波打ち際のボーダーライン

影迷彩

──

 水平線と地表の境界線を天使は歩いていた。彼の仕事は、波を泳ぐ魂の死と生き返りを見極め、地球へと流して養殖し運営することであった。

 ふと、足を止める。天使が見下すのは波しぶきに打ち上げられた一人の子供だった。どこからか流れ着いたのだろう。天使は彼を拾い上げ、彼を匿った。


 ふんわりとしたベッドの上で、子供は目を覚ました。

 ここは天使の家。木造建築であり、地球の浜辺の別荘地のような佇まいであった。


「ボウズ、名は何と言う?」


 子供は何か話そうとして言葉をつっかえ、頭を抱えたまま起き上がらなくなった。


「何も思い出せないのか。どう取り扱おうか……」


──天使は地球を上から眺めながら子供の処遇について考えた。

 天に流れ着いた魂は、死か生き返りか決定しなければならない。その決定は魂への問いかけによる是非で考えなければならない。0全知全能の天使でも、一つの魂が考えることや性格まで完璧に把握することは出来ない。その為、問いかけと履歴の調査で、死か生き返りかを決定する。

 天使は地球に降り立ち、世界全てを回って調査した。しかし子供の素性が分かるものについては結局何も見つけ出すことが出来なかった。

 

  「それにしても苦しい世界だ……」

 天使は地球を回り終えると溜め息をついた。紛争や環境破壊が増え、死者は年々増加している。生き返せる魂も少なくなり、そもそも生き返らせてもすぐにまた死ぬ世界となってしまった。


 子供は死として片付けるべきだろうか。天使はベッドに座り、外の波しぶきを眺める子供のさする。このまま長い時間放っておいても、魂は磨耗し腐り果てる。死として魂を天に保管することが最善だと天使は結論付けた。


 「お前はどうだ? あの波の向こうに戻りたいか?」

 

 子供は天使に顔を振り向かせた。不思議に思う表情であった。

 

 「分からないか。私にも分からない。あの世界に戻したところで、お前はまたここに戻るかもしれないのだからな」


 そうして戻ってきた魂を天使は何度も見てきた。生き返るよりも、死として天に保管された方がマシだとも思っている。

 

 「赤ん坊なら無垢なる魂、何も考えてないとして送り返すことも出来るが……お前は自分の考えがあるらしい。しきりにここが何なのか知ろうとし、時々掃除もしてくれるからな」


 天使は考えた。彼を死として片付けるよりも、しばらく磨耗に気をつけてその性格を見極めるべきかと。

 いっそ、天使として格上げもしてみるか。百年規模の面倒な手続きが必要だが、天使は彼を気に入り、それもいいアイデアだと思っていた。


 ──そうしようとした直後、外の波が突然荒れだした。


 「な、なんだ!?」


 天使と子供は驚いて外に飛び出し、荒れる水平線を呆然と眺めるしかなかった。


 ──地球は滅んだらしい。

 同僚の天使からそう聞き、仕事を失った天使は家を後にした。

 波はなくなり地平線となった。まだ見果てぬ先に再就職先を探しに、彼と子供は歩き始める。

 地球にあった魂は宇宙に放逐された。唯一、この子供だけは天使についていくとした。


 「お前が腐り果てぬよう、私が側にいる。もし新しい世界が見つかったら、始祖としてお前をその地に立たせよう」

 子供は地の果て先を眺め続けていた。その目は、希望に満ちていた。

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