キュンキュン❤️ハニー❤️プリミティブ

山本レイチェル

バレンタインは月曜日

2月15日 月曜日




「んっまっ」


 先輩から渡されたチョコレートのマカロンは、中に甘酸っぱいフランボワーズのソースが入っていてすごく好みの味だった。


 ここは特別教室棟の1階、少し薄暗い物置っぽい雰囲気の国語準備室こと文芸部部室。実質帰宅部として存在している我が文芸部の部室は、放課後となるとほとんど人が来ない。


 随分と腕を上げた。と、一人頷く。


 というのも、冬休み明けから度々、先輩のバレンタイン用本命チョコレートの試食をさせられていたからだった。


 一回融かして型で固めただけのチョコレートから、意図せずに中が生焼けのフォンダンショコラみたいになったガトーショコラ、トリュフという名の物体X、しょっぱいチーズケーキ等々…


 思い起こせば自分は試食だけの係ながらも苦難の道のりだった。


 いやでも、もしかして、奇跡の当たりを引いてしまったかもしれず試食係としてはもう一つ食べておかなければ。と手を伸ばしたところで、先輩が部室に入ってきた。


「おつかれー! ええ今? 食べてる? どうかな? 会心の出来なんだけど??? おいしいよね? 大丈夫だよね? なんか言って~!!」


「なんか言えって、そんなん言う暇なくしゃべられたら、言えませんて。ん、んまいですよ。ええと思います」


「あーよかったー!!!」


思った以上に大きなリアクションで喜ぶ先輩に、こっちも笑顔になる。


「でも、別に俺に渡すの昨日じゃなくて今日でもよかったんじゃ? 彼氏さんに渡すの今日なんでしょ?」


 昨日。2月14日日曜日、バレンタインデー当日。

 わざわざ先輩はうちまでマカロンを届けに来た。


「おはよ。ああ、良かった! 家に居たぁ。やっぱ予定なかった?」


 上機嫌でなんだか失礼なこと言われた気がして、少しムッとした。


「……予定あっても日曜の朝七時なんて、だいたいみんな家に居るんちゃいます?」


「……あ、うん。そだよね。あっ、あのっこれっ!」


 ラッピングも練習台にしたのか、かわいらしくラッピングされたそれを、玄関の隙間から押しつけるように渡して、先輩は走って帰っていったのだった。





「一応……お腹とか壊したりしないかなーって、様子見っていうか」


「はぁ? 様子見って、何か入れたんですか? まさか爪とか髪とか? おえっ、きもっ!」


「いやいやいやいや! そんなの入れてないって! 一応だって一応!」


「ほんまですかー? なら、別にええですけど。あんな渡されかたしたら、誤解されて先輩の彼氏に見つかったりとか俺、嫌ですよ?」


「うん。だから、あのことは二人の秘密で。あと……あの人はまだ付き合ってないから彼氏とかじゃないし」


 先輩はなぜかトーンダウンして、ごにょごにょ言い出した。


「はぁ。この期に及んで、何言ってるんです」


今更わけのわからないことを言い出した先輩に困惑する。当の先輩は、何を考えているのか、神妙な面持ちで俺の顔を覗き込んだ。


「うん。君、ちょっと具合悪そうだね……やっぱ手作りあげるのやめとこ」


「ええっ? ちょっと! この一か月の俺のお菓子漬け…どないしますの? 大丈夫ですって。全然大丈夫」


「私のお菓子作りの腕が上がったから、無駄じゃない」


 諭すように肩に手を置かれた。


「あとさ、いきなり手作り貰ったら重くない? 付き合ってもないのに」


「重たーい手作りあげて、付き合ったらええんちゃいます? 彼氏さんから告白してきたんでしょ? 喜ぶんちゃいます?」


「あーもうっ! 私は、あの人にはこれあげるから!」


 先輩はどこかで見たことのあるメーカーのロゴの入った紙袋を見せつけ、そのままの勢いで部屋から出て行った。











「だって、先輩。あんな渡され方したら、俺誤解してしまいますやん」


 取り残されて、なんだか中途半端な気持ちが残った俺は、先輩が出て行った扉に向かってつぶやいた。


 先輩の事だし、その扉からひょこっと顔を出しそうな気がした。けれども、そんなことは無く、答えは見つからないままバレンタインデーは終わったのだった。

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