世界に一つだけの花たち

@ko_ta1

第1話

          *

 バルオキーでは、少年たちが元気よく遊んでいる。ボールを蹴って縦横無尽に村を駆け回る。

 その男児たちに「こらぁー」と叫びながら突っ込んでいく金髪の青い瞳があった。

 その少女――ロミは男児たちの中に割り込むなり、言った。

「お花が痛いって言ってるよ! 潰しちゃだめっ」

 ぽかんとする男児たち。しかしすぐにその顔が嘲笑で歪んでくる。

「きたあ。気持ちわりぃー」「花が喋るわけねえだろ」「こいつは変な子供だって俺の母ちゃん言ってたぜ」

 飛び交う罵詈雑言にわなわなと握りこぶしを震わすロミ。小さな体から怒りがあふれ出てくるのが分かる。

「ほんとに言ってるもん! 私はお花の声が聞こえるからっ」

 ロミは、男児たちの足元を指さした。そこには子供達によって踏みつぶされた花があった。色とりどりの花達が無残な姿になっている。

「また始まったぜ」

 一人の男児が言った。それに続いて、再びロミに対する悪口が浴びせられる。

「いいだろ。花なんだから潰したって」「そうだそうだ。人じゃないんだぞ」

 そうやってさんざんロミを馬鹿にすると、男児たちはもう行こうぜ、とその場を去っていった。

 あとに残されたロミは泣きながらその場にしゃがみこんだ。かわいそうに。踏みつぶされて倒されて、花達は本当に可哀そうだ。

 ロミが泣きながらぐしゃぐしゃになった花をかき集めて手の中で優しく話しかけた。

「うん、そう。あいつらひどいからね。大丈夫? 痛かったよね」

 ロミ!

 そうしていると向こうから自分の名前を呼ぶ声がした。ロミにとっては聞きなれた声。

「パパ!」

 筋骨隆々のこの大男、ロミの父親――カレイドがロミの元へ小走りで駆け寄ってくると、ロミはその熱い胸板に飛び込んだ。

「……パパ! あのね……またお花の声が聞こえたの。踏みつぶされて痛いって。男の子たちが……」

 舌たらずな上に泣いているので、ほとんどなにを言っているのか分からない。しかし、何があったのかカレイドは察した。いつもの事だからだ。

 カレイドは立ち上がるとロミを抱きかかえて、

「さあ、ロミ、森へ行こう」

 と、歩きだした。


 二人は、ヌアル平原へと足を踏み入れ、慣れた足取りで歩いていく。

「わぁい。お花がいっぱい」

 無邪気な声をあげ、至る所に咲いている野花や草木に反応を示すロミ。ロミはここに咲いているピンクの花が一番のお気に入りだった。

 カレイドはそんな娘を少し心配そうな顔で見つめている。

「うん、どうしたの? ええ? ゴブリンがこの辺りを荒らしてるの。それは大変」

 しゃがみこんで花に語り掛けていたロミが、振り返ってカレイドを見た。「パパ」

「どうした?」

「お花がね、ゴブリンが怖いんだって」

「ゴブリンか……」

「うん!」

「……まあ、元々警備隊にいたパパならゴブリンくらいなら退治できるが……」

「ほんとっ!?」

 ロミが顔を輝かせた。そして再び花に向き直ると、

「ねえねえ、もう大丈夫だよ。パパが何とかしてくれるって」

 まるで人に話しかけるように会話するのだ。

「なあ、ロミ」

 しかし、そんな華やかな表情のロミとは裏腹に、カレイドはどこか思案気な顔をしている。カレイドはしゃがんでロミと視線を合わせるとゆっくりと言い聞かせるように口を開いた。

「……お花とお話しできることは、パパとママ以外には内緒だ」

「……どうして?」と少し悲しげな表情をするロミ。

「さっきみたいにいじめられるだろ? 変な子だって思われる」

「でも、私……ほんとにお花の声が聞こえるんだもんっ」

「ああ、わかってる、分かってるよ。でもな、これからはそのことは内緒だ。ロミはもう七歳なんだ。わかるよな?」

「……」

「約束してくれるか?」

 カレイドは小指をロミの前に差し出した。口をキュッと結んで俯いていたロミだったが、渋々と小指を出すと、父親の太い小指にその小さな小指を絡ませた。

「……分かった。約束する」

 小さな白い蝶々がひらひらと二人の周りを飛んでいた。

          *




 この村は今日も平和だ。草木が生い茂り、柔らかな風がそれらを揺らす。

 アルドは、自然と調和したバルオキーを歩きながら、そんな平穏な空気をその身に感じていた。

「どうしましょうっ」

 ふと、前方からこの雰囲気に似つかわしくない焦りをにじませた声が聞こえてきた。見ると、初老の男性と若い女性が何かひどく落ち着きがないような様子で狼狽している。

 別に引き留められたわけでもないから見過ごしても良かったのだが、村の警備隊であるアルドの勘が働く。何か良くないことが起きているのだなと何となく分かったのだ。

「どうかしたのか?」

 アルドは二人に声を掛けた。しかし、二人はひどく慌てているようでアルドの存在に気づかない。

「ワシが探しに行く。これはワシの責任でもある」

「でも、主人が帰ってこなかった場所ですよ? どんな危険があるか……」

 一人ポツンと取り残されたアルド。

「あのっ! 聞こえてるかっ」

 たまらなくなって声を張り上げた。それでようやく二人はアルドの存在に気が付いたようだった。

「すんげー大変そうなことが起きてるみたいだけど、なんかあったのか?」

「あなた娘を知ってるの?」

 女性が物凄い剣幕でアルドに詰め寄る。アルドは思わずたじろぎながら、「何も知らないって」と女性を制した。

「事情は知らなくてもあんたたちの様子を見たら分かるよ。ちょっと落ち着いたらどうだ?」

「……ああ、ごめんなさい」

 アルドに促され、女性は乱れた呼吸を整え始めた。その横で初老の男性が口を開く。「仕方ないんだ……青年よ、大目に見てくれ」

「いったい何があったんだ?」とアルドは訊いた。

「ああ……この奥さんの一人娘のロミちゃんがどこかへ行ってしまったようなんだ」と初老の男性は答えた。

「へぇ、家出か?」

「……違います。恐らくあの子の父親を追って……」

 胸に手を当て、落ち着きを取り戻した女性がそう答える。しかし、声はまだ震えていた。

「父親? つまりあんたの旦那さんか」アルドが相槌を打つ。「仕事にでも行っているのか?」

「あの人は……」女性が震える声で言う。「娘のために伝説の花を探しに行ったんです」

「伝説の花?」

 アルドは首をひねった。なんだろうそれは。聞いた事もない。

「その花は……花弁が虹色に輝くと言われる、世界に一つだけの花なんです」

 虹色? アルドはその様子を想像してみた。しかしうまく想像しようとすればするほど存在が信じられなくなってくる。 

「そんな花が本当にあるのか?」

「いえ、誰も見たことはありません。でも、ここら辺では昔から噂話として語り継がれていたらしいんです」

 女性は初老の男を見た。どうやらここからは彼が話を受け取ったようだ。「その花の話をしたのがワシなんだ。……ワシは長く生きている。人よりも知識だけはある」

 そうやって語りだす老人の口元には、深いしわがいくつも刻まれている。

「ワシはこの人たちの家族でも何でもないが、こんな老人の相手をよくしてもらっていてな。ある日、弾みで虹色の花の伝説を話したのだ。元々噂程度にしか信じていなかった話なんだが女の子だから喜ぶと思ってな、絵本を読みきかせるくらいの感覚だったんだがそれを本気にしてしまい……」

「そうか、それで娘に頼まれた父親が花を探しに行ったわけか」

 うんうん、と腕組みをしながら頷くアルド。話は分かった。「んで、それの何が問題なんだ?」

 ああ、と俯いた老人は蚊の鳴くような声で話し出した。どこか後悔が滲んでいるようなそんな雰囲気だ。

「あんたも警備隊なら行ったことくらいあるだろう」

「……?」

「ヌアル平原にその花はある」

「なに?」

 アルドの顔色が少し変わる。冒険の途中で何度か通った場所だ。道中にはゴブリンが潜んでいて一般人が通るのに安全とは言えない場所だ。ゴブリンはそこまで強くはないにしてもモンスターなのには変わりはない。しかし。アルドは首をひねる。虹色の花など咲いていただろうか。たくさんの冒険をしていた自分でも見た記憶がない。

「……あの人は強い人でした。昔は、村長の右腕として警備隊をしていたこともあります」

「じいちゃんのっ!?」

 思わず大きな声が出る。もう何年も前の話ですけどね、と女性は念を押すように弱弱しい声で言う。 

 しかしいくら昔の話とはいえ、アルド自身でもさっぱり敵わないじいちゃんを守っていたとなると相当な実力者だ。それを聞いたらそんな危ない場所に一人で出かけるのも頷けるという話だ。

「……なるほどな。話は読めたぞ。その父ちゃんの後を追って小さな女の子がついていってしまったんだな。確かに心配だけど、そんな強い父ちゃんがいるんなら――」

「それが、一か月前の話です」

「え?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまったアルド。しかしすぐに女性のすすり泣く声が聞こえてきて表情を引き締めた。

「……あの人は、一か月前に亡くなりました」

「え……」言葉を失うアルド。

「花を探しに行った先、ヌアル平原で亡くなっているところを発見されました……いくら強いと言ってもそれは昔の話……モンスターにやられてしまったんです。でもあの子は、まだそれを受け入れられなくて……きっと、探しに行ったんです……」

 女性は、涙のせいでその先の言葉を紡ぐことができない様子だった。老人が彼女の言葉を遮り、背中をさする。

「私のせいだ……私が変なことを言ったばかりに……」

 二人のあまりに悲し気な背中は段々としぼんでいくようだった。それがアルドの心に火をつけた。いてもたってもいられなくなったのだ。

 俺が探すよ、そう言おうとした瞬間、

「頼む、若者よ。どうにか……どうにかこの家族を救ってくれ。父親に続いてその子供にまで何かあったらワシは……」

 老人がアルドの足元にしがみついた。アルドの靴に額をゴリゴリとこすりつけて何度もそう懇願した。

「おいおい、じいさん、止めてくれよっ」

 アルドは、老人に顔を上げるように促す。

「言われなくたってやってやるさ……よしっ。俺に任せろっ!」

 アルドは力強く言った。

「でも……」

 女性が少しだけ渋っているのにアルドは勘づいた。きっとこの先にある危険な場所を想像しての事だろう。そんな場所に全くの無関係の自分を送り込んでよいものか、と。

 だがアルド自身全くそんなものは関係なかった。こちらはもっと強大なものと戦ってきた経験があるのだ。正直、今更ヌアル平原に恐怖心や抵抗感は全くと言っていいほどない。

 アルドは、しゃがみ込み二人の肩に手を置きながら、

「大丈夫。俺が必ず娘さんを見つけてくるよ」

 再び言った。

 それで二人も覚悟が固まったようだった。

「……ありがとうございます」女性が泣きながら言う。「娘は、村中は探しましたけどいませんでした。もうすでにヌアル平原にいるかと……」

「さっき、今朝いなくなったと言ったよな」アルドは女性に確認をする。女性は頷いた。

 ということはまだいなくなってから時間はそれほど経っていない。子供の足では行ける距離は限られてくるだろう。

 アルドは立ち上がった。

「それじゃあさっさと行ってくるよ……あっ」

 踏み出した足を止め、振り返ったアルド。

「そうだ。名前を訊いてなかったな。なんて言うんだ?」

「私は……レモンです」と女性が答えた。続いて、初老の男性が「ワシはグスタフだ」

「違うよっ。あんたたちの名前じゃなくて、女の子の名前っ」

 ああ、とか細い声で反応を示したレモンが小さく口を動かした。

「ロミ」

 ロミ、とアルドも復唱する。

「はい。娘の名前はロミです。今年十歳になります。金髪でブラウンの瞳をしています」

「分かった。すぐに戻るよ」

 そうしてアルドは、ヌアル平原に急ぐのだった。

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