第14話 宿屋

 新しいギルドカードを受け取り、私たちは冒険者ギルド王都本部から街に出ます。


「無事済んでよかったな。この後は宿を探すのか?」

「そうね。ただ、安くて、綺麗で、しかも、客のプライバシーに干渉しない、お勧めの宿の情報を知っているわ!」

「僕たちにとっては、あれこれ詮索されないのは大事だな」

「そうでしょう。ギルドの受付嬢をしていたから、そういった情報は詳しいのよ(エッヘン!)。こっちよ!」


 私はマーサルを引き連れ路地裏を進みます。


「随分と入り組んだところにあるんだな?」

「だから穴場なのよ。

 寡黙な獣人のマスターが一人で切り盛りしている宿で、こじんまりしていて、部屋は広くないけど、その分安くて、清潔感があるという話よ。

 人に煩わされずに、静かに過ごしたい時にもってこいなんだって」


「へー。それは期待できるな、って。聞き捨てならないことを聞いた気がするぞ! 今、獣人のマスターって言ったか?」

「言ったわね」


「この国には獣人がいるのか?」

「いるわよ。日本にはいなかったの?」

 そういえば、夢の中にはヒト以外出てきませんでした。


「そうか、獣人がいるのか。もしかして、エルフやドワーフもいるのかな……」

「勿論いるわよ。私もエルフの血が混じっているし」

 私は、少し尖った耳をマーサルに見せます。


「ミハルはエルフだったのか?!」

「少し血が混じっているだけよ。本物のエルフは金髪で耳がもっと長いわ」


「そうか、金髪なのか。見てみたいな……」

「マーサルはエルフ好きなの? そのうち見る機会もあると思うわよ」

「エルフも見てみたいけど、獣耳も見てみたいな。猫耳メイドなんて最高じゃないかな!」


「マーサルにそんな趣味があるとは思わなかったわ。一緒にいるのを考え直そうかしら……」

「あ、心配しないで、一番の『萌』は妹だから。そのために、クールなお兄さんを貫き通すよ!」

「貫き通せてないから! それより『モエ』って何よ?!」


 これ以降、私はマーサルを蔑むような瞳で見ることが多くなりました。


 そして、しばらく進むと、ありました。「黒曜亭」それが目的の宿の名前です。


「マーサル。ありました。ここが探していた宿『黒曜亭』です」

「ここか、確かにこじんまりしていて、……。薄汚れているな」

「そ、そうですね……。でも、ほら、中は綺麗なんですよ。きっと!」

「ならいいけど、とりあえず、入ってみるか」


 私たちは黒曜亭の扉を開けて中に入ります。


「中は奇麗……。とは言い難いな」

「きっと部屋の中は……」

 私も二の句が継げません。


「どうする? 他を探す?」

「そうだな、折角来たけど」

「いらっしゃい! お泊まりですか?」

 引き返そうとしたら、元気な女の子の声がしました。


「お兄さんたち、どこから来たんですか?! 観光ですか?! 二人は恋人同士ですか?! もしかして、新婚旅行だったりしてー! だったらサービスしちゃいますよ!! あ、私はミーヤといいます。よろしくお願いしますね!」

「ね、猫耳メイド!!」


 出迎えてくれたのは、猫の獣人の女の子でした。

 どこが、寡黙な獣人のマスターなのでしょうか?

 どこが、客のプライバシーに干渉しないのでしょうか?

 どこが、静かに過ごすのにもってこいなのでしょうか?


「ごめんなさい。場所を間違えたようで……」

「えー。泊まっていってくれないのですか?」


「いや、ミハル、ここにしよう!!」

「マーサル。さっきと言ってること違うじゃないですか?」


「そんなことないさ。(猫耳メイド最高)」

「心の声が漏れてるわよ!」


 結局マーサルの強い希望もあり、私たちは黒曜亭に宿をとることになりました。

 情報通り料金が安かったことだけがせめてもの救いです。


 話を聞いてみると、寡黙な獣人のマスターは歳のせいで、宿を続けていくのが厳しくなり、最近、同じ獣人の伝手でミーヤさんが後を引き継いだそうです。

 その際、宿の購入資金として、多額の借金をしているので、一人でも多く客を繋ぎ止めるために、客のニーズを調べ、サービスを尽くしているそうです。


 そう聞かされると、客商売としてやっていることは理解できるのですが。肝心の客のニーズが「ほっといて欲しい」なのですから、空回りもいいところだと思います。


 私たちには必要以上のサービスはいらないと、念を押したら、ミーヤさんはなんだかしょげ返っていました。


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