第12話 誓った
〈尊厳死カプセル〉プロジェクトはその後、第五大が全学を挙げて継承することになり、錬金術省による接収を阻止した。
翌年グル・クリュソワ師匠はラボの監督からオブザーバーへ退き、重圧から解放されて、空いた時間に自宅のガーデニングを楽しむようになっている。
新監督となった精神医学研究科の教授のもと、博士後期課程に入ったデューンは、薬物ミスト開発へ向けて研究に勤しむ毎日だ。
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〈四年、か・・・〉
ひとりぼっち歴四年・・・。
オーク板張り床のリビングは、三人暮らしにも広すぎるくらいだったけど、今じゃすっかりひとりぼっちだ。
じいちゃんが死んでからも、学生の間は、よくユキちゃんたちと一緒に、無垢材の無骨なこのテーブルに、本や辞書やノートを思いっきり広げて勉強していた。
卒業してからは、書類を扱う作業の時は悠々と広げられるから快適だけど、食事の時は淋しい。
パトスじいちゃんが星まわりにギリギリの角度で手を加えて定めてくれた、ドーレマの誕生日。
じいちゃんとモイラと三人で暮らしていた頃は、年に三回、それぞれの誕生日を祝っていた。ささやかだったけど、幸せだったなぁ。
じいちゃんが大事に育てていたバラを、ユキちゃんが見事に引き継ぎ、ユキちゃんがテッラへ帰ってからは、休みの日にはデューンも手入れしに来てくれる。油売りのおっさんやおばちゃんたちも時々見かねて世話をしてくれる。
ドーレマも、もっともっと手をかけて、じいちゃんたちのように賑やかに咲かせたいのだけれど、その前に、墓参客用の花を切らさないように作っておかなければならない。少しだけれど農協へ出荷する果実のために雇っている期間作業員さんも、ご自分の畑の世話で忙しいから、うちのバラ園までは頼めない。一緒に収穫作業とかしながらアドバイスをもらえるくらいだ。
なかなか追っつかないな・・・
いつものように墓地を見回り、畑を整えて午前中の日課を終え、コンサバトリーへ戻ると、デューンがやってきた。
あ、ラッキー。ヒマだったらバラの手入れを頼もう。
「ドーレマ、誕生日おめでとう。受け取ってほしいものがある」
デューンが唐突にドーレマの手を取り、何かを握らせた。
「ありがとう。誕生日プレゼント? 来てくれただけで嬉しい」
手を開いてみると、小さな輪っか・・・まさか・・・
「プロポーズだ。まだ三年かかるけど、博士課程の単位を取得したら、結婚しよう。おれを、待っててくれる?」
デューンらしい朴訥な言い方で、あんまりロマンティックじゃないから、一瞬キョトンとしてしまう。
きしめんを輪にしたような滑らかなフォルムの、ローズゴールドの指輪。裏には装飾書体でイニシャル〈D〉がふたつ、重なり合うように彫られているその指輪を、ドーレマは握りしめて頷く。
「待つ! 三年でも、三〇年でも、三〇〇年でも!」
「・・・・・・」
え? ワタシなんかダメなこと言った? デューンが涙ぐんでしまった。
指輪をドーレマの右手薬指にはめて、デューンがそこに口づける。
「左手は空けておいてね。結婚指輪のために」
ドーレマは右手を空にかざし、まぶしそうに、そのローズゴールドに、いろんな角度からおひさまの光をキラキラ反射させる。
「デューンが作ったの? 上手ね」
「うん」
ジュピタンの錬金術師は婚約指輪も自らの手で製作するのだ。
「・・ちょっとだけ、とーちゃんに手を貸してもらったけど」
〈え? 師匠が・・・?〉
いきなり怪しくなってきた。
「ちょっとだけ、だよ。ほとんどおれが作った。ドーレマが幸せになれるように祈りながら。おれも頑張るぞって誓いながら」
空にかざすドーレマの手を引き寄せて両手で包み込み、祈るように目を閉じ、額にくっつけるデューン。
「ありがとう! ・・・しか言葉が出てこない・・・。私からも、誓いのしるしを」
ドーレマの手を包むデューンの両手に、ドーレマは魂受諾を
「デューンも幸せになれるように、私も頑張るぞ、って誓うわ」
「なんか、平等だね」
「対等っていうのよ」
そのままふたりでバラ野原をのんびり歩くお昼休み。ドーレマは歩きながら何度も指輪を陽にかざし、キラキラさせている。
花を一房つけたままぴょこんと飛び出した蔓を、トレリスに絡め戻してやりながらデューンが言う。
「〈フィリス・バイド〉だね。この色の混ざり具合、いいよね」
それはドーレマもとても好きなバラ。小ぶりな一輪の花の中に薄ピンク色とクリーム色が混ざりあっていたり、一枝のなかで二つの色がそれぞれ分かれて咲いていたり、色味も優しいし、デューンが言うように混ざり具合も可愛い。
「錬金術では、紅白のバラが、そこで哲学者の息子が誕生する、と表現される重要な象徴を示すんだ。次元の異なるもの、あるいは対極にあるものが統合されて、より高次の地平が拓ける、みたいな意味だ。プリミティブな化学実験をやっていると、そんなイメージが浮かぶことがある。でも、未来の錬金術は、二元論的な化学反応ではなくて、もっと複雑で曖昧なオブスキュリティを扱わなくてはならない」
「・・・なんか、よくわからない・・・」
「あ、ごめん。えーっと・・・パトスじいさんのこのバラ園には、真っ赤なバラって少ないよね。白とピンク系がたくさんあって、あとはアプリコット、イエロー・・・赤は刺し色的に植わってるくらいだ」
「うん。じいちゃんがピンク系のバラが好きだったから」
「ビイル薔薇の想い出だね」
「たぶん」
「おれも、そういう柔らかい色味が好きだ。フィリス・バイドはドーレマみたいで、すごく好き」
「私がフィリス・バイド?」
「うん。ベースカラーが優しくて、混ざり具合にいろんな表情が表われてきて、葉っぱも美しくて、可憐なバラだ。素朴に健気に咲いてる感じが好き」
バラを好きだと言いながらドーレマを好きだと言おうとしているデューン。論理的な事がらは淀みなく語るのに、感情を言い表わすことに慣れていない、ちょっと不器用なところも、ドーレマは好きだ。
デューンの掌へするりと手をすべらせ、そっと握る。その手をデューンの指が撫で、やはりそっと握った。
あっさりしたプロポーズだったけど、精一杯の誠意を込めてくれた。デューンらしいな・・・
あ、師匠が舅になるのか・・・・・
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