8-6 いよいよ突入のときがきた。
いよいよ突入のときがきた。作戦というほどのものはない。しかし各自が役割を心得ていた。まずステラが特大のアンデッド殺しでゾンビを一掃したあと、カルネイロを倒す。それだけだ。
五人はアーチ状のトンネルをくぐった。意外にもすんなりそこを抜けると、荒廃したオンウェル神殿の敷地内は静まりかえっている。広い中庭にある石敷きの参道の向こう、遠く離れた場所には女神ユエニの像が佇立する。その台座の周りには、さきほどフィリドールが言っていたように多くのゾンビが蝟集していた。
ペルは並んで歩くステラの歩みが鈍ったのに気づく。彼女がゾンビにどれほどいやな思い出を持っているのかはわからなかったが、ひどく恐れているのは見て取れた。ペルは汗のにじんだステラの手をそっと握った。ステラと目が合う。ペルは微笑んだ。ステラもぎこちない笑顔を作ってそれに応えた。
「ねえ、あのくさった死体、ぜんぶ人間にもどすことはできる?」
ステラがアイシャへと訊いた。
「無理だな。ゾンビを人間にもどすには、高度な蘇生呪文のほかに希少な触媒が不可欠だ。とてもではないが、これほどの数は用意できん」
「そうよね。ちょっと訊いてみただけ……」
五人とゾンビの群れとの距離が縮まる。するとそれまで動きのなかったゾンビの壁が、ふいに左右に割れてカルネイロが姿を現した。ゾンビを従える死霊術師はユエニ像を背に薄笑いを浮かべ、不敵に立ち尽くしていた。
互いの声がようやく届くほどの間合いで、先頭をゆくアイシャが足を止めた。
「まずは聞こう。おまえの目的はなんだ?」
「定命の世界に闇が満ち、永劫の混沌がつづかんことを」
芝居じみた口調でカルネイロが答えると、それを聞いたナジムは地面に唾を吐いた。
「話にならん。やるならはやくしろ」
あたりのエーテルがざわめきだした。ステラ、アイシャ、フィリドール、ナジム、四人ともが戦闘状態に入る。それに呼応したかに、カルネイロを取り巻いていたゾンビが一斉に動きはじめた。
真っ先に仕掛けたのはステラだった。彼女は詠唱とともにマグシウスの杖を高々と掲げる。だしぬけに光輝が爆発した。ステラを中心として放たれた、アンデッドを滅ぼす聖なる光は、ほとんど遮るもののない神殿の敷地内を隅々まで照らした。迫りくる数十体もいただろうゾンビの集団──元は旧市街の住民だった男女、年寄り、そして子供──は、一瞬にして灰燼に帰した。
まぶしさに目を閉じていたペルが、ふたたび瞼を開ける。と、あたりには薄煙が漂い、地面におびただしい量の灰と、それに半ば埋もれた衣服が敷き詰められているのみ。
「ほう、さすがだ……すさまじいな。すべて灰になった」
と、薄笑いを浮かべつつカルネイロ。彼は一転して圧倒的に不利な状況に陥りながら、さしてあわてた様子もない。
「かわいそうになあ、いったい何人殺したのやら」
たのしげな死霊術師の言葉にアイシャが鋭く反駁する。
「ゾンビは生ける屍だ。あの者たちはすでに死んでいた」
「いいや、ちがうな。緋の妖星ステラ、そいつがラクスフェルドにいなければ、彼らは死ぬことはなかったのだ」
焦点を違えた理屈ながら、それはステラの心をえぐった。カルネイロの思惑通りに。
「あんた、ここまでやったんだから、生きて帰れると思わないことね……」
精一杯の平静を装うステラ。だが、そのはげしい怒りは攻撃呪文となって現れた。マグシウスの杖が振るわれ、怒鳴り散らすような詠唱でステラが魔弾を放った。複数の力場の矢がカルネイロへと殺到する。その数、およそ二〇発以上。カルネイロはあらかじめ障壁を張っていたが、猛烈な同時攻撃すべてを受けきれない。決して狙いを外さぬ魔弾の何発かをその身にくらった。そこへステラの攻撃と息を合わせたナジムが、間髪を容れず躍りかかる。
カルネイロは障壁を前面に集中させていた。それへ分身の呪文で分裂したふたりのナジムの片割れが、正面から斬りかかり攪乱。本体は障壁の裏へと回る。カルネイロはあらぬ方向からきたナジムの突きを必死に魔術杖で受け流したものの、つづいて繰り出された黒い湾刀で左の脇腹を裂かれた。致命的な傷を負いながらも、カルネイロは隠し持っていた空間転移のスクロールで最後のあがきを見せる。
ごく短距離を転移してナジムから逃れたカルネイロは、地面に片膝をついて息も絶え絶えだ。
「深手だ。短いつきあいだったな、カルネイロ」
とナジム。彼が血糊のついた剣を振ると、ねばついた血液が周囲の雑草の葉に飛び散った。
「クク……はなからこの身、アストライア様と地獄の盟主に捧げる覚悟よ……」
「なんだと?」
相手の不審な様子に警戒を深めるナジム。
カルネイロは瀕死の様だ。黒いローブの切り裂かれた部分を片手で押さえ、鮮やかなピンクの内臓がこぼれるのを防いでいる。もう一歩も動くことさえかなうまい。それが、ナジムをわずかに油断させた。
「緋の妖星ステラよ、アストライア様の、姉君の不興を買ったことを悔やむがいい!」
カルネイロが空いたほうの手を使い、触媒を入れた腰の袋からなにかを取り出した。彼が指先でつまんでいるのは、赤い色をした小さな石塊のようだった。
ステラが目を瞠り、息をのんだ。
「ルビータブレットのかけら!?」
「あのばか、こんなところで!」
ナジムが怒声をあげ、死にかけの死霊術師がやろうとしていることを阻まんと脱兎のごとく駆けた。カルネイロが自らの身体から流れ出た血だまりに、ぽとりと石塊を落とす。途端、どす黒い瘴気が噴出してあたりに満ちた。そしてカルネイロの足下から妖しく輝く紫の光が、土を掘り返すようにわきあがった。ナジムは放射状にのびるそれをよけて、あやうく跳び退る。光にのまれながら狂的な笑い声をあげるカルネイロ。ナジムは彼を憎々しげに睨んで毒づいた。くそ、おそかった。もう奴の自分自身を生贄とした儀式は、とめられない。
おそらくは絶命しただろう死霊術師の周囲で、幾筋もの光の軌跡が魔術陣を描きはじめた。フィリドールはその見たこともない複雑な魔術陣を前に唖然としている。
「召喚陣? 大きいぞ、なにを呼び出すつもりだ?」
「小僧、おまえはさがれ! やばいのがくる!」
ナジムが離れた場所にいたペルへと命じる。ペルは言われたとおり参道脇にあった大きな寄せ植えの鉢まで走って、その後ろで身を屈めた。
悪魔の血判状──またの名をルビータブレット。それは闇の帝王であり、九層地獄を統べるアスモデウスに忠誠を誓った悪魔たちの連名状である。デヴィル族の上級悪魔すべての真の名が列挙してあり、まるで血を固めて作ったような深紅の石版だとされている。それ自体が邪な魔力を凝縮した産物ゆえ、手にした者は想像を絶する力を得る。あるときは悪魔に騙された一国の狂君が、ルビータブレットと引き換えに全国民の魂を差し出した。またあるときは不遜な女吸血鬼が地獄よりルビータブレットを盗み出し、アスモデウスに返還する条件としてデヴィル族の幹部となった。
ルビータブレットは小さなかけらでさえ膨大な魔力を生み出すことが可能で、桁外れな魔術的現象を引き起こすことができる。いま、その場にいる全員が固唾をのんでいた。地鳴りが響き、足下が揺れる。やがて魔力で駆動する召喚陣の中心に光柱がそそり立った。そしてカルネイロの死体がゆっくりと宙に浮かびはじめる。まるで聖者が天に召されるような、不思議な光景だった。だがよく見ると、カルネイロは大きな二叉の槍に突き刺され持ちあげられているのだ。いったい、何者がそんなことを。それはまもなく判明した。ふと光柱の内側に影が差した。薄紫色の光のなかより、異形が出現する。
「くっ、よりにもよって、グレーター・デヴィルか……」
ナジムの額にひと筋の汗が流れた。
光柱よりにじみ出るようにして現れたのは、まさしく悪魔である。それも頭部に大きくねじれた二本の角を持つ、上級悪魔だ。鉤爪を備えた長い手足、身の丈は八キュビットを超えていよう。皮膜の四翅を背に生やし、邪悪なオーラを身に纏っている。鞭に似た細長い尾が撓み、空気を裂いてぶんと音を鳴らした。悪魔は苛立っているのだ。定命の人間に召喚されるという屈辱を受けて。
瞳のないうつろな目があたりへ向けられた。そして突然、悪魔は獣の咆吼とともに手に持つ二叉槍を力任せに振った。カルネイロの死体が軽々と宙を舞い、ナジムの近くにどさりと落ちる。つづいて跳躍した悪魔はナジムの頭上より襲いかかった。その槍の攻撃をからくも受け流すナジム。しかし横手から迫る尾には気づくのが遅れた。ステップを踏んですばやく逃れたかに見えたが、鏃のような先端に胴と外套を切り裂かれ、体勢を崩して転倒する。悪魔はナジムを串刺しにせんと、二叉槍を振りあげた。
ナジムの危機を救ったのはフィリドールだ。彼の魔術杖からひと筋の光線がのびた。するとグレーター・デヴィルの肩部が瞬時に凍りつき、分厚い氷塊に覆われる。氷結光線で動きを阻まれた悪魔はフィリドールとステラのいるほうへと首を回した。そしてそのまま肩に力を込めると、膂力で無理矢理に氷結の戒めを粉砕する。いとも容易く。グレーター・デヴィルが大きく裂けた口をさらに拡げたのは、笑ったのかもしれない。
フィリドールたちがおどろく間もなく、悪魔が反撃へと転じる。鉤爪を開いた手が突き出されたかと思うと、そこから火球が投射された。飛来する高熱源体はステラの展開していた障壁にぶつかると爆発を起こした。直撃は免れたものの、ステラとフィリドールは爆風の煽りを受け、風に吹かれた木の葉のように地面を転がった。
グレーター・デヴィルがフィリドールたちに気をとられている隙に、アイシャはナジムの救護へと回っていた。ハーフダークエルフのところまで駆けつけた彼女は、ナジムがかすり傷なのを見て取ると、マントの衣嚢からオーリア正教会の教典の一節をしたためた羊皮紙を取り出した。それを触媒とし、ユエニ神へ奇跡の恩恵を懇請する。すぐにナジムとアイシャの身体はほのかな光を帯び、聖なる盾に包まれた。
「女、おまえは引っ込んでろ」
剣を杖に立ちあがったナジムは自らに加速の呪文を施した。
「わたしに命令するな」
アイシャはマントの下に隠し持っていた石弓を取り出して、それに矢をつがえた。
一陣の風となったナジムがグレーター・デヴィルの背後より斬りかかる。アイシャは神聖属性が付与された石弓でそれを掩護。もとよりすばやさが身上のナジムの動きは、加速の影響でさらにきれが増していた。白銀の突剣で突いてはさがり、回り込んではまた突く。グレーター・デヴィルもその一撃離脱に翻弄されているかに見えた。しかし、軽い攻撃ゆえどれも致命傷とはならない。
物理耐性、魔術耐性、状態異常抵抗──弱点らしきものがない悪魔は、あまりに強すぎた。このままではじりじりとなぶり殺されるだけだ。皆の戦いぶりを見守るばかりのペルにも、それはわかった。彼は隠れていた鉢の陰から離れると、グレーター・デヴィルの火球に吹き飛ばされたステラのところまで走った。
ペルに助け起こされたステラは顔を歪ませて悪態をついた。そして、
「ペル、あんたは逃げなさい。いまならまだ──」
「あぶないっ!」
ペルたちとは少し離れた場所にいるフィリドールが、緊迫に満ちた声で警告を発した。グレーター・デヴィルがナジムと斬り結んでいる最中、またステラに向けて火球を投射したのだった。悪魔は加速の呪文をかけたナジムの相手をしながらも、まだそれほどの余裕があるのだ。
ステラは両手で持ったマグシウスの杖を身体に引き寄せ、咄嗟に呪文を唱えた。直後、マグシウスの杖から稲妻がほとばしる。悪魔の火球と、それを迎え撃った稲妻は、ペルとステラのやや近くではげしく衝突した。爆発音が耳を聾し、閃光が目を眩ませる。ふたりはそれから顔を背け、地面に伏せて小さくなった。火傷しそうな熱風が彼らの皮膚を痛めつけ、舞い散る火の粉が髪のいくらかを焦がした。ステラの雷撃があと少し遅れていたなら、生き延びることはかなわなかったろう。ふたつの攻撃呪文の威力が相殺されたあたりの地面は、土がどろどろに溶解していた。
さしものステラとてこの状況ではゆとりがないと見えた。彼女はペルへ、いつにない深刻な顔を向けた。
「ペル、ここばかりは言うことを聞くのよ。はやく逃げて!」
「いえ、まだです。ぼくはまだなにもしてないんだ。きっと、できることがあるはずなんだ!」
ペルはステラの腕にすがり、そう捲し立てた。
逃げたくない。自分だけ逃げ出すなんて、そんな運命はいやだ。ペルはずっと持っていたシスガムの魔術スクロールに目を落とし、それをぎゅっと握りしめた。
「ステラさん、シスガムさんのくれたアスポートのスクロールには、きっと意味があると思うんです。ぼく、考えたんですけど、もしアスポートとアポートをすぐ近くで重ねたら、どうなっちゃうんですか?」
「はあ? あんたばかね、そんなことしたら、吸い込むのと吐き出すのが延々と繰り返されて──」
なにかを閃いたステラが、はっとなる。
「ちょっと、おっさん!」
ステラは右手の向こうにいるフィリドールを大声で呼んだ。彼は先に吹き飛ばされた際、しこたま地面に叩きつけられたようだ。腰のあたりを手で押さえ、片膝をついて座り込んでいた。
「き、きみい、その呼び方はやめてくれないか」
「いいから聞いて。あの悪魔をどうにかする方法を思いついたわ」
ステラからそうと聞いて、フィリドールは表情を引き締めた。
「いったい、どうやる?」
「まず、ペルがスクロールでアスポートを開いたあと、あたしがアポートで両方の出入口を繋げるのよ。おっさんには、その四つのポータルを固定するために魔力を貸してほしいの」
「古代魔術のアスポートとアポートを繋げる? ──なるほど、ポータルの無限回廊か。それならば奴の動きを封じることはできるだろうが、そのあとどうするんだ」
「そうしてるあいだに、あたしは詠唱と精神集中に入る。とにかく時間を稼いで」
「やつは魔術耐性を持っている。生半な攻撃呪文では通用せんぞ」
「わかってる。あたしのとっておきよ。それであいつを、地獄へ送り返してやるわ」
ステラは自らを奮い立たせるように言うと、頭をぶんぶんと左右に振ってから気合いを入れ、深呼吸をひとつ。
「ペル、やれるわね?」
ステラから問われたペルは大きく肯いた。返事をしたつもりだったが、彼の口からは息が漏れただけだった。
「いいわ。アポートを重ねる瞬間はあたしが合わせる。やって!」
ペルが夜藍色のスクロールを紐解く。頭のなかに思い描くのは、できるだけ大きな次元ポータルだ。スクロールが発動し、魔力が急激に高まりはじめた。それを感知したステラはナジムへ念話を送った。
『兄貴、いまからそいつをアスポートで吸いあげるわ。そこから離れて』
突然の念話にナジムは一瞬、気をとられた。間の悪いことに、ちょうどそこへグレーター・デヴィルの二叉槍が繰り出される。舌打ちしたナジムは腹を刺し貫かれる寸前、とんぼを切ってかわした。槍が空振りし、そしてその後方へ着地したナジムは、グレーター・デヴィルの直上に魔術陣が現れてポータルが口を開けるのを目にした。
邪悪の権化が、宙に浮いた。頭上を見あげた悪魔は、つかの間なにが起こっているのか理解できなかった。ようやく背の四翅を羽ばたかせてもがき、逃れようとしたがすでに遅い。ポータル内へと引きずり込まれる。ペルはつづいてアスポートの入口のすぐ隣に出口が開くのをイメージした。さらに、その下へステラがアポートの入口を設置する。同時に出口をアスポートの間近に開けば、アスポートとアポートが連結されて異次元間を移動する無限回廊が完成する。いま、グレーター・デヴィルは四つのポータルを高速で通過するという、物質界とは隔たった時空連続体に囚われたのだ。
「これは!? おい、なにをやったんだ?」
ナジムのところまで走ってきたアイシャが彼に訊ねた。無理もないだろう。いきなり悪魔の姿が消えたかと思ったら、代わりに空中に浮いた四つの魔術陣と黒い円盤が現れたのだ。しかし戸惑っているのはナジムも同じだった。彼はステラたちのいるほうへ首を回した。そちらにはステラ、ペル、フィリドールが寄せ集まり、おそろしいほどの魔力が集中しているのがわかった。
「なんだかよくわからんが──」
言うや、ナジムはアイシャの細い腰を抱いた。そして、
「ここから離れたほうがよさそうだ」
アイシャを抱えたハーフダークエルフは、急いでその場から距離をとった。
「よし、いいぞ」
ステラのアポートを引き継いだフィリドールが言った。だが、それは予想以上の魔力消費だった。加えて彼はペルのアスポートを固定するためにも注力しなければならないのだ。仕組みは理解できたが、実際にやってみれば想像を超えた重労働である。いうれなれば、まるで全身から魔力を搾り取られる感覚。もしフィリドールに王宮魔術師となるほどの才覚がなかったなら、早々にすべての魔力を失って意識も途切れていたろう。
かたやステラのほうはすでに精神集中へと没入していた。いま彼女はエーテルを魔力に変換するひとつの装置となっていた。正面には不可視な魔力炉が形成されており、ステラはそのねじれた環状へ絶え間なく魔力を流しつづけているのだ。結果、魔力炉には膨大な魔力が押し込まれる。時間とともに炉内で圧縮、加速され、密度を増した魔術の源は、徐々に黄金色の輝きを帯びはじめた。臨界まで、あとわずか。
「なんだ? エーテルが、消えてゆく!?」
フィリドールが異変に気づいた。近傍のエーテルがどんどん希薄となってゆく。こうなってはポータルの維持も不可能だ。おそらくはステラの魔力錬成が急激すぎるのだ。それによって、あたりのエーテルが枯渇しかけるほどに。
そのときはふいに訪れた。フィリドールは自らの発する魔力の波動が弱まるのを感じた。
「魔力が尽きた、ポータルが消えるぞ!」
「ステラさん!!」
ペルの悲鳴じみた声。
異次元から物質界にもどったグレーター・デヴィルが地面に叩きつけられた。
そして、ステラが──
「いっけええええ!!」
大魔術師マグシウスの娘が、叫んだ。彼女の正面にあった黄金の円環は臨界に達していた。膨大な魔力がエネルギーに昇華され、解き放たれる。するとそれは、神々しい虹色の光の奔流となって一気にあふれ出した。
ステラの最終決戦用呪文、ステラレータフラッシュ。その魔力を超高密度なエネルギーに変換させた破壊光線は、一直線にグレーター・デヴィルへとのびていった。上空へ逃れようとした悪魔を蒸発させても勢いは止まらず、さらに向こうのオンウェル神殿さえも貫き破壊した。のちに現場を見た者の話では、それは遠く離れた西のレッドセラー平原にまで到達しており、草原に長い焦げ跡を残していたという。
「ふん。最後はおれか」
大儀そうにナジムがつぶやく。
ステラレータフラッシュが作り出したえぐれた地面の窪みに、悪魔の残骸が残っていた。下半身をそっくり失いながらも、まだ死に絶えてはいない。凶悪な牙を剥き、歩み寄るナジムを威嚇している。
黒い風がグレーター・デヴィルの懐へと跳び込んだ。二剣を交差させて鋏のようにして構えるナジム。フィーンドに情けは無用。彼はそのまま、悪魔の首元にあてた刃を別々の方向へ薙いだ。
刎ね落とされた悪魔の首が宙を舞う。最後に聞こえたのは、地獄語の断末魔だった。
とどめを刺されたグレーター・デヴィルは硫黄の匂いを発しながら溶けて、ぐずぐずと崩れてゆく。やがて、原型をなくしたそれは黄色い溶解液となって完全に滅んだ。
ふたたび五人が集まると、グレーター・デヴィルがいたあたりの地面には、わずかに染みが残るだけとなっていた。ペルはそれを見て、あんぐりと口を開けた。
「やった……倒した!?」
「いや、フィーンドが物質界で死ぬことはない。奴らの住む地獄へ送り返しただけだ」
ナジムは言って、染みのついた地面の土をいまいましげにつま先で蹴って散らした。
「なんにせよ、とりあえずの片はついたか」
とアイシャ。その隣にいるフィリドールは疲労困憊といった様子である。彼は自分の魔力を使い果たすほどの働きをしたのだから、当然だろう。
「まだ信じられんよ。あのような上級悪魔を打ち破るなど……」
「ま、ちょっとは骨のある奴だったわね。とはいえあたしには到底かなわなかったけど」
ステラが言う。しかし大口を叩く彼女もまた、ペルの肩を借りなければ立っていられないほどの消耗ぶりだった。
誰もが疲れていた。また同時に、窮地を凌いだ自分と仲間の奮闘に満足を得ていた。
「で、おれたちはこれからどうすれば?」
くたびれた帽子を脱いだナジムが、銀髪をなでつけながらアイシャへと言った。
「どこへでもゆくがいい。わたしはこれから後始末で忙しい。それを考えると頭が痛い」
アイシャはため息をつくと空を仰いだ。モローへの報告、旧市街の被害調査、そして隠蔽工作──彼女には、まだやらなければならないことがたくさんあった。
「ならば、そうさせてもらおう」
ナジムが口笛を吹くと、どこからともなくマンディが駆けつけた。愛馬に跨がった彼は、別れも告げずにその場を去った。あっさりしたものだ。ここぞというときでも無愛想なのは、彼の身体に半分流れるエルフの血のせいだろう。
「じゃあステラさん、ぼくたちも帰りましょう」
ペルが言った。が、その彼にもたれているステラはなぜか不興顔である。
「あれ、どうかしました?」
「そういえばペル……あんた結局、あたしの言うこと聞かなかったわよねえ」
ステラは顎をずいっとあげると、ペルを見おろすように見つめた。
突然、いちゃもんに近いことを言い出すステラに戸惑うペル。
「え、いや、でもあの悪魔をやっつけたんだから、いいじゃないですか」
「よくないっ!」
ステラはいかめしい表情で声を荒げた。彼女はペルの胸へ人差し指の先をくっつけると、さらにつづける。
「なーにがぼくにもできることがあるはずだ、よ。あんたってば、ほんとにほんとに地力もないくせに意地っ張りで、向こう見ずで、あとお節介!」
「な、なんなんですか、いったい」
困り果てて後退るペル。じりじりと詰め寄るステラ。
そうしてステラは──いきなり口づけをした。ペルの頬に。
予想外の展開にペルはぽかんとなる。そんな彼を前に、ステラは満面の笑顔だ。
「それでこそ、あたしの弟子よ!」
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