生まれ変わった魔王がクソザコナメクジの女の子になっていたので、Sランク冒険者の剣聖は監視という名目でポンコツ魔王と旅をします! 〜人類の最終兵器として育てられた剣聖の少女は元暴虐の魔王と惹かれ合う〜
水篠ナズナ
ポンコツ剣聖とクソザコナメグジな魔王
第1話 目覚め そして魔王の復活
暗い地下の一室、ネグリジェを着た15歳の少女は重いまぶたを開け、目を覚ました。
ベッドから起き上がり、周りを見渡す。
調度品は驚く程綺麗で、とても五百年前の代物とは思えない。近くにあったコップを手に取るも埃ひとつ付いていなかった。
「魔法で……保存してたのかな」
感情のこもっていない声で呟く少女の問いに答える者はいない。
少女が憶えている事は魔王を討伐した事だけだった。
「確か……魔王を倒して、そしたら五百年後に復活するからって私はここに連れてこられて……あっ」
そこでようやく少女は思い出した。
自分がここに連れてこられたのは、五百年後に復活する魔王を倒す為だと。
「じゃあ、ここは……五百年後の世界?」
少女は外の景色を見たいと思ったが地下なので、窓はなく――扉さえない。
おまけに、自分の装備も見当たらなかった。
「どうやってここから出るの?」
壁を叩いてみるが、分厚く、何重にも魔法で補強されている事が窺えた。
「はやく、魔王を倒さなきゃ」
少女には、戦うために必要な物以外、記憶が残っていなかった。
昔は母と慕っていた女性がいた筈なのだが顔を思い出せなければ、声も名前も思い出せない。
――どうでもいいか。
ここは五百年後の世界。仮に思い出せたとしても会う事は叶わない。
少女は、たった一つ覚えている、国王より下された命令を遂行する為に行動を開始する。
「壊せない事はないけど……痛いのは嫌だな」
少女は分厚い壁に手を当てる。
かつて剣聖と呼ばれた少女は身体能力も優れており、この程度の壁は素手で壊す事が出来る。
しかし、無駄に痛い事を嫌う彼女はその選択肢を取らなかった。
壁を破壊しなかったのは正解だった。
少女が暫くベッドの上で膝を抱えてうずくまっていると、足音が近付いてきた。
そして何もなかった壁に突然扉が現れ、初老の男性と、青年が入ってきた。
もし、彼女がこの時壁を力任せに壊していたら、複雑怪奇に作られているこの王宮の地下道に永久に囚われていたかもしれない。
「おお! 本当に目覚めておりますな」
「……そうだな」
少女に対する反応はそれぞれ違ったが、青年の方はあまり良い反応ではなかった。
そして少女は直感的に青年の正体を理解し、居住まいを正した。
「お久しぶりでございます、国王陛下。暫く見ないうちに随分とお若くなりましたね」
国王陛下と呼ばれた青年は苦笑する。
「僕はエリアス王国第八代国王アーク・ジュン・グラ・エリアスだ」
「第八代?」
少女が小首を傾げる。
「君に命令を下したのは第二代の国王だ。僕とは別人だよ」
そこで成る程と少女は理解した。
今自分が生きている世界は、あれから五百年後の世界だから、五百年前の人間が生きている筈はないと。
「てっきり禁忌の術を完成させたのだとばかり思ってしまいました。お許しください」
少女は正座をすると、地面に強く頭を叩きつけた。
「なっ!? ――やめろ! やめるんだ!!」
青年の声に、少女は顔を上げる。
その額は割れ、血が流れていた。
青年はその血を、取り出したハンカチで拭う。
少女は血を拭かれる事に無関心で、何も反応を見せなかった。
青年は、ここまで感情を無くしているのかと悲哀の表情を浮かべる……と同時に確かに血が出ていた筈なのだが拭ってみると血は止まっており、傷一つついてない事に驚いてしまう。
恐るべき治癒能力だ。
「では、代わりの罰は何をすれば良いのでしょうか? 爪を剥ぎ取ればよろしいですか? それとも火で肌を焼けばいいのでしょうか?」
さも当然というように青年に問いかける。
少女は五百年前、王によって逆らえないよう徹底的に教育されていた。
彼女にとって自らの体を傷つける行為は当たり前であり、そこに躊躇いはなかった。
そんな彼女を、憐憫の目で見ながら、青年は優しく語りかける。
「もういいんだ……君みたいな子がそんな事を言ってはいけない。もうあのような時代は終わったんだ」
青年の目に、涙が滲む。
「どうして貴方が泣くのですか?」
ごめん、ごめんよと、涙の滲む声で何度も謝りながら、少女の頭を優しく撫でる。
少女は、されるがままだった。
「陛下……そろそろ」
「ああ、そうだね」
青年が合図を送ると、奥から兵士達が装備を運んできた。
特に白い鞘に収められた細身の長剣は、二人がかりで運ばれている。
大切だからと言うよりも、そうしなければ持てないほどだったのだ。
「あ、私の剣」
それは少女の装備であった。
五百年前から色褪せることのない装備に少女は小走りで兵士の元へ行き、真っ先に剣を手に取った。
「「―――!」」
装備を運んでいた兵士達は驚愕した。
大の大人、それも訓練された兵士二人がかりで運んできたような剣を、片手で軽々と持ち上げたからだ。
「聞きしに勝る身体能力ですね」
初老の男性は満足そうだった。
「宰相、分かっていると思うが……」
「ええ、勿体ないとは思いますが承知しておりますとも」
少女がウキウキしながら五百年ぶりに装備を身につけていると、青年が少女の元へやってきて膝をついた。
「第二代国王に代わって非礼を詫びよう。どうか、僕たち王家の謝罪を受け入れてほしい」
そう言って青年は一枚のカードを掲示した。
そこには彼女の名前と冒険者ランク『S』の文字が、偽造防止の魔工インクによって記されていた。
しかし残念な事に少女は字の読み書きを習っておらず、きょとんとしているだけであった。
「これは?」
「冒険者ギルドのカードだ。ランクはSにしてある。これで殆どの厄介事は回避出来るだろう」
大した説明のないまま渡されたカードをポーチにしまう。
少女にはそのカードの価値は分からなかった。
(そういえばこのポーチとても大切な物だった気がするけど……思い出せないな)
花の刺繍が入ったポーチを少女は懐かしく思う。
「今回の魔王討伐が終わったら、もっと沢山の褒美を渡す。本当は先に渡したいのだが、なにぶん家臣達が煩くて敵わない。他に何か必要な物はあるか?」
「はあ……それなら記憶は戻せますか?」
すると青年は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「すまない。今の僕たちに、君の記憶を戻す事は出来ないんだ。本当に申し訳ない。代わりと言ってはなんだが、魔王討伐に他の兵士を連れて行くなら、指折りの者を揃えるつもりだ」
それに対し、少女はフルフルと首を横に振った。
「いらない……です。私一人で十分、他の人は足手纏い、五百年前もそうでした」
「……そうか。でも今は五百年前とは……いやそうだな。足手纏いになるだけだな」
先程の光景を思い出し、言葉を飲み込む。
フリルで飾られた、白銀に輝く軽装の鎧を着込み、確かめるように剣を振り始めた少女に、何を言っても無駄だと青年は理解した。
しかし、いくら少女の異端性をよく知る彼でも目の前で服を脱ぎ、自分達の前で着替えを始めた時には流石に仰天した。
急いで部下たちには退室させ、自分と宰相が後ろを向く事によって難を逃れたが、よくない傾向であった為、これからは絶対に異性の前で着替えてはいけないよと言い聞かせたが、少女がどこまで理解しているのかは不明であった。
そして、少女はとてとてと青年の元へやってきて、片膝をつき、頭を垂れ、臣下の礼を取る。
その姿は、傍から見ると、王とそれに忠誠を誓う騎士と言うより、兄と妹のように見えた。
それを自覚しているのか、青年が表情を陰らせた。
「それでは、魔王討伐に行って参ります」
そして少女が兵士達の間を通り外に出て行こうとした。
そこで、あっ……と、何かを思い出したかのように少女は立ち止まる。
「どうやって出るの?」
いくら身体能力に優れていても、複雑怪奇な地下道の、正しい道を知る術は有していなかった。
勿論、壁を壊しながら外に出るという選択肢もあるにはあるが。
やれやれといった顔で、青年は少女の道案内を開始した。
◇◆◇◆◇
「本当に地図が無くて平気なのか?」
王宮の裏口で少女と青年は立ち話をしていた。
少女は、地図は要らないと言う。
「必要ありません。魔王のいる場所はなんとなく分かりますので」
「そうか……魔王の場所は分かるのか。でも、五百年前とは色んな所が変わっているから、地図を持っていて損はない。誰かに道を尋ねる事があるかもしれないし……魔王を倒した後には、必要になるだろう」
青年は半ば強制的に地図を押しつける。ついでにアイテム袋なる物も押しつけられた。
少女も逆らえない国王相手にここまで言われたら受け取るしかなかった。
「では今度こそ行って参ります」
「ああ、命は大事にしなさい。……何かあったら、すぐ戻ってくるように」
青年……国王は少女に対し自らの妹のように言い聞かせ、その姿が見えなくなるまで温かい目で彼女を見送った。
◇◇◇
王宮を出て二時間後。
少女は王宮から遠く離れた、荒廃した土地を目にも止まらぬ速さで走っていた。その速度は、人間の領域を軽く超えている。
そうして走り続けると、王都と比べるとかなり小規模な町が見えてきた。
少女はそこに魔王がいると睨んでいた。
いや、正確に言えばそう感じたのだ。
ここで、あの『暴虐の魔王』は待っていると。
(うん、だいぶ景色は変わってるけど……ここが、私と魔王が戦った魔王城があった場所だ)
そこは、少女と魔王が五百年前に熾烈な戦いを繰り広げた場所だった。
もう間もなくという所で、少女の耳に可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
「ええーい! 何故、こんな簡単な事が分からん! 余は、暴虐の魔王であるぞ!?」
「魔王だかなんだか知らないけど、食べた分はしっかり払いな。じゃなきゃここで働いて貰うよ」
「なんじゃと! 魔王が労働など出来るか」
どうやら饅頭屋の店主と客が言い争っているらしい。
ただの無銭飲食かに思われたが……その客の口調と内容が、引っ掛かった。
(……魔王? でも、全然昔の力を感じない)
少女が人混みをするりと抜けて、ひょこり、と顔を覗かせたのに気が付いた魔王(仮)が大声で彼女を呼んだ。
「ぬぅ、いいところに来たな『剣聖』! 此奴に、余が何者であるかをとくと教えてやってくれ」
そう言って胸を張る少女は、豪奢な漆黒のドレスを身にまとい、腰までの黒髪をなびかせ、魔族の象徴である真紅の瞳をきらめかせていた。
記憶の姿とは似ても似つかないが、確かにその瞳は。
「……あなたが、魔王?」
剣聖の答えに自称魔王の少女が、満足げに頷いた。
そして高らかに宣言する。
「そうじゃ、余こそが暴虐の魔王リクアデュリス様である!」
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