第7話 檻の中

 檻に入れられたまま、シルバーウルフの群れの中に取り残された私は、どうしたものかと考え込んでいます。


 幸い? なことに、シルバーウルフではこの檻を破ることができず、私がシルバーウルフに危害を加えられることはないようです。


「しかし、なかなか諦めてくれませんね……」


 シルバーウルフは檻を破ろうと、鉄格子に仕切りに噛み付いています。


「うんーん。そうだ! 存在を消せばどこかにいってくれるかな?」


 私は魔法を使って光を屈折させ姿を消します。

 光に重さはないですからね。光を発生させるのは大変ですが、屈折させるだけなら魔力はさほど要りません。

 匂いも届かないように空気の流れにも注意しましょう。

 これくらいの風魔法なら私でも使えます。空気は軽いですからね。


 シルバーウルフが諦めるまでこの状態をキープです。


 十分もするとシルバーウルフは鉄格子を噛むのをやめました。

 でもまだ檻の周りをウロウロしています。


 三十分経つと、やっと諦めたようで、この場を去っていきます。

 念のためこの状態をもう三十分続けます。


 感知できる範囲にシルバーウルフがいないことを確認して、魔法を掛けるのをやめました。


「さて、これからどうしましょう? このままでは日干しになってしまいます。魔法で水が出せれば数日はなんとかなるでしょうが、私にはできませんからね。どのみち、その間に誰かが助けに来ることはまずないでしょうが……」

 どう考えてみても、状況は絶望的です。


 しかし、その時、知覚強化していた私は、新しい何かを感知しました。

「これは? シルバーウルフが戻ってきたわけではないですね。人間? こんな森の中で一人きりで?」


 しばらく待っているとその人物が姿を現しました。


『人の叫び声が聞こえたから来てみたけど、もう誰もいないか。もう二時間近くも経ってるものな。思ったより遠かったな』


 独り言を呟きながら現れたのは、私と同じ黒髪と黒い瞳の青年でした。


『うわー。ヒド! これは獣に襲われたのか? 熊かな?』


 黒髪の青年はシルバーウルフによる被害の様子を見て、口元を押さえます。


 あれ?

 青年が喋っているのは、ジュピタニアの言葉ではありません。

 外国の人でしょうか?

 ですが、私は彼の喋っている言葉を聞いたことがあります。

 どこだったでしょうか?

 内容も理解できますから隣国のものだと思いますが?


 マーザニア? サターニア? どちらも違いますね。そんなメジャーな国の言葉ではありません。

 セレス? ベスタ? どれも違いますね。どこの言葉だったでしょう?


 私が悩んで首を傾げていると、辺りを見回していた彼と目が合いました。


『うお!! びっくりした。人がいたのか。って。美春(ミハル)! 美春なのか!!』


 彼が慌てて駆け寄ってきます。


『美春! 何で君がここにいる? それにこの檻は何だ?!』


「すみません。私はミハルという名前ではありません」

『何を惚けてるんだ! 茶髪のパーマをストレートの黒髪に戻しても、中学時代を知ってる僕が見間違えるはずがないだろう。そういえばカラーコンタクトもしてないのか。久しぶりに見る黒目の美春は神秘的だな……』


 何でしょう。この人はもしかすると危ない人でしょうか?


「何を言っているのかわからないのですが。どちら様です?」


 多分、人違いをしているのでしょうが、もしかするとギルドでお会いした方かもしれません。もっとも、こんな黒髪一眼見れば忘れるはずありませんが。


『まさか、僕の事を忘れちゃったのか? 僕だよ。美春のお兄ちゃんの「久千勝(クゼンマサル)」だよ』


「クゼンマーサル様ですか? 心当たりがございません。失礼ながらクゼンマーサル様は人違いをされていらっしゃいます。私はプランタニエという名前で、ミハルという名前ではありません!」

『えっ! 本当に別人? 他人の空似??』


「そうです。完全なる人違いです!」

『そんなことって……』

 彼が私を凝視したまま黙り込みます。

 間が持てなくなって、私は疑問に思っていたことを質問します。


「ところで、クゼンマーサル様はどこの言葉を喋っていらっしゃるのですか?」

『ん? 日本語だけど』

「日本語? 日本語……。ああ、夢の中の国の言葉か!」


 そうです。彼が喋っていたのは、私が子供の頃に見た夢の中で使われていた言葉でした。

 でも、何で彼がその言葉を喋っているのでしょうか?


「あの、何故クゼンマーサル様は、日本語を知っておいでになられるのですか?」

『日本人だもの、日本語を知ってて当たり前だよね?』


「日本人ということは、クゼンマーサル様は日本から来られたのですか?」

『そうだよ。ところで敬語と様付けはやめて。そんな偉くはないし。それに「マーサル」じゃなく「マサル」なんだけど』


 夢で見た国は本当にあったのでしょうか? 覚えてないけど誰かに話を聞かされていて、それで夢に出てくるようになったのでしょうか?


 私は首をかしげます。


『あれ、もしかして日本語通じない? でも、さっきから会話が成立してるよね』

「あ、私は日本語が分かりますが、この国では、普通は通じないと思います」

『そうなのか。言葉が通じないのは困ったな……』


「日本語は通じませんが、ジュピタニア語はお分かりのようですから、言葉が通じないということはないと思いますが?」

『ジュピタニア語?』


「この国の言葉で、今私が喋っているのがジュピタニア語ですが?」

『あ、そうなんだ! 自動的に翻訳されているのかな? ジュピタニア語を喋るにはどうすれば……』


 彼は何か思案するような表情を浮かべます。


「どうかされましたか?」

「いや、何でもない。これでジュピタニア語が喋れているかな?」

 なんだ、ジュピタニア語も喋れたのですね。


「大丈夫です。訛りもありません」

「そうか、よかった」


「ところで、できればここから出していただけると嬉しいのですが……」

「あ、そうだね。どうすればいい?」


 なんとか檻から出られる目途が立ちました。


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