第10話 門出する

 ソーラーシステム第五大学、学位授与式。全学部および研究科の学位取得者たちが祭儀棟大講堂を埋めている。

 グル・クリュソワは教授陣の一角に参列し、レイヤは保護者席から見守る。

 大学長による式辞、占星術学部長による〈門出の星定め〉の祝祷、呪術学部長による〈出航言祝ことほぎ〉・・と続く、アカデミーの厳粛な式典である。



 入学のときにじいちゃんがあつらえてくれた礼服。これを着ると、じいちゃんに守られているような心地がする。

 テッラへ帰ってしまうユキちゃんと、隣合わせに着席して手を握り合い、ドーレマは万感を胸に抱いていた。 


 友達になってくれて、じいちゃんとも仲良くしてくれて、バラたちも可愛がってくれて、ありがとう、ユキちゃん。スィデロくんもテッラへ連れて行くんだね。末永くお幸せにね。

 ジュピタンの呪術師の国家資格はテッラでは使えないけど、将来のために、占星術学部の単位もたくさん取得したユキちゃん。きっと売れっ子占い師になれるよ。がっぽり稼ぐんだよ。



 式典と、ゼミの謝恩会も終わり、ユキちゃんと一緒に、スィデロくんとデューンと待ち合せ、墓守の家で四人だけの卒業式をする。

 デューンのフォーマルスーツ姿を見るのは、じいちゃんのお葬式以来。見惚れるカッコよさだ・・・。


 ユキちゃんとスィデロくんとデューンは、家の祭壇にロウソクを灯し、祀ってある四柱の遺魂に手を合わせてくれた。


 ドーレマは、国家試験に受かったあと、役所の認定墓守採用試験にも受かり、晴れて公式に北部墓地の墓守になる。

 スィデロくんは、テッラの鉄鋼関連の企業に就職して製鉄所で働く。錬金術師の資格が役立つかどうかは知らない。デューンは大学院へ・・・。

 道は分かれていくけれど、第五大で共に学んだ青春の日々はいつまでも忘れない、なんてのは、とうに青春を終了したおっちゃんおばちゃんたちが遠い目をして語るセリフだ。

 諸々の片付けや新生活準備でバタバタしている当の本人たちは、感傷に浸っている余裕がない。



 ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 下宿を引き上げてテッラへ門出するユキちゃんたちを空港で見送り、ドーレマとデューンは、人気ひとけのまばらなキャンパスをトボトボ歩く。


 少し前の入試の季節は、教授たちは忙しいけど、在学生にとっては、後期試験が終わってひと休み、さあ帰省だバイトだ旅行だ、というわけで、ひっそり静まり返っていた構内も、新年度直前のこの時期は、大学職員たちや、新歓準備のサークル部員たちが行き来して、静かなんだけどどこか落ち着かないような、独特の緊張感が漂う。

 そんなキャンパスを抜け、遊歩道から丘への小道を、ふたりはぽつりぽつりと言葉を交わしながら、墓地へ帰ってきた。


 火葬場の公務員錬金術師たちが、勝手知ったる隣の我が家、コンサバトリーでお茶していて、ドーレマに手を振り、ドーレマも手を振って挨拶を返す。

 彼らはデューンに、

「最近師匠をお見かけしませんがお元気ですか?」

 とか訊いてくる。

「ええ相変わらずです。今は次年度の支度で錯乱、じゃなくて錯綜してます」

 とお返事しているデューン。



 ドーレマは小屋から掃除道具を取り出し、墓地の見回りに出る。デューンも火ばさみとごみ袋を手に、黙ってついてきた。


 西端に、無縁だまを祀る墓がひとつ。


 日課の慰霊のまじないをかけたあと、ドーレマはそのまま、そこに立ち尽くした。

 ドーレマがなにを思いながら無縁魂の墓を見つめているのか、デューンには少しわかるような気がした。

 墓の奥にドーレマが見ているのは、出自のわからない彼女自身の血。過去のどこにも繋ぐことができない系譜。


 仲間がバラバラになって淋しいんじゃない。離れても心は繋がっているから。それでも、自分ひとりだけ、孤独だ。じいちゃんが死んで天涯孤独だからではなく、自分が何者であるかすらわからないのが、淋しくて、怖いのだ。



 ドーレマの肩を抱くようにデューンがそっと腕をまわした。少しビクッとした肩が震え出し、涙がこぼれた。デューンは黙ったまま、その肩を撫でる。


 振り向いたドーレマと目が合った。デューンはあまり人と目を合わせられない性格だけど、目を合わせられたら逸らすこともできない。反射神経が鈍いみたいだ。

 戸惑いながら、お互いの、違う目の色を見る。


「デューンの目はきれいね。深いヒスイ色で、宝石みたい」

 それは、『あなたは生粋のジュピタン人なのですね』という意味だ。ドーレマの青灰色の目はさっきから、ぽろりぽろり涙を落としている。

 こういう場合、どうすればよいのだ? ほらほらここは『キミの目もきれいだよ』だろ。ところがこいつは、肝心なところで気の利いた言葉が出てこない。

 しばし、にらめっこ・・・。


 ドーレマの目が鋭さを帯び、デューンに言葉をぶつける。

「師匠もそのお父様も錬金術師で大学教授。グリンさんの実のお父さんはネプチュン鳥島のかただけれど、故郷の皆さんから愛されて、そのご両親もいらっしゃる。レイヤさんも呪術師で、優しいお母さん。デューンはジュピタンのサラブレッドね」

 そのとおりだけど・・・目を合わせられないデューンが合わせられた目を逸らせられず、不甲斐なく沈黙を守る。


「わたしは、どこの馬のホネだか・・」

 額にデューンのキスが飛んできた。

 ほんとは唇を狙ったんだけど、泣いてる子の口を塞いだらえらいことになるのだ。ネプチュン鳥島で、実父を恋しがって泣いちゃったグリンを慰めようとして口づけたら、鼻水とよだれをぶはぁっと吹き出してぐしょぐしょになった。いまティッシュ持ってない。瞬時に判断して、着地寸前、額へ逸らしたのだ。反射神経が鈍いわりには見事な不時着だ。

 あのときグリンにしたように、頭を撫でていい子いい子してあげる。


 ついに声を上げて泣き出してしまったドーレマに、胸を貸してやるデューン。シャツが濡れてるけど、ティッシュ持ってないからこのままでいいや。

 言葉をかけられない代わりに、だんだんと腕に力が入ってきて、胸を密着させるようにドーレマを抱きしめる。オートマチックに反応してしまう箇所はごめん。



 少し落ち着いて涙を拭うドーレマの顔を覗き込み、濡れてるほっぺをツンツンして、ぶに~っと引っ張った。

「・・いて」

 なにすんねん?

「痛い?」

 あたりまえやん。

「だったら大丈夫。ドーレマは生きて、ここにいる。それでいいんだよ、きっと。だから、胸を張って、生きていこう」


 なにかを問いたかったわけではない。答えを求めていたわけではない。問いにも答えにもならないけど、心許こころもとないのは変わらないけれど、生きていく、ということはわかった。


「・・うん。生きていく・・・死ぬまで」

「そうだね。死ぬまで、生きていこうね」

 ・・・・・・・・・・。



 お掃除しながら墓地をひと回りしてコンサバトリーへ戻る。

 火葬場の別の職員さんたちが交代で休憩に来ていて、手を繋いで帰ってきた二人を出迎えてくれた。


「デューンくん、ドーレマちゃんを泣かした?」

 カッコ悪い顔になってたみたい。でもみんな優しいな。

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