0-06 二度あることは三度……?
先日服を盛大に破いたからだろう、前とは違う服装だったが、どのみち地味で色気がないことに変わりはない。そのあたりは修道女だか聖女だか言っていたのも事実なのだろうとヴィルはぼんやり思った。
となれば男の相手はしたことがないのだろう、いい身体なのにもったいない話だ。
前回と違うのは、その手に大剣を携えていないことだった。
とはいえ奇襲のために隠しているだけに違いないし、体内から飛び出すという芸当をすでに目撃しているヴィルは、むろん油断せずに適切な間合いを保つ。
アトレーゼは、今回は帽子も被っていないので黒髪を風に遊ばせながら、ヴィルの正面に立った。
花びらのようなくちびるがゆっくりと開かれる。
どうせこれまでと同じことを言うのだとわかっていたヴィルは、ほとんど聞くつもりもなく腰に下げていた剣の柄に手を伸ばし──。
「本日からこちらでお世話になります」
しずしずと頭を下げられたので、あまりのことに拍子抜けしてずっこけそうになった。
「何だって?」
「あなたの力量を侮っておりました。今の私に、あなたを殺すことはできないと悟ったのです……しかし、これは使命ですから、降りるわけにはいきません……。
ですのでお傍に置いてください。間近に観察して、必ずあなたを討つ方法を見出します」
「いやおかしいだろ! 堂々と殺害予告されて了承するやつがどこにいる!?」
「……やはりそうですか……」
意外に、と言うのも妙な話だが、アトレーゼはこちらの反発を予想していたような言いかたをした。
当初からかなり一方的に殺そうとしてきたので、こちらの意思など関係ないという態度を貫いてくるのかと思っていたのだが。
これは強く言い続ければ拒否できそうか、と思案するヴィルに、アトレーゼが急ににじり寄ってきた。
「でも……こちらも引くわけにはいかないのです。私にも、他にどうすることもできないんです……あなたを仕留められないと……私はもう……っ」
顔面蒼白の女にそこまで迫られるといっそ怖い。
眼は潤んでいなかったが、声は今にも泣き出しそうなほど切羽詰まっていて、どうやら彼女にも何かしらの事情があるらしいことはヴィルにも察せられた。
……いや教会の使いで人殺しをする女に、何の事情もないほうがどうかしているが。
「なんなんだよ……」
「お願いいたします。もちろん置いていただく間は何でもしますから。家事はひととおりできますし、畑の世話も……」
何でも、という言葉にヴィルは思わず彼女の肢体を眺めてしまったが、それで思ったことを口に出すのはやめた。
とにかくどうにかしてアトレーゼを退かせなければならない。
たしかに今のヴィルに女っけはないが、傭兵時代から身の回りのことは自分でしてきたし、仮に手が足りないことがあっても他の村人を頼ることだってできるのだ。
なんなら女だって、麓の街にいけばいくらでも買える。それくらいの金の余裕もあるし断じて飢えてはいない。……本当だぞ?
もっとも、アトレーゼの容貌や身体つきが魅力的なのも確かだ。
仮に同じ
こんな女が無償で自宅に居つくと聞いて不埒な想像をしない男はそういないだろうし、ヴィルもだから邪な視線を送ってしまったことは認める。
しかしだからといって、押し掛け女房のようなことをされても困る。
その目的が寝首を掻くためだというなら尚更だ。
お願いします、というような言葉を重ねて必死に迫ってくる女を見て、ヴィルは深く大きな溜息をついた。
不死身とはいえ首を落とせば死ぬかもしれない。あるいはせめて喋れなくなれば。
などと考えつつ腰の柄を撫でながらも、ヴィルの口から出てきたのは、ヴィル自身ですら思いもよらぬ言葉だった。
「……とりあえず中に入んな。居候はお断りだが、話くらいは聞いてやる」
アトレーゼがぱっと顔を上げた。
もとの表情が暗いのはどうしようもないとはいえ、その瞬間は
その白い顔がなぜか、ヴィルの胸に刺さる。
心臓の奥が何かを思い出したようにつきりと痛む。その意味が自分でもわからないし、それをアトレーゼには悟られまいと、ヴィルは彼女に背を向けた。
無防備に背後を晒してしまったわけだが、アトレーゼは剣を取り出すこともなく大人しくついてくる。
扉を開けながら自嘲する。
いくらなんでも対応が甘すぎる、らしくない、俺はいったい何を考えてるんだ、と。
だが悪いのはこのアトレーゼとかいう女だ。
この女の顔が、昔どこかで会った誰かに似ているような気がするから──そのせいに違いない。
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