若澄「流行ってなに」
@aoyama01
気づいたら朝
「なんでこんな魔法陣が流行っている?」
「バランス悪い、形がごてごてしすぎている、実用性がない」
「たしかに華やかさがあって目を引くのはわかる」
「でもそれだけじゃないか」
「基本がなってない、バランスも悪い、見た目は十代の女性向けだけど中身は三十代以上がターゲットの中身じゃないか」
「しかも精度低い」
「……アプリのランキング一位になってる」
「嘘だろ」
「なんでこんなのが流行ってるんだ――!?」
*
魔法陣によって日々の生活を支えられている魔法界。
八月も終わり、九月に入ったばかりのまだ暑さの残る日。
頭痛のする頭を布団の中で抱える。
なぜこうなったのか。簡単だ、流行の理由を考察しているうちに朝になったせいだ。
スマホの画面を開く。そこには昨日見た流行特集の記事が載っていた。
蔦が幾何学的に円の形に広がった、切絵調の模様の魔法陣だ。
一見すると非常に華やかなものだ。しかし暫く見つめると、幾何学的な文様のはずが右側が少し潰れている。正確さが必要とされる魔法陣にしては、あまり良くない。
しかも中身は育毛マッサージだ。頭に刺激を与えて発毛を促進させるらしい。
見た目とちぐはぐだ。作者が自分の好きなものを詰め合わせて作ったもので、全然客のことを考えてないとしか思えない。
だが、何故か女性の間でこれが流行っていた。
俺の魔法陣投稿アプリにページを変える。下のランキングのアイコンを開くと、一位にこれが鎮座している。
見てわかる通り売れていた。
「……」
事実である。
スマホを閉じる。何故これが売れているかわからない。
コンコンと扉が叩かれる。スマホの時計を見ると、朝食の時間だった。
重い頭を抱えながら立ち上がる。ふらふらした足取りで玄関に向かい、扉を開ける。
霧島が顔を出し、ぎょっとした表情になる。
「……おはよう」
「おはようクマやばい」
「……ああ」
これじゃ舞木さんが心配するな。
無用の不安を与えるのも嫌だと思い、クマを消すために洗面台に向かった。
*
結局クマを消すことはできなかった。
朝食の間、霧島に理由を尋ねられて説明した。理解する様子を見せていたが、「そこまで……?」と首を傾げていた。
霧島もそういうのか。非常に些細なことだ。普段なら「気のせいだ」と受け流すことも気にかかり、なんだか俺が間違っている気になってきた。
世間と感覚がずれているんだろうか。
そう思っていると、背後で食事の待ち時間に女の子二人組が使っていた。とても満足した様子で利用していた。
もっといい魔法陣があるのにどうしてそれを使うんだ。
俺はやはりもやもやした気持ちが晴れなかった。
バス停に向かう間、こんなくだらないことで心配させるのも何だと適当な理由を考えていた。
バス停に着くと先に本を開いた紬が居た。珍しく早い。しかも、目にクマを作っていた。
「おはよう」
「おは」紬のあくびが出た。
「……おはよう。また夜遅くまで描いてたのか、い?」
霧島が恐る恐る尋ねる。
「いや、くだらないことだ」
頭を振って、本を閉じる。
紬は理由も話さずに「授業の話だが……」と無理やり話題を変えた。
違和感はあったが、睡眠不足で頭がまわらない。霧島も踏み込む様子が見られなかったため、そのまま話題は流れた。
それからすぐに舞木さんがやってきて、バスが来た。
全員乗り込んでバスが出発する。
最後列の左端から俺、霧島、紬の順で座り、ひとつ前の列に舞木さんが座る。
いつも通り俺たち以外誰もいないバスで、あくびする。紬もつられてあくびした。
「二人とも眠そうだね」
「……多分同じ悩みじゃないか」
「霧島」
「すまん」
諫める。霧島は最近口が少し軽い。人が沢山いるとどうやらテンションが上がって下手なことを口走りやすいと以前話していた。
大人数でいることに慣れようと思うと決意していたが、簡単にはいかないようだ。
紬は勿論突っかかった。
「若澄の悩みってなんだ」
「あー……ええっと、これ、見てくれ」
ポケットからスマホを取り出し、仕方なく画面を見せる。
四人の視線が画面に集まる。
「これ、流行ってるマッサージの魔法陣だ」
「発毛マッサージらしい」
「これがどうした?」
「……流行っている理由が分からない」
舞木さんが小首をかしげて、すぐに手をポンと叩く。
「たしか、有名な化粧系配信者の人が使ってたよ!」
「それか!」
ばっと椅子から立ち上がりかける。しかし霧島に抑えらえて何とか抑えた。
「それがどうしたの?」
「流行っている理由が分からなかったんだ」
「……理由、かな?」
舞木さんがスマホを操作し始めた。。
「理由じゃない?」
「他にも魔法陣紹介はあるけど、あんまり売れてないのもあるよ」
「価格の違いがあるんじゃないか。これ使用料安いから手に取りやすいってのもあるんじゃないか」
「だったら百円ショップの化粧品紹介動画あるけど、あんまり話題になかったなー」
画面を見せる。確かにこの魔法陣の動画の再生数は一つ抜けているが、他の同額程度の紹介動画はあまり伸びていない。
「起爆剤にはなったけど、主たる原因ではないか」霧島が呟く。
「そんなかんじ。どうしてこんなに伸びたのかわかんないや」
舞木さんがうーんと唸る。
一瞬ステマか迷ったが、アカウントの他の魔法陣を見る限りどうみても個人の運営だ。そこまで金をかけれるわけがない。
じゃあ何故流行ったんだ?俺はまた頭の中のもやもやが重みを増した。
そんな中黙っていた紬が、口を開いた。
「……俺も同じ感じだ」
「この魔法陣で悩んでるの?」
「いや、他」
紬がスマホの画面を出す。そこにはランキング一位のフォントが表示されていた。丸文字のデザイン書体だ。誰かの書いた文字をそのまま英語のフォントにしたものだ。
「これ最近動画サムネイルでよく見る奴だ」霧島が思い出したように言う。
「俺もそう思う。だから何で流行ってるかわからない」
苛立つように吐き出した。
「また甘いところとかあ」
「基本がなってないだろ流石に錯視の処理は済ませているがそれだけでバランスも考えていない違和感がないだけで……」
「待って!一旦冷静に!」
叫ぶと紬は口に手を当てた。だが今の言動で十分理解できた。
精密な作品じゃないのになぜか流行っているのだ。
フォントと魔法陣の違いだけで、悩みはほど近いようだ。
紬はやっちまったと頭を抱えた。
「……これ以上流行ったらComic Sansみたいな結果になるとわかってるんだけどな」
「Comic Sansってなんだよ」
「反対組織ができるくらい流行ったフォント」
「やば。今のところそれっぽいのは……それでどうしたいんだ」
「俺は組織を作らない。ともかく理由が欲しい。何故だと思う?」
俺と同じように二人に問いかける。最近は四之宮先生に厳しい添削されているせいか、人の反応を気にしなくなってきている。そんな紬が人に意見を求めるなんて珍しい。本当に悩んでいるようだ。
助けになるかはわからないが、一応答える。フォントの流行はわからないが、思い当たる理由を言った。
「……アルファベットで丸文字って中々ないからじゃないか?」
「かわいくてあんまりみたことないからかな」
舞木さんが顎に手を当て考える人のような姿勢で答えた。
「手書きのバランスの悪さが親しみを呼んでいる」
霧島が冷静に答える。どこかそっけない。この中で一番フォントの知識があるのは紬だから、そいつがわからない質問に答える意味は無いと感じているようだ。
三者三様の答えに、紬は目を閉じた。
「……ありがとう」
不満そうだ。やはり納得できないらしい。これ以上の答えは思い浮かばない。同じような立場にいる俺からしたら、後はもうどうしようもない。
霧島は俺と紬を見て、注目を集めるように静かに手を叩いた。
「ま、まあわかんないなら仕方ない。スマホ閉じて一旦離れよう」
「そうだね。ずっとへばりつくと悪い効果が出るらしいよ。離れればまた別の視点で見れるかも」
「……そうだな」
「……ああ」
言う通りだ。これ以上魔法陣関係ない二人に気を遣わせるのもだめだ。
紬も同意するように、頷いた。
「よし。じゃあ気晴らしに、ちょうどいま美術館で書家展やってるから放課後いかないか。昨日から始まったばっかだから紬も見てないだろ」
「あれよかったぞ」
「もう見た!?」
「ああ。でも何度みても味のある文体だ。もう一度行ってもいい」
「俺も行く。紬の説明付きは面白そう」
「私も行く!書道の展示って初めて!」
舞木さんがキラキラした目になっている。俺も書家の展示会は初めてだ。どんな作品があるか興味がある。
霧島が頬を掻いた。
「こんなに乗るとは思ってなかった……舞木さんは部活大丈夫?」
「今日は無いよ」
「そっか。なら、ホームルームが終わり次第玄関に来てくれ。放課後になったらまた連絡する」
「わかった」「はーい」「ああ」
ということで放課後集合することになった。
正直寝たかったが、部屋に戻ったらまたマーケティングの考察をスマホで検索するだけだ。不毛な時間なら、気が晴れる分こっちの方がいい。
「……ふわぁ」
一旦話題が落ち着いたせいか眠気が襲ってきた。授業中寝ないためにも、申し訳ないが目を閉じた。
「これが、青春……!」
一人感極まる霧島を放って、俺は寝た。。
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