舞台裏5 ミマスのギルド

 ミハルが王都で冒険者となり、薬草採取と狩の訓練に励んでいた頃、ミマスの冒険者ギルドは大変なことになっていた。


 依頼を終えたAランクパーティの雷光の隼が、報告のためギルドを訪れると、そこは、冒険者でごった返していた。


「何でこんなに混んでいるんだ? 何かあったのか?」

「最近人が増えてきたと思ったけど、今日は一段と多いわね」

「また後にするか?」

「いつ来ても同じよ!」


 雷光の隼のメンバーはどうしたものかと、ギルドの中を見渡した。


「あ、ハベルトさん。こっちです!」

 それに気付いた受付嬢のマリーがハベルトに手招きをする。

 ハベルトは誘われるまま、マリーに近付き尋ねた。


「やけに混んでるが、何かあったのかい?」

「特に、何かあったわけじゃないんですが、最近仕事が多くてぇ」


「そうなのか。ところで、プランさんは? 姿が見えないようだけど、休みかい?」

「あれ、知らないんですかぁ、プーなら借金奴隷として売られていきましたよぉ」


「プランさんがかい?」

「そうですよぉ。この忙しい時にいなくなるなんて、全く迷惑な人ですぅ!」


「それは、プランがいなくなったから、忙しくなったんじゃないのか?」

 ヤリスがマリーに向けて、棘のある言葉を向ける。


 実際に、プランタニエが抜けた分の仕事を、順繰りに先送りにしていたが、仕事は溜まる一方で、ついに限界を迎えていたのである。

 そんなこともあり、教会から黒髪の身元不明者の捜索に関して、通達が来ていたが、放置されたままだった。


 ハベルトと話しているマリーに、サブマスのリーザから声が飛んでくる。

「ちょっと、マリー! 油売ってないで、こっちの仕事をしなさい!」


 一般職員だけでは、二進も三進もいかなくなり、サブマスが陣頭指揮を取り、かろうじてやり繰りしていた。

 サブマスがいなければ、とうに破綻していたことだろう。

 だが、今はなんとか持ち堪えているが、それも時間の問題だった。


 サブマスは、王都のギルド本部に応援を頼むか思案していた。

 仕事の量に対して、明らかに人員が足りなかった。

 それはプランタニエをクビにしたせいだとわかっていた。

 しかも、人員の不足は、一人や二人でなく、この場をやり繰りするには、ベテランの職員を五人は欲しかった。

 それだけプランタニエの能力は高かったのだ。


 その人数を確保するには、本部に頼むしかなかったが、だが、それをしたら、自分の評価が下がってしまう。

 まして、プランタニエをクビにしたことが、混乱の原因だとなれば、なおさらだ。

 評価に傷を付けないためには、何としてでもこの難局を自力で解決しなければならなかった。


 そんなサブマスの思いに反して、マリーは好き勝手にしていた。

「えー。私、ハベルトさんの対応している最中ですぅ」


 そんなマリーの行動が、より一層の混乱を呼んでいく。


「おい、ハベルト! Aランクだからって、割り込むなよ!!」

 マリーがハベルトへの対応を優先したのを見て、並んでいた冒険者がハベルトに文句を付けた。


「いや、そんなつもりはないんだ」

「そんなつもりはないって、実際、割り込んでるじゃないか! こっちは金を下ろすだけなのに二時間も並んでるんだぞ!!」


「なんだって、二時間も並んで、まだ下ろせないのか!」

 ハベルトは驚いて、思わず大声を上げてしまう。


 そしてマリーに確認する。

「今日中にお金を下ろせるのかい?」

「この混み具合だとぉ、今日中にお金を下ろすのは無理じゃないかしらぁ」


「おい! 聞いたか、金が下ろせないってよ!」

「え、そんなことないでしょ?!」

「でも、受付嬢が下ろせないと言ったぞ!」

「俺にも、下ろすのは無理だと聞こえたぞ!」


「そんな、お金を下ろせなくなるのは困るわ」

「おい、俺はギルドに預けてある金、全部下ろすぞ。早くよこせ!!」

「それなら俺も!」

「私もよ!!」


「ちょっと待ってください! お金は下ろせますから、順番にお願いします!!」

 サブマスが声を張り上げるが、冒険者はお構いなしに受付に押し寄せる。


「なら、さっさと金をよこせ!!」

「そうよ! 何時間待たせるのよ!!」


 パニック状態で収拾がつかなくなっていた。


 ギルドがこんな状態のため、本当なら今日戻っているはずの、プランタニエの護送を担当していたパーティが、戻っていないのに誰も気に留めていなかった。


 そして、当然、プランタニエがミハルと名前を変え、逃亡したことに気付く者は誰もいなかった。


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