第39話 VSオメガの使徒 剣聖対『剣聖』
二人の剣聖が剣を振るう。片や魔剣、片や500年前から愛用し続けている愛剣。
イルゼと『イルゼ』の力は拮抗していた。
(でも、私の方が有利)
イルゼの愛用している剣はただの長剣ではない。エリアス王国の王家に伝わる――伝説の聖剣であった。
聖剣は魔族を滅ぼす為に存在し、魔族の持つ魔剣は魔族の中でも特に凶悪だった魔族を素体にして造られた剣だ。
素体にされた凶悪な魔族は、初代魔王の後釜、二代目魔王の有力候補であったが、あまりにも粗雑であった為、他の魔族達が手を結び滅ぼしにかかった。
しかし、どんなに殺してもその強靭な精神力故か、完全に滅ぼす事は出来なかった。
時間が経てば、いずれ復活してしまう。
このままでは我々の命が危ないと有力魔族達は、彼のその強靭な魂魄を24に分け、剣へと作り替えた。
魔を大量に帯びたその剣は、【魔剣】と呼ばれ魔族達からも恐れられる剣となった。
武器としては最高クラスのものだ。故に扱えればそれだけで凄まじい力を手にする事となる。
そして【魔剣】は魂が分かれたことにより、それぞれ形を変え、その能力も個別に違った。
そして取り扱いにも注意が必要だった。
24の魔剣がどんな形であれ、一つに揃えば凶悪な魔族が復活を遂げてしまうからだ。
だから魔剣は4本ずつ別々の場所に保管され、その内の4本は現役の魔王が所有する事になっていた。
今回の魔剣ビリアは、リリスが所有していた魔剣の一つだ。
「ふっ!!」
『んっ! 痛い、でもこれくらい』
聖剣に押し負けた『イルゼ』の胸部が軽く切り裂かれる。
お返しにと『イルゼ』は袈裟懸けに斬りつける。
「ん」
それを後退して避けるイルゼ。
まさに一進一退の攻防。命の奪い合いだ。
(やっぱり、強い。でも私なら)
イルゼが愛剣を強く握り直す。
聖を司る聖剣以外に、魔剣を超える剣は存在しない。
聖と魔の力では聖の力の方が有利だ。
なのだが、聖剣は今まで扱える者がいなかった。だからこそ王家は考えたのだ、一から聖剣を扱える者を育てようと。
魔族を滅ぼし、その全てを手に入れる為に。
「はあぁぁああっ!」
イルゼが一気に踏み込む。
『ん。甘いッ!!』
イルゼの攻撃を見切った『イルゼ』はそれを横に躱すと、体勢を崩したイルゼに向かって蹴りを放つ。
「ぐうっ!」
顔面に蹴りを入れられ、後ろへと飛ばされたイルゼに『イルゼ』は更に追撃をかけた。
『まだまだ』
『イルゼ』が大きく魔剣を振るう。
「――ッ!!」
イルゼは鼻から血を垂らしながら、なんとかその一撃を躱す。
が、直接の攻撃は躱したものの、魔剣から放たれた魔力の斬撃は躱しきれず血飛沫を上げた。
「イルゼッ!!」
リリスが思わず倒れ伏すイルゼを見て叫び、エルサの拘束が緩んでしまう。
その隙をエルサは見逃さなかった。
「魔王様申し訳ありません」
「はぐっ!!」
腹にブローを決められ、ぐたりと倒れそうになるのをエルサが上体を起こして支える。
「本当はこんな事したくありませんでした」
「ぐうっ……」
リリスの身体を支えながらもう一度玉座に座らせ、杯を手に取る。
「さあ呑んで下さい」
◇◇◇
「ん。次はこっちから行く」
『ん……』
イルゼを油断なく見据え、魔剣を構える。イルゼが一歩前に足を踏み出し、消えた。
『――どこに!?』
気配を感じ、後ろを振り返るが少し遅かった。
「んっ!」
転移魔法によって後ろに現れたイルゼの回し蹴りが炸裂し、壁際まで飛ばされる。
『くっ……』
すぐに立ち上がるが、イルゼの追撃が間髪入れずに降りかかる。
「いいぃやぁぁぁぁぁぁぁぁああーー!!」
『んっ! すごい気迫、負けれない』
イルゼが掛け声と共に、聖剣を振り落とす。『イルゼ』はそれを魔剣で受け止め、片足でイルゼの手の甲に強烈な蹴りをお見舞いする。
「んっ!?」
イルゼが思わず剣を落とした所を『イルゼ』は魔剣で横に薙ぐ。
イルゼは咄嗟に上体を逸らし躱すと、拳に魔力を乗せて叩きつける。
『んっ!』
魔剣でガードしたものの、あまりの威力に後ろに押される。イルゼは両拳で『イルゼ』を牽制しつつ、足元に転がっている愛剣の持ち手の先をつま先で器用に踏み上げる。
『――っ!』
そして、一度上空に上がり落ちてきた愛剣をキャッチして『イルゼ』に斬りかかる、
「んっっ!!」
イルゼと『イルゼ』が剣を斬り結び、剣戟の音が響く。
魔剣がイルゼの耳を撫で、聖剣が『イルゼ』の鼻先を襲う。
『イルゼ』が魔剣の波動を放てば、イルゼは転移を使って躱し、距離を詰める。
ジリジリと後ろに押される『イルゼ』は、壁を蹴って、イルゼの上を飛び越え距離を取る。
そして一度呼吸を整え、魔剣を軽く振った。
「んっ――!?」
イルゼは危険を感じ、咄嗟に身体を捻らせる。すると、イルゼの髪が何本か切り裂かれ、剥き出しの太腿を何かが掠めていった。
(さっきのより早い……転移が間に合わなかった)
先程よりも、早く、鋭利な魔力の刃だった。
「ん。やる。今のは危なかった」
イルゼが『イルゼ』を称賛する。
一般的な戦士からからすれば、渾身の一撃を軽く躱された上で褒められるなど、嘲弄にも程があった。
しかし会話の相手は『イルゼ』だ。ならば話は通じる。
『ん。お互い様。今ので身体が少し重くなった」
『イルゼ』は魔剣を完璧に扱っていた。しかし今の攻撃で魔力量が大幅に削がれた。
『イルゼ』は少し気怠そうにしている。
聖剣と並ぶ強さを持つ魔剣は、聖剣と違い、誰にでも扱えた。
それは、人を殺すにはあまりにも凶悪過ぎた。
一振りで何十人もの人間を屠る事が容易に出来てしまうからだ。
その反面、いくら使用者が魔族であっても短時間しか耐える事が出来なかった。限界を見誤ると、身体が変貌し、理性のない怪物――魔物と成り下がってしまう。
リリスは人間と本気で争いたくはなかった。
だからリリスは、父に倣い、魔王としての権限を使って各地にある【魔剣】の所在を把握し、封印を施した筈だったのだが……時が経ち、自分が死んだことで好戦的な魔族や過激派の魔族、人間を恨んでいる魔族によって【魔剣】は解放されてしまったのだろう。
しかし今回は、その生き残り魔族が管理している筈の魔剣が人の手に渡っている。それはつまり一部の魔族がオメガの使徒と結託している事を意味していた。
「ん」
イルゼは冷静に『イルゼ』を観察する。
息は上がっていない、むしろ落ち着いている。スピードはほぼ同じ、でも魔力量では完全に勝っている。人形だから元々の魔力はなく、エルサに依存しているのだ。
技量は同じ、剣の性能は同程度だけど、聖剣の方が有利。同じくらい感覚は鋭いが一テンポ遅い。
顔は姉妹みたいにそっくり。
一緒に並んだなら、どちらがイルゼか分からなくなるだろう。
(でも一つだけ決定的に違う)
イルゼは自分と人形の違いに気付く。
それは戦う事に、誰かを殺す事になんの躊躇いもないという点であった。
『イルゼ』は常に無表情だ。それはイルゼも変わらない。
だけどイルゼはリリスと出会って変わった。何が変わったのかは言葉に言い表せないが、イルゼの中で何かが変わったのだ。
そうでなければ、イルゼがリリス以外の人に笑顔を見せるはずがない。
みんなの思いやりを感じ取れるわけがなかった。
昔は人を殺す事になんの疑問も持たなかった。自分のやっている事が間違っているかもと考える事もなかった。
だが、今は違う。
デュークを殺した時に感じた、もやもやっとした思いは気付かぬ内にイルゼの中で膨れ上がって、イルゼ自身に問いかけているのだ。
殺す必要まではなかったんじゃないか? と。
『ん。殺す』
「…………」
『イルゼ』が剣を再び強く握り直す。これはイルゼの癖だった。握り直した後は、突っ込んでくる――ならそれを逆手に取る。
イルゼは自分自身の事を誰よりもよく知っていた。この癖がついたのは自分のメイドを殺したあの日からだったからだ。
(あれは昔の私。戦うことしか考えていない、それ以外考える事を放棄した私。リリスと出会う前の私だ)
「ねえ、私」
『なに、私?』
「人形の私じゃ、私には勝てないよ――だって空っぽだもん」
『意味が分からない。私は剣聖、与えられた役目を果たすだけ』
「わたしの役目はなんなの?」
『イルゼを殺す事。私はエルサ様に作られた人形だから』
「……ねえ、どんなに精巧に作られたといっても所詮はコピー。オリジナルには勝てないよ。私なら分かってるんでしょ? 身体が魔剣に耐えきれず壊れかかってるって」
エルサが危惧していた通り、『イルゼ』がイルゼを抑えられる時間が迫ってきていた。
『…………』
『イルゼ』の身体には目を凝らしたら見えるような小さなヒビが幾つも出来ていた。
「わたし本来の身体能力とその魔剣の力に身体が付いていけてない。いくら魔剣が操れても身体が脆かったら意味ない。もっと身体の方が頑丈だったら勝負は分かんなかった」
『ん。だとしても壊れるまで戦う。それがエルサ様に作られた私の役目だから。私こそ自分の役目を忘れてない? 私の本来の役目は護衛じゃなくて魔王を殺す事』
『イルゼ』は強気に言い返してくる。髪をベースにしている事から、人形のイルゼにも最近の記憶はあるようだ。
「ちゃんと覚えてる。でも私は変わったの。命令だけが正しいんじゃない、自分で思った事を自分で考えた方を信じるべきだって――だから私は決めた。リリスを殺したくない、殺さないって」
イルゼが確固たる意思を込めてリリスを殺さない事を告げると、魔導人形は少し嬉しそうに微笑んだ。
『ん。それならいい。私と違って自分の意思を持ってる。私は人形だから自分の意思はない。今、こうして喋れてるのはエルサ様の魔力があるお陰だから』
「でも喋ってるのは自分の意思。なら私と同じ人間」
『ん。私ってやっぱりいい子』
「ん。今はいい子の間違い。昔の私は国王に逆らえなかった。その時たくさん過ちを犯した。でもリリスと会ってから変われた――ううん、昔の私に戻れた。こっちの方が遠い所に行っちゃったみんなも喜んでくれると思う」
五百年前、その手で殺めてしまったメイドや兵士、役人の顔が浮かぶ。誰もがみんなイルゼに対し笑顔を浮かべていた。「イルゼちゃんは悪くないよ」と反逆に参加した者達全員がイルゼの幸せを心から願っていた。
「そろそろ話は終わりにしよう。もう次で限界でしょ?」
『ん。そうする』
『イルゼ』は残っている魔力を全て魔剣に注ぎ始め、魔剣は不気味に色づき始める。
「ん」
イルゼも聖剣に魔力を注ぐ。普段なら魔力を注ぐ事など皆無だが、魔剣の底力は油断出来なかった。
『いく!』
「ん。倒す!」
『イルゼ』とイルゼが同時に走り出し、丁度中央で魔剣と聖剣がぶつかった。
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