第3話
◇ ◇ ◇
しとしとと降り続く雨が窓ガラスを叩く。昼過ぎから降り始めた雨は、いつの間にか本降りへと変わっていた。
「今年の花火大会は、中止かなー」
私は窓際から外を眺め、呟いた。
相も変わらず空は鉛色に染まり、窓の外の道路では、アスファルトにできた水たまりに雨粒の波紋ができるのが見える。
残念だけれど、どうせ行けなかったし見られないことは変わらないかと思い直す。ただ、今日を楽しみにしていた友人達はがっかりしていることだろう。
私は自分の足元に視線を移した。
足首に巻かれていた包帯は、湿布と網状のカバーだけになった。夏休み始まって早々、駅の階段を踏み外して右足首を痛めたのだ。しばらくは上手く歩けないからと、花火大会へ行こうという友達のお誘いは泣く泣く断った。
「みんな、どうしているかなー」
これだけ降っていると、河川敷の屋台もほとんどが閉まっているだろう。行き先を失った同級生達はみんなでカラオケにでも行っているかもしれない。そして、ふと幼なじみの顔が浮かぶ。
(侑希、残念だっただろうな。)
好きな子を無事に誘えたかどうかは聞いていないけれど、もし誘えていたとしたら、今日は花火デートだったはずだ。
がっくりと肩を落とす侑希の様子が頭に浮かぶ。代わりにどこか別の場所へと誘えていればいいのだけれど。
「連絡してみようかな……」
スマホを弄って『どうしている?』とメッセージを送る。数分もしないうちに、『雫は?』と返事が届いた。
『家にいるよ』
『──足は?』
『だいぶいいから、もう平気』
既読は付いたけれど、しばらく待っても返事はない。
私はスマホを机の端に置くと、夏休みの宿題に取りかかることにした。まずは一番時間がかかる、読書感想文の読書からだ。
一時間ほどで四分の一くらいまで読み終え、途中で夕食を挟んでさらに読み進める。
どれくらい経っただろう。
二センチくらいの文庫本の半分くらいまで読み進んだとき、トントントンと扉をノックする音が聞こえた。扉を開けたのは、お母さんだ。
「しずちゃん、お隣の侑くんが下に来ているわよ」
「え? 侑くん?」
時計を見ると、時刻は八時半だ。こんな時間にどうしたのだろうと訝しく思いながらも、下に降りる。
玄関には黒いTシャツにジーンズ姿とラフな格好をした侑希が立っていた。
「雫。一緒に花火やろうぜ」
侑希は持っていた手持ち用花火セットを少し持ち上げて見せると、にかっと笑う。
「へ? 雨は?」
「五時ぐらいには止んでいたよ」
「花火大会は?」
「行ってないよ」
「誘わなかったの?」
「…………。事情があって、誘っても一緒に行くのは無理そうだったから」
侑希はバツが悪そうにそれだけ言うと、ちょいちょいと私を手招きする。外に出てこいと誘っているのだろう。
サンダルを履いて外に出ると、侑希が持参した蝋燭にマッチで灯をともす。庭がぼんやりと明るく照らされた。
「はい」
一本を手渡されたので蝋燭に近づけて火をつけると、青白い光と共にパチパチと暗闇の中に無数の花が咲く。侑希は私の隣にしゃがみこむと、自分の手持ち花火にも火をつけた。
「残念だったね」
「何が?」
「花火大会に誘えなくて」
おずおずとそう言うと侑希はキョトンとした顔でこちらを見返してから、首を傾げた。
「そうでもないよ」
「え?」
「手持ち花火も綺麗じゃん。それに、雫が今頃家で『一人だけ花火行けなかった~』って泣きべそかいているかと思ったら、楽しめないし」
侑希はからかうように、私の顔を覗き込んでくる。茶色い瞳がいたずらっ子のようにキラキラ光る。
「な、泣かないよ!」
「そう? 怪しいけど?」
「もうっ!」
軽く叩くと「痛てー」と大袈裟に痛がってふざける。その様子がおかしくて、私も声を出して笑う。
線香花火の優しい火が辺りを照らす、雨上がりの夏の夜のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます