第6話 隠し事

 父と王妃の間には、私が生まれる前に2人の生まれなかった子や生まれても一月と経たない内に亡くなった子がいるらしい。子供達の死が続いたのは偶々かもしれないが、父はそう思わなかった。自分と王妃の間に出来る、正当な後継者を何者かが狙っていると考える。そこで3人目の私は、後宮の奥深くに閉じ込めることにした。私が男の子だったら、話は違ったかもしれない。だが女の子だった。女王とすることも父は考えたらしいが、娘にいらぬ苦労を背負わせたくないという思いの方が強かったらしい。将来、然るべきところに嫁がせ、苦労することなく一生を終える方が娘は幸せだと考えた。そして嫁いだ先で困らぬよう、知恵と知識を与える。一流の講師を娘のために用意した。

「私が習っていた先生方は皆優秀だと思っていたけど、本当に有能な人たちだったのね」

 私の呟きに、ふっとクラウスは笑った。

「その中には私の兄も居ますが、将来、国の重職につくことが決まっている貴族の子弟達です。彼らは姫様に教えるため、自分もさらに学び、準備をしていたのですよ」

 自分の目で見て、感じて、判断しろという教えは、自分の実体験から来ているらしい。

「私は本当に大切にされていたのね」

 自分が知らなかった事実を、私は理解した。

「ええ。でも姫様は有能すぎました。事実を隠し、侍女の産んだ子として育てられた姫様は謙虚でいながら頭のいい女性に育ちました。それが少し問題になってきたのです」

 クラウスは何とも気まずい顔をする。私と王子は先を促した。

「有能な姫をわざわざ他国にやる必要はない。正当な姫として、女王に立てればいいという意見が出始めたのです。主に、姫様の講師を務めたあたりから。彼らにとって、姫様は自慢の生徒です。有能な王になることがわかっている人材を手放すのは国の損失だと考えたのでしょう。姫様がもしそれを望むなら、陛下も姫様に王位を譲ったでしょう。ですが、姫様はそんなこと望まないでしょう?」

 問いかけに私は大きく頷いた。

 大国を治める重責は半端なものではない。私にはそんな重責、背負う自信はないし背負いたくもなかった。

「だから姫様の結婚が突然、決まったのです」

 クラウスは王子を見る。

「巻き込んでしまって、すいません」

 私は王子に頭を下げた。

「それは前にも言いましたが、違います。たまたまタイミングが良かったのはあるかもしれませんが、あの時の約束を果たして欲しいとお願いしたのは私です。姫はたぶん忘れているのでしょうが、姫が3歳くらいの時、私は陛下に姫との結婚の約束をいただいているのです」

 王子はにこりと笑う。

「それ、王子は5歳くらいの時ですよね?」

 私は首を傾げた。いろいろ一気に教えられて、正直、キャパはとっくにオーバーしていた。だが、聞かないわけにもいかない。

「私達は一度、森で会っているのです。思い出せませんか?」

 問われて、私ははっとした。忘れるわけかない。私はたった一度だけ、外に出たことがある。

「3歳くらいの頃、一度だけ城を抜け出して、王宮の後ろにある王家の森に入ったことがあります。花がたくさん咲いていた草原があって、花を摘んでいたら誰かに声を掛けられて、手を繋がれて城に戻ったような記憶が……」

 私は必死で記憶を手繰り寄せる。連れて帰ってくれたのは私より少し大きな男の子だった。あれが王子だったらしい。

 小さな頃は私も、部屋から出してもらえないことを不満に思っていた。たまに脱走をはかる。だがたいてい、直ぐに見つかって部屋に戻された。だがその日はたまたま誰にも見つからなかったのだ。城を出て、森に入って、私なりの大冒険をする。楽しい気持ちで帰ったら、大騒ぎになっていた。たくさん叱られ、王妃に泣かれる。泣き崩れる姿を見た時、私は自分がとても悪いことをしたのだと悟った。考えてみればあの日から、私は脱走するのを止めた。部屋の中に閉じこもることを受け入れる。

「あの日姫を連れ帰った私は陛下にとても感謝されました。何か一つ、願いを叶えるので何でも口にするといいと言われたので、姫を私の妃に欲しいとお願いしたのです。草原で花を楽しそうに摘んでいる姫があまりに可愛らしかったので。すると陛下は大笑いして、姫が16歳になった時に嫁にくれてやると約束してくれました。その代わり、この婚約は姫にも話してはいけないと口止めされて」

 王子は楽しげに話してくれた。

「13年も前の口約束を、信じていたのですか?」

 私は少し驚く。お人好し過ぎるのではないかと心配になった。

「でも度々、姫の姿は見せていただきましたよ。話しかけるのは禁じられましたが、私が招かれたパーティにはいつも姫も呼ばれていたはずです。成長していく姿を見ながら、早く16歳になればいいのにと待っていました」

 自分がたまに引っ張り出されていたのはそういうことだったのかと、私は納得する。だが同時にちょっと怖いと思った。王子の愛が少し重い。

「愛していますよ、姫」

 私がそう思ったことに気づいているだろうに、王子はあえて愛の言葉を口にする。

(意外とこの人、曲者なのかも)

 私は今さら、そんなことに気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る