メリーゴーラウンドに乗ってる君のことが好きだよ〈川村かおり〉


 雨上がりの芝生に、黄色い花が咲いている。


「たんぽぽかな」


 近づこうとしたがそれは徒労で、目の前には柵がめぐらされてあって、手に取ることはできなかった。


 月曜日の午後、休講日であった星久保りんは、幼なじみの逢澤あいざわ華夜はなよと二人で遊園地を訪れていた。


 凛と華夜は幼稚園からの仲で、高校も同じ女子高に入って同じ軽音楽部にいて、ともに同じバンドで活動をしていたのであるが、華夜は大学へ、凛はアルバイト先のホームセンターにそのまま就職し、なかなか休みも合わなかったところに偶然、月曜日だけ空いたので、


 ──それなら久しぶりに遊園地に行こうよ。


 という凛からの誘いもあって、二人でやってきたのであった。


 凛と華夜は観覧車でスマートフォンを手に撮影をしたり、ジェットコースターで歓声を上げてストレスを発散したりとすっかり興じていたが、


「華夜さ、こないだ免許取ったってホント?」


 ベンチでクレープを食べながら凛は華夜に問うた。





 華夜は凛からの質問に、


「うん。今度キャンパスが遠くなるから、自分で運転して通学できるようにって」


 スクーターで通えたらいいかなって──華夜は特に車種を決めていなかったが、


「バイクならうちの実家にあるよ」


 見てみる?──凛は水を向けてみると、


「あ、でも私は普通免許だから、125ccまででないと乗れないよ」


 華夜は答えた。


 ともあれ凛は詳しくは知らなかったらしいものの、取り敢えず約束だけは取り付けて、


「次はあの船みたいなやつに乗ろうよ!」


 凛が指をさすアトラクションに向かって駆け出すと、


「凛ちゃん、危ないって…」


 あとから華夜も走って追うた。




 華夜が凛と会ったのは凛のバイト休みの昼で、この日は金曜日で華夜も午前中だけで講義も終わったところから、凛の家で待ち合わせた。


「あら、華夜ちゃん久しぶりだねぇ」


 迎えてくれたのは凛の父親で、凛の生家はそういえば小さなラーメン屋を営んでいた。


「今度、うちの出前用のバイクを新しくすることになって、華夜ちゃんなら安く譲ってもいいかなって」


 店先には真っ白い新車のビジネススクーターがあって、その隣には年期の入ったCD90というバイクが並んでいた。


「まぁ乗り方としてはスーパーカブみたいな感じなんだけど、ちょっとクラシックな感じだし、もし華夜ちゃんが気に入らなかったら、スクラップにするだけなんだけどね」


 華夜はそれを聞いて、


「まだ乗れるならスクラップにしなくたって…」


「いや、これは実は常連さんのディーラーから安く買ったものだから、できれば華夜ちゃんに乗ってもらえるといいかなって」


 そこまで言われては、乗らないとは言えまい。


「取り敢えず、少し練習してみないと…」


 とは言いながら、華夜は試運転をしてみることにした。





 はじめはクラッチ操作に戸惑った華夜であったが、慣れてくるとそれはまるでロボットの操縦よろしく楽しいもので、


「慣れるとバイクは楽しいものなんだね」


 華夜の言葉に、凛はまるで妹が成長したような寛濶な心持ちになって、


「良かったじゃん」


 凛まで嬉しくなったのか、華夜の髪を撫でた。


 華夜がCD90でキャンパスに通学し始めると、それまでスカートで可愛らしくコーディネートしていた洋服が、乗りやすいようにデニムのパンツスタイルに変わり、髪も気持ち短くなって、ショートヘアの凛に似たスタイルに変わってきた。


 そんな変わり始めた華夜を、凛は少しだけ寂しくも感じなくはなかったらしいが、しかし華夜がわずかながら大人になったようにも思ったのか、


「華夜、何か大人っぽくなったね」


 私も大人にならなくちゃ──凛は言った。


 だが、華夜からすれば高校を出てすぐ就職し、ときおり実家のラーメン屋の出前の手伝いもしている姿も見かけていただけに、


「凛ちゃんのほうがよっぽど大人じゃん」


 というのが、華夜の偽らざる気持ちであったらしい。





 その後はしばらく華夜も試験があったりレポート提出があったりで凛と話せずにいたが、レポート提出が終わって遅くなった夜、キャンパスの駐輪場から通用門を出たところに、なぜか凛の姿があった。


「華夜、久しぶり!」


 見ると凛はいつものボーイッシュなスタイルながら、なぜか片手にヘルメットを持っている。


「凛ちゃん…?」


「…免許、取ったさ」


 凛の横には、真っ赤なハンターカブがある。


「パパの出前の手伝いもあるからさ、この際だから取っちゃったさ」


「じゃあ凛ちゃん、ここまで運転して来たの?」


「右折だけ慣れなかったけどね」


 凛は舌をペロリと出した。


「華夜、これから少しだけツーリングしようよ」


「…うん、まぁ少しだけなら」


 まるで二人で遊園地に行くときのようなフラットな感覚で、華夜と凛は通用門の前の坂を下り始めた。





 キャンパスを下ったあと幹線道路に出て、さらに高架をくぐってから高台の展望台を目指して上り、展望台の手前の駐車場のある入り口の勾配のきつい坂を登り切ると、車がまばらに停まっている駐車場がある。


 駐車場でそれぞれハンターカブとCD90を停めると、石段の上にあった展望台まで華夜と凛は息を弾ませて駆け上った。


「…わぁ凛ちゃん、綺麗だねぇ」


 そこは街を見渡せる小高い丘で、公園の周りの樹々の先には、華夜と凛の生まれ育った街の夜景が広がっている。


「華夜は来たことある?」


「ない」


「私は小さい頃、パパにバイクに乗せられて来たことがあるんだ」


 ということは、今は華夜が乗っているCD90でかつて凛は来たことになる。





 自販機で缶コーヒーを買って、飲みながら凛が語り始めたのは、父親の話である。


「そういえば凛ちゃんって、パパっ子だもんね」


「うちのパパ、ラーメン屋になる前はプロのライダーになるために訓練所にいたことがあるらしいんだけど、ケガで諦めたみたいなんだよね」


 そんな父親に可愛がられて育った一人っ子の凛は、華夜を姉妹のように思っていたところがあったらしく、


「だから華夜がバイク乗り始めたら、私も乗りたくなって」


「真似っ子じゃん」


 そういえば凛がバンド活動に加わったのも、楽器を弾いてみたいという華夜の夢を後押ししているうちに、自分でもやってみたくなったことが動機であったことを、華夜は思い出した。





 しかし。


 夜景の名所なだけに周りはカップルだらけで、女同士で来ているのは見たところ華夜と凛だけのようであった。


「今度はさ、お互いに彼氏連れてこようね」


「まぁそれまでは、二人で来ても悪くないよね」


 凛と華夜は、ひとしきり夜景を楽しんだあと再びそれぞれハンターカブとCD90に乗り、麓にあったコンビニで缶コーヒーを買い、少し休んでから再び出発して少し深夜の街を転がしたあと、凛のラーメン屋の前で、


「たまにはまた一緒に乗ろうね」


「うん」


 初めてのプチツーリングは、そのようにして終わった。


 余談ながら。


 このあと、たびたびプチツーリングをして楽しんだらしい──というのは想像に難くないが、彼氏を連れて行ったかどうかというところまでは、残念ながら筆者の分かる範疇ではない。


 もっとも分かったところで、いささか困る向きも世にはいるかも知れないが。




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