34 花火とおもちゃの指輪②
「あのまっ暗なところが川なんだね。まるで世界を分ける線みたい」
連なるちょうちんに誘われて多くの人が祭りに出払っているせいで、こちら側の町並みは明かりがぽつぽつとついている程度だ。しかし闇の帯を隔てた向こう側の建物はきっちり碁盤の目状に照明が点灯しひとつも落ちていない。眠ることを知らない街の象徴たるジョージ電力会社は、白い照明でライトアップされて目に痛く、四方に伸びるケーブルは時折紫色に発光した。
義一はまた凰和が人形のような顔をしているんじゃないかと気になったが、凰和は友仁に手を引かれて森の窓に向けて設置された丸太のベンチに連れ込まれ、顔色をうかがうことは叶わなかった。この丸太は友仁の父親が家族のために手作りしたものだという。凰和が器用なんだね、と褒めると友仁は父の過去作品たちをあれこれ話しはじめた。
そうしているうちに太鼓の音がやんだ。友仁がぴたりと喋るのをやめる。その直後川のほうからシュパッと散らばったいくつかの音はけして大きくなかったにも関わらず、鋭く闇夜を裂いて義一の耳にはっきりと届いた。義一が目を空に向けた瞬間、パッと光の花が三輪咲いて破裂音が遅れて響いた。
背後の獣道の向こうから祭りに興じる人々の歓声がかすかに聞こえた。間を置かず次々と町を照らし出すオレンジや緑や赤の花を、凰和も友仁も黙って見入っていた。友仁なんかはいちいち騒ぎそうだと思っていたが、案外静かに感動するタイプのようだ。
花火の色に頬を染める凰和を横目で見る。少女はそんな義一の視線に気づかず、黒い瞳にキラキラと火花をちりばめていた。義一も花火に意識を戻した。ひとつの行事をこれほどゆったりと満喫するのは何年ぶりだろう。風は湿って首筋の汗をちっとも乾かさない。時折蚊が耳元をぷうんと飛ぶし、扇ぐものが欲しい。裏に企業の広告が印刷されたうちわを想像して、ああ夏だなと思う。溜まった汗がうなじを流れて義一は生きていることを実感した。
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