第4話 再開と人さらい


「そ、そうなの〜 お姉ちゃんアソコで皆が何しているか分からないの。よければ教えて欲しいな〜」






 小さな女の子に接するので口調は親しみやすく、笑顔で、目線は下げて合わせる!なんなら今小さな女の子を見上げている状態です。






「お姉ちゃん、顔ひきつってるよ? こわい⋯⋯」




 どうやら私が笑顔だと思っていたものは少女が震え上がる部類の物だったようです。






 女の子は首元まで伸びた綺麗な金髪で、それと翠色の瞳には今涙が溜まっています。あぁぁぁ!!どうしよう!!!




「あっと! その、私ここに来たばかりで皆が何をしているか分からないんです」




 あれっ!あれ!と私が人だかりを指すと女の子はパッと活き活きとした表情に変わりました。




 どうやら事なきを得たようです。




「ああ、あれはね! 貢物を天使様にすると幸せになれんだってさ! ユイもお小遣い貰ったら天使様にあげるんだ!」




 嬉々とした女の子の名前がユイさんだと判明した所で、お小遣いをあげる、そうですか。




 こんな小さな女の子からデタラメを言ってお金を巻き上げるなんてどこの誰か知りませんが腐っていますね。と心の中で毒づいているとユイさんはおもむろに私の手を引っぱり「お姉ちゃんも1度天使様に会っていきなよ!」とぐいぐいと人だかりに入っていきます。






「はーい! どけてどけて! このお姉ちゃん天使様に会いたいんだって!」




 身体は小さいのに圧倒的な声量で存在感を増し増しにしたユイさんはあっという間に周りの大人を掻き分け、私をその天使様とやらの元まで連れて行ってくれました。頼もしい・・・・・。




 さてさて、一体どのようなお顔か見てやりましょうか。




「っ・・・・・!」




 その天使様は小さな木箱の上に乗って堂々と何食わぬ顔をして立っていました。




 私と同じような背丈に腰まで伸ばした紅い髪に夕焼け色の瞳をしている天使様をみて少なからずの動揺をしました、「嘘でしょ?」と。




 なぜなら全く持って見知らぬ誰かではなく、私の数少ない友人の天使が天使の輪も羽も丸出しにしてそこにいたからです。




「おっ!! レミじゃん!ひっさしぶり〜」




「エリル、こんな所で何をしているのですか?」




 私がエリルと呼んだ女性は、ぴょん!と木箱の上から跳ねて私の所に近寄ってきました。




 同時に周りの注目が私に向けられました。「あの子、天使様のなんなの?」「もしかしたらあの子も天使なの?」などと言うヒソヒソ声が耳に入ってきます。最後のは正体当てられましたね。




 ちらりとユイさんの方へ視線を流すと「お姉ちゃん・・・・・何者??」と大変困惑されている様子でした。


 とりあえず愛想笑い。あ、私の笑顔って怖いんでした。




「レミ〜 久しぶりじゃん。まさかこんな所で会えると思ってなかったよ」




「私もこんな所で会えると思ってなかったですけど、色々聞きたいことがあるので人気の無い所に行きましょうか」




 私が手をぐいっと引っ張ると彼女は「ひゅ〜積極的〜」なんてケラケラと笑っていました。




 そして周りの方々は「天使様に何してんのアイツ」「ええ!? 天使様どこに連れていかれちゃうの」という私に対するあまりプラスではない視線を浴びせてきました。




「うっ、悪目立ちしてしまいました」




 元よりあんなに大勢の前に注目されて話せる自信も無かったので場所を変えようとしたのに余計注目を浴びてしまいました。




 人気の無い路地裏まで彼女の手を引いて辿り着くと、やっぱり楽しそうにケラケラと笑っていました。






「本当に昔と変わらずバカっぽいですねぇ。リエル」




「私がバカなのは認めるけどさぁ。レミこそ引っ込み思案と引きこもり癖治ったの?」






 私とエリルは天使学校の同級生で、数少ない私が遠慮なく毒を言葉にして吐ける気心の知れた友人なのでした。




 ちなみに天使学校とは、天使が教養や魔法を身に付けるために通う学舎のことです。






 私は試験には強く成績は良かったのですが、家で本を読む方が好きだったので欠席がそれとなく多く、対するエリルは平たく言えばバカでいつも補習ばかりだったのですが、その代わり皆勤賞を取っていました。






 要するに対極の存在ということです。






「私は引っ込み思案はまだ改善中ですが引きこもりは人間界に来てからしていませんよ」




 貴女は何か変わりました?という目線を向けると「そっかーレミ凄いなあ! 変わったじゃん!」と褒めてくるのでした。中々に嫌味の通じない友達なのです。




「あの、先程のアレは何なんですか? 人間から金銭の巻き上げでもしてたんですか?」




 このまま会話をしていると毒気を抜かれることは経験上目に見えていたので早速本題を切り出すとエリルは気まずそうに目線を逸らしました。




「えと、ちょっとお金無くて⋯⋯」




「いや、天界から幾らかは支給されましたよね。まさか・・・・・もう使ったんですか?」




 人間界に行く時、天界から「まあ普通に生活してたら暫くもつじゃろ」くらいの額を頂いていたはずですが。




「初日で全部パァに⋯⋯いや、お金ってすぐなくなるからレミも気を付けた方がいいよ」




 何故かアドバイスをされましたが詳しく聞くと初日で特に何も考えず超高級な宿屋に泊まり豪遊したそうで「だってぇ・・・・・大きいお風呂に入りたかったから」などとエリルはブツブツ呟やいていました。




「全く、だからと言って民衆からお金を巻き上げてはいけません。幸運になんてデタラメですよね?」




「大天使になったらみんな幸せにするし!!!」




「このお金、皆さんに返してきますね」




 強引にエリルの懐からジャラジャラと貨幣の入った袋を抜き取り踵を返して路地裏から去ろうとするとガシッと力強く肩を掴まれました。




「まってまって!! 人間界でどれだけお金要るか分かってる!? レミにも分け前上げるから!」




 そんなに必死の形相で訴えかけてきても「私の天使としての使命感が許しませんよ」等と思っていたら「レミだってコミュ障だし引きこもりだしまともに働けないでしょ! ・・・・・お金欲しいよね?」


と中々に核心を突いた一言を投げかけてきました。






 ・・・・・本当にこういう小賢しいところで頭が回るのは何なんでしょうね。




 働いたら負け精神で生きてきた私にストレートを浴びせてくるとは、中々に成長しましたねという意味合いで幾らか分け前を貰うことにしました。




 大人しく貨幣を受けると「レミってば結局お金欲しいんじゃん! 二度と正義の天使面しないでよね〜」と笑顔で毒を吐いてきました。そっちのスキルも成長してましたか。






 それから暫くは、路地裏でこれまでの人間界での出来事や天使学校での昔話に大いに花を咲かせました。




 昔と同じように私が毒を吐いてもエリルは笑っていて、見知らぬ土地で変わらない存在が居てくれていることに安心感を覚えたりもしたかもしれません。




 すっかり日は落ちて辺りが不気味な闇色に染まり辺りに人の気配が感じられなくなるほどまで話し込んでしまいました。






「うわ⋯⋯もうこんなに暗くなってる。宿決めてませんでした」




「ええー? レミ抜けてるなぁ。今夜は私の宿に泊まっていきなよ」




 エリルに抜けてる扱いされるのは心外でしたが、ありがたい提案な上にもう少し懐かしい感覚に浸っていたかったので一緒に泊まることになりました。






 路地裏から出ると同時に息を切らした男性が「天使様!!」と慌てた様子で私達に駆け寄ってきました。




 男性はそこそこお年を召されていて既に髪は白髪、本来ならば息を切らすほど走るなどしない年齢でしょう。




 エリルはどうか知りませんが私は一目で何かが起きた。只事では無いということを察しました。






「探しましたっ⋯⋯娘が⋯⋯拐われてっ⋯⋯」




 息絶え絶えに言葉を発する男性から確かに「拐われて」という単語が聞こえたのを聴き逃しませんでした。




 そういえば露店の店主が言っていたような。




「娘の名前はっ⋯⋯ユイと言います⋯⋯」




 その名前には聞き覚えがあり耳を疑いました。




 問い詰めれは問い詰めるほど首元まで伸びた金髪に翠色の瞳、残念なことに私をエリルの元まで案内してくれた少女と一致しました。




「そんな事って⋯⋯」






 振り返ってみると、この時の私は一人では絶対に事件を解決できなかったことでしょう。それほどまでに動揺して、正気を失っていたのですから。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る