第66話 伯爵家の長女
(黒髪に、黒い目……もしかして、東の国から来た人?)
異国の少女を取り囲んでいるのは、貴族のぼんぼんとその取り巻き達だ。
少女は、先程から話が平行線を辿っている事に苛立ちを覚え、腰の刀を抜きかけていた。
しかし、見知らぬ土地でいきなり刀を抜くようなアホの子ではない。なんとか対話で決着をつけようとしていた。
「――拙者を口説いているつもりなら、大人しく諦めて欲しいでござる」
「ごめん!」と立ち去ろうとする少女を逃さまいと、男達が壁を作る。
「あ、何を勘違いしてるんだ? 何度も言ってるだろ。参加するためには俺らから許可を貰わないとダメなんだよ。いいから大人しくついてこいッ!」
「そんなこと聞いてないでござるよ!」
少女の言う通り、武闘会に参加するために彼等から許可を貰う必要など全くない。
少女はここに来るまでの間、街の人に聞き込みをして、事前に情報を得ていた。だからすぐに嘘だと見抜いた。
他の見物客達もその事は当然知っている為、実質的に彼等は自分たちの醜態を晒しているだけなのである。
それでも、異国の少女を諦めきれない様子で、醜く太った豚のような男が、汗を拭きながら少女の前に立つ。
鼻息荒く、小柄な少女の襟元から胸元を覗こうとしていた。
その視線に気づいた少女が、嫌悪感をあらわにして、サッと半衿を寄せた。
「ちッ――貴族である僕の言う事が信用ならないっていうのかい?」
「先程からそう言っているでござるよ!」
正面きって、貴族のぼんぼんと言い合う胆力は、今のリリスにはないだろう。あったとしても、それはイルゼがいる時だけだ。
「僕の何が気に食わないんだい? 君も薄々分かっているみたいだけど、僕は君を口説いてるんだよ。こんなにイケメンで大金持ちなのに……君だって、僕のような人と結婚したいだろう?」
「そういう台詞は、一度鏡を見てから言って欲しいでござる!!」
元より、人の身体を値踏みするかのように眺めてきた彼等など、少女の信用に値する訳がなかった。
相手にする価値なしと、少女は両手で男達を押しのけ、強引に突破を図る。
「おい、待てよ!」
それが癪に障ったのか、男の一人が少女の腕を掴むと、少女は反射的にその男の腕を逆手にとって投げた。
「ぐはっ!?」
「この不埒もの! 成敗です!!」
「「「――ッ!?」」」
何が起こったのか、その場で理解できた者はイルゼ以外にいない。
(やっぱりすごく強い。大会に出れば、この人と戦えるかも)
ワクワクが止まらなかった。
(こやつ、ときどき好戦的な目をしよるのう……まあそこがまたいいんじゃが)
隣で「うわー……」と言った目をリリスに向けられているのにも気づかないほど、イルゼは高揚していた。
「リリス。ちょっと行ってくる」
男をぶん投げたのを見て、イルゼも、つい、スイッチが入ってしまった。
「おい! イルゼどこに――」
「「ん?」」
野次馬の間からひょこりと現れた美少女に、男達は毒気を抜かれるも、侍少女だけはイルゼに対し警戒を最大限に引き上げた。
「新手ですか……中々手強そうな方ですね。出来れば刀は使いたくないのですが……」
彼女と戦えば、五体満足でお国に帰ることは出来なくなる。
しかし、彼女もまた戦いに飢えた一人の剣士であった。
侍少女は刀に手を添えると、本気の構えを取る。
(あ、さっきと全然気迫が違う。こっちが本気)
イルゼは異国の少女が、自分に闘志を向けてくれた事に、純粋に嬉しかった。
――――でも今、じゃない。
イルゼは少女を無視して、彼女を庇うように前に出る。
「ん。喧嘩はよくない」
場違いなほど、ほわほわした声音で、めっ! と男達を注意する。
突如現れた第三者の加入に、取り巻きが呆気に取られるも、ぼんぼんだけは何も変わらない。
特にイルゼの容姿に目を奪われる事も無かった。
「この僕を誰だと思ってる、子爵位をもった貴族様だぞ。平民如きが生意気な口を……」
あろうことか、イルゼに対し強気に出た彼の生意気な口は、途中で閉じられた。
「ひッ!?」
「ぺちゃくちゃうるさい」
「――!?」
イルゼに不埒な目を向けなかった事が幸いして、首に剣先を向けられるだけで済んだが、ぼんぼんは生まれてこのかた、一度も人に殺意を向けられた事がなく、何が起きてるのか分からないといった様子だった。
驚いたのは、ぼんぼんや取り巻き達だけではない。少女もまた、イルゼがいつ剣を抜いたのか見えていなかった。
(拙者が刀を抜く瞬間を追いきれないとは……世界は広いでござるな)
感心する少女をよそに、イルゼは困っていた。
「…………」
衝動的に飛び出したはいいものの、ここからどう事態を収拾すればいいか分からなかったのだ。
切先をぼんぼんの首に向けた状況が続き、誰もが動けなくなっている中、イルゼ達のすぐ近くで一台の馬車が止まった。
(誰だろう? こいつらの仲間かな?)
街の中を馬車で走ってきた事からして、貴族である事には間違いない。
そう思っていると、馬車の扉が開き、燕尾服に包まれた青年とメイド服姿の少女が降りてきた。
「お嬢様どうぞこちらへ」
「ありがとう。ヨハネス」
少し遅れて貴族の令嬢が、侍従の手を借りて馬車から降り立つ。
どうやらイルゼ達の方にやってくるようだ。
すると、先程まで大人しかったぼんぼんが、憤怒の表情を浮かべ始める。
「冒険者さま、どうか剣をお収めください。そしてシュテインダー家の皆さんは黙ってお帰りなさい」
彼女のよく通る声に、自然と人垣が割れ、道が出来た。
そこには、緑と白をコンセプトとした外出用のドレスに身を包んだ、巻き毛の少女が立っていた。
「
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