第17話 天使初の同居
「私のお家に住むの?レミリエルさん」
「住めたらいいなと思っています」
見ての通り、私は宿屋暮しですから。毎日の宿泊費も積もればそこそこ笑えません。
「ということで、どうですか?」
「レミリエルさん。これからよろしくね」
交渉成立です。リルさんは少しも迷いを見せずに決断してくれました。話が早くて助かります。
そうと決まれば明日の朝旅立てるように荷物を纏めておきましょう。宿主さんにもお世話になりましたから、お礼を言わなくてはですね。
「とりあえず、明日にまた屋敷に訪れるので今日はその、お帰りください」
「え、あ、ごめんね。また明日だよ。絶対来てね」
リルさんは私の部屋の窓を全開にして、そこから漆黒の羽を生やし飛び立っていきました。普通に玄関から出る選択肢は無かったんでしょうか。
「じゃあねー!」
「はい、さようなら」
空から別れの挨拶を私に聞こえるよう、可愛らしく声を張って届けてくれるリルさんに手を振りながら、頃合いを見て窓を締めます。
「寒い⋯⋯」
そして速攻毛布を被り寝ました。
翌朝、鳥のさえずりではなくベッドから転げ落ちた事で起床しました。
「うぅ⋯⋯いった⋯⋯」
眠い目をこすりながら、ぴょんぴょんと頭の上で荒れ狂っている寝癖を直し、宿主さんに挨拶に行きます。
「え!お嬢ちゃん住む所見つかったの?」
「ええ、今度招待しますよ」
「くっそー、いい客だと思ったのになぁ」
「⋯⋯⋯⋯」
宿主さんは「まっ、困った事があればいつでもいいな。人生経験はあるからな、何かアドバイスできるはずだ」と言ってくれました。本当に心優しい方だと思います。
「お世話になりました」
素直に感謝の言葉を伝え、大荷物を持って宿から出ます。
初め人間界に来た時よりも大分荷物が増えていた事に驚きつつ、お屋敷へ向かいます。
「そういえば今付けているリボンも人間界に来てからの物でした」
エリルから貰った趣味には合わないリボンも、今となってはそこそこ愛着が湧いています。
「あ!レミお姉ちゃん」
「ん?ああ、ユイさんお久しぶりです」
そういえば最近見かけていませんでしたね。私を見かけるといつもすぐ飛びついて来てくれましたから。私の癒し。
「そんなに荷物持ってどこ行くのー?」
「お引越しです。住むお家が見つかったので」
「何それ気になる!どこに引っ越すの?」
「アソコの大きなお屋敷です」
嘘偽りなく伝えたらユイさんは「アソコ⋯⋯怖い所じゃ⋯⋯」と一気に表情が曇り出しました。
私も初めて吸血鬼ことリルさんに会った時は恐怖心が勝りましたが、一度彼女を知ってしまったので今は「可愛らしい女の子」という印象しかありません。
「大丈夫ですよ、吸血鬼の子も良い子ですので」
「そうなの?確かに、レミリエルお姉ちゃんが言うなら間違いないよね」
ユイさんはウンウンと独りでに頷いてみせます。
「遊びに来たかったらいつでも言ってくださいね。コーヒーくらい淹れますよ」
「その、私コーヒー飲めない⋯⋯」
そうでした、ユイさんはまだ十歳と言う事を忘れていました。私もコーヒーを飲み始めたのはもう少し後だった気がします。
「それでは甘い物でも用意してお待ちしていますね」
「うん !ありがとう!」
ユイさんと別れた後、私はあのお屋敷に着きました。玄関が空いていたので「お邪魔しまーす」と告げて中へ入ります。
「広い⋯⋯」
外から見ていた時点で大きなお屋敷だと思っていましたが、中に入ると更に広さを実感することができます。
一階はリビングでしょうか。二階には沢山の部屋の扉が見えます。リルさん、こんなに沢山の部屋使い切れてたんでしょうか。
「リルさーん、いますかー?」
返事はなく、私の声がお屋敷に響き渡るのみです。
なら勝手に色々と見て回りましょうか。一緒に暮らすんですから別にいいですよね?
「やっぱり空じゃないですか」
二階の扉を幾つか開けてみるとやはり殆どが空室になっていました
そんな中で、一つだけ空室ではない部屋がありました。本棚が並べられており、その中には乱雑に本が飾られています。そしてなりより気になるのは、部屋の中央に棺が置いてあることです。
「あのー、この中にいる感じですか?」
棺をコンコンと叩いてみても返事が無いので思い切って開けてみると、中に可愛らしく寝息を立てているリルさんがいました。
「寝てましたか、可愛い」
暫く寝ているリルさんの頭を撫でたり頬をつついたりしていました。ちょっとした出来心です、悪気も捕まる気もありません。
「んん、ん⋯⋯」
「あ、起きますか?」
「んん⋯⋯誰?」
「レミリエルです、お邪魔してます」
私の名前を聞くと、リルさんは勢いよく起き上がりました。
「そう言えば今日から住んでくれるんだった」
「はい、お世話になります。荷物はどこに置けば良いですか?」
私の大量の荷物を見て、適当な空き部屋を紹介してくれました。なるほど、ここが私の部屋ですか。大きな窓があり日当たり良好で昼寝に最適そうです。
「ここ、好きに使っていいから」
「ありがとうございます」
部屋も決まったのでリビングで小休止といきますか。
「ここにはおひとりで住んでるんですか?」
「うん。お父様は何処かにいったきり帰ってこない。お母様は私を産んですぐ亡くなってしまったみたい」
「そ、ですか」
返す言葉が思い付かずにそのまま暫しの沈黙が訪れました。
「私ね、実は純血の吸血鬼じゃないの」
「と、いいますと」
「お父様が吸血鬼でお母様は人間。分かっているのは私が産まれる前にお父様はお母様を置いてどこかへ行ってしまった事だけ」
つまり、リルさんはハーフという事ですか。確かに名前も吸血鬼というより人間が付けたような感じがします。
それにしてもお父様、屑野郎ですね。人間が吸血鬼なんて強力な種族の子供を授かれば人間の方は直ぐに死んでしまう事なんて分かっていたでしょうに。
幸いにもリルさんはその辺の生々しい事情等々は知らない様なので話さないようにしましょう。
知らなくていい事というのは世の中に山ほどあるので。
「レミリエルさん?」
「ここまで来るのに疲れてしまいました。お風呂に入りたいな、なんて」
吸血鬼のハーフなのでリルさんは恐らく生命力が人間とは比にならない程高いので、一人でも生きてこれたでしょうが、それまでの事です。
生きてこれただけです。世間からは非難され、誰からも見て貰えずに本当は寂しかったですよね。
「お風呂の用意ならすぐできるけど」
「本当ですか?じゃあ一緒に入りましょう」
私に出来るのは孤独を紛らわせる事です。エリルが、私にしてくれた様に少し強引にでも接しますからね。それが少しでも救いになれば幸いですが。
「わ、分かった⋯⋯。じゃあ入ろうか」
天界にいた頃は私から何かを誘うなんて事はなかったですよね。思い返せば、人間界にきて色んな人に触れて少し成長できているのかも知れません。
それか癖の強い方達ばかりなので順応せざるを得なかったと言うべきでしょうか。
「お風呂の用意できたよ」
「ありがとう。じゃあ入りましょうか」
さて、裸の付き合いといきますか。
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