第33話

 その時間の高台は誰もいなかった。

 今、ここにいるのは俺と陽彩の二人だけ。二人で並んで街を見下ろしていた。


「明日から、しばらく会えなくなるんだね」

「そうだな……」

「寂しいな~。二週間なんてあっという間なんだろうけど、寂しい……」

「そんなに寂しがってくれるんだな」

「翼は私に会えなくて寂しくないなの?」

「そりゃあ、寂しいに決まってるだろ……」


 俺は頬をかきながら照れくさそうに言った。

この修業は三年生になった時には決まっていた。陽彩と出会ってから四か月が経つのか。あの頃の俺は、こんなにも陽彩と離れることが寂しいと思うとは、想像もしていなかった。


「そっか……。翼も寂しいって思ってくれてるんだ」

「まあな。でも夢のためだから。我慢するしかない」

「そうだね。翼と私の夢のためだもんね」

「その、陽彩の夢ってのはなんなんだ?」

「聞きたい?」


 陽彩はなぜか嬉しそうに笑ってこっちを見た。


「教えてくれるなら」

「えー。どうしようかなー。まだ、秘密のままでもいいかなー」

「じゃあ、まだ聞かないでおくよ」

「えー。もうちょっと粘ってよー」


 陽彩は頬を膨らませて不満そうだった。


「聞いてほしいのか、聞いてほしくないのか、どっちだよ」

「翼が、日本に帰ってきたら教える。だから、無事に帰ってきてね」

 

 陽彩が真剣な目で俺のことを見つめていた。

 そんなの、言われなくても分かってるよ。俺は思わず陽彩の頭をなでた。


「分かってるよ。ちゃんと無事に帰ってくる。だから、俺がに日本に戻ってきたら、また俺が作ったスイーツを食べてくれるか?」

「もちろんだよ! というか、翼のスイーツならいつでもた大歓迎だよ!」

「ありがと。そうだ、今日も持ってきてるんだけどいるか?」

「え! いる~!」


 俺はカバンの中から、昨日のうちに作て置いたシンプルなスコーンを渡した。


「スコーンって言うんだけど、食べたことある?」

「ない! 食べてもいい?」

「食べれるのか? さっき、クレープ食べたばかりだろ」

「食べれるよ。翼のスイーツは別腹だから」

「何だそれ。デザートは別腹みたいなもんか」


 陽彩は、そうそう、と笑ってスコーンを一口食べた。


「んー。サクサクしてて美味しい!」


 幸せそうに俺のスコーンを食べる陽彩。もう、何度も見ているはずなのに、今日の陽彩の笑顔はいつも以上に大人っぽく見えた。


「じゃあ、今度こそ帰るか」

「そうだね。もう少し痛いけど、翼も準備があるだろうし、帰ろか」


 そう言って、陽彩が歩き出した瞬間、ボキっと何やら不穏な音がした。

 俺が陽彩の方を向くと、目に涙を浮かべたていた。


「どうしよう。ヒールが折れちゃった……」

「大丈夫か? ケガは?」

「それは大丈夫だけど、この靴じゃ歩けない……」

「しょうがないな。ほら、乗って」


 俺はしゃがみこんだ陽彩もの前に、背中を向けてしゃがんだ。


「おんぶしていくから」

「え、でも……」

「こんなところで遠慮して、足を怪我されたら、心配で明日からの修行に身が入らなくなりそうだから」

「それは、それで困る……」

「だろ、だから早く乗って」


 陽彩はそれでも遠慮でてなかなか俺の背中に乗ろうとしない。


「もしかして、体重を気にしてるのか?」

「もう! 翼のバカ!」

 

 そう言って、陽彩は俺に覆いかぶさるように背中に抱きついてきた。俺は、しっかりと陽彩をおぶって立ち上がった。


「軽いな」

「……バカ」


 陽彩はもう一度そう言って、俺の肩に顔をうずめた。

 本人は遠慮して、最寄り駅まででいいと言っていたが、俺が下ろさずにそのまま陽彩を家までおんぶして運ぶことを選んだ。

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