第55話 価値 そして川の字

「ごめんなさいね。こんな物しか出せなくて」


 アデナとネルと共に食卓を囲み、団欒を楽しんでいたイルゼ達の元に運ばれてきた料理はパンとシチューであった。シチューはこの村では馴染みのある食べ物だったが、ランドラでは見た事がない料理だった。


「ありがとう」


「ご苦労なのじゃ!」


 運ばれてきた料理を見て、ネルが口を尖らせる。


「えーお母さん! イルゼお姉ちゃん達がいるんだからもっと豪華なのにしてよー!!」


 母親は困ったように頬を掻く。


「ごめんねネル。そうしたいのは山々なんだけど……ほら、あの人達にたくさん料理を作ったせいで材料がないのよ」


 あの人達……とは傭兵達の事だろう。


 イルゼが助けに来るまで、自分たちの食事より彼等の食事に材料を優先させていた為、村の備蓄は底をつきかけていた。


 材料を買いに行こうにも傭兵達が目を光らせていた為、買い物に行くこともままならなかったのだ。


 そんな傭兵達もイルゼの尽力により、今は大人しく納屋の中だ。


 村を救ってくれたイルゼ達をもてなしたいのだが、村で一番豊かである筈のアデナ家でも、庶民食しか出せず申し訳なかった。


 それに反して、イルゼもリリスも特に不満そうにしていない。


 むしろ初めて見るシチューという料理に興味津々だった。


「え〜!」


「もう、ネル。お母さんを困らせないで」


「いたっ!」


 ネルの隣に座っていたアデナがこつんと叩く。


「ん。大丈夫全然気にしないから。それよりこれ、パンにつけて食べるんだ。すごく美味しい」


 ネルと向かい合うようにして、パンをシチューにつけてもくもくと食べるイルゼ。


「そうひゃ! 泊めへくれふだけでありがたいわひぃ!!」


 そのイルゼの隣には、パンとシチューをもぐもぐと頬張り、早速おかわりしているリリスが座っていた。

 リリスの正面にアデナが座り、ネルの正面にイルゼが座っているという構図だ。


「リリス。食べてから喋って」


 この席順を決めるまで、かなりの時間を要した。


 主にネルとリリスの間で、イルゼの隣にどっちが座るかで喧嘩をしていたのだ。


 その過程で、女性だけの方が気兼ねなく過ごせるだろうからとアデナの父親は別の民家へ泊まる事になった。



「あら貴方、隣に行くならこれも持っていって」



 父親はタッパーに詰められたシチューを持って、隣の民家へと移る。体の良い厄介払いだ。


 だがリリス達からしたら空気の読めるよい父親である。イルゼの隣に座れる確率が上がったのだ。


 父親が自主的に家を出た理由は、元々女所帯なのに、イルゼ達が来たことで更に肩身が狭くなったからからだ。


◇◇◇


「材料を買うお金は幾らかあるのだけれど、ここから一番近い村でもけっこうかかるのよね」


「むぅ、お金ならいっぱいあるのに……」


 イルゼがお金の入った袋の縛り口を開く。ランドラで稼いだからか、その中身は国王から貰った時よりも重くなっていた。


「金ならあるのにのー」


 だが、たとえお金がどれだけあっても、近くに材料を買える村や街がなければどうしようもなかった。


「あ」


 イルゼが何かを思い出したかのように、じゃらじゃらと袋の中からお金を幾らか取り出すと、アデナ達に差し出す。


「これあげる。ご飯代と泊めてくれたお礼」


 そう言って、イルゼは黙って金貨5枚をアデナに握らせる。イルゼはお金の価値について少しだけ勉強した為、このくらいが適切な額だろうという自信があった。


「――ぐふっ……ふっふふ……」


 リリスは隣で笑いを堪えるのに必死だった。いくら身内価格でも金貨5枚とは、サービス精神旺盛すぎる価格である。



「リリス?」


 イルゼがくつくつと笑うリリスを訝しむ。何がおかしいのだろうと。


「え? へ?」


 アデナが恐る恐る掌を開くと、見えたのはキラキラと光る金貨だ。それも5枚。


「い、イルゼ。これはいくらなんでも貰いすぎです!」


「そうなの?」


 イルゼがこてんと首を傾げる。その頃にはリリスは腹を抱えて笑っていた。


「え? イルゼお姉ちゃんってお金持ちなの!? ますます私のお姉ちゃんになって欲しい!!」


「イルゼさん。こんなに受け取れません!」


 アデナの母親が金貨を突き返すも、イルゼは譲らない。


「だめ! 親切にしてくれた人にはちゃんとお礼しなきゃいけないってお母さんから教わった」


 母の教えだけはイルゼの中に色濃く残り、母親の顔や声は思い出せなくても、その言葉だけは不思議と耳に残っていた。


「うむ。その通りじゃ」


 何故かリリスが大きくふんぞり返る。そしてついでとばかりに、こしょりとイルゼに耳打ちをする。


「ん……分かった。ネル、これもあげる」


「ふぇ?」


 今度はネルにお金を握らせる。ネルがごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと開いていく。


 そしてそれを目にした三人は、これでもかという程、大きく目を見開いた。


「こ、こ、ここれ、白金貨ですよね?」


 初めて目にする貨幣に、ネルが慌てふためき落としそうになる。


「村のみんなで使って」


 それは傭兵に摂取された村の復興費用であった。冒険者として同業者が迷惑をかけた責任は自分が払うと言っているのだ。


 これもリリスの入れ知恵である。


 幸か不幸か、イルゼは普通の人が一生かかっても払えないお金をポンっと差し出せるポケットマネーを持っていた。


 ライアスからの報酬もあって、お金に関してはかなりの余裕がある。ここで散財しても問題ないのだ。


(ぐふふ。これで何かあった時のコネが出来たぞー! 恩は売っておいて損はないわい)


 リリスは少しゲスかった。


「お、お姉様ー! 一緒付いていきますー!!」


「それは困る」


「ぬぁっ!?」


 ネルがイルゼに抱きつき、「お姉様ー」と言いながらすりすりと擦り寄る。それをアデナとリリスが引き剥がそうと、必死になって引っ張る。


 特に必死になっているのはリリスだ。


「ネーール! イルゼから早く離れるのじゃーー!!」


「ネル。お願いだからイルゼに迷惑かけないで。お姉ちゃんなら私がいるでしょ!」


「いーやーでーすー!! 私はイルゼお姉ちゃんの方が欲しいの!」


「妹が姉に辛辣!」


 結局寝る時間になっても、ネルはイルゼから離れようとせず。結局三人仲良く、川の字で寝る事になった。


「う……ぅん……」


「ムニャムニャ……イルゼーいいぞ〜」


「お姉様ー……行かないで下さい」


 少し離れた所で布団を敷いていたアデナが立ち上がる。そしてとことことイルゼ達のいる布団に近づき、


「…………えいっ!」


 と可愛らしい声をあげて飛び乗った。元々の体重が軽い為か、それともイルゼが色々あって疲れているせいか、イルゼがそれで起きる事はなかった。


「う、ううん……んぅ……」


 両脇からリリスとネルに挟まれていたイルゼは、終始窮屈そうに唸っており、最初は一人で寝ていたアデナも人恋しくなったのかイルゼの上に乗っかった事で、イルゼは更に苦しい夜を過ごす羽目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る