39 大福狐②

「どういうことなの。その白い狐はなに。センパイ、あたしの山犬になにしたんですか!」

「こいつには瘴気を消す力があるらしい。だが俺はおたくの山犬をかわいいコーギーちゃんにする方法は知らない。下手したら消滅するぞ。もう近づくな」

「近づくな? 裏切り者が偉そうに命令してんじゃねえよ。だったらその子狐よりこっちが力つければいいんでしょ」


 翔は地面に両手をついて深く息を吸い込んだ。白狐と一体化し感覚が鋭くなっている義一の目にははっきりと地中に染みついた瘴気が翔に集まり、彼女の魂から繋がる山犬の体へ流れていく紫の筋が見えた。

 山犬の傷は瞬く間に治っていく。それだけではない。虚ろな目が紫に侵食され天を向いた時、おどろおどろしい咆哮とともに影のような体毛が踊り狂い体内に消えた。代わりに出てきたのは骨だ。

 元々骨が透けて見えそうだった薄い腹に文字通りあばら骨が浮き出て、牙から繋がる上下のあごが剥き出しになる。突起がごつごつと連なる脊髄せきずいから太く短くなった尾骨が二又に分かれ、それが突然義一の足元を叩きつけた。

 かん高い悲鳴が響く。義一とともに吹き飛ばされた白狐の尾が数本、焼かれたように体毛が焦げ赤くなった皮ふが覗き見えた。義一はさっと子狐を抱えた。ゆらり、上体を危うげに起こした翔の荒い息遣いがここまで届く。


「やめろ! そんな大量の瘴気を吸収したらお前の身がもたないぞ!」

「だから、指図すんなって言ってんの。センパイが言ったんじゃないですか。あたしらはどうせ生い先短いって」


 ゴロゴロとのど奥で転がる翔の声は男性のように低く、まるで別の魂が彼女の体を乗っ取って無理やり喋らせているかのようだ。義一は思わずあとずさった。骨を黒い影で繋ぐ亡霊となった山犬がすかさず地面を爪でえぐり威嚇する。

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