23 祈りの舞①




 玄関前のひさしを雨が激しく打ちつけている。

 びちん、ばちん、と連続する大粒の雨音は会話さえ困難な勢いだ。白くけぶる世界を凰和とふたり眺めながら、義一は玄関で大工の棟梁や自治会の会長、踊り手の先生たちと話し合う友仁の幼い声を聞いていた。

 友仁が夕立はすぐにやむから祭りの開始を遅らせようと言っても「はあ」とため息のような返事がするだけだ。では明日に延期するのはどうかと提案したところで「へえ」、せめて凰和のあいさつだけでもと懇願しても「ふうん」と生返事がつづく。

 引き戸の隙間から心配そうに友仁を振り返った凰和がつぶやいた。


「雨が降ると瘴気が濃くなるのは今も同じなんですね」

「ああ。子どもはまだ影響が軽いが、大人は無気力になっちまう。食べることも明日のことも考えられなくなって、そのうち意識を無理やり沈めるような眠気に襲われる」

「生活の営みが途絶えますよね。現代の方は不便に思っていませんか」

「雨さえ上がりゃあ元通りだからな。お互い様っつうことで衝突も問題もなんとか回避してる。雨季は薬で気分を高めてるし」


 そうですか、と簡素に返された声に義一がどれほどひやひやし、慎重に言葉を選んでいたかを凰和は知る由もないだろう。

 ジョージ電力会社を見つめていた時のように、瘴気の話をする凰和からは一切の表情が消えるようでとても見ていられなかった。霊獣ノ巫女として課せられた役目を思えば仕方ないかもしれないが、義一にはどうしても巫女の顔をする凰和が自殺志願女性と重なって見える。

 そんなことを考えていたせいか凰和がふらりと立ち上がっただけで義一は大げさに驚いた。そしてそこではじめて晴れの気力を保てている自分に気づく。見てわかるものでもないが義一は思わず自分の体を見下ろして腹や顔を叩いた。傘を差して雨の中を散歩するのも悪くない。そう思ったのは子どもの時以来だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る