呪われて魔法がつかえなくなったけど、呪いの効果がヤバイです~眠れる森の魔術師~呪われて、勇者のパーティを追放されました。仔犬にも勝てない、僕は非力な魔術師です。だけど、呪いのスキルはヤバイのです。

尾木洛

第1話

 呪われてしまいました。


 おかげで、魔法、使えなくなってしまいました。

 僕、魔法使いなのに・・・・。


 もう、わけがわかりません。



 「ファディ、お前には今日限りでパーティを抜けてもらう。足手まといだからな・・・・。」


 パーティからも追い出されました。

 ようやく、運よく、勇者のいるパーティに加わることができたばかりだというのに。


 もう、ほんと、どうしたらいいのかわかりません。


 

 

 呪われたのは、茨の王宮の探索クエストの最中、宝箱の中の紡錘に、うっかり触れてしまったのが原因。怪しさ満載だったのに紡錘が珍しくて思わず触ってしまったのだ。


 あ、紡錘っていうのは、糸を紡ぐための道具で、長い棒の先端に円盤状のはずみ車がついた、こまの軸が長く伸びたような形状のものね。


 紡錘に触った瞬間、"でろでろでろでぇ~りん"って嫌なメロデイが頭の中に流れて、それ以降、一切、魔法が使えなくなってしまった。


 魔法の使えない魔法使いなんて、ただのお荷物。なんとか茨の王宮からは戻ってくることはできたけど、僕を守るために、何度か勇者のパーティが危険な目に合ってしまった。



 町の教会に行って、呪いを解いてもらおうとしたけれど、呪いの力が強すぎて、呪いを解くことができないらしい。

 転職も考えたけど、呪われている状態で転職はできないと言われてしまった。

 とほほ。


 魔法の使えない魔法使いのままかぁ・・・・。

 


 パーティのみんなに、呪いを解くことができないことを告げると、足手まといはいらないとパーティからの除名を告げられた。


 まぁ、しかたない、けど・・・・・・。

 とほほほほ。


 これからどうしていこうかなぁ・・・・。

 

 なんにせよ、生きていくには、お金がいる。少しは貯えがあるので、しばらくの間は何とかなるけど、このままでは、ジリ貧だ。


 ひとまず、ギルドに行って、できそうなクエストを探してみることにした。


 魔物討伐とか、ダンジョン探索とかのクエストは、到底無理だね。強い魔物に出くわしたら瞬殺されてしまう。

 できそうなのは、薬草採取くらいだけど、どれが薬草なのか分からないもんなぁ、僕。

 薬草と雑草とを見分けることができん・・・・。


 ん?

 日輪草の種の採取?

 おお、これなら、僕にも分かる。


 日輪草なら、このあいだ、クエストの途中で立ち寄ったケッセンの廃城の庭園にたくさん咲いていた。今行けば、種がたくさん採れるだろう。

 あそこなら、そう遠くはないし、たしかそんなに強い魔物も出なかったはず。

 それに報奨金も割と良い。


 僕は、このクエストを受諾することにした。




 翌朝、持てるだけのHPポーションを持って、ケッセンの廃城に向かう。

 途中、魔物に出会っても、余裕で逃げられるだろうし、種の採取に少し時間がかかったとしても、まあ、日暮れまでには帰れるかな・・・・って考えていたんだけど。

 それはとても甘い考えでした。


 只今、絶賛、大ピンチです。


 魔物に会うことなく、極めて順調に進んできたんだけれど、ケッセンの廃城の近くで、遂に魔物と遭遇してしまった。


 出会った魔物は、【角ウサギ】。

 駆け出しの戦士でも、ワンパンチで倒せるほどの弱っちい魔物だ。


 なるべく、戦闘を避けたい僕は、その【角ウサギ】から逃げ出すことにする。

 でも、逃げられなかった。

 逃げ出す方向に、すぐに回り込まれてしまって、逃げ出すことができないのだ。


 仕方なく、僕は攻撃を仕掛ける。

 でも、僕の攻撃は、【角ウサギ】に難なく避けられてしまうし、なんとか当たった攻撃も、【角ウサギ】に全くダメージを与えられない。


 【角ウサギ】からの攻撃も、なんとか避け続けることはできていたんだけど、ついに痛恨の一撃を食らってしまった。その一撃で、僕は、【瀕死の状態】においこまれてしまう。

 HPポーションで回復をはかろうにも、HPポーションを飲もうとする隙をつかれて攻撃されてしまえば、もう、それで僕は【死亡】してしまう・・・・。


 大ぴ~んち!!


 ちなみに、僕はいま、素手で戦っている。

 呪いのせいで、武器が装備できないのだ。


 もともと、鋼の剣や大槍なんかの大層な武器は、魔法使いである僕には装備できないのだけど、杖や鞭なんかを装備すれば、【角ウサギ】程度の魔物だったら、肉弾戦でも互角以上の戦いができるはず。


 なにせ、短い間だったとはいえ、勇者のいるパーティに僕は属していたのだ。それくらいのレベルの高さ、強さが僕にはある。

 ・・・・あるよね。

 ・・・・あるかなぁ。

 現状を考えるに、なんだか自身がなくなってくる。


 兎にも角にも、どうにかしないと、このままでは【角ウサギ】に負けてしまう。


 いかんせん攻撃力が足りないのだ。ナイフでも、最悪、木の棒でもいい、なにか攻撃力がUPする武器を装備することができれば、この状況を打開できる。


 そういえば、僕が武器を装備できないのは、【呪いの紡錘】がすでに装備されてしまっているからだ、と神官が言っていたっけ。しかも、呪いが解けないと、【呪いの紡錘】の装備を解除できないと。

 でも、紡錘なんて装備していないしなぁ。そもそも、紡錘って、武器ですらないし・・・・。


 【角ウサギ】から視線を外さないように注意しながら、右手の指を開いたり、閉じたり「にぎにぎ」してみる。


 やっぱり、なんにもないよなぁ。

 「紡錘、出ろ!」って念じたら、なんかでてくるかしら?


 ”にぎっ”


 ぬおっ、なんかでた。


 視線を落として見てみると、金属製の紡錘が、右手に現れていた。

 紡錘の先は鋭く尖っていて、毒針のよう。はずみ車は、鍔のようにも見える。大きさは、ナイフよりも少し大きい程度だけれど、なにもないよりは、随分マシなような気がしてきた。


 ん?

 し、しまった・・・・!!


 僕が視線を外した隙を見逃さず、【角ウサギ】が、目前に突進してきていた。体当たりで、一気に勝負を決める気だ。


 反射的に僕は【呪いの紡錘】を【角ウサギ】に向かって突き出していた。


 ”ぷしゅっ”


 なんか空気が抜けるような音がして、【角ウサギ】の姿が光と化す。


 え? 

 倒せた? 

 一撃で?


 あまりに予想外の展開に、自分が一番驚いてしまった。


 ひとまず、HPポーションを飲んで回復。

 一息つく。


 この紡錘、最強だ。

 一撃で、魔物を倒してしまうなんて。

 さすが、呪いのかかった逸品だ。


 これなら、攻撃力なんて関係ない。

 とにかく、敵にこの紡錘の先を当てればいいんだから。


 もしかして、僕、最強になっちゃった・・・・?


 ま、とりあえず、僕は、もう怖いものなんてない! の心持ちで、自信満々、ケッセンの廃城跡に向かっていった。


 ケッセン城は、それほど大きな城じゃない。

 城造りの大きな家といった感じの建物だ。


 とりあえず、壊れた城門から中に入る。

 以前来たときと変わっていない。荒れ果てたまんま。


 たしかこっちだったはず・・・・。

 城の東側にある花壇一面に黄色い日輪草が咲き誇っていた。


 一応、魔物が潜んでいないか注意しながら、城壁に沿って、東の花壇に向かう。

 敷地中央の大きな建物を迂回すると目指す花壇が見えてきた。


 あ、あった、あった。

 予想通り、たくさんある!


 花壇には、咲き終わった日輪草がたくさんあって、花の部分にできた種が黒く変色している。

 収穫には、丁度よいタイミングだ。


 種ができている花の部分を切り取ってカバンに詰める。

 

 “ガサッ”


 突然、花壇の奥の方で、なにかの音がした。


 気配を殺し、ゆっくりとその場所に近付いてみる。

 茂みに身を隠しながら様子を伺ってみると、【角ウサギ】と【仔犬】が対峙していた。この廃城に迷い込んだ【仔犬】が、魔物に見つかり、攻撃を受けているのだろう。


 【仔犬】を助けなければ!


 最強の武器【呪いの紡錘】を持つ僕としては、ここで【仔犬】を助けないわけにはいかない。

 だって、僕には、弱いものを助ける力があるんだから。


 僕は、茂みから飛び出すと、【仔犬】を背に守るように、【角ウサギ】と正対する。


 さあ、こい。

 僕が、一撃のもと、お前を葬ってやる。


 右手の紡錘先をまっすぐ【角ウサギ】に向けて、正眼にかまえる。


 【角ウサギ】が突進してきた。


 僕は、右手を伸ばし、紡錘の先を【角ウサギ】に突き刺す。


 手ごたえ十分。


 やった!

 と思えたのも、一瞬。


 【角ウサギ】は、僕の攻撃を耐えきり、僕に一撃を加えてきた。

 そして再び距離を取る。


 あれれ? おっかしいぞぉ~? 


 いくらかのダメージは与えられたようだが、【角ウサギ】は、まだピンピンしている。


 再び、【角ウサギ】の突進。


 さっきと同じように、僕は右手を前に突き出し、紡錘の先を【角ウサギ】に突き刺す。


 十分な手ごたえ。


 しかし、【角ウサギ】は紡錘の突きを押しのけ、僕にさらなる一撃を加えてきた。


 直撃!


 ま、まずい・・・・、まずいぞ、これは。


 さっきの一撃で、僕は、【瀕死の状態】に追い込まれてしまった。

 もう一撃食らってしまったら、僕は【死亡】してしまう。


 ここで、はたと思い出した。


 そうだ、さっきも、【瀕死の状態】だったじゃないか。

 きっと、一撃必殺の突きは、【瀕死の状態】じゃないと繰り出せないんだ。

 そうか、そうだよな。

 あんな強力な技、常時繰り出せるわけないもんな。

 なにか制約があるに違いない。

 一撃必殺の突きの制約は、「【瀕死の状態】であること」とみた。

 ふっ、さすれば、【瀕死の状態】になった僕にはすでに死角はない!

 さあ、【角ウサギ】よ、我にかかってくるがいい!

 一撃のもと、葬ってやろう。


 僕の叫びに呼応したわけでもないだろうが、【角ウサギ】が三度、僕に向かって突進してきた。


 僕は右手を前に突き出し、さっきと同じように紡錘の先を【角ウサギ】に突き刺す。


 十分な手ごたえ。


 勝った!


 と、思ったのもつかの間、【角ウサギ】は、僕の突きを受けきり、そして、押しのけた。

 【角ウサギ】の角が、眼前に迫る。


 あれ?

 あれれ?

 これ、僕、死んじゃった?


 「わん!」


 僕の背後から、【仔犬】が飛び出し、【角ウサギ】に強烈な頭突きをお見舞いした。

 【角ウサギ】は、大きく弾き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられるとそのまま動かなくなってしまった。


 【仔犬】の勝利!


 あれ?

 これって、僕が、しゃしゃり出なくっても、大丈夫だった?


 とりあえず、HPポーションを飲んで回復する。

 ふぅと一息ついてみると、仔犬が僕を見つめていた。つぶらな瞳で。


 その仔犬の瞳には、僕のことを「私でも勝てるあの弱っちい角ウサギと互角の戦いを繰り広げた上、殺されそうになるなんて・・・・」とでもいうような、嘲りとも、哀れみともとれる表情がうかんでいる。


 あ、でも、ちょっとかわいいから、頭ナデナデしてみようかな、と仔犬にそろりと手を伸ばしてみると、”わん”とひとつ吠えられたあと、”がぶっ”と手をかじられた。

 まるで、「私の身体にさわるんじゃない!」って言われたみたいだ。


 なんだか、いたたまれなくなって、仔犬に背を向け、すごすごとその場から立ち去ろうとする。

 すると、足元に抵抗を感じた。


 足元を見てみると、いつのまにか、仔犬が、僕のズボンの裾に噛み付いている。

 まるで、「いくな」と言っているみたいだ。


 そして、仔犬は、僕のズボンの裾をくわえたまま、ぐいぐいと引っ張る仕草をする。


 「ついて来い、って言ってるの?」


 僕の問いかけに、仔犬は、「わん!」と答える。


 仕方なく、僕は、仔犬についていくことにした。

 話がこじれて戦闘になったら、僕、この仔犬に勝てないからね、きっと。

 弱者は、強者に従うしかないのだ・・・・。とほほ。


 仔犬は、花壇を抜けると、敷地の中央にある大きな建物の東側の小さな入り口から内に入っていった。


 建物の中は、結構入り組んでいて、所々壊れていたりしている。

 そんな中、僕は、なんとか子犬の姿を見失わないように後を追って行く。

 建物のなかをどう進んでいるのか、もはや分からない。

 気が付くと、なんだか神殿のような作りの部屋の中にいた。


 仔犬は、部屋の隅に駆け出すと、そこにあった立ち机の上にぴょこんと飛び乗った。

 僕も近付いて、覗き込んでみると、その立ち机の天板は、タッチパネルのようなものでできている。

 仔犬は器用に前足を使って、そのタッチパネルで、なにやら操作を始めた。


 しばらく、ぼぉっとその様子を眺めていたが、突然、目の前に画面が開き、そこに子犬が打ち込んだのであろう文字が浮かび上がってきた。


 『助けて!

  私の呪いを解いて!

  お願い!』


 『私は、ケッセン国第一王女シリィ。

  先の戦いで、呪いをかけられ、犬の姿に変えられてしまったの』


 『私の呪いを解いて、元の姿に戻してほしい』


 「呪いを解いてほしいと言われても・・・・。

 僕も、絶賛呪われ中で・・・・。

 できることなら、僕も呪いを解いてもらいたいくらいで・・・・。」


 『あなたも、呪われているの?

 どんな呪い?』


 「よくわかんない。

 呪いが強すぎて、鑑定ができないらしいんだ。

 でも、その呪いのせいで、僕、魔法使いなのに、魔法が全然使えなくなっちゃって・・・・。」


 『じゃぁ、一度鑑定してみましょうか』


 「え?

 でも、町の教会じゃ、鑑定できないって・・・・」


 『王城設置の鑑定機を町の教会のモノと一緒にしないで。

 ここの鑑定機の性能は桁違いよ』


 「じゃ、じゃあ・・・・。」


 『この天板の上に両手を置いて』


 仔犬に促されるまま、僕は、天板の上に両手を置く。

 数秒間、天板が青白く輝いたあと、天板上に文字が浮かんできた。


『本当に強い呪いなのね。

ところどころ解析できてないところがある』


『 名前:ファディ ゲンカ

  年齢:17

  性別:男

  種族:人間


  職業:魔術師

 レベル:  1


<能力値>

    HP:   8

  最大HP:   8

    MP:1046

  最大MP:   ∞

   ちから:   6

   防御力:   6

 攻撃魔法力:  10

 回復魔法力:   0

   素早さ:   6

   器用さ:   8


<魔法属性>

  火系魔法: A

  水系魔法: A

  風系魔法: A

  雷系魔法: A

  土系魔法: A

  光系魔法: A

  闇系魔法: A


  強化魔法: C

 弱体化魔法: C

  防御魔法: C


状態異常魔法: A


  空間魔法: B


****** 以下 鑑定不能 ******


<スキル>

 Sleeping Beauty Curse


****** 以下 鑑定不能 ******


<状態>

・呪われている。

  12番目の魔女の呪い

  13番目の魔女の呪い


・呪いの効果により

  魔法は、発動しない。

  最大MPの上限がなくなる。

  装備【魔女の紡錘】は外せない。

  スキル「Sleeping Beauty Curse」を得る。


****** 以下 鑑定不能 ******      』



 『あなた、レベル1なのね。

 それでよくここまで来ようと考えたわね。

 無謀すぎるわ』


 「え?

 レベル1?

 ・・・・って、職業【魔術師】?」


 【魔術師】は、【魔法使い】の上位職業。

 【魔法使い】としてのレベルは、そこそこ高かったけど、【魔術師】になれるのはもう少し先のことだと思っていた。

 呪いの影響で、上位クラスに転職されて、レベルが1に戻った・・・・?


 『魔法の能力はすごいけど、呪いのせいで、魔法が全然使えなくなっているし。

  それに、この呪い!

  位階付きの魔女2人の呪いを受けているなんて、すごいわね、あなた。

  12番目と13番目の魔女って、たしか位階最上位の2人。

  こんな呪い、解くことができるのかしら・・・・?』


 「そ、そんなぁ・・・・」


 『まあ、そんなことはともかく、』


 「そんなことって・・・・。」


 『私の状態も見てみて。』


 仔犬は、僕がしたように、天板の上に両前足を置いた。

 同じように、数秒間、天板が青白く輝いたあと、天板上に文字が浮かんできた。


『 名前:シリィ ケッセン

  年齢:15

  性別:女

  種族:人間


  職業:僧侶

 レベル:45


<能力値>

    HP: 31

  最大HP: 33

    MP: 0

  最大MP: 26

   ちから: 11

   防御力:  6

 攻撃魔法力: 18

 回復魔法力: 23

   素早さ: 10

   器用さ: 12


<魔法属性>

  光系魔法: B


  回復魔法: S

  強化魔法: C

  防御魔法: C


状態異常魔法: B


<スキル>

 聖女の守り

 ホーリーライト


<状態>

・呪われている。

  パズスの呪い


・パズスの呪いの効果により

  能力値が10分の1になる。

  【犬】の姿になる。


・【魔封じの首輪】の効果で、MPが0になる。  』


 「レベル45!?」


 『すごいでしょ。

  私、がんばったもん!』


 「回復魔法S。

  ・・・・すごい」


 『でしょ。

  私の家系は、回復魔法に秀でているのよ』


 「へぇ~」


 『ようやく、あと少し回復魔法を全てマスターできるってところで、呪われて、犬の姿にされてしまったの・・・・』


 「そ、そう・・・・なんだ」


 『だから、はやく呪いを解いて!

  私をもとの姿に戻して!』


 「で、でも、どうやって・・・・?」


 『あの祭壇にある【八咫鏡】をつかえば、パズスの呪いを解くことができる。

  私は、魔力が封じられているから無理だけど、あなたなら【八咫鏡】をつかえるはず。

  あなた、魔法は封じられているけど、魔力は封じられていないでしょう?』


 「う、うん」


 『私の姿を【八咫鏡】に映して、鏡に魔力を通してちょうだい。

  それで、呪いは解けるはず』


 「わ、わかった。やってみる」


 『あの【八咫鏡】には、結界が貼ってあって、ケッセン王家の者しか近寄ることができないの。

 でも、私と一緒なら大丈夫。

 ついてきて』


 仔犬の後を追い、祭壇に近付いていく。


 【八咫鏡】は祭壇の中央奥に祭られていた。

 僕は、仔犬についてどんどん奥に進んで行く。通常なら、こんなとこ登っちゃっていいの? ってところを、仔犬について、ひいこら登っていく。


 そうして、【八咫鏡】にたどり着いた。


 仔犬に促されるまま、【八咫鏡】を台座から持ち上げる。

 鏡面に大きなヒビが二つ入っている。

 だいじょうぶかなぁ。


 とりあえず、さっき言われたように、【八咫鏡】に子犬の姿を映し、魔力を少し通してみる。すると【八咫鏡】は、うっすらと光を帯びてきた。


 あ、大丈夫。これはいけそうだ。と、僕は、【八咫鏡】にさらに強い魔力を通す。


 その様子を子犬は嬉しそうに眺めていたが、突然、何かに思い当たったかのように、その場から逃げ出し始めた。


 お~い、せっかく呪いを解くことができそうなのに、どこへ行ってしまうんだい?

 僕は、【八咫鏡】を抱えたまま、仔犬の後を追う。

 祭壇から離れ、袖廊と身廊が交差する中央交差部に仔犬が差し掛かったところで、【八咫鏡】は大きく輝き、【八咫鏡】から放たれた白い光線が仔犬の姿を包み込んだ。


 白い光の塊は、次第に大きくなっていく。そして、小柄な人程度の大きさになると、“パッ”と明るく輝き、弾けて消えた。

 そして、その後に現れたのは、犬耳で、栗毛で、可愛らしい尾っぽのついた素っ裸の女の子!


ま、そう・・・・なる、わな。

仔犬の状態で、服を着ていたわけでも、ないし・・・・。


 「こ、こっちを、見るなぁぁぁぁぁ!」


 身を丸く屈め、なるべく表面が見えないような姿勢を保ちつつ、犬っ娘シリィが叫ぶ。


 見るなと言われても、目が行くものはしょうがない。


 ふと、手に持った【八咫鏡】に違和感を覚える。

 仕方なく、視線を手元に落とすと【八咫鏡】のまわりに黒いモヤのようなものが立ち込めていた。

 とっさに【八咫鏡】を投げ捨てる。

 【八咫鏡】が床に達するより早く、黒いモヤは大きな一塊に凝結し、巨躯の魔物に変化した。


 「ボストロール!!」


 現れたのは、緑色の体で、でっぷりとした巨人の魔物。毛皮をまとい、トゲ付きの棍棒を持っている。頭髪はなく、舌を出した表情はだらしない。


 うわ、あの棍棒で殴られたら、痛そうだなぁ。

 と、いうか、僕のレベルなら、痛恨の一撃じゃなくても即死間違いなしだ。


 ボストロールは、黄色い目で、僕とシリィを見比べた後、ゆっくりとシリィの方に近付き始めた。


 うん、まぁ、僕がボストロールだったとしても、シリィの方を選ぶよね! 絶対!


 シリィは、恐怖で身がすくんで動けない。


 このまま、シリィを囮にして逃げ出せば、僕は無事にこの場をやり過ごすことができそうだけど・・・・。

 うん、やっぱり、それはないな。

 自分だけ無事に助かっても後味が悪いし、きっと後悔する。


 ひとまず、右手に【呪いの紡錘】を装備した。


 とはいえ、どうしよう。

 魔法は使えない。

 ダメージを与えられるほどの攻撃力もない。

 基本的にできることは、ほとんどない。

 

 さっき、シリィに能力値を鑑定してもらったとき、見たこともないスキルがあった。

 呪いの効果で付与されたスキル。

 現状を打開するための方策として、そのスキルを使ってみることしかできることが思い浮かばない。

 何が起こるかわからないけれど・・・・。


 僕は、【呪いの紡錘】の先をボストロールに向け、大声で叫んだ。


「Sleeping Beauty Curse!!」


 【呪いの紡錘】から、紫色の光のイバラが無数に伸び、ボストロールを、そして、シリィを包み込んだ。

 シリィまで、巻き込んでしまったのは、まったくの想定外だったが、もはやスキルは止められない。


 「はあっ!」


 最後に気合を一閃させると紫色の光のイバラは、強い光を放って砕け散った。



 様子をうかがう。


 ボストロールは、動かない。

 シリィも、動かない。


 「眠っている・・・・?」


 ボストロールは、眠っていた。

 シリィも、眠っていた。


 このまま、シリィを抱えて逃げるか、とも考えたが、僕の力で、シリィを抱えて移動できるとは、到底思えない。起こすのも、すぐには無理そうだ。


 ほどなく、ボストロールは目を覚ますだろう。

 そうなれば、シリィと二人、無事に逃げ切れる気がしない。


 なんとか、眠っているうちにボストロールを倒せないかなぁ。

 おそらく一度攻撃すれば、ボストロールは目を覚ます。やるなら、一撃で、仕留めるしかない。


 僕は、ボストロールが目を覚まさない程度に、【呪いの紡錘】の先で、そっと突いてみた。

 軽い手ごたえが返ってくる。


 そこから、少しずつ場所を変えながら、あちこちをツンツン【呪いの紡錘】の先でボストロールを突いてみた。

 どこからも、軽い手ごたえが返ってくる。


 最初の【角ウサギ】との戦闘を思い起こしてみる。

【角ウサギ】を一撃で倒したあの突きには、手ごたえがほとんどなかった。

 ひょっとすると、魔物の急所は、突くときに手ごたえがないんじゃないだろうか?

 ならば、手ごたえのない場所を見つけて、そこを突けば、一撃でボストロールを倒すことができるかもしれない。

 まぁ、危険な賭けだけどね。


 ボストロールのあちこちをツンツンしていて、ついに、手ごたえのない箇所を見つけた。


 「南無三!!」


  迷っている時間もないように思えたので、僕は、覚悟を決め、その個所に全力で、【呪いの紡錘】を突き刺した。


 ”ぷしゅっ”


 あの時と同じ空気が抜けるような音がして、ボストロールの姿は光と化した。


 「か、勝った・・・・。」


 僕は、安堵から、腰が抜けて、その場にへなへなとへたりこんでしまった。




 さて、シリィを目覚めさせないと・・・・。


 なんとか、残った力を振り絞って立ち上がり、シリィの元へ向かう。


 少女の全裸は、お年頃の僕には刺激が強すぎるので、近くの机のテーブルクロスをはぎ取って、シリィにかぶせた。

 モテない男代表の僕にとって、少女の裸を拝めることなんか、もう一生無いと思うから、もう少し眺めていたかったなぁ・・・・なんてことは、考えてないですよ、全然。


 シリィは眠っている。

 シリィは、それはもう熟睡している。

 もう二度と目を覚まさないんじゃないかと不安になるくらいに。


 シリィの頬を軽く叩いてみる。

 次に、少し力を入れて。

 ダメだ。全然、目を覚ます気配がない。


 呪いで付与されたスキル【Sleeping Beauty Curse】

 『眠れる森の美女の呪い』


 たしか、王子が、キスをすることで、眠っていた王女が目を覚す話だったなぁ。


 “ごくり”


 生唾を飲み込んで、あたりを見渡す。

 キ、キスしてみる・・・・か?


 もう一度、あたりを見渡す。


 だ、誰もみてないし・・・・、い、いいよね?

 シリィを目覚めさせないといけないもんね?


 僕は、ゆっくりと顔をシリィに近づける。


 “すん”

 シリィが、少し大きく、息を吸い込んだ。


 僕は、目を覚ましたかも、と驚き慌てて、シリィから、顔を遠ざける。


 “すう”

 可愛らしい寝息。

 シリィは、目を覚ましたわけではなさそうだ。


 念のため、シリィの頬を軽くつねってみる。

 うん、大丈夫。

 ぐっすり寝てる。


 三度、僕は、あたりを見渡す。

 ほんと大丈夫。誰も見ていません。


 ええい、ままよ。

 僕は、覚悟を決めて、シリィに顔を近づける。

 こんなチャンス、もう一生ないかもしれないしね。


 “ちゅっ”


 唇と唇が軽く触れ合う感触。

 僕とシリィは、淡い白い光りに包まれる。


 ゆっくりとシリィのまぶたが開く。

 そして、超絶至近距離で、僕とシリィの視線があった。


 「・・・・シリィ」

 「・・・・・・・・・・・・?」


 一瞬の間。


 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 次の瞬間、僕は、シリィの繰り出した左フックに吹き飛ばされていた。

 これが、シリィの利き腕の右腕のパンチだったら、僕は、あの世に旅立っていただろう。


 とほほほ。


 この後、なんとか町に戻ることができた僕とシリィは、一緒にあちこち旅をして、仲間を作って、ケッセン王家を復興することになるんだけど、その話は、また別の機会に。


 まずは、なんとかシリィの誤解を解かないと・・・・。

 とほほほほ。



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