第42話 内に秘めた想い
「エルサちゃんから聞いたよ、エルサがオメガの使徒だって事!」
「エルサちゃ……そう、じゃあ分かったでしょ。私は人殺しなのよ」
親友が悲しそうに目を伏せたのをサラは見逃さなかった。
「それは違うよ!」
その肩をガシッと掴み、彼女の言葉を否定する。
「なんで……そう言えるの?」
「エルサ、お前は管理者に命令されて動いてただけなんだろ? だったらお前は人を殺していない」
「でも私は図書館を襲うように……」
エルサの言葉をギルマスが遮る。
「図書館ならワシが制圧した。人質も全員無事だ。エルサ、お主が他の使徒達に民間人の被害が出ないように命令していたのだろう? お陰で戦いやすかったぞ。ビルクの部下が暴走していなければ、一人も犠牲は出さないつもりだったのだろ」
「――っ、でも私は魔王様を……リリスさんを覚醒させてこの街を滅ぼそうとしてたんですよ! それに、それに……」
「『エルサ』に言われて、無断で悪いがお主の部屋に入らせて貰った。そしたらこの本が出てきた。見覚えはあるか?」
ギルマスが有無を言わせず差し出した本には、沢山の栞が挟んであった。
「それは……」
「本の内容は、魔王と勇者の物語だった。この物語はリリスちゃんとイルゼちゃんによく似ておる。そして物語ではイルゼちゃんが悪役になっていた」
「…………」
「この本はあの管理者に渡された物だな?」
「はい……三年前、市場で珍しい本があると言われて買った物です。今思えば、その店主が管理者だったのでしょうけど、その……一度読み出すと止まらなくて」
その手は微かに震えていた。
「ん」
イルゼがちょっと貸してと言って、ギルマスから本を受け取ると、途端に難しい顔をした。
「これ変な魔力がかかってる。たぶん管理者がかけたもの。これでエルサは変になってた」
「え」
唖然とした表情でイルゼを見つめる。
「ほら、ここっ。ビューンってなってるでしょ」
イルゼに言われた箇所を見てみるが、どこがおかしいのかエルサにはまったく分からなかった。
興味を持った魔王がひょいっと覗く。
「余には分かるぞ。ここがズドーンとなってるのだろう?」
魔王にはイルゼが見ているものが見えているらしい。
「ん。そう。流石リリス」
「そうであろう。そうであろう」
褒められて胸を張る魔王。
「ここもビューンってなってるよね」
「なっとるなっとる」
何気なく指し示された場所にうんうんと頷く魔王を見て、イルゼが怪訝な顔をする。
「…………嘘つき。なってないよ」
「なぁっ!? 騙したなイルゼ!」
「リリスが先に騙した」
魔王は知ったかぶりをしていたのだ。本当はイルゼが見ているものなど見えていない。
しかし魔王として、見えなければならないと見える振りをしていたのだ。
取っ組み合いを始める二人。戦いの後だというのに、随分と緊張感がなかった。
取っ組み合いの末、二人は仲良く自分達の事が書かれている本を読み始める。
「ん。私が悪役」
「余が主役じゃな」
その本の内容は公平と言えるものではなかった。魔王視点で書かれたそれは、最終的に勇者に負けるものの、イルゼをとことん悪役たらしめる内容であった。
そんなマイペースな魔王と剣聖に話を持っていかれ、慌ててライアスが軌道修正をする。
「ま、まあつまりそういう事だ。お前はただ管理者に利用されていただけという事になる」
自分に非はないと言われても、エルサは納得できなかった。
「ギルマス。それでも私は管理者の命令でギルドカードを偽装しました。それに私は三年間も自分の人形と入れ替わりながら生活をしてこの儀式場を準備してきました」
「ふむ、お主がギルドカードを偽装した犯人じゃったか」
そう言ったものの、声色からしてそこまで意外そうにしていない。
彼はある程度勘づいていたのであろう。しかし信じたくなかったのだ。
「なあ、管理者の野郎が盗賊団を上手く操ってイルゼちゃん達に刺客として送ったのか?」
「そう……だと思うわ。おそらく復活した剣聖の力を測りたかったんじゃないのかしら」
ルブとエルサの推測が正しければ、管理者はイルゼの言う通り、ずっと前からイルゼ達を補足していた事になる。
魔王の居場所は分からずとも、剣聖が最初に現れる場所は自ずと限られてくる。
おそらくイルゼとリリスが出会った時から既に管理者はイルゼ達の事を補足し、監視していたのだろう。
「エルサ。お主が生贄を黙っていた事は確かに罪といえる。でも本当は誰かにこんな事止めて欲しかったのだろう? だから『エルサ』はこっそりと動いておったのだ。主に気付かれぬ範囲でワシ達にヒントを出し、今回の戦闘ではワシが帰ってきた後に全部説明してくれたよ。おそらくお主が他の魔導人形に魔力を与える事で、一時的に支配が弱まるのを見越しての事だ」
全く賢い人形だよと、ライアスは『エルサ』の頭を撫でる。
『エルサ』は本物と同じように、恥ずかしそうに俯いた。
「そんな……そんな事って」
自分の人形が、自分の意思とは関係なく動いている事に信じられないでいるようだ。
だが、実際『エルサ』は自分の意思で動いた。
「ベースは自分の物なのだろう? それにお前の魔力で作られた人形だ。お前の想いが篭っている人形と言ってもいい。本当は見つけて欲しかったんじゃないか? 今のリリスちゃんを見ている内にリクアデュリスを……魔王を復活させたくないと思ってしまった自分が居たんじゃないのか? 違うか?」
「そうだよ! あの時のエルサがどっちのエルサから分からないけど、リリスちゃんとイルゼちゃんはとっても仲良しだねって言ってたじゃん。それで私に、もっと仲良くしてアピールをしてきたじゃんか!!」
「なっ、そんなアピールしてないわ!! そ、それにそれは私の方じゃなくて人形の私の方よ!」
『いえ、あの時はご主人様がやられておりました』
「ほらー! エルサじゃん!」
「なんだよエルサ。お前もイルゼとリリスの事が大好きなのかよ」
うぐっと言葉に詰まるエルサ。次に出す言葉を探しているようだ。
「くっ、イルゼさ――」
縋るような目でイルゼを見るが、リリスと戯れていてこっちを向いてくれる様子が全くない。
「で、でも私は……私はこの日の為に三年間を……【信仰者】として」
「エルサ!! もう良いの。エルサはもうオメガの使徒じゃない。楽になっていいんだよ?」
サラが声を張り上げて彼女の名前を呼ぶ。
自分の帰りを待つ親友の声に、エルサはそこで初めて、自分がもう、オメガの使徒ではない事を自覚した。
「うっ、ああ……サラ、ルブ、ライアス、それにわたし。みんな、みんなごめんなさい。ごめんなさい!」
泣き崩れるエルサの体をサラが支える。
彼女の温もりを求めるように、エルサは幼馴染の胸に飛び込んだ。
子供のように甘える幼馴染の頭をサラはよしよしと撫でてやる。
「なんだか昔に戻ったみたいだね。エルサ、泣き虫だったから」
「うるさい……」
幼馴染の顔は普段のずっと何倍も赤面づらになっていた。
リリスが「一件落着じゃな」とふんぞり返り、イルゼが「帰ってお風呂に入ろう」とリリスを連れて帰り支度を始める。
エルサもサラと『エルサ』に抱えられて、立ち上がる。
女性グループが出口に向かうのを見て、流れに沿って「んじゃ俺も」と言って帰ろうとするルブの腕を掴む者がいた。
ライアスだ。
「ルブ、お前は役人と口の固い冒険者達を呼んで後片付けじゃ」
にこやかにそう告げるライアスを見て、彼の顔色は絶望に染まった。
聖堂内にはオメガの使徒が残した、大量の生贄が置かれている。血の溜まったフラスコ瓶もそのままだ。
ルブは三徹を覚悟した。
◇◆◇◆◇
暗い部屋を水晶玉の光が照らす。
「失敗……か」
「はい、血も捨てられてしまいましたし、魔剣を使うのも惜しかったので今回は早々に手を引きました。待機させていた
「終わった事だ。もういい」
今後の方針はどうしますかと聞かれ、彼は少し、間を開けて答えた。
「んー……今回は派手に動きすぎてしまったから暫くは大人しくしとこうか。魔王の血も、また貰いに行かないと行けないし」
「ではそのように。各地に散らばる同志達にも生贄集めは控えるよう伝えておきます」
「よろしくね」
報告を終えた水晶玉が光を失い、部屋は再び暗闇と静寂に包まれる。
「やっぱり、剣聖は邪魔だなー。見てた感じだと魔王様の方も剣聖に絆されちゃってるから先にそっちを何とかしないとね……仕方ない、長期戦と行こうか」
彼はオーバコートと防寒対策用の帽子と手袋をすると、側に控えていた部下を連れ、極寒の大地で支配されている北の大地へ向かった。
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