第69話 Sランク冒険者 そしてお茶会
緊張の面持ちの中、イルゼは他の者と同様に、片膝をつき、頭を垂れ、そして臣下の礼をとる。
彼女はエリアス王国に属しており、その中でも忠臣だ。その事をイルゼ自身よく分かっていた。
(私は王家に忠誠を誓った剣聖……で、あると同時に今の私は――)
それを見たアークの顔は思わしくなかった。悲しそうにしているのが分かる。それは隣にいるアークの妻も同様だ。
イルゼはリリスに、片膝まではつかなくていいから、しゃがむよう促す。
リリスは渋々といった様子ながらも、イルゼの言う事を聞き、その場に膝を抱えてしゃがみ込む。
それを見届けると、イルゼは静かに胸に手を添えて、一つ呼吸を整えた後、ペコリと一礼する。
「お久しぶりですね、陛下」
――えっ?
リリスは、その淡麗なイルゼの横顔を見ながら、普段とは全く違う口調、声音に、隣にいる少女が、本当にイルゼなのかと戸惑いを覚える。
何かが彼女に乗り移ったのではないかと、感じる程の変わりようであった。
リリスが剣聖モードのイルゼを見るのは、これが初めてではない。五百年前の戦いも然り、人間となったリリスと初めて出会った時もイルゼは剣聖モードだった。
その時のイルゼは、口調まで剣聖モードではなかったが、それは当然の事だ。イルゼがこの喋り方をするのは、主――国王陛下の前だけなのだから。
だからこそリリスは、驚きと戸惑いを隠せないでいた。
(余といる時とはてんで違うのー……こっちのイルゼは、ちと怖い)
ごくりとリリスは眉唾を呑み込む。
「……ああ。君の方は息災だったか?」
形式的な会話が続けられる……かに思えた矢先、イルゼは顔を綻ばせてこう言った。
「はい。
口調こそ事務的なものだが、その声音は無機質なものではなく、微かに喜悦を含んでいた。
「――――そうか、楽しんでいるのか」
それに気付いたアークの顔が、ふっと、柔らかくなる。
「はい陛下」
「ならいいんだ。僕としてもこれ以上嬉しいことはないよ」
アークが目にゴミが入ったと言って、瞼をこする。確かに彼の目元の端には、涙が溢れていた。
「陛下、これをお使い下さい」
「ああ、すまないね」
女の子らしい花柄のハンカチを渡され、アークはイルゼがリリスと出会って、どれほど変わったのか改めて実感した。
「リリス君」
「う、うむ? な、なんじゃ……?」
「大した事じゃないから、そんなに気張らなくていいよ」
急に声をかけられ、思わずビクッと肩を震わせる魔王。アークは彼女が本当に魔王なのかなぁーと、リリスを見ていて思ってしまった。
――普通の可愛い女の子じゃないか。
イルゼからの定期報告で聞いていただけで、実際に会った事は今までなかった。王家の伝承では、とても邪悪な姿をしていると聞いていたので、その魔王が人間の姿になっているとイルゼに聞いて驚いたが、実際に会ってみると、確かに人間の女の子にしか見えなかった。
深紅の瞳をしていなかったら、いくらイルゼの話でも簡単には信じれなかっただろう。
(魔王の風格も、あまり感じない…………)
だが、彼女が魔王にせよ、魔王じゃないにせよ、彼女がイルゼを変えたことに違いはない。なら掛けるべき言葉も同じだった。
「――これからも、イルゼの事をよろしく頼む」
「ぬぁっ!?」
「「「――ッ!?」」」
一国の王が、自分より10歳近く年下の少女に頭を下げた事に、お付きの従者や大臣、周りの者達が仰天する。
そんな彼等を置いて、顔を上げたアークは、さらにこう告げた。
「どうだい、今からみんなでお茶会でもしないか?」
――僕の娘が君と話したそうにしてるんだ。
そう言ってアークは、母親の腰辺りにピッタリと引っ付いている少女に目を向ける。
イルゼ達が目を向けると、少女はシュンっと母親の影に隠れてしまった。王家の娘としては、かなり内気な方なのだろう。
「陛下がそうおっしゃるなら、もちろんご一緒させて頂きます」
イルゼは、この少女は何者? といった目を周囲の人に向けられる。
ただのSランク冒険者ではないと、誰もが勘付き始めていた。
事実、イルゼの正体は世界を救った剣聖。そしてその事を知るのはごく少数のみである。
イルゼとの話を終えたアークは、先程まで、イルゼを庇おうとしていた少女に体を向ける。
「あ。エリアス王国の王家に、ご挨拶できること光栄に存じます。私はレーナ・アスラレインと申します」
「レーナ君だね。これからもイルゼと仲良くしてくれると嬉しいな」
「は、はい。勿論です!!」
アークは最後に、話の最初から最後まで正座で耐えていた少女の元へ向かう。
「こんにちは。東国の人かな?」
「で、ござる。せ、拙者、アマサマ・サチと、申す」
「うん。サチ君。もう楽にしてもいいよ」
「か、かたじけない」
サチは正座をやめ、あぐらをかく。すると、そんな格好で王族と対面してはいけませんと、レーナに怒られてしまった。
(僕は気にしてないのにな……でも)
「いつの間にか、イルゼの友達がこんなに増えていたなんて……僕は嬉しいよ」
「レーナとサチとは、先程知り合ったばかりですがね」
あくまで冷静に返すイルゼの頬も、小っ恥ずかしそうにしていた。
知り合いと言われた二人は、むぅとイルゼに抗議する。
「イルゼ。私はイルゼの事を友達だと思っていますよ」
「そうでござるよイルゼ殿。拙者とイルゼ殿はマブダチでござる」
「ん。もちろん、二人の事は友達だと思ってるから心配しないでいい」
そんな二人に、リリスも勿論便乗した。
「イルゼ。余は! 余は!?」
「ん。一番大切な人」
サラッと言われたその言葉に、リリスは顔を赤くする。
「本当に仲がいいな」
仲の良い娘達をみて、アークは自分の右隣を歩く、イルゼより一つ、二つ年下の娘の頭を撫でた。撫でられた娘は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ネリア、イルゼの前ではお行儀よくするんだぞ」
「うん!」
お父様だーいすき! と一人娘のネリアに抱きつかれる。
(やれやれ、うちの娘はまだまだ子供だな)
甘やかして育ててしまった自分に、文句を垂れながらも、アークは娘の頭を優しく撫でてやった。
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