ナギサの旅路 ―the solitude outlander―

夏村シュウ

プロローグ 旅の少女の噂・後



「なあ、知ってるか? 最近この辺で噂になってるって言う、旅人の話」


 吊るされたランタンに照らされた、夜の酒場。

 カウンターに座る掘りの深い男が呟いた。

 隣に座る少し若い男が、木製のジョッキを呷りながらそれに答える。


「いんや、知らないね。ただの旅人じゃないのか?」


「なんでも、変わった目的らしい。色んな所を旅して回って、自分が住みたい国を探してるって話だ。それも女らしいんだよ。デカい狼を連れた女。噂が確かなら、かなり腕の立つやつらしい」


「へぇ、珍しいやつだな?」


 葉巻から立ち昇る煙と、ざわざわと酔いの回った客達の熱気が振りまかれる室内で、世間話が続けられる。

 若い男はあまり興味なさげに返した。


「物騒な話じゃねえか? 女が生き物連れて独り旅だろ? この国の人間から言わせてみりゃあ、わざわざ旅なんかするこたぁねえのになぁ!」


「言えてるぜほんと、なんならここに住めばいい。外にあるおかしな国に比べりゃあ、ここは天国みたいなもんさ。酒もある。薬もある。食い物もある。仕事だってある。無いものなんてないだろうにな。強いて言うなら魔物は出ない。やはり最高の国だな、ここは」


「お前の言う通りさ、ここは俺らに与えられた楽園だからな! はっはっは!」


 若い男はそう言いながら、カウンターに置かれた皿から、良く漬けられた肉を焼いた料理を口に運ぶ。


「あーうめえ! やっぱこの国の料理はうめえわ! 何食ってもおふくろの味みてえなもんだ! 脳味噌が喜んでやがる!」


「あんまり食いすぎるなよ。寝るときに後悔するぜ」


「そんなの気にする奴この国にはいねえよ!」


「確かにな」


 掘りの深い男は呟き、自身も酒と共に料理を食べる。

 そうして談笑を続けていると、酒場のスイングドアから誰かが入って来ようとするのが見えた。


 この国では全く見ないと言ってもいい程に珍しい、黒色のセミロングの髪。切り揃えた前髪の下にぼんやりとした表情を浮かべる、10代半ばの若い少女だ。

 二人は先程の会話を思い出す。


「おい、あれ。さっき言ってた旅人じゃねえか……ガキだが結構いい女じゃねえか?」


「そうかもしれねえな。こんなに平和な国でわざわざ剣なんかぶら下げてるんだ。よそ者に違いねえ」



 しかしそうして話をしていると、スイングドアの前に立っていた少女は渋い顔をしながら、すぐに酒場から出て行ってしまった。



「……なんだったんだ、あいつ? 飯も食わずに出て行っちまいやがった」


「よく分かんねえな? ……まあいいじゃねえか! 俺らにゃ関係ねえ。せっかく明日も休みなんだ! ぱーっとやろうぜ、兄弟!」


「いいだろう、どんどん飲もうか」


 こうして二人は酒と料理に囲まれながら、朝が来るまで楽しそうに飲み続けた。


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