舞台裏9 断罪

 ミハルたちが、護衛依頼を受けて、王都を出てミマスに向かっている頃、ミマスの冒険者ギルドは緊迫の空気に包まれていた。


 それというのも、予告もなしに、領主と聖女が兵士と聖騎士を大勢引き連れて乗り込んで来たからである。


「領主様……と聖女様ですか? 一体何事でしょうか!」

 混雑している現場の指揮を取っていたサブマスのリーザが驚いて声を上げる。


「リーザか、お前には失望したぞ。なぜ、こんな状況になっている?」

「それは……」

 領主に咎められてリーザは言い淀む。


「領主様、先ずは主犯を押さえませんと」

「そうだな。お前たち、ギルマスを捕まえてこい!」

 領主は兵士を二階に向かわせる。


「マリーさんはどちらかしら?」

 聖女が受付嬢の一人に尋ねる。

「マリーならここに、あれ? 今までここにいたのに!」


 マリーは、領主がギルマスを捕まえるよう、命令したのを見て、逃走を計っていた。

 だが、あともう少しで外への扉というところで見つかってしまう。


「おい、マリーならそこにいるぞ!」

 扉近くにいる冒険者が気付いて声を上げる。

「チッ。余計なことを」

 マリーは舌打ちして、扉に向かって走り出す。


「取り押さえなさい!」

 聖女が聖騎士に命令する。


 もう少しで外に逃げられるところを捕まってしまい、マリーは激しく抵抗する。

「話しなさいよ! 私が何をしたというの!!」

「神をも恐れぬ大罪です!」

 聖女がピシャリと言い放つ。

 混乱状態にあったギルドが一瞬静まり返る。


 その静けさも長くは続かなかった、二階に行った兵士がギルマスを捕まえて来た。

「ギルマスを捕まえてきました」

「ご苦労」


「俺はなぜ捕まえられているんだ?」

「余りにも罪が多すぎて、なぜ捕まえられているかわかりませんか?」

 聖女はギルマスを睨みつける。


「……聖女様。なんで聖女様が?」

 ギルマスは本当に心当たりがないと当惑する。

 しかし、それはここにいる殆どの者が思ったことだった。


「あなた方は、こともあろうに、自分たちが犯した不正を黒神様に擦りつけ、しかも、それがバレないように、冒険者に黒神様を殺すように依頼しましたね!」

「あの、黒髪様というのはもしかすると……」

「プランタニエと名乗っていたと聞いていますが!」


「プーのことなの?」

「黒神様です!!」

 マリーに対して聖女が厳しく釘をさす。


「私不正なんかしてないし、黒髪様? を殺すように依頼なんかしていないわ」

「マリーさん、言い逃れしようとは、それは罪を重ねる行為ですよ」

「だって、身に覚えがないもん」

「あくまで、白を切る気ですか?」

 聖女はマリーを睨みつける。


「いいでしょう。そんな態度では、あなたに救いはありませんよ。彼を連れてきなさい!」

 聖女に指示されて、聖騎士の一人が、男を連れてくる。


「ウド。なんで?」

「彼があなたの悪事について、すべて自供しました。これでもまだ惚ける気ですか!」


「ウドが嘘を言っているのよ!」

「彼は神に懺悔しました。神に対して嘘は付けないのですよ! そうですよね、ウドさん?」

「聖女様のおっしゃる通りです。マリー、お前も神様に全ての悪事を懺悔して赦してもらえ。心が清められ健やかな人生が送れるぞ」


「ちょっとウド、どうしちゃったの? こんなのウドじゃないわ!」

「そんなことありません。これが本来人の在るべき姿です。

 あなたにも後ほど懺悔させてあげます。もっとも、あなたには救いはありませんよ。在るのは責苦だけです」


「なんで! プーを殺したのはウドでしょう。なんで私の方が罪が重いのよ?」

「彼は黒神様を殺していません!」


「え……。でも残りの二人の仲間でしょ?」

 マリーは、ウドが手を出していないだけで、クラークとロバートがプランタニエを殺害したものと思った。


「いえ、彼らも黒髪様は殺していません。殺そうと思っていたようですが、できませんでした」

「もしかして、プーは生きてるの?」

「それがわかりません。黒髪様と彼らは魔獣に襲われ、黒髪様の生死は不明です」


「それって、私悪くないんじゃないの?」

「いいえ、黒神様を害しようと考えただけで、あなたは大罪人です!」


「そんな、それは私だけじゃないわよね?」

「勿論、あなただけではありませんが、言い逃れして罪を重ねる人には救いはありません。

 いいですか。ギルマスのあなたも、サブマスのあなたもですよ!」

「う!」

「え、私も?!」


 ギルマスは言葉に詰まり、サブマスは自分に振られると思っていなかったので驚いた。


「サブマスのあなた、黒神様を借金奴隷にしようとしたそうですね?」

「そ、それは、犯罪奴隷にされそうだったから、助けようと思って……」


「あなたも罪を重ねるのですか?」

「そんなつもりは……」


「あなたは、領主の依頼でギルドに不正の調査をしていましたよね?」

「……」

 サブマスは否定も肯定もせず黙り込む。


「なんだって!」

 ギルマスは聖女の予想外の発言に驚き、サブマスの顔を確認する。


 二人の様子を無視して聖女は話を進める。

「なのに、あなたは、黒神様が不正を見つけたことを領主様に報告しませんでしたね。何故ですか?」

「それは……」


「大方、自分が見つけられなかった不正を、黒神様が見つけてしまい、依頼の成果に関わると思ったのでしょう。そして、不正が公にならないように犯罪奴隷でなく、借金奴隷にしようとしたのです」


 正にその通りであった。その上、自分で買取ってこき使おうと考えていたのだが、それがバレてより一層聖女の怒りを買う前に、サブマスは罪を認め謝罪する道を選んだ。

「すみませんでした。仰る通りです」


「罪を認めるのですね。でしたら、あなたには暫く修道院で身を清めてもらいましょう」


「それでは、ギルドの仕事が――」

「心配するな。お前はギルドをクビだ! こんな大事にしおって、暫くと言わず、一生修道院にいれば良い」

 領主が怒りを込めてサブマスに言い渡す。


「そんな――」

 サブマスはその場に崩れ落ちてしまう。


「さて、ギルマスのあなた、あなたは罪を重ねないわよね」

 聖女に睨まれ、ギルマスは竦み上がる。


「いえ、私は、その。プランタニエに罪を擦り付けたのは私です。ですが、殺そうとは思っていません。殺そうと言い出したのはマリーで、私は反対しました」


「何言ってるのよ! あなただって最終的には殺すことに賛成したじゃない!!」

「それは確かに最後には反対しなかったが、積極的に殺したかったわけじゃない――」

「自分ばかり助かろうと思ってずるいわよ!」


「無駄な罵り合いはやめろ!」

 二人の言い争いを止めたのは領主だった。

「二人には税金を使い込んだ嫌疑がかかっている。きっちり調べて、事実であれば極刑だ。神に対する言い訳は地獄でするんだな」


「極刑……」

「そんな、嫌よ――。私は悪くないわ!」

 ギルマスは、項垂れ、マリーは泣き叫ぶ。


「まだ、罪を重ねるつもりなのですね。仕方がありません。やってしまいなさい」

「はっ」

 聖女の指示を受け、聖騎士隊長が剣を抜く。


「ちょっと待って、ここで私を斬るの! 嘘でしょ? やめて……。ギャアー!!!」


 聖騎士隊長の剣がマリーの心臓を貫いた。


「ギャアー!!! 剣が心臓に。私、死ぬ。……。あれ、血が出てない??」


 いや、貫いたように見えた。


「なんともない?」

「あなたの心臓に神の楔が打ち込まれました」


「神の楔って何よ?」

「あなたが、罪を犯す度にその楔は心臓に深く刺さっていき、その度に、胸に激痛が走ることでしょう。そして、最終的にはあなたに死を与えます」


「なにそれ、呪い?」

「神罰です!」


「嫌よそんなの。私、悪くないのに! あいたたた!!!」

「死にたくなければ、罪を認め、罪を重ねないことです」


「痛い、痛い、痛い! ごめんなさい。私が悪かったです!」

 マリーは痛さの余り、のた打ち回った。


 教会には、神罰を与えるための、この手の秘術や道具が多数伝えられている。

 教会に連れて行かれたウドが、聖女と会って、一体幾つの神罰を受けたのか、筆舌に尽くし難い。


 黒神様へ悪しき行いをした者への断罪は済んだ。

 だが、聖女の心は晴れなかった。

 黒髪様の生死が不明だからだ。

 生きているとすれば、その足取りがまるで掴めない。しかし、亡くなったという確証もない。


「どっち付かずのこの気持ちを、どこへ持っていっていいやら――」

「聖女様、何か仰ったか?」

「いえ、独り言ですので、領主様はお気になさらずに」


「そうか。なら、その二人は税金の使い込みの疑いで、私の方で預からせてもらうが構わないか?」

「ええ、構いません」


「では、そうさせてもらう。その二人を連れて行け!」

 領主に命令されて兵士がギルマスとマリーを連行する。


 領主にクビを言い渡され、修道院送りが決まったサブマスは今も放心状態だ。


 周りで見ていた冒険者たちは、これからギルドがどうなるのか、不安そうな表情の者ばかりだった。


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