0-07 斯くて女は血を求む
あくまで油断はしていない。剣は腰から外していないし、何かあればすぐ叩き出せるように扉も開けたままにしている。
そんな状態で対峙する男女の姿は傍目にどのように映るのだろう。
落ち着かないのは警戒しているヴィルだけでなく、緊張しているらしいアトレーゼも、視線をうろうろと室内に彷徨わせている。
彼女の前のテーブルに水を入れた木のコップを置き、ヴィルも向かいに腰を下ろした。
「で、……改めて聞くが、おまえさんは何者で、なんで俺の命を狙ってんだ」
声音に忌々しいという感情が滲むのを敢えて隠さずに、ヴィルはぶっきらぼうな口調でそう尋ねる。
するとアトレーゼは一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐに無表情に戻って、何かを読み上げるように淡々と答えた。
「私は、麓のファタゴナの街に本部を置く、聖天守護教団より参りました。『大剣の聖女』の肩書きをいただいているアトレーゼと申します。
……私の使命についてお話する前に、ヴィルダンドさまは……教団の『天使』についてご存じでしょうか……?」
「噂程度にはな。ほんとうだか怪しいもんだが、おまえさんは会ったことがあんのかね?」
「いいえ」
天使の話など、そこらの農民の雑談程度の、他愛も信憑性もない噂でしか聞いたことがない。
なんでもその神の御使いとやらは、数十年前にファタゴナの聖職者によって地上に招かれた。以来そこに留まり続けているということらしい。
それゆえ大陸各地が戦争に明け暮れていたころも、この街だけは戦火を免れたとされている。
実際ここらが他の地域に比べて多少マシなことはヴィルも承知だ。なんとなれば引退後の住まいとしてここに選んだのも、それが理由のひとつではあった。
だが、果たしてそれは天使の加護によるものだろうか。
それよりは単に、万が一にも天の怒りを買うことを懼れた各勢力がファタゴナを避けただけではないか、という気がする。為政者はえてして験担ぎを好むものだ。
「教会の人間でも見たこたねえってんなら、ますます嘘くせえな」
「そうは思わないでください……私がお会いしたことがないのは、私自身に拝謁する権限がないからです。それに、たとえ許可をいただいても無駄でしょう。
特別な力を生まれ持った方にのみ、その御姿が見えるそうですから……」
「ほーん。……んで、その天使とおまえさんの使命とやらに、どういう関係があるんだ?」
「はい。私どもは天使さまにこの世に留まっていただくために、定期的に高潔な戦士の魂を狩り集めなくてはならないのです……。
そのために訓練と儀式を受けた者を『
わかったようでわからない話だった。
どういうことだと聞き返すヴィルに、アトレーゼは何を尋ね返されたのかわかりかねたようで、困ったような顔をしている。
何をも何もない。実在すら怪しい天使が、なぜ人の命なんぞを欲しがっているのか。
仮に教団内にそれらしい何者かがいて、聖職者たちにそう命じているというのなら、ほんとうにそいつは天使なのか──それこそ悪魔の類に惑わされているのではないか?
だいたいこの女にしたって、見たこともない天使のために見ず知らずの人間を殺しているというのか。
もう今はどこも戦場ではなくなったし、それどころか戦中ですら、もう少しマシな理由が与えられていたように思う。
しかし問い詰めたところで納得のいく答えは返ってこなかった。どうもアトレーゼ自身、これまで己に課された使命の意味や理由については深く考えてこなかったらしい。
そんなことがあるかと呆れるヴィルに、彼女は少し困ったような顔で言った。
「疑問に思ったところで、どうしようもないことですから……」
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