第68話 仲直り そして選択

 イルゼ達は闘技場内の通路をペアを組んで歩いていた。

 闘技場内は、歴代の優勝者の像やら、武器やらが展示されていた。イルゼ達はそれを一つずつ見て回っていく。


「次はあっちにいこー」

「イルゼ。通路を走ってはダメですよ」


 イルゼはレーナと。リリスはサチとペアを組んでいる。


 レーナの侍従とメイドは、少し離れた位置から付いてきていた。


 歩いていると、イルゼがえへへっと小柄な身体を寄せてくる。


「あの……そんなにくっついていいんですか?」

「なんで? レーナは嫌なの?」

「いえそういうわけではないんですが……」


 チラッと視線を横にずらすと、じーっと羨ましそうにリリスがこちらを見つめていた。


「…………」

「どうしたの?」


 それに、敢えて気付かないふりをしているイルゼ。

 こてんと可愛らしく首を傾げてみせた。


 レーナは状況からしてイルゼについた方が得策だろうと、心の中でリリスに謝る。


 リリスの視線が痛いので、向こうに行ってあげたらどうですかとは到底言い出せないレーナであった。


「ぐぬぬ」


 リリスは隣で、レーナと楽しそうに会話するイルゼに唇を噛み締めていた。


 リリスのペアである侍少女は、やれやれでござるなとため息をつく。先程からリリスはずっとイルゼの方ばかりみて、サチの話は聞いてくれなかった。意識のほとんどをイルゼに持っていかれているのであろう。


 そして悔しそうにしているリリスに、サチは一つ助言をしてやった。


「リリス殿。チャンスはきっとやってくるでござるよ」

「それはいつなのじゃ?」

「流れに身を任せていれば、きっとくるでござる」


 そう言って、サチはとてとてと武器コーナの方に行ってしまった。


(チャンスか……うむ、サチを信じて待つのも一興じゃな)


 そして、イルゼとレーナから少し離れた位置で待機していたリリスに、ついにチャンスが訪れた。


 それはイルゼが、たわわなレーナの胸を眺めていた時だった。


「あの、イルゼ……私の胸が大きかったから、私を選んだわけじゃありませんよね?」


 イルゼの不埒な視線に耐えきれなくなったレーナが、とうとう声を上げたのだ。

 それはリリスにとって、突破口となった。


「――!?」


 イルゼは一瞬、ビクッと肩を震わせた後、フルフルと首を横に振るう。


「そ、そうですか。ならいいんですけど…………」


 図星だった。


 イルゼがレーナを選んだのは、サチよりレーナの方が肉つきが良かったからだ。主に胸の部分である。


 リリスはそれを見逃さなかった。


「なんじゃイルゼ! 余の胸が恋しくて、レーナを選んでおったのか。結局お主は余の胸を忘れられないのじゃな、ここに来る前も裏の敷地で――」


 とリリスが言いかけた所で、イルゼがその口を押さえた。


「ち、違うッ! リリス出鱈目なこと言わないで!!」

「え、敷地でなんですの?」


 興味を持ったレーナがイルゼを羽交い締めにして、リリスに先を促す。楽しそうな事をしてるでござるなと武器コーナからわざわざ戻ってきたサチも加わり、二人がかりでイルゼの動きを完封する。


「うぅー」


 イルゼは知り合ったばかりの二人には手をあげられず、ましてや普段リリスにしてるように、軽くぶっ飛ばすことも出来なかった。


 抵抗虚しく、イルゼは二人に拘束される。


 その様子を見てとったリリスが話を再開する。


「でじゃな、さっき裏の敷地にイルゼに連れ込まれて……」


 これ以上先を言えば、リリス自身も無事では済まない。これはリリスからしても、かなり恥ずかしい話だからだ。


 だが、イルゼの方が確実にダメージが大きかった。


「やめてリリス。私が悪かったから、謝るから言わないで」

「ふむ。ではごめんなさいと言ってみようか」



「…………リリス、ごめんなさい」



 潤んだ瞳に、涙声で謝る少女。リリス達の庇護欲メーターが、MAXゲージまで掻き立てられた。


「ま、まあ、余にも少し言い方が悪かった所もあるしな、今回はこれで許してやろう」


 それを聞いたイルゼが、パァっと笑顔になる。そしてサチとレーナの拘束からするりと抜け、「リリス大好き!」と言って、おもいっきり抱きついた。


「お、おぅふ」


 イルゼは数十分ぶりに、リリスの胸にすりすりと顔を擦り寄せた。


「一件落着でござるな」

「そうみたいですね」


 仲良く戯れるイルゼ達に、やっと微妙な空気から解放されたと二人が笑い合っていると、急に周りの客がざわざわとしだし、何事かとそちらを顔を向ける。


「え? あれって……?」


 前方からやってくる長身の青年に、イルゼは見覚えがあった。

 豪奢な正装に身を包み、短い髪を後ろに束ねた青年が、たくさんのメイドや侍従、兵士を連れ歩いていた。青年の腕を取り、隣に寄り添う女性も、貴族社会で数多くの美男美女を見ていたレーナでも、思わず息を呑んでしまうほど美しく、気品のある方だと一目見ただけで分かった。


 女性はこちらに気付くと、とても柔らかく微笑んだ。


――お似合いの夫婦。


 それがレーナのエリアス夫妻に対する第一印象だった。


 そして相手が他国の王族だと、いち早く気付いたレーナが膝をつき、頭を垂れる。レーナを皮切りに、他の客も膝をついていく。


「サチッ!」


 サチも慌ててレーナに倣い、膝をつく。ついで、イルゼとリリスに声をかけ、膝をつくよう促すが、リリスは「なぜ、余が膝をつかなければならないのじゃ?」と言うことを聞いてくれない。


 レーナはイルゼの言う事なら聞いてくれると、イルゼに助けを求めるも、彼女もまた、棒立ちしていた。


「あ」


 そして、そうこうしている内に、エリアス王国の一座が彼女達の前までやってきてしまった。


 先頭を歩いていた近衛兵の一人が、進路を邪魔する少女達の元へやってこようとする。


 それを見たレーナは咄嗟に立ち上がり、イルゼとリリスを守るように立ち塞がる。


 その行動に仰天したのは、彼女の侍従であるヨハネスとメイドのフィネだ。


「あ、あのこれは、事情があって、決してわざとでは……」


 レーナの声は震えていた。


 イルゼとリリスを庇おうと、レーナはなんとか声を出し、彼女達が無知である事実を切実に訴えかける。


 その訴えが功を奏したのか、アークは右手で近衛兵を制した。


 そして一国の王である彼の口から、信じられない言葉をレーナは聞いた。



「イルゼ……か?」

 


 彼がイルゼの名前を呼んだ事に、レーナは驚きを隠せない。咄嗟に振り返り、イルゼの反応を確認する。


「へ、陛下……」


 対するイルゼの口ぶりからしても、二人が知り合いという事に間違いはなさそうだった。


 国によっては、高貴な者の行路を邪魔した者は、たとえそれが意図したものでなくても即刻処刑になるという国も存在する。


 元よりエリアス王国の王族は、温厚な性格の者が多いと聞いていたので、その点に関しては心配はしていなかった。


 そして実際に対面してみて、話に聞いていた通りの人物だと分かった。これなら打首になる事はなさそうだと、レーナはほっと胸を撫で下ろし、改めて二人の関係性を考察する。


(愛人……というわりには、年も離れていてどこがぎこちない様子ですし、もしかしたらイルゼは、王家の遠い親戚なのでしょうか?)


「あ……陛下」


 数ヶ月ぶりに会う主に、イルゼは戸惑っていた。どう反応すればいいか分からないのだ。なにせ今のイルゼは、目覚めたばかりの頃とは、考え方がだいぶ変わっている。


 数ヶ月前なら、息もつかせぬ速さで平伏していたであろうが、今のイルゼは違った。


(どうしよう……電話越しでなら普通に話せてたのに、全然言葉が出てこない)


 不安に怯えたイルゼを後ろで心配そうにリリスが見守っていた。


 出来ることなら声を掛けてやりたい。しかしリリスもまた足がすくんで動けなくなっていた。それは極度の緊張からだ。


 アークを含め、何人かのエリアス王国の側近の者達から鋭い視線を送られていたからだ。


 彼等はみな、リリスの正体を知っている者達であろう。


 リリスの首筋から、ツゥーと脂汗が流れ落ちる。アークはイルゼが口を開くのを黙って待っていた。なにかを期待するような、そんな目をしている。


 まるでイルゼを試しているかのようだ。


 その事には当然、イルゼも気付いていた。


(私、試されてる……なにが正解なんだろう……)


 王家の忠実な剣として振る舞うか、イルゼとして振る舞うか、彼女は選択を迫られた。

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