第38話 夢の話4

 昼休みになり、学食の券売機の前には行列ができています。


「ミハル様、学食なんて珍しいですね?」

 いつも昼食はお弁当のことが多いので、衣織さんが疑問に思って尋ねてきます。


「なんだか、無性に豚骨ラーメンが食べたくなって――」

「わかります! ありますよね、そういうの。私は味噌ラーメンにしようかなー」

 朱莉さんが嬉しそうに同意します。


「ミハル様、豚骨ラーメンなんか食べたことありましたか?」

 そういえば、いつ食べたのだろう? 衣織さんに聞かれて考え込んでしまいます。

 確か、前回は中央広場の屋台で麺なしでしたね――。


 ああ、そうか! また学園の夢を見ているのですね。


 余り長いこと考え込んでいたので、私が答え難いことだったと捉えたのか、朱莉さんが衣織さんに話を振りました。

「そんなことより、衣織は何にするの?」

「私はAランチにします」


「衣織はラーメンにしないの?」

「今日はご飯の気分なの」

「協調性がないなー」

「協調性って――」


「好きな物を食べればいいと思うわよ」

 お昼に何を食べるかで言い争わないでほしいです。


 私たちはそれぞれ食券を買って、窓口で料理と引き換えます。


 それをトレイに乗せて、空いている席を探します。


「ミハル様、あそこの席でどうでしょう?」

 衣織さんが指す先には、六人がけのテーブルがあり、一人の男子生徒がこちらに背を向けて、天ぷらうどんを食べていました。


「相席していいかな?」

 朱莉さんが左角に座っている彼に声をかけます。

「どうぞ」


 彼の許可が出たので、朱莉さんが真中を開けて、彼と並んで右角に座ります。

 私と衣織さんはテーブルを回り込んで、衣織さんが朱莉さんの前へ、私が真ん中の席に座ります。


 座って気付いたのですが、天ぷらうどんを食べていたのは同じクラスの人でした。

 前髪で顔がよく見えない、目立たない方です。

 名前は確か……。なんでしたっけ?


 名前が出てきませんでしたが、私たちは彼に構わず食事を始めます。


 やはり、豚骨ラーメンは、麺が入っているからこそラーメンといえるのですね。

 当たり前のことを、改めて確認いたしました。


「ここ空いてるかな?」

 ラーメンを啜っていると、隣の席が空いているか声をかけられました。

「空いてますからどうぞ」

 カツ丼を持って現れたのは、一つ先輩で生徒会の会計をしている、億田京先輩でした。


「それじゃあ失礼するよ」

 億田先輩は、女性なのに、男子の制服の学ランを着て男装している、少し変わった方です。

 一部の女子から大変人気があります。


「あれ、隆二じゃないか。美春君と一緒に食事をする仲だったのかい?」


 億田先輩は天ぷらうどんを食べ終わった彼に声をかけます。

 彼は隆二というのですね。あれ? そんな名前だったでしょうか――。


「いや、たまたま相席しているだけだよ」

「そうなのか? この際だからもっとお近付きになったらどうだ」

「気まずくなるから、そういう話はやめろよ!」

「そうかい、そうかい」


 何やら私のことで言い合っているようですが?


「二人は随分親しそうですね?」

「家が近所同士でね。昔はよく『お兄ちゃん』って頼ってくれたものだよ」

「昔の話はするなって!」

「はいはい。わかりましたよー」


 お姉ちゃんでなく、お兄ちゃんだったのですか?


「そういえば、今は陽真里と同じクラスなんだって?」

「そうだ!」


 一橋陽真里さんのことでしょうか。二人は何か関係があるのでしょうか。クラスではそんな素振りは見られませんが。


「俺はもう食べ終わったから行くからな。京もさっさと食べないとカツ丼が冷めるぞ!」

「折角一緒になれたのにつれないなー」


 彼は、億田先輩を残して、空の器の乗ったトレイを持って行ってしまいました。


「ところで、美春君に相談したいことがあったんだけど」

「私ですか?」


 億田先輩はカツ丼を食べる気があるのでしょうか?


「僕は猫舌でね。冷ましてるんだよ」

「そうなのですか――」


 思わずカツ丼に視線がいってしまったようです。


「相談というのは、生徒会の会計についてなんだけど。あ、僕が会計をしているのは知ってるよね?」

「まー兄さまから聞いてますが」

「そうか、生徒会長からね――」

 億田先輩は一瞬考える素振りを見せます。


「あ、それでね。生徒会の予算が足りそうもないんだ。何かいい収入源はないかな?」

「経費削減でなく、収入増加限定ですか。でしたら、バザーを開いてみたらどうでしょう?」


「バザー?」

「家庭で使わなくなった物を生徒に寄付してもらって、それを欲しい生徒に売って生徒会の予算にするんです」


「不用品のリサイクルということかな?」

「そうですね。それから、寄付してくれた人には何か特典があると、寄付が集まり安いかもしれませんね」


「特典ね――」

「億田先輩との握手券を付ければ、女の子から沢山寄付が集まりますよ」


「それはどうなんだろうね――。でも、参考になったよ」

「そうですか。それはよかったです。もし、本当にバザーをやる気でしたら、私の発案だとは言わないでくださいね」


「それはどうしてだい?」

「絶対に生徒会長と副会長の間で揉めますから」

「まあ、そうだね。わかったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


「いや、だが意外だったよ!」

 話は終わりかと思いましたが、まだ続くようです。


「何がですか?」

「美春君なら、お金を寄付してくれるかと思ったんだが」


「それがご希望だったのですか?」

「いや、ただ君の反応を確かめたかっただけなんだ」


「何のために?」

「僕にも色々都合があってね」


「はぁ。そうですか――」

「そろそろ冷えたかな? すまなかったね。それじゃあ僕はカツ丼を食べるんで」


 億田先輩は何を確かめたかったのでしょう。今一つ理解できませんでした。

 私が横を見ると、億田先輩は男らしく、カツ丼をガツガツとかき込んでいました。


 実に男らしい食べっぷりに呆れて見ていると、段々と意識が遠のいていきました。

 そろそろ、目を覚ますようです。


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