5-2 ステラが手綱を取る荷馬車は、

 ステラが手綱を取る荷馬車は、砂利のあぜ道を南へ向かう。傍らの畑地では農夫たちが作物の手入れをしていた。この時期は主に畑の管理で忙しいのだ。草むしりや、栽培する作物によっては不要な支枝の剪定など、仕事はいくらでもある。

 畑が密集した農地をすぎてしばらくゆくと、あたりは急に殺風景となった。ここらのまだ開墾されていない荒れ地では、薄や狗尾草がのび放題である。風が吹くとそれらの青い草がなびき、静かにさわめいた。少し冷たい風だった。西にある遠くの山がかすんで見えるため、雨が降る予兆かもしれない。

 荷馬車が停まった。がたがたと揺れていた荷馬車の音が途絶えて、突然、静かになる。

 御者台でぼんやり微睡んでいたペルは顔をあげ、隣のステラを見た。

「どうしたんですか」

 ステラはすぐに応えない。彼女は、固まったようにじっと前方を見つめていた。

「誰よ、あれ……」

 ぽつりと言う。

 ペルも道の先を見てみた。すると、道の真ん中に人が立っている。身を乗り出してよく確認してみたが、ペルの知った顔ではないようだった。このあたりの住人とはほとんど顔見知りなステラもわからないとなれば、どこか他所の人間だろうか。やや遠くにいるのはおそらく男性で、妙に痩せて見える。しかし、どこかおかしい。まず身につけているものがぼろぼろになった衣服であるし、なにをするでもなく、呆けたようにずっと突っ立ったままなのだ。

 だしぬけに荷馬車を引く牝馬がいなないた。舵棒のあいだで馬があとずさろうと身じろぎしたせいで、荷馬車が揺れる。その音を聞きつけたのか、ゆく手にいる男がこちらを見た。そして、ペルたちのほうへ身体を向けると、ゆっくり歩みはじめた。片方の足を引きずりながら、なにかを求めるように両手を前に差し出している。おぼつかない足取り。近づくにつれ、それの容貌がはっきりとしてくる。ペルとステラは唖然となった。最初は見まちがいかと思った。それの頭部は髪の大半が抜け落ち、顔面もところどころで肉がそげていたのだ。眼孔にある目玉は両方ともがぐるりとひっくり返り、完全な白目を剥いている。顎が外れたように大きく開いた口の奥からは、とうてい人のものとは思えない不気味な呻きが断続的に聞こえてくる。まちがいない、あれは──

「く……」

 ステラが喉から絞り出すように言った。ペルは横目で彼女を見ると、

「く?」

「くさった死体!」

 そう、くさった死体──いわゆるゾンビである。

 超メジャーなアンデッドとの、まったくもって予期せぬ遭遇だった。恐怖のあまり互いのローブをわしづかみ、身を寄せるペルとステラ。

「い、いやゾンビでしょあれ! なんです、くさった死体って!?」

 そんな場合でもないだろうに、ペルはあきらかに震える声でどうでもいい指摘をした。

「くさった死体で十分よ! あんなもんに固有名詞なんていらないのよ!」

「うわあ、こっちにきますよ……」

「ぎゃああああ、やだやだやだ!!」

 ゾンビが荷馬車の間近までこようとしたそのとき、動物の第六感で危険を察知したのか、急に馬が駆け出した。馬はゾンビの横をあやうくすり抜けたが、荷馬車の荷台の張り出した角がぶつかってしまう。ゾンビは勢いで転倒し、それからどてぽきぐしゃーという音が聞こえた。

 泡を食ったステラが必死で手綱を引く。それでなんとか荷馬車は停止した。ペルとステラは見たくはないと思いつつも、おそるおそる背後を顧みる。すると荷馬車に轢かれたゾンビは、やけに鮮やかな緑色をした液体の上に横たわっていた。倒れたあとに胴体を車輪で踏まれたのだろう、その上半身と下半身は離ればなれになっている。どろどろした緑のあれはゾンビの体液のようだ。鼻の曲がるような異臭が風に乗って、ペルたちのところにまで漂ってきた。

 えらいことになってしまった。死者を冒涜する死体損壊は罪である。それはアンデッドであるゾンビにもあてはまるのかと、ペルは動転する頭で考えたりした。

「あれって、もう、死んじゃいましたかね?」

 淡々とペルが言った。彼は非現実的な、白昼夢でも見ているかのような心地だった。隣にいるステラも、それは同じのようだ。

「ばかね。くさった死体は、もとから死んでんのよ……」

 さきほどまで動いていたものが、いまは動かない。荷馬車とぶつかったのは事故といえるし、人を殺めたわけでもないが、ふたりの心のなかには罪悪感めいたものが生じていた。そう感じるのは、やはりゾンビがもとは人間だったからだろうか。

「ひっ!」

 ステラが彼女らしからぬ短い悲鳴を漏らした。緑色をしたどろどろの上にあったゾンビの身体が、わずかに動いて見えたのだ。いや、それは見まちがいではなかった。しばらくしてゾンビの上半身のほうが、腕をのばし地面を掻くように這いずりだした。身の毛のよだつ呻き声をあげながら。身体が半分になってもまだ動けるとは、なんというしぶとさだ。

 ステラはぱっと前に向き直ると、すぐさま荷馬車の馬に鞭をくれた。荷馬車が十分に加速してもなお、彼女は鞭をふるうのをやめない。めったやたらに鞭打たれた馬は、がむしゃらになって走り、そのうち道を外れてしまう。もちろんそれに引かれる荷馬車も、薄が茂るなかへとびこむ羽目となる。

「ス、ステラさん、あぶないですよ!」

 御者台の背もたれにしがみついて揺れに耐えるペルが、叫ぶように言う。このあたりは荒れ地なため、道を外れると岩がごろごろあるのだ。荷馬車の車輪が草に隠れた岩とぶつかり、衝撃で車軸が折れてしまうのではとペルは肝を冷やした。

 草藪をかきわけて荷馬車は猛然と進む。その最中、ペルはゆく手に人影を見つけた。嫌な予感が脳裏をかすめる。人影はひとりのものではなかった。背の高い草の合間に、ぽつりぽつりと現れ、徐々に数が増えてゆく。ペルは近くの横手に見えた何者かとすれちがいざま、その姿に目を凝らした。するとやはり、それは生きている者の姿ではなかった。

「わーっ、ここにもいますよ!」

 どうやらペルたちはゾンビの群れているなかへ突入してしまったようだ。

 その場には老若男女を問わず、さまざまなゾンビの姿が見える。いずれも朽ちかけた無残な身体をしており、荷馬車に気づいてわらわらと寄ってきはじめた。もうこうなっては進むしかない。聞いた話ではゾンビが求めるのは生者の新鮮な肉だという。荷馬車を停めれば、文字どおりゾンビの餌食となってしまう。

「おーい、こっちだ」

 声が聞こえた。どこか離れた場所からの呼び声のようだ。気づいたペルが首をめぐらせると、左手のほうに一軒の家屋があり、そこにローブを着た誰かがいた。こちらに手を振っている。自我を持たないゾンビならば、あのような理知的な行動はできないはずだ。おそらく生きている人間である。

「ステラさん、あそこに人が!」

 ペルはステラのローブを引っぱって彼女に知らせた。が、ステラはなんの反応も示さない。どうもさきほどから彼女の様子がおかしい。いまもこわばった表情で前を見つめるステラには、ペルの声が届いているのかいないのか。やむなくペルはステラから手綱を奪い、自分で荷馬車を人のほうへと向かわせた。

 近くまでゆくと、灰色のローブを着たその人がローゼンヴァッフェであるとわかった。白く長い顎髭、それに彼のかけている特徴的な分厚い瓶底眼鏡からして、見まちがえようはない。ローゼンヴァッフェはいま自宅の前庭で、複数のゾンビを相手に奮闘している。手には長い柄の武器を持っていたが、槍ではなかった。穂先には馬蹄形をしたトゲトゲの金具が付いている。刺股という、ちょっとマニアックな武具だ。それは主に敵の動きを封じることに重きを置いた作りとなっている。ローゼンヴァッフェは変わり者らしいが、ペルは対ゾンビ用にそんな奇抜な武器をチョイスするあたりに、彼のただならぬセンスを感じた。

 ローゼンヴァッフェの近くまでたどり着いたはいいが、荷馬車の馬が怯えてそれ以上進むことができない。ペルはそこいらに黒焦げのゾンビがいくつか倒れているのを見て取った。状況からして、たぶんローゼンヴァッフェの仕業だ。察するに、彼は数で押してくるゾンビへ攻撃呪文で応戦したが魔力を使い果たし、いまは最後の抵抗として刺股で戦っているのだろう。

「ぬっ、誰かと思えば、魔術師組合のステラとペルではないか」

 少し離れた場所に現れた荷馬車にローゼンヴァッフェが気づいた。ペルはそれにいくらか声を高くして、

「そ、そうです。いったいどうしたんですか、この有様は!?」

「説明するのはあとだ。おいステラよ、わしは魔力が尽きた。おまえさん、ここでいっちょどーんとたのむ!」

 ローゼンヴァッフェが刺股で手近のゾンビをあしらいつつ、切迫した様子で言う。しかし、やはりステラは茫然自失といった状態で動こうとしない。そのうち荷馬車のほうにも何体かのゾンビが向かってきはじめた。

「ステラさん、しっかりしてくださいよ!」

 ペルがステラの身を揺さぶると、ようやく彼女は我を取りもどしたようだ。はっとなったステラは荷馬車の御者台で立ちあがり、魔術杖を高く掲げた。ペルは急速に自分たちの周囲でエーテルが活性化するのを感じた。呪文を囁くステラが持つマグシウスの杖──その先端にあるドラゴンの脳結石が、白色の光を発しはじめる。それはすぐ爆発的に高まり、まばゆく一閃して、ふいに消えた。直後ゾンビたちが動きを止める。そしてその場にいるすべてのゾンビは、なんの前触れもなく灰燼と化して崩れ落ちた。

 アンデッド殺しの呪文。聖なる光輝の放射で邪悪な要素を消滅させる高等呪文だ。さすがの威力だが、これほどの呪文となれば触媒にも相応のものが必要となる。ステラは古代魔術の物質生成であらゆる触媒を作り出せるので、その点は心配無用といえるものの、複数の呪文を連続して唱えることになるゆえ、大量の魔力を消費してしまうのだった。

 ともあれ、ステラのおかげで急場はしのげた。ペルは荷馬車をローゼンヴァッフェのそばまで近づけた。

「大丈夫ですか、ローゼンヴァッフェさん」

「うむ。どうやら助かったようじゃな」

 ふうと息をつき、ローゼンヴァッフェは額の汗をぬぐう。その横を、荷馬車からとび降りたステラがぴゅーっと駆け抜けていった。彼女はローゼンヴァッフェの家の扉を開けると、そのなかへあわただしく姿を消した。

「なんじゃ、トイレか? 左の廊下の突き当たりじゃぞー」

 と見えなくなったステラに声をかけるローゼンヴァッフェ。

 いったいステラはどうしてしまったというのだ。心配になったペルは、ローゼンヴァッフェとともに彼の家へと向かう。そこは以前、どこぞの貴族が別荘として使っていたのを譲り受けたそうだ。しかし、いまはローゼンヴァッフェが持ち込んだガラクタ──本人によると貴重な財産──を詰め込んだせいで、ゴミ屋敷寸前といった感じである。ふたりはそのなかでステラの姿を探したが、どこにも見えない。まさかほんとうに漏れそうだったのかと、いちおうトイレを確認したがそこにもいなかった。

「ステラさーん、どこですかー?」

 ペルが呼びかけると、居間の隅にあった衣装戸棚の扉がちょっとだけ開いて、その細い隙間からステラの声だけが聞こえてきた。

「ななな、なんなのよあれ! なんでくさった死体があんなにわいてきてんのよ!」

「くさった死体?」

 訝しむローゼンヴァッフェがペルに訊ねる。

「あ、ゾンビのことですよ」

「わーっ! わーっ!」

 ペルの言葉を打ち消すように、衣装戸棚のなかにいるステラが大声を出した。どうやら彼女は、その名を聞くのにも耐えられないほどのゾンビ恐怖症らしい。

「ほほう、緋の妖星ステラに、そんな弱点があったとはのう」

 ローゼンヴァッフェが、さもたのしげにうひゃひゃと笑った。その口ぶりからすれば、彼はステラのことをいくらか深く知っているようだ。

「でもほんとうに、あのゾン──くさった死体は、いったいどこからきたんでしょうね」

 ペルが言った。するとローゼンヴァッフェは難しい顔で顎髭を数回なでてから、

「たぶん、牧場のあたりじゃろう。あそこは以前も柵が壊れて……」

「え、この近くに牧場なんてありましたっけ?」

「最近できたんじゃよ。というか、わしが作った」

「そうなんですか。でも変ですね。ゾンビなら墓場とかじゃないんですか、ふつう」

 ペルがもっともな疑問を口にしたが、なぜかローゼンヴィントはせわしなく手を振ってそれをないがしろにした。

「と、とにかくだ。このままではまずいことになる。くさった死体どものいそうな場所はわかっておるのだ。おいステラ、おまえさんそこまでいっしょにきて、さっきのあれをまたやってくれんか」

「ばっかじゃないの!? あたしはくさった死体なんか見るのも嫌なのよ! あいつらが外にいるんなら、ここから絶対に出ないからね!」

 ステラはそうまくし立てると、少しだけ開けていた衣装戸棚の扉をぴしゃりと閉じた。彼女のゾンビに対する嫌忌は相当なもののようだ。

「むう、これは困ったのう」

 腕を組み、顔をしかめるローゼンヴァッフェ。アンデッド殺しは非常に高度な呪文だ。ペルはもとより、彼よりレベルが上のローゼンヴァッフェでさえ唱えることができないのである。

 ただでさえ魔術師が使う秘術呪文には、アンデッドに対抗できるものが少ない。かといってペルとローゼンヴァッフェのふたりでは、武器を使ってゾンビと戦うのはきびしい。

「ローゼンヴァッフェさん、その牧場にいるっていうくさった死体は、どれくらいの数なんですか」

 ペルが訊いた。

「そうじゃな、だいたい五〇から六〇くらいかのう」

「そんなに……じゃあ、ぼくらの手には負えませんよ。街までもどって、憲兵隊か国王騎士団を呼んでこないと」

「いや、それはならん!」

 ローゼンヴァッフェはやけにきっぱりと否定した。

「どうしてです?」

「ん? あー、それはだな……」

 言いつつ、ローゼンヴァッフェは指先で頬をぽりぽり掻いた。そして、ふとひらめいたように、

「時間がないんじゃよ! こうしておるあいだにも、くさった死体はそこらへんをうろちょろして、どっかにいってしまうかもしれん。すみやかな対処が必要なのだ」

 それはたったいま思いついたこじつけのようではあったが、一理なくもない。

 うむむと考え込んでしまうふたり。どうにかくさった死体をやっつける、なにか効果的な退治方法でもわかればよいのだが。

 ペルはそこで大事なことを思い出した。こんなときのモンスター事典である。彼は雑嚢にいつも入れてある、全冒険者必携のモンスター事典を取り出した。索引がある巻末の頁を開き、モンスターの名称が並んだ羅列を、指と目を使って順に追う。く、く、く。グール、クイックシルバー、くびかりぞく──あれ、見つからない。もしや版が古いのだろうか。いやこれは最新版のはずだ。ペルはそして、くさった死体ではなく素直にゾンビで検索すればよいのだと気づく。

 モンスター事典いわく、ゾンビとは呪術的な手段によって蘇った死者のことである。ゾンビは自身を生み出した主人──ゾンビマスターと呼ばれる──の下僕であり、概ね邪悪な目的に利用される。とはいえ単一のアンデッドとして見た場合、その脅威度は低い。身体能力の一部と知能が生前よりも著しく低下しているからだ。戦闘時において留意すべき点としては、体内に溜め込んだ毒による追加ダメージがある。さらにゾンビは痛覚や恐怖心を欠いているので、生半可な攻撃ではひるませることも倒すこともできない。完全に滅ぼすには対アンデッド呪文か、もしくは信仰系の回復呪文や蘇生呪文を用いるのが確実だ。死者であるゾンビにとって回復呪文は逆呪文として効果が反作用するためである。しかし冒険に不可欠な回復呪文を、たかがゾンビに使うのは考えものといえよう。もしもきみが筋骨隆々の戦士で腕に自信がある場合、ゾンビの脳を潰すのもひとつの手だ。神経中枢を損なっては、しぶといゾンビとて二度と動くことはかなわない。結果として硬い頭蓋骨をも砕かねばならない点から、剣よりも鈍器が効果的である。そのほか一般的にゾンビといえば人型の容姿を連想する方が多いかもしれない。しかし、それ以外のゾンビも存在する。極論としては肉と骨が残っている死体ならば、どのような生物でもゾンビとなり得る。なんと物質界で最強のドラゴンとて例外ではないのだ。その人間以外のゾンビと戦闘となった際には、生前から備わっている特徴を使った攻撃をしてくる場合もあるので、十分に注意が必要だと事典には書かれてあった。

 なるほどなあ。ゾンビに回復呪文が有効だとは、ペルにとって意外な事実だった。しかし秘術系の魔術師であるペルとローゼンヴァッフェでは、回復呪文を唱えることができない。神が施す奇跡の恩恵に浴するには、僧侶のような神聖学の知識と信心深さが必要なのだ。

 いき詰まりを感じたペルはため息をつき、居間の窓から外を眺めた。そこにはペルとステラの乗ってきた荷馬車が見えた。馬が頻繁に耳を動かして神経質になっている。慣れている馬なので逃げ出すことはあるまいが、念のため、どこかに繋いでおいたほうがよいかもしれない。ん、そういえば、あの荷台には──

「そうだ。今日ローゼンヴァッフェさんのところへ運んできた荷物のなかに、凍結のスクロールがありましたよ。あれを使ってみたらいいんじゃないですか」

 そのペルの思いつきに、ローゼンヴァッフェはぽんと手を打った。

「言われてみれば、そんなものを頼んでおいたな」

「スクロールなら魔力を使わずにすむし、数も十分にありましたよ」

「さすがに凍らせてしまえば、くさった死体もしばらくは動けん。それからゆっくり対処できるか。おおペルよ、冴えとるな」

 ふたりはさっそく家の外に出ると荷馬車の荷台を調べた。魔術スクロールを入れた木箱は、ペルがそれを置いた場所にまだあった。荷馬車が揺れたせいで中身がすこしこぼれていたが、最初に見たときと数も合っている。

 ローゼンヴァッフェの話では、どうやらこの近くの牧場あたりがゾンビの発生源らしい。ペルたちはとりあえず、荷馬車の不要な荷物をいったん降ろす作業にかかった。ほとんどペルがひとりでやったのだが、ステラがあの状態では仕方がない。ペルが重い荷物を運ぶあいだ、ローゼンヴァッフェには小休憩を取って魔力を回復してもらった。どのみちお年寄りでは力仕事は無理だし、凍結のスクロール以外に魔術が必要となる場面も、ありうるかもしれない。

 出発の前、ペルはローゼンヴァッフェの家のなかへもどった。あいかわらず居間の衣装戸棚から出てこようとしないステラに、外から声をかける。

「じゃあステラさん、ぼくたち、ちょっと牧場までいってきますね」

「待ちなさい、ペル」

 ステラの声とともに衣装戸棚の扉が少し開いて、そこから彼女の腕がにゅっと出てきた。手には長い紐を結びつけたなにかを持っている。

「なんです、これ?」

「退魔の護符よ。それがあれば、くさった死体くらいの低級アンデッドなら近寄ってこないわ。気をつけんのよ」

 ステラは案外とこういった細かいところに心を配るのだ。ペルが礼を言ってありがたく護符を受け取ると、衣装戸棚の扉はすぐに閉じてしまった。退魔の護符は金属製のアミュレットで、表面に魔術的な幾何学模様とルーン文字が刻印されている。この手の品は所持しているだけで効果がある。ペルはずっしりとした護符を首にかけ、家の外へ出た。

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