恋、崩れて、成れの果て

FOKA

前編

 人生の分岐点なんて大袈裟な話ではないけれど、それこそ、一般人からすればごく普通の学生生活の一場面。けれど、クラスカースト最下層の人間で友達も殆どいない俺からすれば、それは奇跡のような時間だったのかもしれないと、今になって思うーー恋とか恋愛とかそんな学生らしいものがあればよかたんだけど、これは恋にも成れず、恋という形を形成できなかった、残骸とも言える何かが出来上がってしまった物語。

 その始まりが中学2年生だったことは明確に思い出せる。

 そう、それは……。




 彼女と出会ったのは中学2年生の頃。

 2年に進級し同じクラスになって初めて彼女の名前を知った。それは進級初日に、クラスの生徒が一人一人自己紹介をすることになり、

 「北村舞香です。趣味は音楽を聴く事です。よろしくお願いします」

 俺が北村舞香という人間を初めて知った瞬間だった。

 正直なところ、クラスで友達ができるか心配だった俺は、北村舞香を意識もしなかったし、この後すぐに名前も忘れてしまうほどに、彼女に関心がなかった。しかし、この出会いが今後の人生に大きく関わることなど、誰が予想できたであろうか。もしかしたら神様なら知っていたかもしれないけれど、きっとこの後の展開までは予想できなかったと、俺は思う。


 ここで話は一気に飛んで10月。

 記憶している限りはここまで北村舞香との会話は無かったと思うーーもしかしたら数回挨拶くらいはしたかもしれないが、そこはノーカンだろう。

 進級してから10月までの間は、クラスの男友達と遊んだり部活に精を出しており、女子と喋ること自体あまり無かった。そんな俺に転機が訪れたのが10月の芸術祭、より詳しく言うならその準備期間である。

 芸術祭はクラスで一つ作品を作りそれを全校生徒の前で発表する祭典で、俺達のクラスはペットボトルの蓋で一枚の絵を作ることになった。当然クラスでイケイケのグループが中心となって作業工程が組まれたため、俺はペットボトルの蓋に色を塗る何とも地味な仕事を宛てがわれた。最初は簡単で単調な仕事を割り振ってくれてラッキーと思ったが、すぐに取り消すこととなる。

 メンバーは4人で、男は俺1人。この状況を羨ましがる連中もいたが、俺はそうは思わなかった。

 女子と何を話していいかわからないうえに、4人のメンバーのうち2人は不良みたいなやつで、とてもじゃないが話すなんてできないーーそれにもう1人の女子も話したことない奴だし。

 他のグループを見れば仲良くみんなでワイワイと楽しそうに作業をしている。あるグループは男同士でバカな事を言い合い、また別のグループは男女仲良くいい雰囲気で青春を謳歌している。それに比べて、俺はただ黙々と誰とも喋ることなく作業をするのか、と思った。

 そもそもなぜこのようなグループ分けになったのか。

 グループ分けが行われた日。俺は体調不良で学校を休んだので、人気がなかったペットボトルの蓋に色を塗る係になってしまったのであるーー今となってはあの日、体調不良を起こした自分がただただ腹立たしい。

 まじで落ち込む。

 逆に落ち込まない学生がいたら教えて欲しいくらいだ。

 もし落ち込まない学生がいたとするなら、そいつはイベント準備期間の重要性を知らないやつであろう。もし、俺の友人にそんなやつがいたら言ってやりたい。

 イベント本番よりもむしろ準備期間こそが本番であると言っても過言ではない、と。

 準備期間では普段あまり話さないクラスメイトと話す機会が多くなったり、相手の意外な一面を多く発見できる場でもあるのだ。

 普段あまり頼りなさそうな男子が重い荷物を持ち、意外にも力があっる事を知ったり、あまりいい噂を聞かないやつが、話してみると実はめちゃくちゃいいやつだったり。その結果何が起こるか。それはクラスの雰囲気やヒエラルキーがイベント前後で大きく変わるのだ。

 クラスであまり喋らなかったやつがいじられキャラになったり、人気グループに突然意外な人物が入ったり。逆に人気者だった者が急にみんなから避けられるようになったりと、今後の学生生活を左右する重要な期間となる。

 そう、そんな学生生活における分岐点で、俺はスタートダッシュに失敗したのであるーーこれが落ち込まずにいられるだろうか。

 女子と仲よくなってあわよくば彼女が出来たりして……なんて希望は準備期間が始まるよりも前に早々に投げ捨てた。


 10月6日、芸術祭準備期間初日。本番は二週間後の10月20日。

 準備期間中は午前中が授業、午後は芸術祭準備となる。

 初日の今日は作業に必要な物や、大体の作業の流れを決めることになっている。いつものメンバーと昼飯を食べたあと、集合場所の美術室へ向かうことにした。

 基本的に色を塗るだけなので、美術室に元々ある絵の具を使う予定で、今日はその絵の具の塗料があるか無いかの確認だけである。だけなのだが……。

 「はぁ」

 ため息がでる。

 クラスでも浮いている女子2人と話したことのない女子が1人。

 後者はまだいいがこの2人組が曲者で、流行りの派手なネイルに着崩した制服。よく生徒指導の先生にも捕まっているところを見るーー正直、住んでる世界が違いすぎるなぁ、と思う。

 後から話を聞いてみれば、最初にこの2人が立候補したために他にやる人がおらず、当日欠席していた俺と彼女が選ばれたのだ。

 そう、あの日、グループ分けが行われた日、俺の他にもう1人体調不良で休んだ奴がいた。

 「あれ? 1人だけ?」

 錆ついた重い扉をスライドさせ中に入ると、あの2人組はおらず、彼女だけが教室にいた。

 「生徒指導の先生に捕まったみたいで、遅くなるって」

 これが彼女との、北村舞香との初の会話である。


 会話がない。

 美術室にある絵の具の塗料の確認が早々に終わってしまい、そこから会話がない。午後の授業が丸々準備に充てられているので、6限の終わりのチャイムが鳴るまで特に用事がなければこの教室にいなければならないので逃げ出すこともできない。

 どうしよう。

 サボって仕舞えばいいのだけれど、小心者の俺にはそれができなかった。後で先生に告げ口でもされたらと考えたら、とてもじゃないがサボる気にはなれなかった。かといって、このまま黙って座っているのも落ち着かないし……どうするか。

 何かないかと辺りを見回すと、『石像の世界2』と書かれた本を見つけたので、とりあえずその本を読むふりでもして時間を潰そうと画策したーーしかしだ、沈黙が続いたこの教室で、いきなり俺が椅子から立ち上がりでもしたら彼女をビックリさせてしまうんじゃないか?

 ここはなるべくゆっくり、物音を立てないように立ちあがるべきだろう。

 俺は椅子を引き摺らないようにするため、座った状態のまま椅子の両端を持ち、椅子からお尻が離れないように気をつけてながら椅子を持ち上げ、そのまま後方に下がるが、姿勢がだんだんと前屈みになっていき、遂には90°のお辞儀をしたような綺麗な直角を体で表していた。

 変な格好だが致し方がない。

 どんな格好をしていようとも見られなければ何も問題はないのだーー世の中にはむしろ見られたいと思っている人種もいるようだが、俺はその類ではない。

 後方を確認しつつ、ゆっくりと後退する。

 このまま物音一つ立てず本を手にし、元いた場所に戻るだけの簡単な作業だが、不安要素は彼女がこちらを振り向かないかだが、現状彼女は俺と反対側を向いていて、こちらを振り返る気配などまるでない。

 よし、このまま行ける。

 本が置いてある場所まで来るとある事に気がついた。

 両手が塞がっていて本が取れない。

 一旦椅子を置くか片手で取ればいいだけの話であるが、そうはいかない。

 椅子を置けば音が出る可能性が高く、ここまで来てそんなことでバレたくはない。では、片手で取るのはどうか。ここがもし普通の教室ならば可能であっただろう。この美術室に置かれている椅子は工作で作ったかのような木製の椅子で、かなり重いのだ。俺が片手で持てば間違いなく落とす。

 やばい、どうしよう。

 片手で持てないのであれば、少しでも可能性がある方にするべきだろう。

 よし、一旦椅子を下ろそう。

 そう決断した時だった。

 「そう言えば……」

 このタイミングで彼女は話を振ってきた。

 「他の2人遅いね」

 そう言い終えると、俺と反対方向に向けていた体をこちらに向けて、俺を見た。

 まじまじと、見ている。

 それはもう穴が開くくらいに。

 きっと彼女はこう思っただろう。この男はなんで椅子を持ちながらお辞儀をしているのだろうと。

 彼女はこちらを向いたまま沈黙しているーーまぁ、その気持ちもよくわかるよ。

 全く、気を使うと碌なことがない。

 俺は90°にお辞儀をしたまま顔をグッと上げ、

 「確かに、ちょっと遅いよね」

 と言った。

 彼女から返答があるかもしれないので、しばらくこのままの体勢で待ってみたが特に返答は無かったので、仕方なく一旦椅子を置き、目的の本を手に取り、本を持っていない手で椅子を引きずりながら最初の場所に戻った。

 元の場所に戻ると、早速適当なページを開き、俺は本に集中しているから話さないんだ、という雰囲気を醸し出す。こうする事で相手に知的な印象を与えつつ、無理に話す必要もなくなる寸法であるーー知的な印象はすでに回復出来ないほど地に落ちたかもしれないが……。

 しかし、彼女が気を遣ってこちらに話し掛けてきてくれたのだ、俺からも何か話しかけるべきだろうか。

 俺は人の好意を無碍に出来るほど酷い男ではない。ないのだが……。

 女子と何を話したらいいんだよ。

 今まで挨拶くらいしか女子と話したことないのに。

 「はぁー」

 静かな教室に俺のため息が響く。

 しまった! つい口に出してしまった。

 こんな状況でため息なんてしたら絶対に嫌な奴だと思われるに違いない。

 何だかますますよくない雰囲気になって行く気がする。

 そんな俺の心境をよそに、彼女は再び話しかけてきた。

 「どうしたの? 疲れてる?」

 さっきのため息を聞いてだろうか、彼女はこちらの体調を気遣ってくれている。

 もう駄目かと思ったが、神様が、いや、彼女がくれたこの機会を逃すわけにはいかない。

 「あ、いや、最近部活が忙しくて、ちょっとね」

 嘘をついた。

 部活など全然忙しくも何ともないーー女子と何を話したらいいか悩んでて……なんて死んでも言えない。嘘も方便である。

 「そうなんだ。やっぱり運動部って大変だよね」

 「まあ、もっと大変な部活とかあるからあんまり大きな声で言えないけどね」

 普段ならばこれで会話が終わり、再び沈黙が訪れるはずだが、さっきの醜態の後で沈黙が続きのは精神的にヤバいので、失態を誤魔化す意味も含めて、珍しく俺の方から会話を振った。

 「えっと、そっちは部活とかやってるの?」

 「一応やってるよ。舞香は書道部」

 自分のこと名前で呼ぶのか。変わってるな。

 「へー、書道部なんだ……字とか綺麗そうだね」

 小学生みたいな事しか言えなかった。

 こんな時にユーモアある返ができたり、書道の知識が少しでもあればよかったのだが、残念なことに、もう俺にはここから話を広げるネタはない。

 「全然綺麗じゃないよ。ほら見て」

 そう言うと彼女は持っていたペンケースから筆ペンを取り出し、まだ殆ど使ってないであろうノートのページを千切り始めた。

 どうやら実演してくれるらしが、何もノート千切らなくてもいいのではと思ったが、しかし彼女がこうやって実演してくれなければ確実に会話は終わっていただろうから、これは彼女に助けられた形になった。

 スラスラとペンを走らせ、早々に何かを書き終えると、ほら、と言いながらちぎったページをこちらによこした。

 俺はそれを恐る恐るゆっくりと受け取り、何が書かれているのか見てみると……、

 「えっと、何て書いてあるの?」

 書かれていたのは、何かの漢字が書き崩されたような字であった。

 「高上桜花って書いてあるよ」

 高上桜花。

 聞き間違いでなければ間違いなく俺の名前だ。

 「俺の名前なの? これ」

 「ね、全然綺麗じゃないでしょう?」

 いやいや、これは綺麗とか汚いとかの問題じゃないと思うのだが……。この字の評価を決めるのであれば、間違いなく専門知識が必要であろう。少なくとも俺のような素人が判断していいものではない。だが彼女は俺の返答を待っている。もはや専門知識の有無に関わらず何だかの評価をこの文字につけなくてはならない状況に追い込まれ、ならばせめて小学生レベル以上の返答をしなくてはーーもしできなければ再びこの教室に静寂が訪れてしまう。

 「もう達筆すぎてわからなかったよ」

 よし。

 相手を褒めつつも、何の文字を書いてあるか読めなかった事へのフォローもできている。これは合格点だろう。

 「えー本当? 舞香よりも綺麗に描ける部員いっぱいいるよ?」

 「本当本当、すごい達筆。なんかこう……達筆って感じ」

 達筆という褒め言葉以外何も浮かばないので、これでゴリ押すしかない。

 「そこまで言うならもう一個書いちゃおうかな」

 やめてくれ。もうこれ以上別の誉め方がないんだ。

 そんな俺の気も知らず、気分を良くした彼女は、また新しくノートを破りスラスラと書き始めた。

 今度は先ほどよりも少し時間が掛かった。

 はいこれっと言い新しく千切ったページをこちらによこすと、俺はまた、ため息が出そうになったが、今度は口に出さず心の中だけで留めた。

 受け取ったページを確認すると6文字の漢字が書かれており、やはり俺には解読不可能だった。特に4文字目と5文字目が、幼稚園生が画用紙にクレヨンでぐちゃぐちゃな絵を書いたようなそんな感じ。

 彼女の顔を見ると、どお? と言わんばかりの顔をしている。

 どすればいいんだよ。誰か正解を教えてくれ!

 そんな虚しい叫びが心の中で木霊した。

 ここは少しでも時間を稼ぐか。

 「ちなみにこれって何て書いてあるの?」

 会話を伸ばしてその間に何とかしなければ。

 「えっとね、平等院鳳凰堂」

 「ちくしょう!」

 思わず机を叩いてしまった。

 確かに最近歴史の授業で習ったが、ここでセレクトするものではないだろぉ。1回目が俺の名前なら2回目は自分の名前でもいいじゃない。そもそも俺の名前を書いて、その名前の本人が分からなかったのに平等院鳳凰堂がわかるわけないじゃない。絶対わざとやってるよこの人。

 「ず、随分と難しい漢字書けるじゃん」

 「先生がテストに出るって言ってたから練習したの」

 確かにそんな事も言っていてような気がする。

 「桜花って面白い反応するよね」

 今確信に変わった、やっぱりわざとだ。

 「いやいや、誰だって同じ反応するよ、これは」

 そう言い終えると同時に6限終了のチャイムが鳴り響く。

 チャイムが鳴り終わり、ステレオからのヴー、というノイズ音が消えると、

 「チャイム鳴ったから教室行くね」

 彼女はそう言うと、足早に美術室から出て行ってしまった。

 ……。

 静まり返る室内で俺はある事に気がついた。

 「そういや、初めて女子に下の名前で呼ばれた」

 だが何だろうか、この違和感は。 

 一度も話したことがないクラスメイトをいきなり下の名前で呼ぶか? 普通?

 もしかしたらクラスのイケイケ組(彼女がイケイケ組かは分から無いが)では普通なのかも知れないが、俺みたいなクラスカースト最下層の人間にとって、この距離感は異常である。クラスで目立た無いように、人との距離感に敏感に反応する俺には特にそう感じるーー正直少し苦手なタイプかも……。

 北村舞香との初会話は、何とも言え無い感じで終わってしまった。



 翌10月7日の午後。俺たちのグループは早々に解散の危機に落ちいていた。

 お昼休みに担任に呼び出された4人は職員室に集まると担任から、ペットボトルの蓋が集まるまでは仕事がない、と伝えられた。

 その通りだと思った。

 そのため一時的ではあるが他のグループに合流して作業する話になったのだが、これに反対したのが仲良し2人組である。

 まぁ、何となく反対する気持ちもわかる。

 他のグループはもっと大人数で作業しているところもあり、昨日みたいにサボりでもすればすぐに誰かが先生に告げ口するだろうし、それに2人一緒に同じグループになれるとも限らないーーこの2人にとって別々のグループに分かれることは完全孤立を意味する。

 そこで彼女らが提案したのは、他のクラスへの声掛けである。

 他のクラスの生徒に家庭で出たペットボトルの蓋を持ってきて貰おう、とのことらし。

 俺は心からその提案が却下されることを願ったーー他のクラスに入るのってすごく緊張するし、何より他のクラスにそんなに友達もいないし。

 だが俺の願いは叶わなっかた。

 担任はこの2人が自ら自発的にやりたいと申し出ると、少し驚いたような顔をして、じゃあ、やってみるか、と言ったーー2人がやる気を出してくれて先生嬉しいぞ、みたいな顔をして。

 元々熱血教師みたいなところもあるし、生徒一人一人を気に掛けるいい人なんだけれど、今回俺にとっては悪い方向に出てしまったようだ。

 そんなこんなで決まった他のクラスへの声掛け。

 俺が一体なにをしたっていうんだ。

 そんな自分の悲運を呪いながら職員室を後にした。

 職員室を出てすぐに発案者2人は俺達に何も言わず何処かに消えてしまい、

 「まぁ、わかってたけどね」

 「早いね……いなくなるの」

 残された俺と彼女は今後どうするかを考えるべく、美術室に向かった。


 「他のクラスに友達とかいる?」

 何だかこの問いかけをすると俺の心臓がギューっと収縮する感じがするーーその原因が友達が少ないからだとは思わないでおこう。

 「1年生の時のクラスメイトと同じ部活の部員とかかな、その人達に声掛けてみようかなって思ってる」

 にこやかに彼女は言う。

 去年のクラスメイト全員を対象としてる時点で友好関係の広さを確信できる。少なくとも俺ならば、部活の部員を先に答えていただろうし。

 「桜花はどう?」

 その質問に俺は一瞬ビクっとしたが、ここで慌てては俺に友達がいないみたいな、そんな印象を与えかねない。彼女のように広い友好関係とまではいかなくても、それなりに、普通に友達がいる風を出さなければ。

 そう思い俺が喋ろうとすると、彼女は続け様に、

 「去年のクラスメイトに部活の部員、それに……」

 「まあまあ、そうだね、俺もそっちと同じ感じ……かな」

 これ以上俺の友好関係が勝手に広がらないように、話の途中で割って入った。

 自分の友好関係があたかも一般レベルであると思っている節がありそうで怖い。それか昨日のように俺をからかっている可能性も……だが、今はあの2人の置き土産をどう解決しようか真面目に話し合っている最中だし、それはないか。

 「それじゃあ2人で別れてやればすぐに全部のクラスに声かけれそうだね。思ったよりも早く終わりそうでよかったー」

 ああ……、と頷くのが精一杯の意思表示だった。

 「じゃあ私1組から行ってくるから桜花は5組からでいいかな?」

 「いや、だめだ。俺が1組から行く」

 彼女は少し驚いた表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻ると、

 「えっと……じゃ、じゃあ1組からお願いね。舞香、先に行くから」

 昨日と同じように早々と美術室から出ていく彼女。

 危なかった。

 友人と呼べる奴はちょうど片手で数えられる人数しかおらず、その友人も1組と3組だけである。3組は自分のクラスなので、残りの1組はどうしても死守したかった。ちなみ俺が所属している部活の2年メンバーは俺を含めて4人。そのうちの1人が1組。残りが3組である。

 「…………」

 友達が少ないことが恥ずかしいと思ったのはいつ頃からだろうか。ふと静まり返った教室内でそんな事が頭に浮かんだ。

 小学生……いや、もっと前か?

 考えてもその答えが出てこない。だが物事には必ずきっかけがある。

 んー、友達……友達。

 「友達100人できるかな……」

 そんなフレーズが出てきた。

 そもそも100人って何だよ、今ですら3人が限界なのにーー小学生の頃からかなりハードルの高い目標を設定されたもんだ。

 入学シーズン前になると、ランドセルが売っているような店では必ずと言っていいほど流れている音楽。もしかしたらこの音楽が潜在的に『友達』というものの価値をあげているんじゃないかとすら思い始めた。

 もし『友達3人できるかな』であれば、俺は既にその目標を達成しているし、これ以上無理に友達なんて作らなくても済むし、それに友達が少なくて恥ずかしいなんて思わなくなるかもしれない。

 「…………」

 そんな屁理屈を言ったところで、現実が変わる訳ではないし、俺がこれからしなければならない事がなくなる訳でもない。

 俺は重い腰を上げ、あの2人が残した仕事を片付けに1組に向かった。


 「それじゃあ、よろしく」

 俺は1組の前の廊下にいた友人を見つけ、それとなく今回の趣旨を話して撤退したため、結局のところ1組のクラスには入らなかった。

 さて、どうするかな。

 俺は隣のクラスの表札を見上げ悩む。その表札には『2組』の文字があった。

 2組に友達はいないんだよな。

 何とかいい方法がないかと考えるがこれといって何も浮かばない。

 何となくボーっと廊下から2組の中を覗くと、楽しそうに作業をする学生が目に入った。自分の作った物が不出来でそれを見せて笑いを取ろうとしている奴。女子と仲良く共同作業してる奴もいる。

 そんな、青春の1ページをただ傍観者としてしか見る事が出来ない自分がなんとちっぽけに思えたことか。きっと大人になって、久々にみんなで集まったりしたときに今日のことを話すんだろうな。懐かしさを感じながら笑い合う。きっと今みたいな笑顔で。

 自分が不幸だと思っていると、他人の幸せが輝いて見える。

 「はぁ」

 最近ため息ばかりだな。

 「あれ? 今2組に来たの?」

 そう言って2組から出てきたのは北村舞香だった。

 「今来たところだけど、そっちは何で2組に? 5組から行ったかと思ってた」

 「もう他のクラスは終わったよ」

 俺が1組を終わらせる間に2、4、5組を終わらせたらしい。

 「え、早くない?! 俺なんてまだ1組だけしか終わってないよ」

 「桜花が遅いんだよ」

 こいつ他のクラスに入るの抵抗ないのか?

 「あー本当、ごめんごめん」

 「別に気にしてないから大丈夫だよ。とりあえず終わったし美術室に戻ろうか」

 てっきりこのまま解散かと思ったが、どうやらそうはならないらしい。俺はクラスの声掛けをやっている体でサボろうと思っていたのに。

 「そうするか」

 また美術室での沈黙に耐えなければならないのかと考えると、自然と足取りが重くなった。


 「舞香が教室に入るとすぐに向こうも気が付いてくれ、久しぶりーって感じだった。でもつい先日喋ったばっかりなんだけどーー」

 美術室での様相は俺が思い描いたものとは違っており、今は彼女の話を一方的に聞く聞き役となっていた。話の内容は女子だなーっといった感じで、他のクラスに入った時の出来事や感想をただ喋っているだけ。中身のない会話。

 「それで4組に行った時は、去年仲が良かった子がいてその子がなんとーー」

 クラスでたまたま女子と男子の会話を聞いていた時に、何が面白くてあんなに笑っているのだろうか不思議でたまらなかった時があった。冗談を言っているわけでもなく、ただの普通の会話。それなのに2人はニコニコと笑い、時には高笑いをする。

 理解ができなかった。

 俺はそんな会話に聞き耳を立てながら、くだらないっと本気で思っていた。思っていたのだ。

 彼女。北村舞香は、楽しそうに身振り手振りを織り交ぜながら話をする。屈託のない笑顔で、俺を真っ直ぐ見て。

 「ーーだけど面白いよね?」

 前振りもない、オチもない。ついでに中身もない。面白い要素など皆無だった。そんなふうに思っていると自然と口から言葉が出てきた。

 「いや、いいね、面白い」

 体験してみて初めてわかった事がある。

 会話の中身などさして重要ではない事だ。

 一歩引いて傍観者として話を聞いていれば、これはつまらない話であったが、しかし、いざ当事者として話てみればこれがまた不思議と面白いと感じるのだ。理由はわからない。他のクラスに声掛けをする共通の出来事があったからなのか、はたまた、異性と話す喜びが感覚を狂わせるのか……。中学生の俺にそんな難しいことなどわかるはずなどなく、ただわかっている事は、北村舞香との会話が楽しということだーー殆ど彼女が喋っていて、俺は相槌を入れているだけなんだけれど。

 「まだ6限終わるまで時間あるね」

 「そうだね」

 彼女のマシンガントークが一息ついたとこで時計を見てみると、

 「あと30分くらいか」

 「んー、そうだ。今日お昼にみんなで占いやってたんだけど、暇つぶしにやってみる?」

 「そうだな、とりあえず時間もあるし、やってみようかな」

 俺がそう言うと、彼女は足元に置いてあったスクールバックから一冊の本を取り出し、机の上に置いた。

 「最近女子の間で流行ってる占いの本で、昨日やっと買えたんだ」

 ふーんっと思いつつ置かれた本のタイトルを見てみると、

 「よく当たる危険な占い……」

 本当にこんな本が女子の間で流行っているのだろうか。

 半信半疑だが、まぁ、女子って占いとか好きだし、たぶん流行ってるんだろう。ここで疑っていては話が進まない。

 「まず第一章から進めていこうか」

 「え? 占いってそんなRPGみたいな感じだっけ?」

 「ふっふーん、これが最先端の占いなんですよ」

 なぜか得意げに言う。

 「まあいいや、とにかくやってみよう」

 「じゃあ第一章スタートします」

 彼女がページを捲るとそこには確かに、第一章とデカデカと書かれていたーーそれにしても、なんかもっといいデザインとかなかったのかよ。1ページまるまるこれはちょっとセンスを疑う。しかも文字以外は真っ白だし。

 俺が占いとは全く関係ないところにいちゃもんをつけている間に、占いは進んで行く。

 「あ、そうだ、この占いは4つの選択肢から自分に合うものをどんどん選んで進めて行くんだけど、何を選んだか忘れない様にメモを取っておいた方がいいよ」

 そう彼女が言うと、バッグからどかで見た事のあるノートを取り出し、昨日と同じようにページを勢いよく引き千切り始めた。

 「はい、どうぞ。ペンもこれ使っていいから」

 「あ、ありがとう」

 わざわざノートを切らなくてもいいと思うがーーこの美術室内を探せば紙などいくらでもありそうなもんだけどな……。

 「じゃあ進めるね。えっと、まずは……。あなたはある職業に就いています。その職業を思い浮かべて最も近いものを選んで下さい」

 あれ? 意外と普通だな。もっと変な質問が飛んでくるかと思ったが。

 これはあれか、今自分がなりたい職業とか業種を占ってくれる類の質問か。まぁ中学生レベルの占いだし案外簡単なものかもしれない。

 「そうだな……サラリーマンかな」

 相変わらず面白くも何ともない普通の回答だった。

 「桜花はサラリーマンですか。なるほど。そうなると3番が該当するかな」

 「ちなみに選択肢ってどんなのがあるんだ?」

 「ん? えっとね。1番がファイター。2番が剣士。3番が奴隷。4番が狩人だね」

 「ちょっと待て! 色々とツッコミを入れたいところだけれど、先ず言いたいのはこれは断じて占いではない。それにサラリーマンが奴隷という事にも異議申し立てる」

 「桜花焦りすぎ。まだ第一章だよ? まずは一通りプレイしてから文句を言って欲しいかな」

 まあ確かに彼女の言う通りまだ一問目だし、ここで文句言ってもしょうがないか。

 「ていうか、今プレイって言ったか?」

 占いでプレイとか聞いたことねーよ。やっぱりRPG系のゲームだろこれ。

 「さあ続きをいきましょう」

 俺の質問を軽くスルーすると、彼女は続きを読み始めた。

 「さあ、職業が決まったら次は目的地を決めましょう。あなたが今1番行きたいところを頭に浮かべてみて下さい。浮かべたらそれにもっとも近いものを選んで下さい」

 行きたいところね……。

 別に旅行に興味があるわけじゃないし、特別に思い入れのある土地もない。

 んー、案外思いつかないもんだな。

 この手の質問にスパッと回答できる奴って、実は頭の回転が早いのかもしれないと思った。

 「家……かな。自分の家」

 読みかけの漫画だったり、まだクリアしてないゲームとかあるし。

 「家か、家だと……また3かな」

 3か……。

 同じ数字だと不吉な予感がするが仮にも女子中学生の間で流行るものだし、選択肢には恐らく、動物園やテーマパークなどの女子中学生が好きそうなものに違いない。そうなれば家はどんなカテゴリーに分類されるのだろうか。

 ……自宅とか?

 んー特にこれといって思いつかない。

 「では結果を読み上げます。1番が新大陸、2番が海底神殿、3番がラスボスの間、4が王都です」

 俺はこの本が占いの本であることを忘れることにし、これはRPGの本で、今は職業選択と目的地を決めているんだと思い込むようにしたーーきっとツッコむだけ無駄な気がするし。

 「スタートしていきなりラスボスとか無理ゲーじゃん。それ必ず負けるイベント戦じゃなきゃツミだぞ」

 しかも俺、職業奴隷だし。どうやったて勝ち目はない。

 「それにどうして家がラスボスの間なんだ? どっちかと言えば王都の方が近いじゃん」

 「桜花はゲームとか最後までクリアしない派なの? ラスボスを倒すと2周目が始まって最初に戻るんだよ。しかも強いまま」

 「スタートが家だとは限らないだろ? もしかしたら敵に囚われていて、施設から脱出するところからスタートかもしれないし」

 「舞香がやったゲームにそんなの無かったからその設定は無効です」

 「そんな横暴な!」

 「ゲームマスターの言うことは絶対。これはどんなゲームにも……占いにも言える事だよ」

 ゲームマスターなのに占いをやってる設定すら忘れかけてるし……。

 「まあいいや。続きを……」

 ここで6限の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 彼女は開いていた占いの本を閉じるとそれをバックの中に放り込み、帰り支度を始める。

 「今日はここまでだね。今度続きやるから、そのメモ用紙は捨てないで持っておいてね」

 これ続けるのか。

 続けるにしても、もう一回最初からやりたいものだがーー流石に職業奴隷はな……。それに恐らく、この先モンスターとか出てきて戦わなきゃならなくなりそうだし。

 「それじゃ、先にクラスに戻ってるね」

 今日も彼女は早々に美術室から出て行く。

 ……。

 「また続きができるのか」

 女子と遊ぶ約束があるって、いいな。

 心が躍るとは、言い得て妙だな。世の中の男も次に会う約束ができた時はこんな気持ちになるのだろうか。

 「そういえば、このペン返すの忘れてたな」

 それはメモ用に彼女が貸してくれペンで、持つところがゲル状になっており強く握っても指が痛くならない仕様になっている。

 特に何か書こうと思ったわけではないが、何となくペンを握るとゲルがグニュっと潰れ指を包み込むようにその形状を変える。

 グニュグニュ。

 何とも言えない感触が癖になりそうだ。

 ん? そういえばこのペンって、彼女もよく使うのかな?

 「……」

 そりゃ彼女の持ち物だし、普通に使ってるよな。

 「…………」

 これって、間接的に彼女と手を握っていることになるんじゃないだろうか?

 他人が使っていたペンを使ったくらいで間接手繋ぎとか大袈裟と言う輩もいるだろう。だが考えてみて欲しい。

 間接キス。

 なぜ間接キスはあれ程までに意識してしまうのか。俺が思うに、それは恋人としかしない行為を連想させるからに他ならいと考えている。間接キスであればもちろんキス。キスという行為はお互いに好きな者同士が行うもの。つまりは恋人、もしくは付き合う一歩手前の状況くらいにはなっているだろう。そのくらいの関係性がなければ決して行うことの出来ない行為だからこそ、人は間接的にではあるけれど、それを想像、連想させる行為に惹かれるのものだと思う。

 では、今回の場合はどうだろうか?

 男女間で手を繋ぐ行為、それもキスと同様にそれなりの関係性がなければ起こり得ない行為だと俺は思っている。そんな出来事が、間接的にではあるが今まさに起っている。だが、間接キスに比べ間接手繋ぎはそこまで興味を惹かれるものじゃない事も理解している。手を繋ぐ行為は男女間における初歩的な行為であるので、どうしても上位の行為に比べ魅力が減ってしまう。そしてこれも悲しい現実だが、女子に免疫がある奴ほど間接手繋ぎの魅力に気が付けない。俺のように女子に免疫がない者からすれば、女子と手を繋ぐ行為は手が届かないものだからこそ惹かれる。

 …………。

 グニュグニュ。

 ではどうだろか? 手を繋ぐ行為の上位互換。

 恋人繋ぎなら。

 指と指を絡ませるこの行為。キスへの登竜門と言っても過言ではないだろう。キスには一歩及ばないかもしれないが、それでも手を繋ぐ行為の上位であることは間違いない。

 もし、そんな恋人繋ぎを連想させる行為、間接恋人繋ぎならば多くの人が間接キスと同様にその魅力に取り憑かれること間違いない。だが間接恋人繋ぎには大きな問題がある、それは再現難易度。この難易度に限っては間接キスを大きく上回る。指と指を絡ませる恋人繋ぎをどのように再現するのか、俺はこの問題に心血を注ぎ込み考えた時期があったが答えは出なかった。

 そう。

 今この瞬間までは。

 今俺が持っているペンは彼女が使っているもの。そのペンの持つ部分には指を痛めないようにゲルでできている。このゲルはペンを握ると指を包み込むように凹んでいき、指がこのゲルに包み込まれることで、指の負荷を軽減できる。

 「…………」

 グニュグニュ。

 そして今は俺の指の負荷を軽減している。

 残念ながら薬指と小指は仲間外れだが、5本中3本が触れているのでこれは間接恋人繋ぎと言ってもいいだろう。

 グニュ……。

 「…………………………………………」

 教室に戻るか。

 クラスで目立つようなことはしたくないので、帰りのホームルームに遅れるのはまずい。

 俺はスクールバックを教室に置いてあるので、とりあえず彼女から借りたペンをズボンのポケットに入れ美術室を後にした。




 10月8日。この日は午後の芸術祭準備はなく、全校生徒が体育館に集められた。

 「ーーーーーーーー」

 「ーーーーーーーー」

 この日は吹奏楽部の壮行会が行われており、我が校の吹奏楽部は全国レベルらしいので毎年この時期になると壮行会が行われる。壮行会を仕切るメンバーは体育祭の応援団。彼らが吹奏楽部の部員に向けエールを送る。俺達一般の生徒は体育座りのままその壮行会を眺めるだけである。

 そんな賑わいをみせる体育館の中で、俺は占いをやる約束が1日延びたことに酷く気分を落としていた。

 「暇だな」

 そう話しかけてきたのはクラスで数少ない俺の友人の佐々木悠斗だ。

 「んー、そうだね」

 「何だよ元気ないじゃん。もしかしてまだ芸術祭の役割分担の事で怒ってるのか? あれはちゃんと謝ったじゃん」

 休んでた俺も悪いのだが、どうして一緒のグループにしておいてくれなかったのかと、数日前に佐々木に詰め寄ったことがあった。

 「あんまり引きずってるとモテないぞ」

 「うるせぇ」

 今はそんな昔のことなんてどうでもよく、昨日途中で終わってしまった北村舞香との占いを早く続けたかった。

 「見てみろよ、副団長の胸とかめっちゃ揺れてるよ」

 「まじ!?」

 応援団のエールは続いており、今は正拳突きをしながら吹奏楽を鼓舞している最中だ。

 俺は副団長の動きに注目した。確かに、正拳突きを繰り出すたび胸が揺れる。女子にしては身長も高く、ガタイもしっかりしていて中学生というよりは高校生のように見えたーー確か副団長は3年生で来年は高校生だしそうも見えるか。

 「いいよなー。年上のお姉さん感出てて、俺は年上のお姉さんに癒されたい」

 佐々木は聞いてもいないのに勝手に自分の理想を語る。でも、その気持ちわからなくもない。俺も年上のお姉さんに優しくリードとかされたい。

 「わかる。それめっちゃわかる」

 「来年は俺らが最高学年だし、年上いなくなるな。いっそ先生とか狙ってみる?」

 「俺は遠慮しておく。そもそもこの学校の女教師ってみんな40は超えてるぞ?」

 「嘘! 1組の担任とかめっちゃ若く見えるじゃん。30くらいかと思ってた」

 「ほんとほんと。昨日職員室行った時に先生方のプロフィールが書いてある紙があってこっそり見たから」

 先日、職員室に呼ばれたときに担任の机の上に置いてあった紙を見つけ、担任が喋っている間はその紙をずっと見ていた。俺も佐々木の言う通り、その紙を見るまでは1組の担任が40超えているとは思いもしなかった。

 「仕方がない。高校に入るまでは彼女作らないでおくか」

 「作らないじゃなくて、できないだろ?」

 「はい、ブーメラン」

 「すまんな、これはブーメランじゃなくて銃なんだ」

 そんなくだらい話は壮行会が終わるまで続いた。

 壮行会が終わり、クラスで帰りのホームルームが始まるまでは教室内で各自自由時間となっていた。各々がいつもの慣れ親しんだグループで固り駄弁っているなか、俺もクラスメイトで友人の太田岬と雑談をする。ちなみに佐々木はどのグループにも顔を出す奴で、今はイケイケグループの連中と仲良く話している真っ最中だ。

 「太田は好きなタイプとかある?」

 つい先ほど佐々木が自分のタイプを話していたのを思い出し、太田にも聞いてみることにした。

 「うち? うちはメイドかな」

 「メイドってあのメイド? ご主人様おかえりなさいませ的なやつ」

 「そうそう。早く高校生になってバイトして、メイドカフェに行くのが夢なんだ」

 メイドとは、俺の予想の斜め上をきたな。これはなんと反応するのが正解なんだろうかーー俺の中では太田は年下が好きそうだったので意外だった。

 「確かに可愛いもんな、メイド。あのヒラヒラした服装とか」

 「高上、それはどのメイド服のことを言っているのかな?」

 太田の目つきが何だか鋭くなったような感じがするし、そもそもメイド服に種類なんてあるのか? 

 「え……えっと、ほら、青い服の上に白いエプロンみたいなの着てるやつかな」

 「ちなみにスカートの長さは?」

 「足が全部隠れるくらいの長さかな」

 「なるほどなるほど。高上はオーソドックス派ですか。まあ、シンプルにして王道。さすが高上。いいチョイスだ」

 「あ、ありがとう」

 どうやらお気に召したようでよかった。

 「最近はゲームの影響なのか、そんな王道を逸脱したものが多すぎるんだよ。特にあれ、ミニスカ。あれは何だ? メイド服という神聖なものを冒涜している。メイド服が着ている人間の魅力を引き出すのであって、肌を露出して男の興味を惹くための道具として使っていることに怒りすら感じるよ」

 「太田がそこまでメイド服に熱心だったなんて知らなかったよ」

 「まぁ、こんな話したら絶対に嫌われるじゃん? でも高上ってクラスで他に喋るやつ殆どいなし、他のクラスにも友達いないからさ。いいかなって」

 「信頼してくれ嬉しいけど、さすがの俺にも他のクラスに友達いるぞ」

 「例えば?」

 「い、1組にいるやつとか」

 「他は?」

 「…………」

 太田は俺の肩をぽんっと叩き、それっていないのも同然だぜっと親指を立てて言った。

 お前だって俺よりかは友達多いかもしれなけど大して変わらないくせに。

 「そういや、友達多い自慢とか、クラスの人気者と仲がいいんだぜ、とか、自慢してくるやつたまにいるよな」

 「それ、うちもよく聞くな。あれって友達が少ないもの同士でマウント取るためにやってるよね。俺友達こんなにいるからお前よりすごいんだぞ、みたいな」

 確かにそういう奴って人を見下してくるやつが多いな。現に俺もされたことあるし。

 「自分より下のやつ見つけて安心したいんだよな、きっと」

 「うちらみたいに日陰者って認めちゃえば楽なのに。それに変に友達多い自慢なんかしてたらさ、いざって時に絶対痛い目みるから」

 「だよね」

 本当に友達や知り合いが多いやつはそれを自慢しない。

 それを身をもって知ったのは昨日の出来事。彼女は当たり前のように、それが一般常識であるかのように言うのだ。決して友人の多さをひけらかすような事はしな。それが彼女にとっての普通なのだから。

 そうそう、昨日の出来事といえば本当にあの占いが流行ってるのか、太田なら何か知っているかもしれないし、聞いてみるか。

 「太田って女子で流行りしてるものとか知ってる? 例えば占いとか」

 「それ聞く相手間違えてない? 高上が知らない女子の事はうちも知らない。そもそも、うちらが女子の流行り物を知る必要がある? 女子と喋らないのに」

 「それもそうだな……はは」

 すまない太田。俺はすでに間接恋人繋ぎまでした恋愛上級者なのだ。しかも次に会う約束までしている。

 だけど、どんな事があろうと俺はお前を裏切らない。

 裏切られた時の辛さを、俺は知っているから。

 日陰者が光の誘惑に惑わされ何人もこちら側を去っていくのを見てきた。そしてリア充になる者、イケイケのグループに入る者など、どんどんクラスカーストの階段を登っていった。そんな……そんな奴らはみんな楽しそうに笑うんだ。最下層にいた時には見たことのない笑顔で、いきいきと。それをただ指を咥えて見てる事しかできない辛さときたら……たまったもんじゃない。そして最終的には最下層の人間を見下し始める。かつて仲が良かったやつも例外なく。

 そんな事を太田には経験してほしくなかったーーだって馬鹿みたいだし。そんな事で人間の優劣を決め、見下すなんて。

 「もしかして高上……女子の気を引くために? それだったらやめといた方がいいよ。悲しい結末しか見えないから」

 「いやいや、こういう地道な努力がモテる男への近道だぜ」

 「近道どころか、遠回りしてるじゃん。そもそも本当に道を歩いてる?」

 「……たぶんね」

 結果が出ていない以上、反論してもこちらが言い負かされるのは目に見えているので、この辺で撤退するべきだろう。

 「あーほらほら、先生もうじき来るから席に戻れよ」

 時計を見ると、帰りのホームルームまであと5分程のところまで分針が来ていたので、太田に自分の席に戻るように言った。

 はいはいっと言いながら太田は自分の席に戻って行く。そんな太田の後ろ姿を眺めていると、太田のその先に彼女の姿を見た。

 北村舞香は友人3人と仲良く喋っており、美術室で見る彼女の表情と何ら変わりはなかったーーもしかしたら、あの美術室での笑顔は俺だけに見せる笑顔なのかもと勝手に期待していたが、そんな事はなかった。

 彼女も心待ちにしているのだろうか? 

 俺とまたあの占いの続きをやることに。もしそうなら……、

 いや、ないな。それはない。

 あれは単なる暇つぶしだし、それにやっと買えた本って言ってたし、とにかく占いをやって見たかったのだろう。あの場にいたのが俺じゃなくても、彼女は占いをやっていたに違いない。

 過度な期待はしない。

 人生平穏に過ごすのにはこれが1番だ、と中学2年生が生意気な事を言ってみた。

 分針が6を指すと帰りのホームルーム開始のチャイムが鳴り始める。それと同時に担任が教室前方のドアを開け教室に入ってくる。今日も大したことのない連絡事項が伝えられるだけなので、俺はホームルーム中に机の中にある教科書などをせっせとスクールバックの中に突っ込み、ホームルームの終わりと同時にすぐに教室から出れるように準備を進めた。別に早く部活に行きたいとかではなく、放課後の教室はリア充どもの巣窟になるので、出来る限り教室に残っていたくないーー別にリア充具合を見せつけられて妬ましいとか、羨ましいとかそういうのではない。決して。

  ホームルームが終わると教室内が再びクラスメイトの話し声で賑わい始める。俺はそれを尻目に、教科書などが入って重くなったスクールバックを背負い教室後方の扉へ早足で向かう。

 2年生になってからはこれが完全にルーチンワークになっており、ホームルームが終われば、放課後の教室に興味を示す事なく、ただただ早足で教室を後にする。たまに変化があるとすれば、クラスの数少ない友人が、じゃあなっと挨拶してくるくらいだろうか。

 そんなルーチンワークが卒業まで続くんだろうなって思っていた。

 『彼女は放課後、すぐに部活に行くのだろうか?』

 そんな、そんなどうでもいいような事が頭に浮かんでくるまでは。

 疑問を持ったと同時に、俺は足を止めたーーそしてそれは、2年生になってから続けてきたルーチンワークが初めて止まった瞬間でもあった。

 彼女がいる方へ振り向けばそんな疑問など簡単に解決できる。だけど、なぜだか背負ったスクールバックがいつもよりも重くて上手く振り向けない。それも少しではなく、かなり重い。

 今日ってそんなに荷物多かったっけ?

 いや、そんなことはない。むしろ午後の授業が無い分いつもよりも荷物が少ないはずである。

 では、誰かが悪戯で俺のスクールバックに体重をかけて引っ張ってる……もないな。俺に悪戯を仕掛けてくるような友達はいない。

 「…………」

 もしかしたら幽霊の類かもしれない。学校の七不思議なんて馬鹿みたいな話があるが、火の無い所に煙は立たないって言うし……。

 そんなことを考え始めると、いつしか俺の頭は『彼女は放課後、すぐに部活に行くのだろうか?』 から 『どうすれば幽霊から逃れられるか』 にシフトしていった。

 幽霊が悪戯をする場合、ある条件を満たしたときや、ある特定の場所に人が来たときが多い……気がするーー俺が知っている幽霊の話はそんなのばっかりだし。

 もしそうだとしたら今回は前者が当てはまるのではないだろうか。後者の場合、このクラスに初めて来たのなら可能性はあったかもしれない。だが俺はすでにこのクラスに半年は通っているわけで、その可能性はかなり0に近いだろう。それによく聞くのは使われなくなった旧校舎など、普段誰も立ち入らない場所がほとんどだしなーー今のご時世、使われなくなった旧校舎なんてものが本当にあるのかすらわからんが、俺は少なくとも無人の旧校舎がある学校なんて聞いた事がない。

 では前者についてだが、俺は今日初めて自分のルーチンワークを破った。ではそれが今回のトリガーとなったかというと、そうでもない気がする。あまりにも限定的すぎる。

 んーそうなると、他の可能性は……。

 あれ? そもそもなんで俺立ち止まったんだっけ?

 幽霊が俺に悪戯したから……違うな。何で幽霊が俺に悪戯したのか……。

 「…………」

 あ、

 『彼女は放課後、すぐに部活に行くのだろうか?』

 そうだ。そうだった。彼女の事が気になってそれで……振り返ろうとしたけど振り返れなくて。

 何してんだろうな……俺。

 すると突然背中を誰かに押され、俺は一瞬幽霊が襲いかかって来たのかもしれいと思ったが、正体はちゃんとした人間で、それも知った声の持ち主だった。

 「高上なにぼーっとしてんだよ、部活遅れるぞ」

 声で佐々木だとわかった瞬間、こわばっていた体から力が抜けていくのを感じた。佐々木は俺を気に止めることもなく、声をかけるとそのまま教室を出て行ってしまう。

 「あぁ、悪い。すぐ行く」

 彼女の事が気になるが、まあ、明日また美術室で会えるしいいか。

 もうすっかり幽霊のことなど忘れて、走って教室を出て行った佐々木の後を追うように、俺も教室を後にした。




 10月9日。

 俺は家を出てからお昼の時間までは最高にテンションが高かった。なぜなら2日前に人生で初めて女子と遊ぶ約束をし、今日がその日なのだからこれはテンションが上がらずにいられるだろうか。壮行会がなければ昨日その約束が果たされるはずだったが、今にしてみれば1日間隔を置くことで、今日という日をより楽しめる気がする。それは美味しいご飯を食べるときに、何も食べず空腹を我慢する事で、ご馳走がより一層美味しくなるかのように。

 今日は少し早めに美術室に行くため、昼食を終えすぐに美術室に向かった。女子と遊ぶ約束をして相手より遅れるなんてことは紳士としてできないからな。

 俺は美術室の前に着き、閉まっていた入り口のドアを開けようとすると、

 「あれ? 今日はやけに固いな」

 美術室のドアはなぜか錆び付いて、他の教室のドアに比べやたらと開けにくいんだけれど、ここまでびくともしないのは初めてだ。

 「仕方ない。両手で行くか」

 両手をしっかりとドアに引っ掛け、体重を乗せて思いっきり引くと先程の固さが嘘のようにドアが簡単にスライドし、バンっと大きな音を立てて開いた。

 「うおぉ!」

 自分で開けておいて自分が1番ビックリしている。まさか両手で引っ張っただけでこんなに簡単に開くなんて思いもしなかったーーここが自分のクラスじゃなくてよかった……。こんな目立つ入室の仕方なんてしたら調子に乗ってるとか思われそうだ。

 幸いにも今日は早めに美術室に来ているため、誰も来ていない……はずだった。

 「なになに、どうしたの……って桜花?」

 誰もいないと思っていた美術室にはすでに先客がいたようで、俺が勢いよくドアを開けたことに困惑している。

 「あーごめんごめん。なんかドアが固くてさ、ちょっと勢いよく引き過ぎちゃって」

 「そうだったんだ。てっきり桜花が不良になったかと思ったよ」

 俺のクラスでの立ち振る舞いを見ていれば絶対にそんな言葉は出てこないと思うのだが……まぁ、見ていればの話だが。

 「俺が不良になることは天変地異が起こってもありえないね。そもそも俺は暴力反対派だ」

 入り口のドアを閉めたあと、特に意識することなく、何となく彼女が座っていた席の正面の席に腰掛けた。

 「見るからにそんな感じだしね。クラスでもかなり大人しい方だし」

 あれ、それってクラスで俺の事を気にかけてくてれたってこと?

 そう思った途端、心臓の鼓動が1回だけーードクン、と大きく跳ねたような気がしたが、それはきっと席に座った衝撃が体に響いただけだと思う。それに気にしている、していない関わらず、同じ空間で何ヶ月も一緒に過ごしていれば自然とわかるもんだし。俺だってクラス全員の顔や名前を覚えているわけではないが、クラスで大人しい奴かイケイケな奴かくらいはわかる。

 「そうそう。俺はどちらかというと紳士だからな」

 「不良じゃないからって紳士とは限らならいでしょう。それに舞香は桜花のことよく知らないし、話し始めたのだって最近だし」

 でもーーと彼女が続けると、

 「優しいよね」

 俺の顔を真っ直ぐに見て彼女は言った。

 そんな彼女の顔を見て何だかよくわからないけど、すごく照れ臭くなって目線を彼女からから離しつつ、会話を続けた。

 「そ、それこそわかないだろ? 俺が優しいかなんて。そっちだって言ってたじゃん、話し始めたのは最近だって」

 確かに彼女は言っていた。話し始めたのは最近だと。それについては間違いない。俺も彼女、北村舞香と話した記憶がないのだから。それどころか、2年生になってからの半年、彼女を意識することなどまるでなく、大勢いるクラスメイトの1人という感じであった。

 「そうだね。だからーー」

 ニッコ、と笑いながら、俺の目を覗き込むように視線をぶつけて、彼女は言った。

 「もっと教えてよ。桜花のこと」

 今度は視線をーー外せなかった。

 彼女の視線と俺の視線がぶつかる数秒。この数秒という短さが、こんなにも長く感じたのは人生で初めての経験だった。

 「…………」

 俺が返す言葉に迷っていると、彼女の笑顔がだんだんと不気味な笑みに変化して、ふっふっふ、と何ともわざとらしく笑い始める。

 「そう、桜花のことを教えてもらいましょう。この占いの続きで!」

 「はぁ?」

 「え、何その反応、この前約束したじゃん。また続きやろうって。まさか紳士なのに忘れちゃったの?」

 あ、占いか。そうだよな占いだよな占い占い……ーー俺は何を期待していたのだろうか、そんな漫画みたいな展開あるわけないのに。最近漫画の読み過ぎかな。そういや漫画のセリフで『これだからキモいんだよ。女にモテないやつは』ってあったな……今の俺みたいなやつの事を言っているに違いない。

 「覚えてる覚えてる。占いだろ。いやーめっちゃ楽しみ過ぎて昨日寝れなかったよ」

 「さすが全国の女子中学生の間で流行ってるだけあって、男子も虜にしちゃうかー」

 本当に占いかどうかも怪しいがな、てか、

 「占いなのに俺のことがわかるのか?」

 「実はこの本、占いに性格診断、その他諸々と色々できちゃうんですよ」

 ……ますます胡散臭くなってきた。

 今度帰りに本屋に寄ってこの本を探してみよう。このまま中身を知らずにやってたらとんでもない判定とか出そうだし。

 「そんなに楽しみにしてたところ桜花には申し訳ないけれど、今日は占いの続きはできません」

 「え、そうなの?」

 あれだけ長いフリをしたのにやらないのかよっとツッコミたくなったけれど、それよりも、なぜ占いが出来ないのかの方が気になった。

 「これなーんだ?」   

 そう言って彼女が足元から出してきたのは、パンパンになったスーパーの袋。

 「スーパーの袋……なんだろうけど、何が入ってるんだ?」

 「桜花って実は忘れん坊? それとも頭に異常が……」

 「俺は普通の人間だよ。まぁ、興味がないことはすぐに忘れちゃう方かもしれないけど」

 なんか段々と俺に対しての扱いが雑になってきてるような気がする。

 「そんな忘れっぽい桜花にヒントを出してあげる。何で今日は美術室に来たの?」

 美術室に来た理由……それは2日前に彼女と遊ぶ約束をしたからに他ならない。本来、壮行会なんてものがなければ昨日遊べていたんだけれど。

 「それは占いをやる約束したから……かな」

 「そんなにあの占い気に入ってくれたんだ」

 嬉しいなっとギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で彼女が言った。

 「だけど違います。もっと根本的なことだよ」

 ほらほらーっと煽る彼女を無視ししつつ、

 「んー、根本的なこと。何で美術室に……、最初は……絵の具のーーあ!」

 絵の具だ。ペットボトルの蓋に色を塗るための塗料の確認に来たんだ。

 そうなると、

 「それってペットボルの蓋?」

 「ピンポーン、正解。しかも一袋だけじゃなくて、教卓の所にもあるだよね」

 彼女が指を刺す方を見てみると、そこにはパンパンに膨れたスーパーの袋が4つほど無造作に置かれていた。

 「すげー。どうしたのこんなに?」

 「この前他のクラスに声かけしたでしょう? そうしたら今日いろんな人が持って来てくれて。だから今日は運ぶのもあったから早めに来たんだ」

 これが人脈の力か。

 例え俺が全てのクラスに声をかけていたとしても、これだけの数が集まる事は無かっただろう。人間、仲の良い友達や知り合いなんかのお願いだったら協力しようっとなるが、見ず知らずの人のために協力する、なんてなかなかないだろう。

 「それなら俺にも一声かけてくれればいいのに。同じクラスなんだし」

 「あーでも、持って来てくれたのってお昼だし、桜花はお昼になるとお弁当持ってどっか行っちゃうから……すれ違いってやつ?」

 「そうだったんだ。ごめんな、手伝えなくて」

 お昼は教室で食べずに太田と佐々木と3人であまり人が来ない図工教室のベランダでお昼を食べている。

 「全然大丈夫。ペットボトルの蓋ってこれだけ集まっても全然重たくないから」

 「それでも次からは声をかけてくれよ。あと、午後が始まる前に運ばなきゃいけないなんて事もないんだし、俺が教室にお弁当を置きに行くまで待っててくれていいから」

 いくら軽いといっても、パンパンに膨んだスーパーの袋を5つも運んでいたら大変だろう。

 「じゃあ、次からはそうするね」

 「おう」

 いい感じに話が終わると、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 「よーし。ちょうどチャイムも鳴ったし、今日は色塗り頑張るかー。えっとね、この紙にざっくり何色の蓋が何個とか書いてあるから、これ見ながら進めようか」

 こうして準備期間開始4日目にして、ようやく作業スタートである。

 ーー色を塗るだけの簡単な作業だが、簡単な作業ほど性格って出やすいんだな、と思った。

 彼女は几帳面にムラなく綺麗に塗る一方、作業スピードはそこまで早くない。それに対して俺は彼女と正反対で、塗り残しこそないものの、絵の具の塗料の厚みが均一ではなく、少し表面がボコボコしているように見える。だがそこまで几帳面にならないぶん、作業スピードは早く、すでに彼女の2倍以上は塗り終わっている状況である。

 「桜花って一つの作業に集中するタイプだよね」

 筆先を上手く使い、蓋の凹凸部分に色を塗りながら彼女は言った。

 「んー確かに、他のことをしながらだと集中力が切れちゃうかな」

 筆に大量の塗料を付けて、物量で蓋の凹凸部分に色を塗りながら俺は言った。

 「そっちは逆に、色々と並行して作業するよな」

 彼女はある程度作業が進むと、現在の進捗状況を紙に書きながら作業を進めて行く。俺から見れば何だか忙しなくバタバタと作業しているな、と感じる。

 「桜花はシングルタスクとマルチタスクって聞いたことある?」

 「いや、聞いたこない」

 「シングルタスクは今の桜花みたいタイプの人のことで、舞香みたいに複数の作業を同時にやる人のことをマルチタスクって言うらしんだよね」

 「ふーん。それだと同時にいろんなことができる方が得じゃない? マルチタスクの方が有能そう」

 「それがそうでもないらしいんだよね。マルチタスクだと複数のことに集中しなきゃいけなくなるから、ケアレスミスが多くなったり、集中力の持続が難しいくて、逆にシングルタスクは一つのことに集中するから、集中力が持続しやすくて、作業がよく進むらしいよ」

 「良いところもあれば悪いところもある感じなのか」

 今まで意識したことは無かったけれど、言われてみれば確かに一つの作業に没頭して終わるまでは案外ぶっ続けでやったりするな。

 「でも嫌いな事は流石に集中力が続かないな。そもそも集中するとかしないとかの前にスタートしらしない」

 逆にゲームや漫画など好きなことならば、放っておいたらいつまでもやっていられる自信がある。

 「まぁ人間誰しもそんな感じだよね。ちなみに桜花は何が嫌いなの? 部活動は運動部だし、運動が嫌いって事はなさそうだし」

 「勉強……かな。家に帰って予習復習なんてしないし、正直、宿題やるだけで精一杯。そっちは何だろ? 運動とか?」

 「桜花すごいね、正解。何でわかったの?」

 「運動系の部活に入ってないから、運動苦手なのかなって」

 恐らく運動部に所属せず、文化系の部活動に入っている奴は大抵そう思われていると思う。

 「そうなんだよね。舞香昔から運動苦手てで……」

 体型もスポーツしているような感じではないしな。

 運動部に所属している女子は華奢で細身の奴が多いけれど、彼女は柔らかそうなプニっとした肌の持ち主。それは決して太っているからとかではなく、むしろ標準体型ではないだろうかーー中学2年生女子の標準なんて知らないが……。

 男子はむしろこういう女子の方が好きそう。

 「いいよねー、運動できて」

 「俺なんかが運動できる方には入らないよ。もっとすごいやつなんか沢山いるし」

 「でも舞香に比べたら桜花運動できるじゃん」

 「んー、男子と女子だから何とも言えないけど……、俺は男子の中だと下の方だし、やっぱり運動できる方だとは思わないな……よし、塗り終わったー」

 5袋ある内の1袋を塗り終え、無事に今日のノルマを達成。

 彼女の方は……まだ半分といったところだろうか。仕方がない、ここは手伝って好感度を少しでも上げておくとしますかーーなにせ初日のマイナス分がデカ過ぎたので稼げるうちに稼いでおきたい。

 「俺の方は終わったから、そっち手伝うよ」

 まだ半分ほどしか減っていない袋に手を突っ込み、中から無造作に蓋を取り出すと、炭酸飲料の蓋だろうか? やたらと甘い匂いが鼻を擽る。

 「ちゃんと洗ってないなこれ。ちょっと水道行って洗ってくるから休憩してていいよ」

 取り出した蓋を袋の中に戻したあと、袋ごと手に取り中に入っている蓋を一旦全て洗おうと水道に向かおうとすると、

 「舞香も行くよ」

 そう言うと、席を立ち上がり付いて来ようとする彼女。

 「いいっていいって。休憩してなよ。ささっと洗いに行っちゃうからさ」

 彼女が付いてくる前に急足で教室から出た。

 せっかく好感度を稼げるチャンスなので、彼女には是非とも美術室でゆっくりしていてもらいたい。

 俺は美術室を出て理科室に向かった。蓋を洗うだけなので美術室の近くにあるトイレで済む話だが、トイレで洗った物を使うってあんまり印象が良くないかもしれないと思い、理科室の水道を使うことにした。

 当たり前だが、芸術会の準備で理科室を使う者などおらず、教室内は水の流れる音と、プラスチック同士がぶつかる音が響いていた。

 「…………」

 『もっと教えてよ。桜花のこと』

 彼女の言葉が頭の中で永遠とリピートする。

 占いの事を言っていたのであって、決して何か別の意図があった訳ではないと理解はしているがーーその言葉を、意識せずにはいられない。俺がモテない男子だからとかではなく、大半の男子はそんな思わせぶりな言葉をかけられれば意識してしまうんじゃないか?

 わざとやってるんだか無意識でやってるんだか。

 まだ彼女と話し始めて日が浅いが、俺はわざとやっているんじゃないかと思ってしまう。たったの数日で人の事をいじってくるようなやつだし。

 始めは距離感がおかしい奴だと思っていたが、改めて考えると、彼女の人脈でこんなに蓋が集まったわけだし、友好関係の構築として見れば正しいのは彼女の方ではないだろうか。

 「…………」

 人間関係を正しい、間違ってる。そんな事でしか判断できない俺の方がおかしいのかもしれないーーそれはやはり、現実を見れば火を見るよりも明らかで、俺は友達が少なく、彼女は広い友好関係を持っている。仮に彼女が正しいとしても、彼女と同じように他人と接する事ができるかと言われれば、今の状況では無理だ。俺がどんなキャラクターで、どういった存在かをみんなが知っている。もし変われる可能性があるとすれば、一旦キャラクターがリセットされる1年と6ヶ月後。

 それまでは平穏に過ごせればいいのだ。無理をして虐めの標的にでもなったら最悪だ。

 「…………」

 蓋を洗いながら別の事を考える。これはマルチタスクになるのだろうか?

 ーー蓋を洗い終え、美術室に戻ると彼女はいなかった。すぐに戻って来るかもしれないと思い、席に座って待っていたが結局彼女は戻ってこなかった。

 彼女がやり残した作業を終わらせ、帰りのホームルームに遅れにように教室に戻ると、いつもの自分の席に座る彼女を見つけた。彼女は友人数人と楽しそうに話しており、俺が教室に戻ってきたことには気がついていない。

 何かあったのではないかと心配していたが、彼女の笑顔を見て一安心し、俺は自分の席に座ると、

 ん? なんかお尻が温かい。

 誰かが俺の席に座っていたのだろうか、座った椅子がかすかに温かく感じた。

 これがクラスの可愛い女子なら最高なのにな。

 そんな淡い期待を抱いていると、席につけー、ホームルーム始めるぞーっと今日もジャージ姿の担任が教室に入ってくる。俺はいつものように机の中から必要最低限の教科書などのスクールバックに詰め、ホームルームが終わった後すぐに教室から出れる準備を進めた。

 ホームルームが終わり教室を早足で出ようとした時に、ふと昨日の事を思い出した。

 そういやなんか彼女に聞こうと思ってたけど何だったっけ?

 んー、まあいいか。思い出せないって事は大した事じゃないんだろうし。

 今日は足を止める事なく教室を後にした。

 思い出せない事を、思い出そうとする努力もせずに。




 10月10日。

 自宅から中学校までは自転車通学で、おおよそ40分の道のりを毎日通学する。月曜日から金曜日は勉学に励むため、土曜日、日曜日は部活動のために。始めは40分の道のりが長く感じていたが、慣れてしまえばどうって事のない距離。そんな道のりを今日も快適に自転車を漕ぎながら通学する。

 県立北稲荷中学校。それが俺が通う中学校の名前。今年で創立88年らしく、それなりに古い学校。近隣には東稲荷中学校や稲荷中央高校などがあり、部活動でもよく交流試合を行ったりしている。

 駐輪場に到着。

 学年で自転車を止める場所が違うが、置き場所を守っている生徒は案外少なく、大抵は校舎に近い入り口側に止める奴が多い。

 俺は後から何か言われるのが面倒臭いので、指定された置き場所にきちんと自転車を止めて、盗難防止のために自転車に付いているロックとは別に、ダイヤル式のロックチェーンを自転車にし、4桁のダイヤルのうち、下一桁を1つずらしチェーンをロックする。

 学校の規定で自転車通学者は二重で鍵を掛けなければならず、とりあえず近場のホームセンターで1番安いやつを買って使っているが、下一桁を1つずらしてロックしているだけなのでセキュリティーレベルは非常に低いといえよう。

 登校する生徒を横目に、昇降口へ向かう。そして自分の下駄箱に靴を入れ、学校指定の上履き履き替えるのだが、ここでも俺は毎日欠かさずおこなっているルーチンワークがあり、それは佐々木と太田の下駄箱の確認で、彼らが学校に来ているかチェックしている。もし彼らが休みでもしたら俺は他に話し相手もいないし、1人寂しくお昼を食べなくてはならなくなる。そんな姿を他の奴に見られたら最後、俺は友達がいない可哀想な奴という烙印を押されてしまうに違いないので、朝のうちに対策を考える必要があるのだが、今のところそのような事態に陥ったことはない。

 そんな心配を解消するため、俺は今日も2人の下駄箱を確認する。 

 よしよし。

 今日も2人はちゃんと登校しているようで安心した。

 下駄箱に扉などは付いていないので、チラッと外靴があるか確認するだけでいい。流石に扉が付いていたらわざわざ開けてまで確認はしない。変なやつだと誤解されてしまう恐れがあるので。

 そんな毎日のルーチンワークだか、昨日から新たに追加された事がある。それは、

 北村舞香の下駄箱を確認することだ。

 特別意識したわけではなく、ただ何となく確認するようになった。

 別に彼女の外履きがあったとしても、今日も登校してるんだなあっと思うくらいで。当然学生なので登校しているわけなんだけれど。

 階段を登り2階にあるクラスに向かう。

 女子のパンツが見えないか毎日期待して階段を登り降りするが、残念なことに一度も拝めずにいる。そもそもうちの学校て校則が厳しくてみんなスカート長いんだよな。

 そんな厳しい校則にも負けず男子たちの間ではパンツスポットと呼ばれる場所が存在する。それはパンツが絶対に見える、といういものではなく、他の場所に比べパンツが見れる可能性が高い場所を指す。

 そんな夢の様な場所がこの学校内に存在する、らしいのだが、クラスカースト最下層の人間にはそのような情報が流れてこないので、肝心の場所を全く知らないのである。俺もクラスで聞き耳を立てて何とか情報をゲットできないかと色々と頑張っているが、今のところ成果はゼロである。

 階段を駆け上がっていく女子の後ろ姿を見てもーー脹脛が限界か……。

 これも毎日の事なので、特に気を落とすことなく教室に向かった。

 登校時間5分前くらいにクラスに到着するので、すでに大半のクラスメイトがが登校を終え、クラスで朝のホームルームを待っている。もちろん友人の佐々木、太田、そして……彼女も。

 席は、俺は真ん中の列の最後方。佐々木がクラスの入り口に最も近い席で、その後ろが太田。彼女は窓際の前から2列目の席。

 俺はこの席順のおかげで、後ろの入り口から目立たず席につけるのでありがたい。それに後ろの席なのでクラスメイトを一望できるのもこの席の良いところで、別に人間観察が趣味ではないけれど、何だかクラスメイトの全てを見ているようで優越感がすごい。

 先生もこんな気持ちなんだろうかと考えていると、佐々木が俺に気づいたらしく、右手を軽く挙げ挨拶する。俺も、よ、と言わんばかりに軽く右手を挙げ、挨拶を返す。

 朝はあまりテンションが上がらないので、できるなら人と話したくない。佐々木と太田の所にでも行けば普通に話すこともできるが、朝のこの時間だけは友達と一緒にいなくても周りの目が全く気にならない。

 そしていつも通り朝のホームルームが始まり、そして授業になる。

 勉強が嫌いな俺にとっては何ともつまらない時間だ。

 ーー今日も残るところ4限の体育の授業だけで、俺はここ数日、午後の芸術祭準備が近づくにつれてテンションが上がるようになってきており、それは表情にも現れ始めていた。

 「高上……どうした? ニヤニヤして気持ち悪いぞ」

 着替えを終え、グラウンドに向かっている最中のところで佐々木が言った。

 「え、そんなにニヤニヤしてた?」

 「なんかカエルを潰した時のような笑い方してる」

 「いや、どういう笑い方だよ、それ」

 カエルって潰すと笑うのか? 相当ドMの生き物じゃん。

 「それくらい気持ち悪いってことだよ。そんなにサッカー好きだったっけ? 高上って」

 「あー、ほら、この前日本代表の試合がテレビでやってたじゃん? それ見たら俺もサッカーやりたくなっちゃって」

 午後の芸術祭準備が待ち遠しくて、なんて言えないので、適当に誤魔化すことにした。

 「まあ、それならいいけど。もしかして彼女でも出来たんじゃないかと心配したよ」

 「まさか。俺に彼女できると本気で思ってる?」

 「思ってないよ。俺達3人の中だと高上が1番女子にモテなさそうだし」

 自分でもわかっていても、言葉にして言われると結構心に刺さるもんだな。それにしても、こいつはいつも一言多いよな。

 だからお前も女子にモテないんだよ、という言葉を何とか堪えた。

 変に相手を刺激するようなことは言わないほうが身の為である。もし俺の何気ない一言で佐々木と喧嘩するようなことがあれば、大事な友人を1人失う事になるかもしれない。そんな事にならないようにするために、俺は他人との距離感を大事にする。

 悪口を言い合える友達。それはお互いに相手のことを理解しあっているからこそ成り立つ関係。確かに仲がいいかもしれないが、それは諸刃の剣であると俺は思っている。悪意がなくても悪口は悪口で、どんな悪口が相手を傷つけるかなんてわからないもので、悪口を言う以上は言わないやつに比べて相手を傷つける可能性が高い。例えどんなに仲が良くてもだ。むしろ仲が良ければ良いほど相手が傷ついている事に気づかなくなり、やがて喧嘩や仲違いの原因になる。

 だから俺は距離感を大事にする。

 そうすればお互いに傷つく事なんてないから。

 「そんなにはっきり言うなよ。傷つくぞ」

 「ハートがミスリルでできてるのに?」

 「お前はいつ俺のハートを取り出して見たんだよ。それにもしかしたら俺のハートはヒヒイロカネかもしれないだろ」

 「高上……お前もしかして、そっち派なのか?」

 「すまんな、俺はF派なんだ」

 「くそ! お前を仲間だと信じてたのに!」

 「待て!」

 走って立ち去ろうとしている佐々木を静止し、俺は言った。

 「ミスリルよりもオリハルコンの方がDぽいぞ」

 なんのフォローだろうか。言った俺自身もわからない。

 「……」

 「……」

 ポカンっと口を開け、固まること数秒。

 「だよな! いやー危うく恥をかくところだったぜ。サンキュー高上」

 何とかフォローできた? ようでよかった。

 「いいってことよ。今度Dの新作貸してくれよな」

 「おう、いいぜ」

 そんなたわいもない会話をしながらグラウンドに向かった。

 体育の授業は男女別に行われており、男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーを行なっているので、女子の体操着姿が間近で見れないのが残念である。ならせめて、サッカーだけでも楽しみたいところだが、グラウンドで楽しそうにサッカーボールを蹴るのはサッカー部の連中だけで、それ以外はただ突っ立っているだけである。パスをサッカー部同士だけで繋ぎ、突っ立っている素人を得意げにドリブルで抜かし、まるでプロ選手のようにゴールパフォーマンスをする。

 「つまんないね」

 そうボヤくのは太田だ。 

 複数のチームを作り総当たり戦で試合をしており、現在佐々木はピッチでプレイ中。俺と太田は同じチームで休憩中である。

 「まあ、毎年サッカー部が雑魚狩りして、俺つえー、てやるだけだしな」

 「それは別にいいんだけど、うちが許せないは露骨にサッカー部贔屓して成績上げるのが許せない」

 これは一理ある。

 毎年体育でサッカーがある時期の成績はサッカー部以外は露骨に下がる。積極性がないだの尤もらしい理由をつけて。

 サッカー部の顧問が体育の授業を取り持つので少し贔屓目になるのもしょうがない……とはならない。

 「まーいいや。ここで何言ったって成績が変わるわけじゃないし。それはそうと、高上何かいいことあった? 最近なんかテンション高いし」

 「あー、いや、特には何も」

 嘘である。

 午後の準備時間が近くなるにつれてソワソワしている事に、自分でも気がついていて、ニヤけたくなる口元を必死に我慢している最中だ。

 「ふーん。何か面白いことあったらうちにも教えてよ。最近読んでた漫画も読み終わっちゃったし、暇なんだよね」

 「ああ、それなら、俺も今読んでる漫画が読み終わりそうだから貸してやろうか?」

 「いいの? ありがとう。えっと、ちなみにどんな漫画?」

 まだ授業が終わるまで時間があるので、時間を潰す意味もかねて、俺は簡単なあらすじを太田に教える事にした。

 「簡単なあらすじだけ教えるとーー男は荒野を彷徨い歩いていた。この腐れきった世の中に絶望し、死に場所を探し求め。そんな男の目の前に、ある1匹のパンダが現れる。最初は仲が悪かった2人が次第に親睦を深め、そして2人は20XX年に開催される冬季オリンピックを目指す。彼らの目標は全ての種目で金メダルを取ること。果たして彼らは全15競技、102種目のうち何個金メダルを取れるかーーて感じの漫画。いやーこれがすげー面白くて、特にボブスレーの回が最高だね」

 「おー、何それ。すごい気になる。タイトルも教えてよ」

 「タイトルは『笹笹パニック・ブラボーチャイナ』って名前。覚えやすいよな。特に笹を2回使う辺りとか」

 「初めて聞いたよ、そんな漫画」

 「そこまでメジャーな作品じゃないけど、そのうち人気するから今のうちに読んでおいた方がいいぞ」

 わかった、ありがとう、と太田が言うと、体育教師が笛を吹き試合を止め、整列の合図を出した。

 「お、やっと終わりか。腹減ったな」

 先ほどからお腹が空腹を主張するように、ぐー、と音を立てて鳴り止まない。

 さて、いよいよ学校中が待ちに待ったお昼休みである。


 「高上の方はどおよ?」

 いつもの場所でいつものメンツと昼飯を食べていると、佐々木からなんの脈絡もなく突然話を振られる。

 「どお、て、何が?」

 「芸術祭の準備だよ。お前んとこ大変だろ? メンツやべーし」

 「確か高上のところは例の2人組がいたよね?」

 例の2人組……、そういやいたな。準備期間が始まっってから一度も美術室に来てないけど。

 「まあ、そうね……」

 「あいつらよくサボってるの見るから、高上大変だろうなーって思いながら作業してるよ」

 そうそう、佐々木に同意する太田。

 だがまあ、俺としてはこのまま、準備期間が終わるまではサボっていて欲しいところではある。なにせあの二人組がサボってくれているおかげで、こっちは2人っきりでいられるわけだし。

 「俺的にはいない方がいいかな。どうせいたって手伝ってくれそうもないし。むしろ邪魔してきそう」

 「それはあるかもね。やっぱりあの2人には関わらない方が身のためだと思うよ。うちらとは住んでる世界が違いすぎる」

 住んでる世界が違う。何ともすごい言葉だ。この場合の世界はカテゴリーの違いを意味しているのだと思うのだけれど、中学生の俺からすれば別次元の違う世界に住んでいる人間と思ってしまうーー言葉の意味的にはそれでもいい気がするが、結局自分とはかけ離れた能力、環境を表している言葉だったと思うし。

 そういう意味でいえば俺と彼女は住んでる世界が違う住人と言えなくもないだろう。広い友好関係、明るい性格、それに俺みたいな人間にも優しくしてくれる慈愛ある心。全てにおいて真逆。恐らく芸術祭の役割分担を決める日に、偶然2人とも学校を休むことがなければ、決して話すことなく学校生活は終わっていただろうと思う。そんな偶然が重なれば住んでいる世界が違う住人でも、巡り会うことができる。ロマンティックな言い方をすれば、運命の出会い、とでもいうのだろうか。

 流石にこれは恥ずかしいな。

 口に出して言葉にしなくても恥ずかしい。

 「そっちはいいけど、もう1人の方はどうよ、北村さんの方は?」

 佐々木が彼女の名前言ったことに、少しドキッとしたが、表情には出ていなかったらしく、佐々木も太田も特に気にしている様子はない。

 「あー、普通かな。普通に仕事してくれる人だし、普通普通」

 少し早口気味になった気がする。

 「普通か、ほとんど2人で作業してるだろうし、少しは何かないの? て、あれか。高上、女子と話すことなんてほとんどないから、会話が弾まないか」

 ははは、と笑う佐々木。

 ばつが悪そうな太田。

 佐々木はいつもこんな感じなので、今更いちいちつっこんだりはしない。

 そして太田はどうやら自分にも当てはまるようで、よく佐々木が俺をおちょくっているのを聞いて悲しそうな表情を浮かべる。

 そんな佐々木は、太田には決して俺に言うような事を言ったりはしない。見てわかる通り、太田は結構気にして引きずるタイプなので、そこらは辺は佐々木も気にしているようだ。

 踏み込んでいいラインをしっかりと見極めるのが上手い。

 それが佐々木に対しての俺の評価。

 満遍なくどこにでも顔を出せるタイプの人間で、人畜無害という言葉が1番似合う男。そんな彼だが、なぜだか俺と太田と一緒にいることが多い。クラスでいいグループに所属すれば、もっと楽しい学園生活が送れそうなもんだが……。

 でもまあ、俺としては2人でいるより、3人のほが見栄えはいいので助かっている。

 「そんな感じよ。黙々とペットボトルの蓋に色塗りしてるだけで、なーにもない。むしろそっちはどうよ? 楽しくやってんの?」

 「俺らは楽しくやってるぜ。雑談と作業の割合は9:1くらいかな」

 「ほとんど雑談じゃあねえか、それ」

 「どのグループも人数過剰だからそんなもんよ。楽だからいいんだけどさ」

 やっぱり無理にでも一度、担任に相談しておけばよかったかもな。もしかしたらこいつらと同じグループになれた可能性もあったわけだし。

 そんな、今となってはどうしようもないことを考えていると、午後の授業開始の予鈴が鳴り始める。

 「そろそろ教室戻るか」

 「ですな」

 「それじゃあ午後も頑張ってな、高上」

 俺らは陰ながら応援しれるぜっと微塵も思っていなさそうに言う佐々木であった。


 弁当箱を置きに教室に戻った際に、彼女の姿を確認するがすでに教室におらず、恐らく予鈴が鳴って美術室に移動したのだろうと思い、弁当箱をスクールバック入れ俺も美術室に早足で向かう。

 また1人で荷物運んでなきゃいいけど。

 昨日あんなことを言った手前、二日続けて手伝えなんてことがあれば、紳士として失格である。

 昨日はあんなに硬かった美術室のドアが今日はすんなりと開き、肩透かしを食らった気分になったが、そんな気分は美術室のいつもの席に座る彼女を見た途端にどこかに飛んでいったようだ。

 「あ、今日はギリギリだね」

 「俺は基本的にギリギリにくるタイプの人間だからな」

 「それだと何かあったら遅刻しちゃうから、もう少し早めに移動したほうがいいと思うな」

 とくにっと彼女は続ける。

 「朝もいつもギリギリなんだから」

 なぜ彼女は俺が毎日ギリギリに登校している事を知っているのだろうか?

 誰にも気付かれないように、そっとクラスの後ろから入ってきて席に座っているはずなんだが……。

 「何だか、不思議そうな顔してるね」

 つい数日前に話し始めたばかりのクラスメイトが、そんな事知ってたら誰だってこんな表情になるわ。

 「俺の登校時間知ってるんだなって」

 え? とでも言いたそうな表情でキョトンとする彼女。

 「だって、つい数秒前に『俺は基本的にギリギリにくるタイプの人間だからな』ってキメ顔で言ってたし。んー……記憶力がないというより、むしろ何かの病気なんじゃないかって心配になるよ。舞香は」

 「…………」

 確かに言ったが、キメ顔で言ったつもりはこれっぽっちもない。

 困ったな。

 頭が混乱しているのだろうか。ここ数日、人生で経験したことのないような出来事が波のように押し寄せてきて、知らず知らずのうちに俺自身、パンク寸前になっている、かもしれない。

 それは別に彼女と過ごす時間が苦痛とかではなく、普通に楽しい時間だし、まあ……彼女の距離感に困惑することもあったけれど、楽しく過ごせたのは事実だ。

 それに落ちつて考えてもみれば、意識していなくとも、クラスに入ってくるやつを自然と見ちゃうもんだし、知っていても当然か。そうなると、半年もの間、コソコソとクラスに入っていた俺が馬鹿みたいだな。

 「いや、ついうっかりしていただけで、病気とかじゃないよ」

 たぶん……。

 「まあ、それならいいんだけれど」

 そう言う彼女だが、あんまり腑に落ちたような感じではないような感じだ。

 「…………」

 へんな空気になりそうなので、ここは別の話題を振る賢明だろう。

 「そういや、今日はペットボトルの蓋は集まった?」

 ううん、と首を横に振る。

 「今日はないけど、週明けはもしかしたら集まるかもしれないかな。舞香も週明けには家から持ってくる予定だし。流石に声かけしといて、本人達が持ってこないのはダメだよね」

 「お、おう。だよな」

 我が高上家は作り置きの麦茶とコーヒーがメインなので、ペットボトルなるものが高上家にはない。

 学校も水筒使ってるし。

 この問題はとりあえず置いておいて、後で陰ながら応援してくれている2人にも是非協力してもらうことにしよう。

 「まあでも、一家庭で出るペットボトルなんて大した数はないし、いろんな人が協力してくれるといいな」

 俺はさりげなく、持ってくる蓋の数のハードルを下げようと試みることにした。

 「そうだね、ペットボトルを買わない家だってあるだろうし」

 よし、この後に高上家のペットボトル事情をさりげなく話せば、大した量は持ってこなくて済むかもしれない。

 「いやー……」

 俺が話し始めようとすると、彼女が割って入り、

 「でも、やっぱり舞香達が率先して集めないといけないと思うんだよね。だから舞香は親戚とかに声掛けてみるよ。この土日で」

 んんんんん、参った。

 完全に墓穴を掘った形となってしまった。

 でも、親戚なんてそうそい沢山いるわけじゃないし……大丈夫だろう。

 一抹の不安を残しながらも、そう自分に言い聞かせるしかなかった。

 「俺も……頑張ってみるよ」

 俺は小さくポツリと呟くように、相手に聞こえるか聞こえないかくらいの音量で喋った。

 「それじゃ今日も色塗りしますか」

 そう言って彼女は立ち上がり、美術室の棚から昨日使っていた絵筆や塗料一式を手に取り、準備を始める。

 俺は教室の片隅にある、蓋でパンパンに膨れたビニール袋を1つ手に取って席に置き、袋の中から四分の一くらいの量の蓋を両手で掬い上げ、彼女の使っている机の上に置いた。

 昨日の作業スピードからしてこの量で分けておけば、2人ともいい感じのタイミングで終わるだろう。

 あとは絵筆の洗うバケツか何かを用意してーー

 美術室には水道はないので、理科室で水を入れて美術室に戻ると、机二つを向かい合うようにくっ付けて待っている彼女の姿があった。

 昨日までは近くの席に座るだけだったので、まさかの配置換えに一瞬戸惑った。

 「こっちの方が作業しやすいでしょ? 机も広く使えるし、お喋りだってしやすいし」

 教室に戻ってきた俺を見つけるや、ニコッと笑いながら彼女は言った。

 俺は持っていた水の入った容器を机の真ん中に置き、

 「俺ってシングルタスクじゃなかったっけ? 楽しくお喋りできるかは自身ないぞ」

 そう言った俺に対して、

 大丈夫。

 胸を張って彼女は言う。

 「舞香がマルチタスクだから、桜花がシングルでも関係ないよ」

 そしてまた、ニコッと笑った。


 今回は彼女の方が先に塗り終わり、俺の残りを手伝ってくれた。

 いい感じで分配できたと思っていたが、作業に慣れた彼女は昨日よりも格段に早いペースで塗り終えていったのだーー完全に読み間違えた。まさか昨日からここまで作業スピードが上がるなんて思ってもみなかった。おかげで、俺の残りを手伝ってもらうはめになり、なんとも格好がつかない。

 「いやー、かなり早く終わったね。6限まるまる暇になっちゃった」

 まだ6限の開始から5分程しか経過しておらず、かなりの時間を持て余す事になりそうだ。そうなればいよいよ、あれが出てくる頃ではないだろうか。彼女と話すようになったきっかけ、あの占いの本。

 俺は少しソワソワしながら、彼女の足元に置いてあるスクールバックをチラチラと見て、まだかまだかっと心の中で唱え続けていると、

 「そうだ、これーー」

 彼女がスクールバックに手を伸ばし、中を漁る。

 よし、きたきたきた。

 否応にも期待値がぐんっと跳ね上がってしまう。

 「えーっと、あったあった」

 彼女がスクールバックから取り出したのはーー

 「じゃーん」

 手のひらサイズの長方形の物体だった。

 傷一つない白色。

 形、サイズから推測して恐らくそれはーー

 「最新の機種買っちゃった」

 携帯電話。

 校内で弄っているところを見られれば、間違いなく没収される危険アイテムだが、今では多くの学生がこの危険なアイテムを学校に持ち込んでいる。

 大人の視点から見たメリットと子供の視点から見たメリットはだいぶ違うが、それぞれのメリットが、危険を遥かに上回るからこそ、学校に携帯電話という危険なアイテムを持ってこれるのだと思う。

 「機種変したから、ちゃんと連絡取れるか心配で、昨日アドレス帳に登録してある人全員にメール送ったら、かなりの数のになっちゃって返信大変だったよ。今日のお昼にも先生に見つからないように、こそこそ隠れながらずっと返信してたくらいだし。それにそれにーー」

 学生の持つ1番のメリットはこれだろう。

 いついかなるときにでも相手と連絡が取れること。

 相手の連絡先を知っているかいないか、これは学校生活に於いて非常に重要な事であるのは言わずもがな。それが例え同性であったとしても、連絡先を交換していない者同士は仲が悪いと思われても仕方がなかったりもするし、ましてや異性と連絡先を交換できようものなら、それはつまり恋愛としては半分は攻略出来てると言っても過言ではない。

 そう、以前の俺ならそう思っていたかもしれない。

 俺が、北村舞香という人間を知った今、その情報をアップデートする必要がある。

 世の中には彼女にように、友好関係がやたらと広い人間がいることを、俺は知った。そんな人間にとっては同性異性関係なく、連絡先を交換してしまうんだろうと思うーー彼女の方から連絡先を交換しようと提案すれば、勘違いしてしまう男子とか普通にいそうだ。

 極端な話、そういうやつらは友達や知り合いの人数が自分の戦闘力とか思ってそうで恐ろしいーー流石に彼女はそこまで友達の人数を自慢するやつではないので、その可能性は低いと思うが、まあ……どちらかというと、彼女は無意識的に言っている類いの方だと思う。

 「ーー可愛いストラップ探しに行こうって話になって、日曜日にクラスの友達と電車で隣町に行く予定で、それでせっかく隣町に行くし、新しいお店も見よう、てーー」

 ピックアップすれば話を広げられそうなワードがいくつもあるが、どんどん話が進んでいってそれどころではない。

 やっぱりすげーな女子の会話は。

 「それでね、桜花ってどんな携帯持ってるの?」

 やっと本題。

 ここまで来るのに随分と回り道したな。

 しかも話した量的にマラソンでもしてきたんじゃないかってくらいの長距離。

 まあでも、その質問をしてくるということは、これはきっと連絡先の交換を提案してくるに違いない。

 やれやれ、仕方がない。俺も女子から提案されれば交換せざるを得ないだろう。女子からの申し出を断るほど、俺は男を捨てちゃあいない。

 意を決して、俺は言った。

 「すまん。俺、携帯持ってないんだ」

 そう、持っていればの話だ。携帯電話を持っていないのだから、土俵にすら立てていない。

 「あ……そうなんだ」

 持ってないのに、自慢しちゃってごめんねっと謝る彼女。

 「いやいやいや、別に何とも思ってないから。むしろ、最新機種ってこんなのあるんだって参考になるから助かるよ」

 本当! っと先ほどまで枯れた花みたいな表情が嘘かのように、見事に復活。

 「最近のはワンセグって機能が付いてて、なんとテレビが見れちゃうんですよ」

 「え! テレビ見れんの、それ」

 通話にメールにインターネット。それが俺の知る携帯電話の全て。

 まさかテレビも持ち運べる時代が来ようとは。

 「ほらほら、アンテナを伸ばしてこうすると」

 彼女が見せてくれた携帯電話の画面には、ドラマの再放送らしきテレビ番組が映し出されていた。画面はかなり小さいが、それでも外でいつでもテレビが観れるのは正直羨ましい。

 「すげー、本当にテレビが観れてるよ。いやー最近の携帯電話は進んでるなー」

 「でしょう。舞香も初めて携帯でテレビが観られた時は喜んじゃって、家に居るのに携帯でテレビ見ちゃったよ」

 そこは家のテレビでいいだろう、とツッコミたくなったが空気を読んでツッコむのを辞めた。

 「桜花は携帯買わないの?」

 「んー、今のところはないかな」

 差し迫って必要という訳ではないしなーーあれば便利なんだろうけど。それに家の事情もあるし。

 「そっかー残念。アドレス交換したかったなー」

 「まあ、そのうち買うかもしれないし、買ったら交換するか」

 「じゃあ、買ったら絶対教えてよ。約束ね」

 そんな、いつはたされるかわからない約束を彼女としてしまった。

 「ツチノコにならないようにしないとな」

 俺はボソッと呟いた。

 「ん? ツチノコ?」

 「何でもない何でもない」

 彼女とは縁のない話なので、ここは誤魔化しておく。

 「先生たちが見回ってるかもしれないし、そろそろ仕舞っておいたほうがよくないか? 見つかって没収でもされたら面倒だし」

 そうだね、と彼女は言い、スクールバックの中に携帯を仕舞う。俺はこのとき、占いの本に気付いてくれないかなっと期待したが、残念ながら彼女は携帯を仕舞ってすぐにバックを閉じてしまった。

 「さて桜花くん」

 そんなわざとらしく、俺の名前を呼ぶと彼女は、

 「推理の時間です」

 再び脈絡もなく突然言い始めた。


 とある刑務所。この刑務所では1番から999番までの番号が割り振られた囚人が収容されていた。そんな刑務所である日、事件が起こった。1番の囚人が突然姿を消したのだ。脱獄ではないかと騒ぎになったが、監視カメラなどにはそのような痕跡がく、まるで幽霊のように姿を消したと話題になった。その翌日、今度は11番の囚人が姿を消した。そしてそのまた翌日は33番。3人目が消えたところで、あれだけ勇ましく荒々しかった囚人が、皆静かになってしまう。次に消えるのは俺かもしれないと怯えながら。特に怯えていたのは、34番、44番、55番であった。消えるのには法則があるっと噂で広まり、次に消える可能性があるのは彼らだと、囚人達の間で囁かれてた。そして翌日。消えたのは、444番の囚人だった。囚人達はパニックになった。だが檻の中ではどうすることもできない。絶望した囚人達は神に祈り、これまで犯してきた犯罪を悔い改めるようになる。そして自分が消えないように神に祈るのであった。だが、翌日も1人の囚人が姿を消した。消えたのは999番の囚人。

 「さて、ここで問題です。次の日に消える囚人は何番でしょうか?」

 今までと違い、結構本格的ななぞなぞにちょっと度肝を抜かれそうになったが、 

 「これってきっと何かの法則あるよな」

 「ふふ、どうだろうね」

 彼女はチラッと、教室内にある時計を確認し、

 「制限時間は6限のチャイムがなるまでにしよっか。だから……残り10分くらい」

 ここは是非とも正解して、知的な印象を彼女に与えたいところだ。

 「まずは整理してみるか。えーっと消えた順番は、1番、11番、33番、444番、999番……」

 おそらくは、この数字の増え方に規則性があるのではないかと目をつけた。

 数字の増え方は10、22、411、555。

 んー、数字の増え方は特に関係がない気がするするなーー増えていったところで999番以降の数字はないんだし。

 それなら、今度は最初に戻って2……とか、2番、22番、44番、555番……これも999番で詰まるな。

 これは手強い。

 「全然わからない」

 俺が眉間に皺を寄せ悩んでいる姿がそんなに面白いのか、彼女は俺の顔を見ながらクスクスっと笑っている。

 「桜花には難しかったかな? そうしたらヒントを出しましょう」

 「頼む、正直手詰まりだ」

 「ヒントというより、後日談的な感じなんだけれどーー」

 結局、刑務所の囚人は全て消えた。後の看守の話では、大勢が一度に消える事はなく、必ず毎日1人消えていったとのこと。そして最後に1人になった囚人は、神への懺悔を辞め、神に感謝をするようになっていた。なぜ彼が神への感謝の言葉を述べるようになったか、それは未だに謎のまま。そして最後の彼が消えた檻を覗くと、そこには617と書かれた囚人服が落ちていた。

 「つまり、最後に消えた囚人は617番ってわけか」

 ますます頭が混乱してきた。

 余計な情報が入ったことで、最初の状態より事態が悪化する。

 617番が最後に消えることが、ヒントになっているんだろうか、それとも別のヒントが説明の中に隠されているとか。

 疑い出したらキリがない。

 「これ、難しいよ」

 「難しくないと、すぐに解けちゃってつまらないでしょう? 大丈夫、もうヒントはたくさん出てるから、あとはそのヒントに桜花が気が付ければいいだけ」

 「ヒントね……」

 だがここで無常にも6限終了のチャイムが鳴り始めた。

 「答えがわかったら教えてね」

 彼女はそう言うと、スクールバックを背負い、席を立った。

 「あれ? 正解発表は?」

 てっきりゲームオーバーで正解発表になると思っていたが、

 「しばらくは無しかな。頑張って自力で解いてみて」

 そう言って彼女は教室を出て行った。

 今日も早足で。

 結局占いの続きもできなかったし、それどころか、なぞなぞの答えもお預けだし。

 色々と思うことはあるけれど……まあ、今日も彼女と話せたし、別にいいか。

 話せるきっかけさえあれば別に何だっていいので、むしろ今日はなぞなぞの答えが保留になった事に感謝しなくてはならないだろう。

 さて、本日は金曜日。月曜日まで彼女と会えなくなるのは寂しいが、それはそれとして、休みを満喫しようではないか。貴重な学生生活の休みを楽しまないなんてもったいない。

 太田に借りたゲームもクリアしないといけないし。

 俺は足取り軽やかに美術室を後にした。




 10月12日の日曜日の午後。

 部活を終えたあと、俺にしては珍しく寄り道をして帰る事にした。

 学校近くの本屋へと足を運び、現在は店内を物色中。もちろん目的はかねてより気になっていた占いの本である。

 全国で流行っているらしいし、特設コーナーなんて設置されているんだろうな、なんて思っていたが、店内にそれらしいコーナーはなく、仕方なく占い関係の本が置いてありそうな場所を物色してみたが案外見つからないもので、かれこれ15分以上は店内をフラフラとしている有り様だ。

 個人店で小さい本屋だし、たまたま置いてないだけか。

 学校の近くにあるだけあって、小さい店内には学生向けの参考書がメインで置かれており、後は週刊誌や人気の漫画が少しあるくらいである。

 仕方がないので本屋を後にし、ここから30分ほど自転車を走らせ次の本屋に向かった。

 大木ノ木書店。全国に300店舗を構え豊富な品揃えが売りの本屋で、絶版本やプレミア本以外であれば殆どがここで揃うと言っても過言ではない。

 俺は大船に乗った気分で店内に入り、『よく当たる危険な占い』を探した。

 占い、雑誌、趣味と本がありそうな場所を探してみたが、彼女が持っていた『よく当たる危険な占い』は見つからなかった。

 まあ、やっと買えたって言ってたくらいだし、売り切れてんのかな。仕方がないが、しばらくしたら入庫するかもしれないし、また来るか。

 他に欲しい本なども無かったので、早々に店を出ようとした時だった。

 出口横の文房具コーナーに差し掛かると、知らない人物がおーい、と声を上げ手を振っている。

 本屋で出す声量ではなかったので、周りの客の視線を集めているが、本人はそんなことはお構いなしっと言った感じ。

 変な奴がいるな、と思いながらその人物を見ていると、気のせいだろうか、俺の方を見て手を振っている感じがした。

 目立つのを嫌う俺に、あんな頭のおかしい友達はいないし気のせいだろう。

 そう思いながら店を後にしようとすると、

 「高上じゃん何してんの?」

 まるで俺の友達かのように、慣れた感じで話しかけてきやがった。

 どうやらこの頭のおかしい人物は俺のことを知っている人物らしい。

 トントンっと軽やかなステップで俺に近づいてくると、周りの客の視線も俺に集まってくるのがわかった。

 大勢に見られるのってめちゃくちゃ苦手だが、この場合においては、俺も頭のおかしい中学生と思われることの方が恥ずかしかったーーしかも部活帰りで制服だし。

 「よ、高上」

 誰だこいつ?

 まじで誰かわからない。

 いくら友達が少ない俺でも、クラスメイトなら顔を見れば何となくわかるが、全然ピンっとこない。

 そうなると、1年生の時のクラスメイトだろうか? だけどここまで親しげに話してくる友達なんていなかったしな。

 「あ、あれ? どうした?」

 俺が困ったような表情をしながら黙っていると、この頭のおかしい人物は焦りを見せ始め、あたふたし始める。

 何なんだこいつは……。

 「もしかして、忘れた? ほらほら、先週も合ったばっかりじゃん」

 先週というと、やっぱりクラスメイトかな。他のクラスで喋ったやつは1組のやつだけだし。

 「えーっと、クラスメイト、かな?」

 「そうそう、私だよ、私」

 そう言われあらためて見てみると、カーキーのジャケットにレースのような白のロングスカート。髪は黒のロングで体型は華奢ですらっとしたスポーツしてそうな風体。胸は少し膨らみがあるくらいの大きさ。後は……あれ? あのネイルどこかで……。

 この清楚系の服装に似合わず、少し浮いている感じのネイルに違和感を持った。それにその派手なネイルはあの問題児2人組も……、

 「え? もしかして、大道寺さん?」

 どうやらそれは彼女にとって待ちに待った回答だったらしく、今日1番の声量で、彼女は歓喜の雄叫びを上げた。その結果、再び俺達2人は周囲の視線にされされることになろうとも、彼女は気になる素振りなど一切見せない。

 正解を言い当ててここまで嫌な気持ちななったのは生まれて初めてだった。


 本屋を後にして向かった先は、歩いて1分程の距離にあるファミリーレストラン。

 彼女は気にしていなかったが、俺はあの周りの視線に耐えることができず、とりあえず本屋を出た……出たところまでは良かったんだが、色々と突然すぎてパニックになっていたのもあるし、外で立ち話するのも悪いと思い、つい近くのファミリーレストランに彼女、大道寺羽薫さんと一緒にご来店してしまったわけでーー全く、気を使うとろくなことがない。本当に。

 「えっと、俺に用事でもあった?」

 俺はドリンクバーだけを頼み、大道寺さんはデザート付きのドリンクバーセットを注文。互いに注文を終え、ドリンクコーナーから持ってきたオレンジジュースとホットのカフェオレを一口飲み本題に入る。

 「と、特にない」

 えー。じゃあなんで話しかけてきたの。スルーでよかったじゃない。

 「そうなんだ」

 「…………」

 「…………」

 気まずい気まずい気まずい。

 何だこれ。

 お前キャラ的にもっと話す感じのやつじゃん。さっきの本屋での勢いはどこに消えた。

 「ああ、そういえば今日は1人なのな。いつも学校だと2人なのに」

 まさか俺がクラスでも腫れ物扱いの女子に話を振が来ようとは。これは明日天変地異が起こっても不思議ではない。

 「今日は学校じゃないし、そ、それに土日はたまにしか遊ばない」

 「そうなんだ。はは……」

 んー、助けてくれ、佐々木、太田。

 俺はどうしたらいいんだ。

 そんな葛藤を勝手に頭の中でしていると、今度は彼女の方から話を振ってきてくれた。

 「高上は何か本でも探してたの?」

 これはチャンスだ。せっかく振ってきてくれた会話を無駄にはしない。それに女子の間で流行ってる占いの本の話をすれば食い付くに違いない。

 「占いの本を探してて」

 「え? 占い?」

 俺の口から予想外の言葉が出てきたことに少し驚いているようだが、大道寺さんは続けた。

 「ふふふ、意外。高上が占いなんて」

 初めて笑った顔を見た気がする。なんて言うと、大袈裟と言われるかもしれないが、それくらい彼女達はクラスで見向きもされていないのだ、まあ、それは俺を含めてだがーーいるけどいない。それが彼女達への評価。腫れ物と言われてるだけあって、誰も彼女らに関わることはしないし、仮に関わりでもしたら、今度は自分も腫れ物扱いされるかもしれないと怯える生徒も多い。

 それはクラスのイケイケグループでも同じで、彼らですら積極的に関わろうとはしないのである。

 「意外か、まあ男子でも好きな奴は好きだと思うけどな。占い。俺はそんなに興味ないけど」

 「興味ないのに占いの本探してたの?」

 「知り合いが占に興味があって、それで……ところで『よく当たる危険な占い』て知ってるか? 何でも女子の間では流行ってるらしいんだけど」

 ここで本の情報を少しでもゲットできれば、今後の占いで役に立つかもしれない。

 俺は大道寺さんが本の内容を知っていればラッキーくらいな気持ちで彼女に尋ねた。

 「『よく当たる危険な占い』……聞いたことない。それにそもそも……」

 彼女は続けて言った。

 「私、友達1人しかいないから、流行とか知らない」

 気軽に聞いたつもりが、とんでもない事になった。

 流石に他のクラスに少しは友達がいるものかと思っていたが……、

 くそ、知りたくもない事実を知ってしまった。

 「…………」

 「…………」 

 空気が重たい。

 「ーー飲み物取ってくるよ、何がいい?」

 「……ココア、アイスで」

 気まずくなったこの場から逃げ出すように、両手にコップを持って席を立った。

 ドリンクコーナで大道寺さんに頼まれたココアを入れるため、コップを吹き出し口にセットし、ココアのアイスと書かれたボタンを押すと数秒で吹き出し口からココアの液体が流れ始め、セットしたコップに落ちていく。

 まさか占いの話をしたらこんな空気になるなんて。

 てっきり占いに食いついて来るもんだと思ったが、そうはならなかった。

 そもそも俺の配慮不足感も否めない。彼女の学校での立ち位置を考えれば今回のことだって予想できたはず。それなのに俺は……。

 「はぁ」 

 このまま永遠とココアが出続ければ席に戻らなくても済むのに。

 俺のそんな儚い願いはたったの数秒で打ち砕かれる。

 このままってわけにはいかないし、何とか少しでも、空気をよくしないと。

 こんな空気になったのは俺にだって責任があるわけだしーーいや、ほとんど俺の責任か。

 コップの7割くらい入ったココアを溢さないように気をつけながら席に戻った。

 「ココアのアイスだったよな」

 彼女にコップを差し出すと、ありがとうっと言い、さっそく一口飲み始める。

 「っはぁ。うま。ココア最高」

 「それはよかった」

 最初からココアを飲めばよかったのでは? と言いそうになったが、すんでのところで引っ込めた。

 この空気で下手なことは言いたくない。

 「ところで高上のは?」

 ん? 俺の?

 「あ……忘れた」

 考え事のあまり、ドリンクバーの機械にセットしたまま放置してきてしまったようだ。

 「ふふふふふ。いや、普通忘れる? もしかして、空気をよくしようとしてわざとやった?」

 「俺はそんなに器用な人間じゃないよ。ただ普通に持ってくるのを忘れただけ」

 俺がコップを取りに戻ろうと、席を立とうとすると、

 「私が取ってきてあげるから、座ってなよ」

 そう彼女は言うと、スッと立ち上がり、ドリンクバーコーナーへ向かって行った。

 「そういえば」

 まだコップには飲み物を入れてなかったので、何を飲むか伝えるのを忘れてしまった。

 俺、炭酸苦手なんだよな。

 「お待たせ、置いてきたコップがわからなかったから、新しいの貰ってきた。ぶどうジュースでよかった?」

 どうやら俺の祈りは通じたようで、彼女が持ってきてくたのは炭酸ではなく普通の飲み物。

 「ありがとう。てっきり炭酸を持ってくるかと思った」

 「最初に炭酸飲んでなかったから、もしかしたら嫌いなのかと思って持ってこなかった」

 キャラに似合わず、すごい気遣いだ。それによく見てるな。

 「ふふふ」

 彼女は何かを思い出したかのように、突然笑い始める。

 本当によくわからん奴だ。

 「高上ってイメージしてた感じと全然違っててさ、つい」

 「大道寺さんは俺にどんなイメージを持ってたんだよ」

 気になる。

 「別にさん付けじゃあなくていいよ。同い年じゃん」

 「これは女子と話す時の習慣というか何というか、さん付けの方が適度な距離感が取れるから」

 ん? と不思議がる顔をする大道寺さん。

 「まあ、いいや。呼び方なんて。えっと、高上のイメージだっけ? 高上は根暗で、女子と話すときはオドオドして気持ち悪そうで、土日は家に引き篭もってそうで……」

 「もういい。わかった。俺のイメージは十分にわかったから、もうやめてくれ」

 自分でわかっていても、言葉にして言われると本当にきついな。

 それになんか最近、似たようなことがあった気がするけど……まあいいか。

 「それで、今はどんなイメージなんだ?」

 「んー、ほとんど変わらないんだけど」

 「変わんねーのかよ!」

 期待させておいてこれか。

 「でもでも、女子と話すときにオドオドしないし、意外に話すなって印象に変わった」

 恐くそれは北村舞香と話すようになってからだと思う。彼女と同じグループになっていなかったら、きっと大道寺さんの言う通り、女子とまともに話すことなんて出来ていないし、そう考えると、俺は北村舞香のおかげで人間として成長できたのかもしれない。成長というと何だか大袈裟な気もしなくはないけれど。

 「それを言うなら、俺の方こそ意外だったよ。店に入ってから何かオドオドしてたし、こう、もっとやんちゃな感じだと思ってた。服装も学校のときのイメージと全く違うし」

 今は普通に話しているが、店に入って初めの頃は周りをキョロキョロして、言葉にも詰まる感じがあったし。本屋での頭のおかしい彼女はどこへ消えてしまったのだろうか。

 「いや、でってな」

 「でってな?」

 ごほん、とわざとらしく可愛い咳払いをする。

 「だってな。男と2人で店に入るのは初めてだし、何だかデートみたいじゃん」

 「なぁっ……」

 言われてみれば確かに、中学生の男女が学校外で一緒にいることなんてそうそうない。恋人以外は。

 もしかしてそれで辺りを気にしていたのか。

 同じ学校の生徒にでも見つかれば、明日にでも俺と大道寺さんが付き合っている、なんて噂が学校中に広がっていてもおかしくない。むしろ、それだけで済めばいいが……。彼女の学校での扱いや、俺の立ち位置的に、誹謗中傷まがいの噂が流れたっておかしくはない。

 「それに、みっちゃん以外と外で遊ぶなんて、中学生になってからは初めてだったから……」

 顔がだんだんと赤くなって俯いていく。

 みっちゃんーーおそらくは大道寺さんといつも一緒にいる片割れのことだろう。名前は……何だったかな。思い出せない。

 「ま、まあ、そんなに意識しなくていいんじゃないか。俺ってほら、クラスでも友達少ないし、あんまり目立つほうじゃないからさ」

 なんのフォローにもなっていないフォローをする。

 ここである1つの疑問が頭に浮かんだ。なんで彼女は俺を見て話しかけてきたのだろうか。学校で話したことなんてないし、接点があるとすれば同じクラスで、同じ作業グループってだけだし。作業グループに至っては、職員室で一緒になったきりだしな。

 本屋での感じがずっと続いていたならまだしも、こうやって話してみると案外普通。いや、普通というよりもはや別人のような感じだし……。

 ますますわからなくなる。

 こうなれば本人に聞く以外はないだろう。  

 「大道寺さん。最初の質問に戻っちゃうけど、何で俺に話しかけてきたんだ? とくに何か接点でもあるわけじゃないし」

 色々考えてみたけどわからない。俺は率直に言った。俺にしては珍しく、誤魔化すことなく。濁すことなく。

 「……高上って友達少ない……よな」

 まさかの不意打ち。俺の心臓がヒヒイロカネじゃあなかったら即死だった。

 「まあ……そうかな」

 なぜ自分で改めてこんなことを再認識しないといけないのだろうか。これでは拷問である。

 「正直に言うと、高上のこと怒らせそうだから言うか言わないか迷ってる」

 「いいから言ってみろよ。俺は大抵のことは受け流せるぜ。それに、面と向かって根暗とか、友達少ないとか言っておいて今更だ」

 本当に今更である。

 「ありがとう……て言うのは少し違うか。でもありがとう」

 そう言って彼女。大道寺さんは今回の経緯を話し始めた。

 「友達が少ないことに今まで何とも思っていなかったんだけど、芸術祭の準備で周りのいろんな人が新しい友達作ったりしてるの見てたら、なんかちょっと羨ましくなって。それで先週からなにか、もやもやするようになって、私もこの機会に新しい友達作ろうかな、なんて思ったんだけれど、全然上手くいかなかった。キャラというか、私の印象ってもうみんなの中で殆ど出来上がってて、私が近づくだけでみんな目を背けたり、会話がストップするしで、とてもじゃないけど、新しい友達なんてできそうもなかった。そんな感じで一週間が過ぎて、今日たまたま寄った本屋で高上を見つけた。それで……」

 大道寺さんは申し訳なさそうな、どこかそんな風な表情で続けた。

 「高上ならいけると思った。正直最初はこんな奴と仲良くしても何にも徳がないと思ったけど、なかなか友達ができないストレス……かな。なんか溜まってたみたいで、勢いで話しかけた。それに……自分と同等かそれ以下の人間を見て少し安心もした。友達も少ない、人望もない、クラスでは目立たない日陰者。だから最初は学校のときのような私でグイグイ押せば、簡単に思い通りになる、て思ってた……だけど、話してみたら全然印象と違うし、逆に私がビクビクしちゃって……」

 そして今に至る。

 いろいろと酷い言われようもしたが、まあ、俺も自分の評価は概ねそうだと思っているので、とくに何にも思わなかった。むしろ、俺はこの一週間でかなり成長していると改めて実感した。

 北村舞香には今度お菓子でも買っていこう。

 彼女と話していなければ、きっと本屋でパニックになって走って逃げ出していてかもしれないし。

 「俺に話しかけた理由はわかった。だからそんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。俺は別に何とも思ってないから」

 「……ありがとう」

 彼女は小さく声で呟いた。

 「いやーでも、それにしてもだよ。学校のときとだいぶ印象が違うよな。本当に」

 暗くなった場を和ませようと、わざとらしく、少し声を高くして言った。

 だが成長したといってもたかが1週間、俺のボキャブラリーが増えたわけでもなく、結局同じようなことをまた彼女に言ってしまっている。

 「学校ではあんな感じだけど、素の私は今の私。中学に上がって少し羽目を外しらた、気がつくと今の立ち位置になってた」

 「少しね……」

 今の彼女を見ても、きっと誰も彼女の事を大道寺羽薫だとわかるやつはいないと思う。

 「私こう見えて、家だと勉強もちゃんとしてるし」

 「マジで? 全然そんなイメージねーよ。学校だと全然授業真面目に受けないじゃん」

 「学校での私のイメージがあるから、今更素に戻せっていうのも無理だね」

 「まあ、それは俺もよくわかる……」

 なにせ、つい最近俺も全く同じことを考えていたから。

 「俺はイメージを変えるなら、高校に進学したタイミングだと思ってる。一旦ゼロにしないと、自分のイメージというか、印象を払拭できないし」

 「私も高上と同じこと考えてる。だから私も高校に進学したらこんな事はやめて、ありのままの自分で過ごそう、て」

 それからも、同じような話をして時間を過ごし、気が付けば2時間ほどファミリーレストランに滞在していた。

 「ああ、そうだ高上」

 店を出たとこで彼女に呼び止められた。

 「ん? どうした?」

 「いや、あのさ。今日はありがとう。こんな話みっちゃんにもできないから、つい私ばっか喋っちゃったけど」

 「気にすんなよ。また話くらいは聞いてやるからさ」

 「高上のくせに格好つけ過ぎ」

 俺は至って普通に接しているだけで、別に格好つけて言っているつもりはないが。

 「まあ、お互いのキャラ的に友達とはいかないだろうけど、学校外で変な喋り相手が見つかったとでも思っておいてくれ。そうすれば学校内でも変に意識したりしないだろうし」

 これは俺の予防線でもあり、彼女の予防線でもある。学校で話してるところを見つかれば絶対にロクなことにならない。だから学校ではお互いに、いるけどいない。これを貫かなければならないと俺は思っている。

 これ以上学校生活が悪くならないように。

 でもたまに、こうやって外で彼女と話すのはいいかもしれない。私服ならば彼女に気がつくやつなんていないだろうし。

 そして何より、大道寺羽薫にとても親近感を感じられずにはいられなかった。女子と話しているはずなのに、つい佐々木や太田と話している感覚になってしまう。それはきっと彼女が俺と同じタイプの人間、だと思うから。

 「そうしたらさ」

 そう言って彼女は上着のポケットに手を突っ込み、ちょっと恥ずかしそうな表情で、

 「アドレス交換しよ」

 携帯電話を取り出した。

 「大道寺さん」

 俺は意を結したように、覚悟を決めて言った。

 「俺、携帯持ってないんだ」




 10月13日。

 芸術祭開催の1週間前、今日からは部活動も中止となり、構内は本格的な準備期間に突入した。各クラスでより一層の賑わいを見せる中、俺は自分の教室と美術室をひたすらに往復していた。

 「がんばれー高上」

 そんなヤジを飛ばすのは、クラスで暇をしている佐々木だ。

 「暇なら手伝うか?」

 「いやいや、俺は肉体労働はしない派だから」

 週明け学校に来てみれば、各クラスからペットボトルの蓋が届けられ、気がつけばスーパーの袋10袋程が朝の段階でクラスに届けられていて、お昼にはその倍の20袋にも増えていた。

 午後になってから俺はその袋をせっせと美術室に運んでいる。

 教室には暇をしている佐々木もいたが、手伝ってくれる素振りはなさそうで。

 本気でお願いをすれば手伝ってくれないこともないんだろうけど、佐々木には別件で蓋を持ってきて貰っているのであまり強くも出れない。

 「もう3往復はしたかな」

 片手に2袋、計4袋を持っての往復。

 流石に自分の教室から美術室までの往復は辛いな。

 美術室は別校舎の3階にあるため、渡り廊下に階段と地味に往復がキツい。

 まあ、これを女子にやって貰うわけにはいかないし、俺が頑張らないと。

 女子チーム、とは言っても、今日も来ているのは北村舞香ただ1人で、彼女には美術室で蓋に色を塗ってもらっているーーこれが最善の役割分担だろう。

 4往復目に差し掛かった時に、廊下で太田にすれ違った。

 「うちも手伝おうか?」

 「いや、あともう1往復すれば終わりだし大丈夫、ありがとな」

 太田にも別件で蓋を持ってきてもらっているので、ここは気持ちだけ受け取ることにした。

 「そっちはどうよ、調子は?」

 「ぼちぼちかな。やっぱり人が多いからすぐに作業が終わっちゃう感じ、でも先生の話だと明後日くらいには会場の設営に人を回すらしいからどうなるかな」

 朝のホームルームでそんなこと言ってたな。人数が少ない俺たちのグループには全く関係ない話だと思ってスルーしてた。

 「そっか。それじゃあ、もう一仕事してくるから」

 「はいはーい。頑張ってね」

 普段一緒にいて決まった場所でしか話さないが、こうやっていつも違う場所、違うタイミングで話すのってなんかいいなーーそれにしても、佐々木も太田もなんかテンション高かったな。何かいいことでもあったのか、あとで聞いてみるか。

 ラスト5往復目。これが終わったら休憩しよう。

 10月半ばといえど、それなりに動けば汗もかく。4往復目が終わり、教室に戻った際に水筒に入っている高上家特製の麦茶を飲もうとしたが、流石に彼女に黙って先に休憩するのも気が引けたので我慢することにした。

 んー、最後くらい別のルートで美術室に行ってみるか、なんか飽きたし。

 2階にある2箇所の渡り廊下ののうち、これまで通った方とは違う方で美術室に向かうことにした。距離的には少し遠回りになるけれど、景色が違ってくればこの面倒臭い往復作業も少しは気が楽になるかもしれない。

 そんなわけで、渡り廊下を進み別校舎の2階。

 別校舎、先生方は旧校舎と呼んでいるが呼び方は結構人それぞれで、旧校舎、別校舎、昔からいる先生は職員棟とも言っている。

 そんな別校舎にある教室は、美術室、理科室、家庭科教室など、専門分野に分かれた教室がメインなので、あまり生徒は近づかないし、それはこの準備期間においてもさほど変わらない。

 そんな普段あまり立ち寄らない場所を、自由に闊歩できる今日日、ちょっと冒険心をくすぐられた俺は、さらに遠回りし美術室に向かうことにした。ワクワクしながら探索していると、ちょうど視聴覚室の前を通りかかった時だった。視聴覚室のドアは閉まっていたが、一部がガラスになっており廊下からでも中の様子が見えるようになっているため、何気なくチラッとなかを覗くと、

 「あ……」

 おサボり2人組発見。

 大道寺羽薫さんと……みっちゃん。

 ガラス部分がそこまで大きくないので、すぐにみっちゃんが見切れてしまうが、ガラスの直線上にいる大道寺さんはばっちり見えている。

 みっちゃんの場所からは、俺は見えていないと思うし、大道寺さんは机の上で体育座りをして体をこちらに向けているが、顔をみっちゃんの方に向けているため、俺には気がついていない様子。

 やっぱり昨日の印象とはまるで違うな。

 昨日は髪を下ろしていたが、学校ではポニーテールだし、制服は少し着崩してスカートも他の女子より短い……し、

 意識をしてしまえば早いもので、俺は視聴覚室の中をぼんやりと見ていが、その疎らな視線を一点に集中さた。

 抱えた両足の隙間に。

 ドアにへばりついて見ていたわけじゃない。ただ一瞬通りすぎる間に、チラッと見ただけ。いうなれば不意な事故であって、何かやましい気持ちがあって見たのではない。

 これは俺の予測が正しいかの証明だ。一般女子生徒よりも短いスカートで体育座りをした場合、パンツは見えるか。よくある数学の証明問題みたいなもので、まあ、この場合は難しい方程式なんていらないし、ただ事実を目で確認するだけでいいのだーーどちらかといえば理科の実験に近いかもしれないが。

 ゴクリ。唾を飲み込む。

 いや、実際には飲み込んでないのだけれど、こんな一瞬の出来事でそんなことをしていたら通りすぎてしまう。でもそのくらい、俺にとっては緊張の瞬間であることに間違いない。

 なにせ、昨日初めて話した女子のパンツを見るのだ。これは知らない女子のパンツが不意に見れたことなんかよりよっぽどすごいシチュエーションではないだろうか。かといって別にチラリズムを否定するつもりはない。不意にチラッと見えるパンツだけがもつ特別な魅力があるのも事実なわけで。例え知らない女子であろうとその素晴らしさが消えて無くなることはない。だが今回の場合は、全くの別物であると断言できる。知人女性のパンツと見ず知らずの女性のパンツでは明確にジャンルが違う。それは似ているようで全くの別物で、相手を知っているからこそ、その人が履くパンツに付加価値がつく。では逆はどうだろうか、見ず知らずの女性のパンツには付加価値はつかないのか? いや、付加価値はつくが、ここがポイントである。相手を知っていた場合につくものは固定的な付加価値であり、知らない相手に場合は、無形の付加価値がつく。無形とはつまり、想像力である。相手を知らないのだから、いくらでもそのパンツに付加価値を自分でつける事が可能なのだ。

 話が長くなったが結局のところ俺が言いたいのは、大道寺さんのパンツが見たいのだ。


 「お疲れ様。大変だったでしょ? 運ぶの?」

 「いや、そんなに重くないから全然だったよ。それよりそっちの方が大変じゃないか?」

 俺が何往復もしている間に、ずっと地味な作業をしていたわけだし。

 「もう慣れちゃって。ほら1袋終わっちゃった」

 そう言って彼女は自慢げに、両手で袋を持って広げて見せた。中には全て青色に塗られた蓋がパンパンに入っていて、彼女の作業スピードがまた上がったであろうことが容易に推測できる。

 「おーすげぇ。これなら残りの……23袋もすぐに終わるな」

 「はははは……、流石にもう少し人手が欲しいね」

 今日から部活がないとはいえ、放課後残ってやったとしてもかなり大変だな。

 塗り終わらないとその後の作業にも影響が出るし、彼女の言う通り人手を増やして貰うしかないか。

 「舞香が先生に頼んでみようか?」

 「……」

 それでいいのだろうか? 本当にあの2人をいないものとして扱って。決してなりなたっかグループじゃなかったけれど、せっかく同じグループになれたのにそれはあんまりではないのだろうか。

 ーー俺が言うのもおこがましいかもしれない。俺だって昨日までは周りの奴と同じように、彼女たちを腫れ物扱いしてきたわけだし。でも昨日大道寺さんと話したことで俺の中での彼女たち、特に大道寺さんに限っていえば今までと同じように接するなんてできないわけで、お互いのために、いるけどいないを続けるなんて言ったけど、それでも、俺が少し手を差し伸べるだけで今の彼女たちの状況が少しでも良くなるのなら、手を差し伸ばすべきなんじゃないかと思う。

 でもきっとこれは余計なお節介だと思う自分もいるのも確かで、このまま平行線でいれば、状況が悪化することはないのだから、干渉するべきでないと心のどこかで思っている。

 こんな時でも、何が正解か不正解かでしか考えられない自分に少し腹が立ってくる。

 人間関係は複雑怪奇。

 だから正解、不正解だけでなく、もっと色々な方法や解決策がある。

 頭でわかっていても、それを導き出せる頭脳も経験も俺にはない。

 それでも、

 「俺が何とかするから」

 何とかしてみとうと思った。


 まずは大道寺さんと話してみようと思い、放課後、彼女が1人になるタイミングを待つべく、初めて放課後の教室に滞在することになった。

 「高上が……帰宅ダッシュしないなんて珍しい」

 珍獣でも見たかのように驚く佐々木と太田。まあ無理もない。俺が放課後の教室に残るなんて2年生になっってから初めてだしな。

 「そうだ、高上も来る? うちらこれから遊びに行こうと思ってるんだけど」

 「あーごめん。俺今日はパス。芸術祭の準備が終わらなくて」

 「そっか、お前のとこあれだもんな。まあ頑張れよ」

 2人は顔を見合わせ、察してくれたようで、

 「せっかく部活休みだし、早く終わらせて遊ぼうな」

 おう、と返事を返し、教室から出て行く2人を見て、

 「あ、佐々木、太田。ペットボトルの蓋ありがとな」 

 2人に協力してもらい何とか蓋を集め、言い出しっぺの責務を全うすることができたのだーーまあ、言い始めたのは俺じゃあないが。

 さてここから本題。

 大道寺さんはクラスの隅でみっちゃんと話しており、まだ下校する様子はない。

 俺はてっきり、彼女らも学校を早々に下校するタイプの人間だと思っていたので、これは早速予定が狂う。俺の予定ではすぐに下校した彼女たちを追って、2人が別れたところを狙おうとしていのだが……。

 どうしよう。

 放課後の教室という俺には場違いな場所で、どうやって彼女たちが下校をするまで過ごせばようのだろうか? 流石にずっとガン見しているわけにはいかないしな。

 まだかなりの数のクラスメイトが教室に残っているので、あまり目立つことはしたくない。

 「……」

 本を読むふりをして監視するか。

 何だかちょうど一週間前を思い出すなーー時間を潰そうとして美術室にあった本を読もうと……ああ、やっぱ思い出さないでおこう。

 思い出すと死にたくなる。

 そうだ、部活は活動停止だけど、彼女、北村舞香は放課後何をしているのだろうか?

 それは先週から思っていたことで、結局彼女には聞けずじまいのことだった。

 俺は彼女の席がある窓際の前方に視線を移すと、彼女の席の周りには、3人程のクラスメイトが集まっており、わいわいと何やら話している。もしかしたら例の占いをしているんじゃないかと気になったが、今は大道寺さんを監視しなくてはならないので、気になる誘惑を断ち切り、俺は視線を大道寺さんの方に戻した。

 30分が過ぎ、監視を開始して1時間が経とうとしていた頃、教室には10人くらいの生徒がまだ残っていたーー芸術祭の準備で残っているわけではなく、ただ駄弁っているだけで。

 早く帰ればいいのに。

 何が楽しくてこんな放課後まで残っているのか理解できない。明日も学校で会うんだから、別に今日無理して話さなくてもいいのに……。

 ちなみに北村舞香は15分程前に教室を出て行っているが、大道寺さんに動きはない。

 そろそろ読んでいる理科の教科書にも飽き飽きしてきたところだーー俺はこの1時間、誰にも話しかけられることもなく、ただひたすらに理科の教科書を読み続けている。

 「…………」

 なぜ女子はあんなにも会話が続くのだろうか、もうすでにこの1時間で彼女たちは俺の半年分くらいは喋っていると思う。

 そして2時間が過ぎた。

 俺は教室で待つのを諦めて、駐輪場で待つことにした。大勢の生徒に紛れて尾行しようと思っていたが、もうこの時間ではそれもできそうもなかったから。

 校舎から生徒が出てくるたび、やっと来たか、と反応するもそれも彼女たちではなく、おそらくどこかのクラスの駄弁っていた連中だろう。

 間際らしい。

 それからさらに30分。もう今日はやめようか迷っていた時だった。

 ついに彼女たちが校舎から出てきて、正門の前でーー止まった。

 正門から少し離れたところに駐輪場があるため、彼女たちはこちらに気が付いていない様子ーーまあ、気が付かれないように正門から見えにくい場所に自転車を止めているので、そうでなくては困るのだが。

 また長話かなっと思ったが5分程の立ち話の後に、別々の方へと立ち去っていって行くようで、どうやら家は別々の方向らしく正門で別れるらしい。

 これは願ってもないチャンスだ。

 ここで別れてくれるなら、少し学校を離れたところで偶然を装って話しかければ怪しまれずに済見そうだ。

 こちらは自転車で向こうは徒歩。機動力はこちらの方が圧倒的に上。ここはその機動力を活かして待ち伏せすることにしよう。

 自転車を走らせ、バレないよう回り道をし、彼女と対峙することにした。


 「よお」

 「あ、高上」

 ある程度学校から離れたところで、俺は学校に忘れ物を取りに戻る学生という設定で、彼女の前に姿を現した。

 「もしかして、今帰宅中? 随分と遅いんだな」

 ちょっとわざとらしくし過ぎたかもしれないが、とくに怪しまれてる感じはなさそうだ。

 「みっちゃんと話してたら、話が思ったより弾んでね。それで高上はなんでこんな時間にまだ学生服でウロウロしてるの?」

 「学校に忘れ物しちゃってさ。流石に忘れ物取りに行くだけとはいえ、私服はまずいからな」

 まあ、確かにっと言う大道寺さん。

 「じゃあ気をつけて」

 「あ、ちょっと」

 素っ気なく別れの言葉を口にし、俺の横を通り過ぎようとする彼女を呼び止める。

 「明日なんだけどさ……」

 重い。

 この先をいって仕舞えば、今の彼女との関係性はたったの1日で崩れ去ってしまう。それどころか、今後の学校生活に響くことだってありえる。

 「明日……」

 ん? と首を傾げる彼女。

 俺がまさかあんなことを言うなんて微塵も思っていない風だ。

 でもそれは彼女からしてみれば当然で、昨日お互いの関係性について話したばかりなのに、ものの1日でその話をなかったことにしようとしているのだから。

 ーーここはやはり、言わないのが正解かもしれない。現状が良いとは決して言えないが、それでもクラスは絶妙な均衡を保っている。

 ここで俺がその微妙な均衡を崩し、クラスに波風立てる事をして誰が徳をするのか。

 徳をする奴なんて誰もいない。大道寺さんだってそうだ。

 それなのに何で俺は彼女を引き込もうとしているのか?

 彼女の内面を知ってしまったーーその内面が今の見た目通りなら俺は特に何も思わなかっただろうけど、彼女は俺と似ていてどうにも放っておけなくなったのだーー結局自分と似ている奴に手を差し伸べて、自分も救われたような、そんな気になりたいだけの自己満足なのかもしれない。それが彼女を引き込もうとしている理由。

 誰が頼んでわけでもない。もちろん彼女が頼んできたわけでもなく、俺が勝手に1人でやってるだけ。

 まあ別に、いいか。

 元々最下層の人間だし、たとえ彼女に嫌われようとも、最初の関係に戻るだけだし。

 繋がりがゼロの状態を関係と言えるかはわからないが、元の状態に戻るだけ。クラスのみんなと同じ、いるけどいない。そんな状態に。

 「明日さ、一緒にペットボトルの蓋に色を塗らないか」

 一世一代の告白をしたかのような気分だ。

 俺はこの後、彼女にボコボコに殴られてもしょうがないと覚悟したが、彼女の方から特にアクションはない。

 「…………」

 俺を見る目が鋭くなっていくのを感じる。これはやはり失敗か。

 「本気で言ってるの? 私に作業を手伝えって」

 低い声で、彼女は言った。

 それは昨日とはまるで別人のような鋭い声で。

 だが、俺もここで引くわけにはいかない。

 「ああ。人手が全然足りないんだ。毎日とは言わないからせめて1回くらいは手伝って欲しい」

 「……ねえ、お金持ってる?」

 お金? もしかしてお金を払えば協力してくれるのか。中学生にしてなんて逞しいやつだ。

 「いくら払えば、協力してくれる?」

 「え? ああいやごめん。そういうのじゃあない。言葉足らずだった。小銭を少し持ってるかって聞きたかった」

 小銭でいいのか? 流石にそれは自分を安く売り過ぎているような気がしないでもないが、彼女がそれで満足するなら。

 「小銭もあるし、一応札も入ってる」

 追加報酬を払えると遠回しにアピールしておく。

 「じゃあ、学校に着いたら校内にある公衆電話で家に連絡して。今日は夕飯いらないって伝えて。理由は適当に友達と外で食べてくるとか言っておけば信じるでしょう。それじゃあまた後で」

 全てにおいて理解が追いつかない。

 「後でって、どういうこと?」

 「高上さ、察しが悪いと女子にモテないぞ……逆か? モテてないから察しが悪いのか」

 「ひどい!」

 何でこの流れで俺は罵倒されているのだろうか。もしかしたらこれも彼女なりの仕返し、いるけどいない関係を破ろうとしている俺への。

 「昨日と同じ場所で待ってるから、忘れ物を取ってきたらすぐに来て。もし私より遅かったら……」

 許さないから。

 そう彼女は言い残し、学校とは反対の方向へ進んで行き、俺との距離をどんどん広げていった。

 「こわ、何あれ」

 俺は彼女の逆鱗に触れてしまったんではないだろうか。そうなればこれ以上彼女を怒らせるのはまずい。クラスカースト最下層といえど、流石に殺されるのは勘弁願いたい。

 俺は自転車を立ち漕ぎで出せる可能な限りのスピードで、彼女とは逆の方向へ自転車を進めた。


 「遅れてごめんね。結構待った?」

 少し息を切らして現れたのは私服バージョンの大道寺さん。

 「いや全然待ってない」

 嘘である。

 かれこれ20分くらいは待っていたような気がする。

 携帯電話もなく、時計もしていない俺は外で正確な時間を確かめる術を持たないので、体感そのくらいだろうと思っている。

 「じゃあ、中に入ろうか」

 ここは昨日彼女と一緒に訪れたファミリーレストラン。

 家に電話させたのは夕飯を一緒に食べようとの誘いだったらしい。まあ、普通あの時点ですぐに気がつきそうなものだけど、俺はあのとき一杯一杯だったこともあり、気が付いたのはここに着いてからだ。

 彼女と別れてから学校には寄らず、ここにくる途中にあったコンビニの公衆電話から家に連絡した。彼女に言われたことをそのまま親に伝えると、とくに怪しまれることもなくすんなりと外食の承諾を得た。

 店内に入るとすぐに席に案内されるーー時間的に混雑していてもおかしくはなさそうだったが、店内にそれほどお客はおらず、俺たちを合わせて10人くらい。もはや閑散としていると言ってもいいくらいだった。

 席に案内されテーブルの上にあったメニューをお互いに開き、今夜の夕飯を吟味し、決まった品を店員に伝る。ファミリーレストランでは普通の行為。何らおかしいことはない。そのはずだが、俺の一挙手一投足を彼女が見ているんじゃないかと思うと、動作一つするたび緊張が走る。

 それも、数十分前の彼女の態度を見てしまうと、そうならざるを得ないというか、何というか。俺は大道寺さんが怒っているんじゃないかとビクビクしているのである。

 ドリンクバーも頼まれたし……。

 注文の際にあえてドリンクバーを頼まなかったのだが、注文の最後に彼女が、

 「ドリンクバー2つ」

  夕飯を食べてすぐに帰ろうと思ってドリンクバーを頼まなかったのに、これでは長時間コース確定であるーー単純に水以外が飲みたいだけかもしれないが、その場合は自分の分を1つ注文すればいいだけの話で、俺の分まで注文するとなると……そういうことである。

 「えっと、飲み物持ってくるけど何がいい?」

 ココアが好きなのはわかっているが、食前に飲むものとしてはどうかと思い聞いてみる。今はできるだけ彼女のご機嫌を損ねるようなことはしたくないし。

 「えっと、カフェオレでお願い」

 「了解」

 昨日と同様に、最初の一杯目はカフェオレ。どうやら彼女の中では、食後のコーヒーならぬ、食前のカフェオレであるようだ。

 ドリンクバーコーナーから戻り、さていよいよ本題。

 「それで、さっきの話なんだけど」

 「さっきの話だよね、ごめん。ちょっと酷いこと言っちゃって」

 どうやら彼女に取って、作業に誘ったことよりも、俺に酷いことを言ってしまったことの方が重要度が高いらしい。

 「今の私と学校の私って違うって話したよね」

 「ああ、今の方が素なんだろ」

 「そう。今の私と学校での私。その切り替えって言うのかな、スイッチみたいなのを制服でしてるんだよね。制服をちょっと着崩して着ると、変身完了みたいな」

 そんな魔法少女ものみたいな感じを出してるが、変身すると恐ろしい悪魔みたいになるんだよな……。

 俺はそのことをついさっき身に染みて感じた。

 確かにあんな対応をしてれば、学校で腫れ物扱いされるわけだーー俺はてっきり見た目で嫌われているもんだと思っていたが、どうやら内外の両面らしい。

 「まあ、俺は別に気にしてないから大丈夫だけど、むしろ謝るなら俺の方だ。昨日あんなこと言ったばかりなのに大道寺さんを急に誘ったりして」

 本当に申し訳ない事をした。彼女の決して平穏ともいえない学生生活、それでもいいところに収まってる状況を掻き乱す行為をしてしまったことに、俺は深く謝罪する。

 「…………」

 カフェオレを一口飲み、ティーカップをゆっくり置いて一呼吸してから、彼女は言った。

 「帰り道で返答してもよかったんだけど、スイッチが入ってる状態だと本音も言えないし、絶対に嫌な空気になるからあそこですぐには返答しなかった。それに昨日のお礼も兼ねて今日は夕食をと思って」

 俺はただ黙って聞く。返答も頷きもしない。

 作業を手伝うか手伝わないか。イエスかノーか。

 それを答えるだけの話に、彼女は前置きを語る。

 俺と大道寺さんはどこか似ているところがある(俺が勝手に思っているだけだが)ので、彼女が何を考えているのか想像できる。

 きっと彼女は答え決めかねて時間稼ぎをしているのだろう。俺もよく使う手だ。

 だからここは何も言わず、彼女の答えが出るまで待つべきで、俺が変に何かを言うべきではない。

 「正直昨日の今日であんなこと言われるなんて思っても見なかったから驚いちゃって。やっぱり私が無理に友達作ろうとした話をしたから、それで高上が私を哀れんで声をかけてくれたのかとも思ったけど、どうなのだろう。高上はどんな意図があって私を誘ったの?」

 「特に意図はないし、哀れんでもいない。それは大道寺さんの考えすぎだ。俺はただ……」

 カルボナーラのお客様。

 俺の言葉を遮るように注文した料理が届いた。

 何ともタイミングが悪い。

 そして次に俺が注文した唐揚げ定食が運ばれて来る。

 「食べちゃおうか」

 「……そうだな」

 店員に空気を読んでくれっていうのも無理な話なので、ここは改めて食べ終わった後に話をしよう。

 実はかなりお腹が減っていたので、料理が運ばれてきてから少しウキウキとしている俺であった。

 お互いに食べおわり、本日3回目のドリンクバーを取りに行ったタイミングで、自然と中断した話に戻る。

 「えっと、高上は私に参加して欲しいんだっけ? 作業に」

 「ああ、正直人手が足りない。このままだと他の奴らの作業にも響きそうなんで手伝って貰いたいんだが」

 「それだったら私に頼むより、担任に言った方が早くない? 他に手が空いてる奴なんて大勢いるらしい、いくらでも人手を回してもらえるだろうし?」

 北村舞香も同じように、真っ先に担任に相談する案を提案していた。確かにそれが1番手っ取り早い方法だとわかってはいるけれど、それでも俺は違う選択肢を選びたかった。

 「それはそうなんだけど、せっかく同じ作業メンバーになれたのに勿体無いってのもあるし、それに……」

 「それに?」

 「ペットボトルの蓋がここまで増えたのって、2人が担任に言った『他のクラスへの声掛け』が発端だし、言い出しっぺは参加するべきだろ?」

 俺は以前、北村舞香に言われたことと似たようなこと彼女に言った。

 『声掛けをしといて、本人たちが持ってこないのはダメだよね』俺はこの彼女の発言で、佐々木と太田に頭を下げて蓋を集めてもらった経緯がある。

 「……ふふ」

 ん? 俺は何かおかしいことを言っただろうか?

 右手を口元に持ってきて、隠すように笑う彼女。

 「ふふ、そうだね。そういう落とし所もあり、か」

 「落とし所?」

 俺にはよくわからなかったが、何となく決心のついた表情で、

 「条件がある」

 と大道寺さんは言った。


 「今日は突然ご飯に誘ってごめんね。親に怒られたりしなかった?」

 ファミリーレストランからの帰り道。中学生が出歩くにしてはもう遅い時間なので、彼女を自宅まで送って行くことにした。

 こもも紳士の務めである。

 「ああ、全然。うちの親はあんまりそういうの気にしないから」

 「いいなー。私の家は逆で、結構言われるんだよね」

 「え? それなら今日はまずくないか? もうだいぶ遅いし」

 学校の感じを見るに、親が厳しいとか想像もつかないな。もしかしたら、抑圧された環境のストレスからあんなことになってしまったのではないだろうかと思ったが、他人の家庭内事情を聞くのは流石に気が引けたので、彼女には聞けなかった。

 「今は学校の芸術祭の準備ってことにしてあるから大丈夫。それに遅くまで残って作業すれば成績表に良いように書いてもらえるかもって言ったら、むしろ協力的になったくらい」

 「随分と現金な親だな」

 彼女の学校での態度を見るに成績はあまりよくなさそうだし、親も稼げるところで稼いで欲しいのだろう。

 「ところで高上は何を言うつもりだったの? 料理が運ばれて来て聞けなかったけど」

 「別に対しことじゃあないよ。俺が大道寺さんを作業に誘ったのは、俺自身のためだ、て言いたかっただけ」

 「作業の人数を増やして、自分の仕事を減らそうとしたって訳じゃないよね。それなら最初っから担任に頼むだろうし……まあでも、私としては1番欲しかった理由ではなかったかな」

 一瞬、どこか寂しそうな表情をしたがすぐにいつもの表情に戻る。

 「どんな理由で誘って欲しかったんだよ?」

 はぁー、と、彼女はわざと俺に聞こえるように大きなため息をして、

 「本当に察しがよくないよね。高上はもっと気を遣える人間になった方がいいよ。そんなんじゃ一生女子にモテないぞ」

 こいつ制服がスイッチとか言ってたけど、別にスイッチがあるんじゃないか?

 そんなことを思いながら自転車を押していると、

 「そんな高上にこんな時はなんて言えばいいか特別に教えてあげる」

 上から目線で言われた。

 「そこまで言うなら、是非ご高説願いましょうか」

 少し前を歩く彼女がつま先をあげ、踵を軸にして180°回転すると、下ろした黒髪がふわっと浮き上がり、そして……、

 「友達だから……」

 浮き上がった髪の毛の隙間から街灯の光が漏れて、ある種の芸術的な美しさを醸しながら発せられた彼女の言葉に、俺は釘付けになる。

 「友達だから誘ったって……言えよな」

 そう言ってまた180°回転して、俺の前を歩き始めた。

 彼女の顔をちゃんと見ることができなかったため、今どんな表情をしているかわからないが、髪の隙間から見えた耳が真っ赤になっているのは、きっと街灯の光が反射しているからだと思うことにした。

 「…………」

 「……何か言ってよ」

 俺がどんな反応をしていいか悩んでいると、彼女の方から催促が来る。

 「いや、何だろう。友達だったんだなって」

 「そういうところだぞ、高上」

 でも、と彼女は続け、

 「冗談、私たち昨日話し始めたばっかりだし。それに昨日私が言ったこと覚えてる? 高上のこと下に見てたって言ったの。そんな酷いことを言う女と友達に何かなりたくないもんね」

 ここで何も返答しないという選択肢は俺にはなかった。きっと無言は肯定と判断されるに違いないからだ。

 かっこいい言葉なんて知らないし、気の利いた返事なんてできないから、ここは俺らしい何も飾らないそのままを彼女にぶつける。

 「大道寺さんは俺を過大評価し過ぎている。俺はクラスカースト最下層の人間で、誰かから上に見られることなんてない人間なんだ。むしろそんなことがあれば、学校で目立つのを嫌っている俺にとって不都合でしかない。だから大道寺さんが酷いことを言っているなんてことはないし、むしろ正当な評価をしてくれて感謝したいくらいだ」

 そう俺が言い終えると、彼女は再び踵を返してこちらに向く。今度は可愛らしく回転はせず、いきなりだ。彼女の急な行動に、手で押していた自転車の両方のブレーキを思いっきり握りしめて止まるハメになったーー危ない危ない。

 彼女とは自転車1台分の距離をとって歩いていて、さらに言うなら自転車の直線上に彼女がいたわけではないのでぶつかる心配はなかったが、それでも予期せぬ事態には咄嗟にブレーキをかけてしまうようで。

 「だったらさ」

 立ち止まった彼女が今日1番の真面目な顔をしているし、それに気のせいだろうか、周りの気温が10月中旬位にしてはちょっと寒いような感じもする。

 これから何を言われるのだろうか。

 また俺を罵倒するような言葉が、彼女の口から投げナイフのように飛んできて、俺に刺さるのかと一瞬覚悟したが、どうやらそんなことはなく、

 「上に見るのは高上が嫌がるし、下に見るのは私が嫌なんだよね……最初に下に見といて言えるセリフじゃあないけど、でも今は嫌なんだ」

 距離を詰めて話してくる彼女。

 近すぎない?

 あと1歩踏み出せば体がぶつかりそうな距離なんだけど。

 ブレーキを握っている両手にさらに力が入る。

 「そんな2人の間をとって、真ん中はどうかな?」

 真ん中。

 上でも下でもない、その中間点。

 それはつまり、同格、といった感じだろうか。

 「同格って言いたいのか?」

 「……もっとお洒落な呼び方がいい」

 お洒落ね……。

 同格、つまりは対等な関係になると言うこと。それはつまり……、

 「友達……か?」

 「んー最後の疑問系がなければよかったけど、まあ、いいか。高上も少しは察してくれたようだし」

 最後の方はボソボソと独り言のように話していたので、うまく聞き取れなかった。

 「えーっと、では改めて。私と、友達になってくれませんか?」


 家の前まで送るつもりだったが、ここでいいっと彼女は言って走り去ってしまった。その後、俺は自転車には乗らず、ゆっくり押して帰ることにした。

 ーーいろいろ詰め込まれた1日だったな。

 全ていおいて人生初体験のような出来事だらけで、やっと家に帰れると思うと、気が抜けてこのまま路上で寝てしまいそうなくらい疲れがどっと波のように押し寄せてくる。

 でもそんな疲れが消し飛ぶくらいに今日はいい1日だったと思う。恐らく人生で1番。

 変に気を使うとろくなことが起きないが、今回に限って言えばそんなことはなく、全てにおいていい方向に流れていった。

 条件付きではあるが大道寺さんは作業に参加してくれるしーーそして何より、友達が1人増えた。それも女友達。

 今になって冷静に考えてみたら、結構恥ずかしいよな。声に出して友達友達って。

 殆どの人はわざわざ友達になろう、なんて言って友達にはならないし、北村舞香みたいに人類皆友達みたいな人間だっているわけでーーそんな人間がいるんだ。俺みたいにすぐに友達を作れない人間がいたって不思議ではないはずだ。

 人間関係や距離感を気にして、相手と一歩距離を置く。そんな人間。

 きっとこれが何かの物語なら、何ページにもわたって書かれているに違いない。人によっては数行で終わる物語。もしかしたら一言かもしれない。なにせこれは友達が1人できるまでの話なのだから。

 さて、ここらでカッコよく終わろうかと思ったけれど、まだ俺の中では反省しなければならない出来事がある。

 それは今日の視聴覚室での出来事について。

 より詳しく言うなら大道寺さんのスカートの中を覗いた件についてだ。

 結局のところ俺はその件については、罪悪感しか残っていないのである。

 4限の授業が体育だったこともあり、彼女はスカートの下にハーフパンツを履いていて、パンツは見れなかった。

 その結果どうなったか。

 もしパンツが見れていたのなら、きっと幸福感で一杯で今みたいに罪悪感を抱く事なんてなかったと思う。

 つまり、パンツが見れなかったことで、幸福感の代わりにパンツを覗いてしまった罪悪感だけが残る結果となったーー普段紳士を気取っている俺からしたら、この件は万死に値すると言っても過言ではない。

 ーー言えなかった。

 彼女を作業に誘った理由を聞かれた時に、自分自身のためと答えた。

 それに偽りはない。

 自分と似たような人物を助けることで、自分も救われる。そう、俺は彼女のスカートの中を覗いた罪悪感から救われたい気持ちがあったことを、彼女に言えなかったのだ。

 友達になった彼女にこのことを伝えるか迷ったが、俺が出した結論は、

 墓まで持っていく。これだった。

 わざわざ言うことではないし、もし言ったとしても彼女なら許してくれそうではあるが……その時は言葉のナイフが飛んでくることを覚悟しなければならない。

 だから俺はここで気を使うことにしたのだーー彼女にも散々に言われたことを、まさに実践した。

 「…………」

 今にも閉じてしまいそうな瞼を、気合いで見開きながら家に向かう。

 きっと明日からの学校生活が大きく変わるんじゃあないかと、心のどこかで期待しながら。

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