地縛霊と自粛生活

鯨飲

地縛霊と自粛生活

 新型ウイルスの影響により、人々は自粛生活を余儀なくされ、ストレスを抱えていた。

 

 反対に、家に憑いている地縛霊は狂喜乱舞していた。

 

 家の中に、人間のストレスという負のエネルギーーが充満しているため、それを糧としている地縛霊は、エネルギー補給に困ることがなくなったからだ。

 

 地縛霊の特性上、普段は負のエネルギーが家の中になかったとしても、家から離れて探しに行くことはできなかったが、今はその必要もなくなった。

 

 動かずに食を得られる。

 

 他の霊が聞いたらさぞかし恨むことだろう。

 

 こうして、理想の生活を手に入れた地縛霊であったが、一つ問題があった。

 

 それは、食べきれないという問題だ。

 

 いつもなら、家の中にある負のエネルギーを食べ切ることで、家庭内に平和が訪れ、人間と地縛霊、双方win-winなのだが、食べ残してしまったため、家庭内の雰囲気は未だに最悪であった。

 

 このまま、家庭崩壊でもして、家から人間が出て行ってしまえば災難である。

 

 ある晩、この食料廃棄問題について地縛霊が悩んでいると、

 

 窓の外を、今にも飢えて成仏してしまいそうな、浮遊霊が通りがかった。


 それを見て、あることを思いついた地縛霊は、思わず話しかけた。

 

「おい、そこの浮遊霊」

 

「はぃ、なんですか?」

 

 消え入りそうな声で浮遊霊は応えた。

 

「腹減ってるんだろ?ウチに来いよ、腹満たせるぜ」

 

「え?どういうことですか?」

 

「まぁまぁ、来てみたら分かるって」

 

 そう言って地縛霊は窓から浮遊霊を家に招き入れた。

 

「おぉ、こんなにも負のエネルギーが渦巻いているのは初めて見ます」

 

「そうだろそうだろ。これ食べていいぞ」

 

「え!?本当ですか?ありがとうございます!」

 

 お腹が減っていた浮遊霊は、破竹の勢いで食べ始めた。

 

 20分ほどして、食事を終え、満足気な表情をした浮遊霊が横たわっていた。

 

「ふぅ、お腹がいっぱいです。これ以上食べられません。いやーこの一週間ほど何も食べていなくて、危うく成仏するところでしたよ」

 

「満足してくれたようで良かった良かった。食事後すぐで申し訳ないんだが、一つお願いがあるんだ。聞いてくれるか?」

 

「はい!あなたは命の恩人ですもの、聞きますよ!どんなお願いですか?」

 

「他に腹を空かせてる霊を探してここに連れて来て欲しいんだ。地縛霊の俺はここから動けないからな」

 

「それならお安い御用です。僕の知り合いをたくさん連れてきますよ」

 

 そう言って浮遊霊は窓から飛び出していった。

 

「ふぅ、これで何とかなりそうだな」

 

 10分後仲間を引き連れて、浮遊霊が帰ってきた。

 

「ただいま戻りました![#「!」は縦中横]」

 

「おかえりー、お!たくさん連れて来たな。じゃあ早速食べて食べて」

 

 10ほどの霊が一斉に勢いよく食べ始めた。

 

 ほどなくして、全員が食事を終えた。

 

 しかしながら、そこには依然として負のエネルギーが大量に残っていた。

 

「困ったな」

 

「そうですね」

 

「これじゃ一家離散しちゃうよ」

 

「あのー、僕に一つ提案があるんですが,..」

 

「ん?聞かせて欲しいな」

 

「デリバリー始めましょうよ。残ってるやつ全部、外にいる霊に配りましょう。僕が配達員やりますよ」

 

「お前一人じゃ配達員足りなくないか?」

 

「それは、ここに居る霊の方たちにも手伝ってもらえばいいんですよ。ご飯あげたお礼として」

 

 地縛霊は浮遊霊が連れて来た霊たちの方をチラリと見た。

 

「任せてくれ!」

 

「こんなにも腹一杯にしてくれたんだ。協力するぜ!」

 

 霊たちは皆んなやる気満々だ。

 

「よし!そのアイデア採用だ!」

 

 早速その翌日から、浮遊霊たちはデリバリーを始めた。

 

 売れ行きは好調でどんどん在庫が無くなっていった。

 

「地縛霊さん!皆さんから、お礼の言葉が届いてます!「あなたのお陰で助かった!」「独り占めせずにみんなに配ってくれるなんて最高だ!」って皆さん言ってくれています」


 

「おお、それは嬉しいな」

 

 これまで、家から離れることもできずに一人ぼっちだった地縛霊は霊になってから始めて、他霊に認められた。その嬉しさは計り知れなかった。

 

「でも、一つ問題があって...」

 

「ん?何だ?」

 

「人間が外に出なくなった影響なのか、負のエネルギーが外には全然無くて、飢えている霊がたくさんいるんですよ、彼ら全員に配ってあげたいんですが、流石に足りないですよね?」

 

 実際、家の在庫は尽きそうだった。

 

「いや、いけるよ。俺が稼ぐ」

 

「本当ですか!」

 

「あぁ、待ってくれている霊がいるんだったらやるしかない」

 

 大見えを切ったのはいいが、負のエネルギーを稼ぐには、一体どうすればいいんだ。

 

 悩んだ挙句、地縛霊は人間に嫌がらせをすることにした。

 

 ストレスの中でも、仕事でのストレスは大きいため、地縛霊は人間のリモートワークを邪魔することにした。

 

 オンライン会議中に通信妨害したり、ミュートを勝手に解除することによって人間にストレスを感じさせた。

 

 腹を空かせた霊が増加する中で、負のエネルギーを大量に確保しなければならない地縛霊は多くの怪奇現象を発生させた。

 

 すると、問題が起こった。

 

 怪奇現象が多発し、仕事にならないと判断した人間は、引っ越してしまったのである。

 

 更なる問題が地縛霊を襲った。

 

 新型ウイルスのワクチンが実用化され、外にも人間が溢れるようになり、負のエネルギーは家の中だけでなく、屋外にも溢れるようになったのである。

 

 地縛霊は、人間が住んでいる家を失い、困窮する羽目になってしまった。

 

 人間たちが引っ越し、さらに負のエネルギーが外に溢れていることを知った浮遊霊たちは地縛霊の前から姿を消してしまった。

 

「こんなことになるなら、承認欲を満たそうと躍起にならければよかったよ」

 

 体内のエネルギーが尽きそうな地縛霊は絞り出すように声を紡ぐ

 

「あぁ、成仏したくないよ。この世にはまだまだ未練があるっていうのに」

 

 自らの霊生が終わりを告げようとしていたその時、

 

「地縛霊さん!ただいま戻りました!」

 

 窓から勢いよく、浮遊霊とその仲間が入ってきた。

 

「お前ら、俺のことは見捨てたんじゃ...」

 

「まさか、そんな訳ないですよ。この家から人間が居なくなった今、外に出れない地縛霊さんには負のエネルギーがたくさん必要なので...」

 

「地縛霊さんが一生かけても食べきれないぐらい負のエネルギーを大量に集めていたんですよ!」

 

 そう言って、地縛霊に、負のエネルギーをてんこ盛りにして差し出した。

 

「もし、足りなかったら言ってくださいね!今度は僕たちが地縛霊さんにデリバリーしますから!」

   

 

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地縛霊と自粛生活 鯨飲 @yukidaruma8

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