第16話 吸血鬼との出会い
風が吹き荒れる夜、私健気に白髪をなびかせて空の上で配達に勤しんでいました。
「今夜は冷えますね」
「そうだね、レミリエルさん。」
カムさんが気を利かせて水筒から暖かいコーヒーを分けてくれます。
「空の上で飲むコーヒー、美味しいでしょ?」
「中々風情があって良いですね。さて、次の配達先は」
赤い配達鞄から次の郵便物の宛先を確認すると、カムさんが「それ、見せて」と言うので渡してあげます。何でしょう。
「これ、噂の吸血鬼が住んでいるっていう大きな屋敷だよ」
「え、マジですか。そんな噂が立ってるんですか?」
「うん、昔からあんまりいい噂がなくて格安で住めるのに誰も寄り付かないの」
ほうほう。人間は霊の類を恐れますからね。
格安ですか、ほうほう、へー。そろそろ私も定住していたいと思っていましたし?
いいことを聞きました。
「気になるので行ってきます。カムさん、コーヒーありがとうございました」
「うん、行ってらしゃい」
カムさんに見送られながら、私はそのお屋敷へと急ぎます。
屋敷に近付くにつれ、風が強くなり私の体温を奪っていきます。この世に留まりたい霊の類は無理やり浄化される可能性のある天使を恐れます。
なので、近寄るなというメッセージとも受け取れます。
「無理やり浄化なんてしないのでやめて欲しいんですけど」
私のつぶやきなど聞こえているはずもなく、風は吹き荒れ続けました。
「ついた、ここですか」
私の目の前には漆黒の、「ああ、やっぱりそんな感じするよね」という雰囲気を醸し出した大きなお屋敷がそびえ立っています。
今はお仕事中なので大人しく郵便受けに郵便物を入れるだけなんですが、どうにも気になってしまいます。
「外から見た感じ、明かりは着いていないので誰も住んでいない感じですかね」
「貴女、誰?」
背後から声がして若干の恐怖と驚きと共に振りかれると、私と同じくらいの小柄な背丈。宿主さんが言っていた吸血鬼の特徴、「銀髪に赤い瞳」をしています。
そして、微かに血の匂いがしました。
間違いない、吸血鬼だ。
「そこで何をしているの?」
「い、いえ⋯⋯大きな屋敷だと思って。直ぐに帰ります」
冒険者ギルドの方々が聞いたら「なんで戦わなかったんだ」と怒られてしまいそうですが、背後から不意をつかれた時点で私の気持ちは負けていました。恐怖心が私を蝕んでいたのです。
血の匂いを感じ取ってしまった際には、既に狩られる側の心持ちになってしまいました。
結局、私は逃げる様にその屋敷から去りました。
「はぁ、今日は疲れました」
業務を終え、ぼふりと安宿の質の悪いベッドの上に寝転びながら呟きます。慣れない体験をしたせいでしょうか、身体が重く、今すぐにでも意識を失ってしまいそうです。
「おやすみなさい⋯⋯」
もちろん返事は帰ってきません。分かってます、言いたかっただけなんで⋯⋯す⋯⋯。
「おやすみなさい」
意識が落ちかけた私の脳内が一気に覚醒します。今の、誰の声ですか?宿主さん?違う、女性、幼い女の子の声だった。
私の部屋に何者かが侵入している。目を開ければすぐに確認できる。でも目を開けるのが怖い、とてもできそうにありません。
もしも私に危害が無くて物だけ盗られるとかなのであれば、このまま寝たフリを貫きたいです。
「貴女、やっぱり人間じゃない」
思い出しました、この声。屋敷であった吸血鬼、だとしたらこのままでは私は血を吸われるわけですか。
今すぐにでも攻撃を仕掛けたい気持ちがありますが、もう少し様子を見ましょうかという事で目を瞑ったままでキープです。
「ねぇ、寝たフリとかいいから」
「あ、バレてましたか⋯⋯」
確かに寝息もなしだとすぐにバレてしまいますよね。
「血、吸わないんですか?」
その気になれば血を吸えたでしょう?という意味で首筋に手をやります。
「別にそういう目的で来たんじゃないから」
吸血鬼さんはムッとした様子です。誰だっていきなり不法侵入されたらそう勘違いしてしまいますよ。
「じゃあ、なんの御用ですか?」
「貴女、人間じゃないと思って」
「まあ、人間ではないですよ。天使です」
「やっぱり」
イマイチ伝えたい事が分からず、少し首を傾げてしまいます。ただ、彼女は私に対して敵意はないようで、お屋敷の時は勝手に怖がってしまって申し訳なかったなあという気持ちです。
ただ、不法侵入は普通に怖いのでやめて頂きたいですが。
「天使は、吸血鬼の事怖い?」
「いいえ。天使はどんな種族に対しても平等です」
先程怖がっておいて何を言うと自分でも思いますが、本来は平等であるべきなのでそう伝えます。
「じゃあ、私の事好き?」
「その、出会ったばかりなのでそういうのは」
「じゃあこれから好きになる?」
「それなら可能性があります」
そう言うと彼女の表情が少し明るくなった様な気がしました。年端も行かない少女の笑顔のようにも見えます。
「なら、お友達から!」
冒険者ギルドの方や店主さんに知られたらなんて言われるでしょうか。彼らの期待を裏切るより、私の中ではこの少女の期待を裏切る事の方がなんだか酷なような気がして、了承する事にしました。
「ええ、構いませんよ。なりましょう、お友達」
「ありがとう。天使さん、お名前は?」
「私の名前はレミリエルです。」
彼女のは「レミリエル、レミリエルさん」とブツブツ私の名前を呟いた後で、自己紹介をしてくれました。
「私の名前は、リル。十四歳」
「なるほど、またしても十四歳ですか」
「何の話?またしても?」
「いえ、こちらの話です」
十四歳ならカムさんと仲良く出来そうですね。今度会わせてみましょうか。
「リルさん、単刀直入にお聞きすると、最近吸血鬼に血を吸われるという事件が流行っています。貴女の仕業で間違いないですね?」
「そ、それは。そう。あんまり影響がないように少しずつ吸ってたんだけど、やっぱりダメだったよね」
「世間的には結構大事になっていますね」
「私、今までは少しで良かったんだけど最近お腹空くようになっちゃって」
十四歳ですから、吸血鬼にも成長期はあるのでしょうか。
「成程。それで、リルさんに血を座れた女性たちは皆貴女の虜になっているそうですが」
「え、それは私知らないよ」
本当に心当たりがないようで困ったような顔をしています。リルさん可愛いですし、きっと虜に関しては女性たち側の問題ですね。
「吸血鬼って、血液意外に食べられるものってないんですか?」
「えっとね、吸血鬼は血液から人間が持っている魔力を摂取してるの。だから魔力の宿っているものならなんでも食べられるよ」
それなら私がなんとか出来そうですね。
「なら私が毎日魔力を供給するので、そうしたらもう血液を吸わなくてもいいですよね?」
私の提案にリルさんも頷きますが「毎日ってレミリエルさんが大変じゃないかな」と申し訳なさそうな顔をします。
「そうですね。大変です、毎日会わなければいけないんですから」
「うぅ、じゃあ⋯⋯いい」
「そこで私から一つ提案です」
提案?と首を傾げるリルさん。私にも魔力供給するのですからメリットは欲しいですからね。
「私もアソコのお屋敷に住まわせてくれませんか?」
これが、私からリルさんに魔力を供給するにあたって求める条件です。
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