第9話 遡る

 なんだかんだでドーレマとデューン、ユキちゃんとスィデロくん、二組のカップルが自然と形成されていき、そこへグリンや他の先輩たちも加わったりしてわいわいやっている。


 料理上手なユキちゃんは、スィデロくんのハートを胃袋経由で掴んでしまった。魚を見事にさばける男前(?)ぶりはドーレマからみても頼もしいユキちゃんだ。

 ドーレマたちのほうは残念ながらそうはいかなかった。デューンが、食べ物に、というより、食べることそのものに、執着がないのだ。

 師匠がベジタリアンであることは前から知っていたから、デューンもベジタリアンなのだろうか、と思ったら、その上をいくブリザリアンなのだ。

 べつに思想信条に基づくわけではなくて、だいたい生きていけたら、モノは食べても食べなくてもどちらでもよいという。『牛乳とか飲んでるから大丈夫』なのだそうだ。

 そうなると、料理の腕を上げても、美味しいといって食べてくれる人がいなければ、やる気もなくなってくる。

 庭で遊びながら(農作業だけど)ミニトマトを二、三個いで食べ、バジルの葉をちぎって食べ、それで『ごちそうさま』なのだ。



 四人が集まっておしゃべりする機会も増えている。専門課程は呪術学部と錬金術学部に分かれても、お互いに学び合うことは多い。

 コンサバトリーが使用中のときはリビングの大テーブルで、ちょっとした勉強会をすることもあった。四人座ってノートを広げても余裕の広さだ。

 


 大テーブルで四人は、魂の変容過程を暗喩する錬金術の象徴について、お茶を飲みながら雑談のようにのんびり議論を交わしていた。


 ブオン、と車が止まり、パトスじいちゃんの兄、故パラメノじいちゃんの娘たちがやってきた。娘といっても、ドーレマたちからみれば、親世代より年上なくらいの年齢だ。小さい時から『おばちゃん』と呼んでいて、彼女たちもドーレマを姪のように可愛がってくれていた。

 南部の田舎町に住んでいるから、普段はあまり会えないけど、パトスじいちゃんのお葬式のときには飛んできてくれた。

 それから百日余りが過ぎた今日、南部の美味しいものをどっさり持って、パトスの墓参りがてらドーレマに会いにきてくれたのだ。


「あら、大学のお友達ね。ピロスちゃんがサターンワッカアルへ行ってしもうて、あんたがこの大っきい机で一人ぼっちで勉強しよったら可哀想になぁ、って思うとったけど、お友達が来てくれてよかったね~」

 字で書くとイントネーションが伝わらなくて残念だが、南部の訛りを帯びた、優しい物言いなのだ。


 おばちゃんたちもひとこまおしゃべりに加わり、二人とも哲学科出身だから、ドーレマたちが知らなかった思想体系から魂問題への示唆を与えてくれたり、クロスオーバーなゼミのように面白い。



 ひょんなことから、〈パトスじいちゃんの人格の変化〉を、おばちゃんたちが語り始めた。

 ドーレマがまったく知らなかった、じいちゃんの過去・・・。



 パトスは元々、短気な性格だった、と聞いて、ドーレマは不意打ちを食らう。

 幼い一人息子ロドゥを事故で亡くし、妻の不注意を責め続けた。やがて暴力をふるうようになり、ほどなく妻メリッタは自殺した。

 何十年も経ってから、パラメノじいちゃんが亡くなる直前、パトスが,

『ロドゥが事故に遭ったとき、わしもそこにおった』

 と、告解のように言ったという。ロドゥの事故死の原因は、メリッタの不注意ばかりではなかったのだ。


 メリッタが自殺した後、パトスは、一生、自分以外だれも責めない、と決めた。パラメノじいちゃんに白状したが、もう償えるわけじゃないから、

「パトス叔父さんも辛かったろうね」

 と、おばちゃんたちは言う。


 そんなことを聞いてしまうと、ドーレマは、これまでの自分の人生が、ごっそり裏切られたような感じもする。

 ドーレマも、モイラも、じいちゃんから一度も怒られたことがないし、じいちゃんが誰かに対して怒っているのを見たこともない。

 あんなに柔和な笑顔を自分たちに向けてくれていたことを、今となっては不思議に思う。そんな過去を抱えて、よくもしれっとあんな笑顔でいられたものだ、とも思ってしまう。

 なにも語ってもらえなかったのは、事実を受け止められるほど、ドーレマもモイラも成熟した精神を持ち合わせていなかったからだろうか?

 信頼されていなかったような気もして、自分たちが幸せだったのか不幸だったのか、もうわからなくなってきた。


 じいちゃんは罪を心のなかに封印したまま生きて死んだ。許しを請うこともしなかった。それも嘘を隠すみたいで、ずるいような気がする。

 わたくしはこれこれこんな罪を犯しました、と公言すれば、少なくない人たちから軽蔑を受けるのと引き換えに、気が済んだかもしれないけど、それもしなかった。

 おそらく、パラメノじいちゃんは、最初から事実を知っていたか、感づいていただろう。それでも、パトスから打ち明けられるまで、なにも聞きも語りもしなかった。


 一番償いたい人へは届きようがなかった償い・・・。

 償うことのできない罪を心のなかに封印し続けたのは、自分が自分に与える罰なのだ。

 長生きしたということは、悲しみと、自責の念を抱き続けて苦しみながら生かされてしまっていた、ということ。それ自体が拷問だ。


 そんな話を聞くうちに、デューンは、ネプチュン鳥島のグリンの実父アルチュンドリャのことを思い浮かべていた。

 ビイル薔薇の花びらから精油を製造する仕事をしていたアルチュンドリャは、飲めば麻薬作用を引き起こすその精油の飲用を、若者たちの間に一時期広めてしまっていた。自らもビイル薔薇精油中毒(バラ中)に罹り、罪の意識に苦しみながら亡くなった。


 なにかを、だれかを、深く傷つけてしまった苦しみと、秘密をお墓の中まで持っていかなくてはならなかった苦しみ・・・。



 みんなが帰ったあと、ドーレマは、祭壇のじいちゃんの遺魂を撫でて泣いた。

「もう終わったよ、じいちゃん。もういいんだよ」


 なにかが解決したわけじゃない。許されたわけでもない。それでも、もう終わったのだ。

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