38 大福狐①

 山犬が素早く身をひるがえして再び迫ってくる。煙のようにもうもうと憤怒の瘴気を噴き出す様を見て、義一は腹をくくった。


「九尾!」


 生まれつき自分に取り憑く獣の名前を呼ぶ。「こーん!」と威勢のいい返事があった。

 ん? 声に違和感を覚えて義一は思わず山犬から目の前に現れた獣に目を移す。いつもよりやけに声が高いと思ったら足元にいたのは子狐だった。いやこれは大福? だるま狐か? 白い体毛に覆われた脂肪がもちもちと二段重ねになって、尾が大変窮屈そうに尻から生えている。

 くるりとアホ毛が飛び出た三角耳が戸惑う義一の声に反応し、子狐が振り向いた。糸目がとろんと垂れ下がり、義一に向かってじゃれて欲しそうにこんこんと跳ねる。そんな場合ではない!


「ちょおー! たんま! 翔ちゃんストップ! ストップ!」


 だが山犬は急には止まれず、ぎゅうぎゅうに生えた子狐の尾にもふりとぶつかって跳ね返った。その衝撃で突き飛ばされた子狐を胸で受けとめて義一は尻もちをつく。

 糸目は小首をかしげてけろりとしていた。尾についた瘴気の煙は意思があるかのように這い上がってこようとしたが、子狐がぶるりと身を振っただけで霧散した。


「お前、まさか……」


 義一は山犬に目を向けてぎょっとした。山犬の顔が半分えぐれていた。動揺する翔は断面に触れようとするが怖じ気づいて手を引いてしまっている。

 痛みにあえぐ山犬がめちゃくちゃに頭を振ったり身をよじらせたりする度に瘴気があたりに飛び散った。平生ならそれは再び集まり山犬の体に戻っていくはずだが、雪虫のようにふわふわと浮遊しやがて空気と溶ける。

 浄化されているのだ。義一は輝いて見えるほどに曇りなき白狐を見下ろして確信を抱く。子狐は瘴気を消し去る力を持っている。そんな芸当ができる人物を義一はひとりしか知らない。

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