4-8 長かった一日が終わろうとしている。

 長かった一日が終わろうとしている。神殿の外に出ると、冷え冷えとした夜気が三人を包んだ。ここまでくればもう大丈夫だと、ようやくペルは安堵の息をついた。

「ふええ、こわかったあ。でも、なんとか無事に帰れそうですね」

 大金の入った袋を大事そうにぎゅうっと胸に抱えたペルを見て、ステラは思わず笑みをこぼした。

「ま、万事丸く収まったってとこね。それにしても──」

 ステラはじろりとラウルに目を転じる。

「なんか、あたしダシにされたって感じなんだけど」

 するとラウルは片方の眉をあげて、つかの間おどけてみせた。だが、すぐに含み笑いをした彼の常なる表情へもどると、

「へへ、わるかったよ」

「いつから気づいてたのよ?」

「盗賊組合の情報網をなめてもらっちゃ困るぜ。緋の妖星がラクスフェルドに姿を現したって噂は、ずいぶん前からあったんだ。直接お目にかかったのは、今日が最初だったけどな」

「それで、あたしがジマジと揉めてるのを知って、利用したってわけか」

「そんなとこだ。でもあんた、はなっからジマジの賭場をぶっつぶすつもりだったろ。おれが機転を利かせなかったら、どうなってたことやら」

「どうもなんないわよ。あのていどのフィーンドなら、あたしひとりでも余裕で──」

「それが困るってんだよ。旧市街のど真ん中に隕石なんか落としてみろ、周りの迷惑を考えろっつーの」

 とてつもない正論である。それでペルは、やはりステラがなにも考えずに賭場へ乗り込んだのだと知った。破天荒というか大胆不敵というか。つくづく、周囲を引っかき回してやまない難儀な存在である。

「しかしまあ、これでジマジも少しはおとなしくなるだろう。おれたち盗賊組合は旧市街で面目を保てたし、あんたは盗られたカネを取り返した。あのアケミってサキュバスの借金まで片がついたのは、できすぎだったがな」

「それはついでよ。べつに、あのふたりのためにやったんじゃないんだからね」

 言ってステラは肩をすくめた。しかしラウルは、そんな彼女の心のなかを見透かしたように鼻で笑う。

「おやさしいこって。じゃ、おれは帰るぜ。またどこかで会う機会があったら、そんときはよろしくな」

 ペルたちに背を向け、ラウルが去ってゆく。夜の闇にまぎれる彼の後ろ姿を見ながら、ふとペルは思い出した。

「そういえばラウルさん、ミロワの角笛って言ってましたけど、なんなんですか、あれって?」

 ペルは不思議そうな顔でステラに訊ねる。ミロワは魔術を司る神の名だ。上級神の一柱で、見習い魔術師であるペルもそれは知っていた。しかし、ミロワの角笛なる団体などは、耳にしたことがない。どうやらステラはそこにあって、緋の妖星と呼ばれ一目置かれる存在らしいが。

「うん? あー、あたしが前につるんでた連中のことよ」

 ペルの問いに答えつつ、ステラは夜空を見あげた。

「もう昔の話。特に理由があって、隠してたわけじゃないけど……」

 いつになく、遠くへ思いを馳せるようなステラの横顔。

 ペルは戸惑い、それ以上は口を噤んだ。ようやく雲が晴れて現れた星が、また霞んでしまった。そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る