神使、長期休暇だと思って楽しみます
黒ノ月
第1話:気が付くと
───どうして、こうなった。
───よし、頭を整理しよう。
私はさっき、ほんの数秒前まで教室にいた…はず。いや、いた。先生も目の前にいたし、朝のHRも出た。
いつもやる気のない担任が、今日は更に死んだ魚のような目をして、『そうだ、
朝だって、いつもどおり朝起きて、準備して、普通に学校に行った。
HRが終わって、この前発売された好きなミステリー本を読んで、授業開始の号令とともに頭を下げ、頭を上げた。
その、頭を上げた瞬間に、見知らぬ部屋、今いるところにいるのだけど……。
「……ここはどこ」
碧衣は辺りを、部屋を見渡す。
見慣れない洋館の部屋。外はここは豪邸なのだろうか。窓から見れば、広大な庭が広がっている。
───まさか、まさかと思うけど、最近小説とかアニメとかで流行りの異世界転移とか?
「いや、まさかまさか。そんなことあっても困るし……」
ハハ、と軽く笑いながらいうも、見知らぬ場所に気が付いたらいた、ということから察するに、なにかの、誰かの力でこっちに引っ張られたのは確かだろう。と冷静に考える。
それに異世界系やその手のゲームが大好きな友達が言ってたよな……。
『私は気づいたら好きな小説の中にいて、実際の推しのイケメンを見るんだ、いつかこんな感じの体験したい』
って……。
ごめんな、友よ。私が先に体験してしまった。
これを話したら、泣きながら
『なんで碧衣が~』
って言いそうだよな。いや、そもそもここが異世界だとして、私は日本に戻れるのか。
……にしても私には異世界とかそういったその手のものは読むことはなかったから知識がまるでない。異世界に憧れている友達にその世界観とか聞いただけだし。
というか、多分、いや、確実に、今いるのが深い森だったり、今後『不審者が!』とか言われて森に放り投げられたりしたらスライム相手でも死にそうだし。スライムだけは友達がすんごい熱弁してたし、ゲームとかでもCMでみたことあるからなんとなく覚えてる。
──小学校の理科の実験とか自由研究とかで作ったり作んなかったりするやつだよね、それの生きてるバージョン。こう……うにうにしてるやつ。
ていうか、大体こういう異世界行ってました!とかいうのってその手の知識がある人が”俺TUEEE!”みたいな感じになるって友達言ってたよな……。
──これ、私生き残れるのか……?いや、多分無理だ。これは人間の適応能力の限界を超えてる気がする。
──でもまずは身辺確認よね……。
かばんは机にかけてたから当然無いし、学校に行ってたけど、うちの大学は本当に特殊で、幼稚園から大学まである私立。そして大学生にも制服があるという日本では私の通っていたところしか大学で制服支給なんてないのではないか、と思っている。
ただ、高校と大学は制服は式典のとき以外は自由というのが他の大学生と変わらなく過ごせるといったところか。
そして今は白いバルーン袖の服に膝下丈の水色のスカートと完全に私服である。
スマホ……は圏外。まぁ異世界なら当たり前か。
財布には、諭吉さん数枚とその他硬化が諸々……ここが日本じゃないのは多分そうだろうし、そうだとしたら確実に使えないだろう。500円玉はいいとしても、諭吉さんをみせたら、もしここに紙幣という概念がなかったら、『何だこの紙切れ』と燃やされるか『これが金だと?ふざけるのも大概にしろ!』と破られ、変な目で見られることになるのは見えてる。
「日本銀行券の最高金額がここでは紙切れになるとか笑えるでしょ…」
自然と乾いた笑いがこぼれる。
「……で?他は…………?っと、あぁこれか」
ポケットから出てきたのは太陽光で充電できるモバイルバッテリー。朝充電し忘れたのに気付いて登校しながらスマホを充電してたし、しかもこのモバイルバッテリー、薄くて持ち運びしやすいからポケットに入れててもなんの違和感もないってのが利点だった。
これがあればスマホも使えるし何かと役に立つだろうけど……
「結局ネットつながってないなら意味ないじゃないか……」
と落胆する。
さらば、私の娯楽……オフラインでできるチェスとかは入れてるけど、この先これしかできないと考えれば、絶っっったいに飽きるだろう。
「とりあえず、出るか……」
特に他に持ってるものはなく、まずはとりあえず自分の周りを把握しようとコソコソと部屋から出て、とりあえず出口を探す。出口に行けば帰れるわけじゃないだろうけど。
急にこんなところに来させられたのに侵入罪で捕まった、さらには最終的に死刑!とかなったらたまったもんじゃない。
──てか。
「出口!どこよ!」
碧衣は溜まった不満を周りには聞こえないボリュームで小さく叫ぶ。
部屋を出て歩くこと15分くらいは経つはずなのに、出口に向かってる気配がまったくない。というか、行くとこ行くとこ、扉、扉、扉。扉しかない。しかもこの扉というのが同じようなデザインの扉だから、だまし絵の中にでも入った気分になる。
──学校でも一番遠い教室から5分もあれば学校から出れたわよ。無駄に豪邸すぎでしょ。この家?城?大家族でも住んでるの?それとも実は国家の重鎮の家です。とか、国の城でした、っていう友達が話してた異世界転移お決まりのパターン?
そんなことを思いつつ歩いているとふと庭が目についた。
「うわぁ…!綺麗…」
色とりどりの花たちは綺麗に咲き誇り、花たちが太陽の光を浴びてキラキラと輝いてるように見えた。
私がいたとこでもこんなに綺麗に管理できてるところなんてみたことないわ。
「植物園でも開いたら毎日観光客で溢れそうね……」
碧衣はブツブツつぶやきながら歩いていく。
「はぁ…」
結局。出口は見つかることはなく、いや、出口っぽいことならいくつか見つけたんだけど。行ってみれば馬小屋だったり、武器庫だったり…。出口に行き着くことなく、碧衣は諦めてさっきいた?召喚された?まぁよくわからない部屋に戻ることになった。
──疲れた。
碧衣は勢いよく床に仰向けになったが、この床の敷いてあるカーペットが万能なこと、ふかふかで痛みが全く来ない。そんなことに満足しながら、入ってくる日差しを手で隠して日よけにする。
───とにかく、今のこの家?洋館?城?の状況を見るに、馬小屋なんて現代には牧畜やってるとこでしかみたこと無いし、ここはどうみても牧畜をしてる家には見えない。
武器庫なんて現代にあったら、どこぞの家のもんか!ってなるか、最悪銃刀法違反で捕まるかどっちか。
……ともかく、現代には無いものが多すぎる。
「まじか……」
碧衣は盛大にため息をついて現実逃避するように目をつぶる。
……あ、そういえば。今までの出来事に頭がパンク仕掛けていちばん大事なことを忘れていた。
「とりあえず、確認しとくか……」
部屋主さん、ごめんなさい、と心のなかで謝り、引き出しを開けると
「……ビンゴ」
その中には紙が入っていた。現代の紙とは違い、少し質は落ちるけど…まぁ書けるし大丈夫だろう。そして机の上に置いてある羽ペン。
──羽ペンなんてあの有名な魔法の世界の映画でしかみたことないわよ。
羽ペンにインクを浸して紙に書いていく。
この女、姫塚碧衣は普通の高校生とは違う。
彼女は───
『姫塚碧衣が示す。
神使とは、陰陽師のように式神という概念はなく、神に仕える側でもなく、多数の神と契約し、力を使う、いわば神を使う側という結構強力なもので、神使は数百年、いや、数千年に1人と、めったに生まれることはない。
──私が神使と知ったときはみんなの目がすごい変わったっけ。
言霊を載せ終われば、ポゥっと淡い光とともに私の前に道が現れ、少しホッとする。
───力は使えるみたいね。
「じゃぁ…」
次の紙に別の陣を書いていく。
『姫塚碧衣が示す。氷の神よ。我に応じ、姿を現せ』
陣を沿うように光が現れ、
[あれ、碧衣。ここどこ?]
「セツ…」
碧衣の右腕である氷の神の、セツが現れた。ふと安心感を覚えたのかセツの姿を見ると涙が出そうになる。
セツは氷を操る神で、地域では冬の妖精や冬の女神、とか言われてるけど、セツはれっきとした男性だ。氷を司るかのように青い目に銀髪、体温も氷のように冷たい。だからセツを呼び出せるのは彼の体温調節も考えて秋から春のみ。
以前に夏に呼んだら、[僕を殺す気か!!]と本気で怒られたっけ。
ちなみに契約してる神やまだ誰とも…といっても今の所神使は私しかいないけど、とにかく姿かたちは見える人はいても、神と会話できるのは神使しかできない。
[へぇ?でもみた感じは異世界だね]
「みた感じ?」
碧衣はセツにここまでのことを説明すれば、あっさりと言われる。
[うん。碧衣のいたとこにはなかった……なにか知らない力を感じるよ。庭の花がイキイキしてるのもその影響だと思うよ。その力が、何かしら生命に生命力を与えてるんじゃないかな]
「そっか……」
セツにそう言われて、本当に異世界に来てしまったのだ、と碧衣はふつふつと実感が湧いてくる。
[寂しい?]
セツは心配そうに碧衣の顔を覗き込む。──いつになっても整った顔で見られるのは緊張する。
───寂しい?そんな感情はない。ただ、あの家としばらく、いや、もっとも永遠かもしれないが、離れられると思えば気が楽になっているくらいだ。
「全然」
碧衣はへらっと笑ってセツをみる。
[そう?僕は碧衣がそうならいいよ。まぁ、日本にいたときより碧衣はのびのび過ごせるんじゃないかな?家に縛られることもないだろうし、長期休暇だと思って楽しんだら?]
───長期休暇。いいな。
「そうだね、気楽に過ごすよ」
[ま、なんかあったら呼びなよ。それと、]
セツはちらっと碧衣の書いた陣をみる。
[碧衣は陣を書かなくても召喚できるくらい僕や他の神との結束が強くなってるから。もう書く必要はないよ。名前を呼んでくれたらいつでも来れるから]
バイバイ、といってセツは消え、その瞬間に陣も、陣を書いた紙も砂のように消えてなくなる。
陣を書かなくても良くなったのはありがたいな……。
と思いながらも今までの濃密な出来事に私の体は疲れ切っていた。
「少しだけ…」
碧衣は睡魔にいざなわれるまま、床に横になり、眠りについた。
──とりあえず、私は、授業開始の号令で頭を下げ、頭を上げたら異世界に転移してたらしいです。
とにかく、不測の事態とはいえ、せっかくもらった誰にも邪魔されない時間。
長期休暇と思って楽しみます。
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