第27話 アフター3

 いつのまにか眠りに落ちていたらしい。


 リサが温かな微睡みから目を覚ますと、脱衣所のラタンで編まれた安楽椅子の上にいたはずの身体はベッドの上に横たえられていた。


 バスローブの上には、肌触りのよい綿の上掛けがかけられている。

 寒くないようにとの配慮か、暖炉には火が入れられていた。


「お目覚めかのぅ、ご主人」


 暖炉の傍に置かれた椅子に座していたシェンフゥが、目が覚めたリサを嬉しそうに見つめている。


「えぇ、お陰様で。夢心地だったわ」


「それは何よりじゃ」


 シェンフゥが暖炉に薪を足しながら椅子を立つ。

 薪の細い枝が爆ぜる音が響き、細かな火の粉が散った。

 暖炉の火で照らされて、シェンフゥの左手の薬指の指輪が光るのが見える。


 リサが自分が贈った指輪を見ているのに気づいたのか、シェンフゥも自らの左手に視線を落とした。


「嬉しそうね?」


「ああ、嬉しいなんてものではないぞ」


 シェンフゥがゆっくりと、リサの傍へと寄る。

 そのままベッドに膝を押し当てて静かに身体を移動させると、リサの頬に顔を近づけ、優しい口付けを落とした。


「……思いつきだけれど、こんなに喜んでもらえて良かったわ」


 親愛を込めたシェンフゥの口付けを受け容れたリサがそっと手を伸ばし、シェンフゥの狐耳を撫でながら呟く。


「かかかっ、ご主人は素直でないのぅ?」


 軽く耳を塞ぐようにしながら呟いた言葉に、シェンフゥはその声に込められた感情を読み取ったように快活に笑った。


「……どういうこと?」


 秘め続けていた想いを悟られてはいないだろうと高をくくり、敢えて怪訝に問い返してみる。

 シェンフゥはそれにくつくつと笑って、リサの首許の天狐の首飾りを撫でた。


「あの坊主が最初に声をかけてきたとき、ご主人が気にしておったのには気づいておったぞ。よもやわしのためとは思わなんだがな。……だが、そうであればどんなに良いかとずっと願っておった」


 バスローブを身にまとったリサに、唯一シェンフゥが身に着けさせたのは、彼女との契約の証である天狐の首飾りだけだった。


 下着さえ身に着けていないリサは、そのことに気づいてシェンフゥの目を見つめて訊ねた。


「……そうなの? あんた、茶化してばっかりで全然――」


「ご主人は、わしを自惚うぬぼれさせるには、まだまだ塩対応じゃからのぅ」


 シェンフゥが困ったように眉を下げて言い、それからリサの表情に反応したように明るく笑って続けた。


「まあ、ここまでくれば、わしには最強のツンデレヒロインのご主人は、寧ろご褒美じゃがな」


「……またわけのわからないことを……」


 シェンフゥの笑顔に安堵しながら、いつもの調子で応じる。

 シェンフゥはリサの応えに満足げに目を細めると、その瞼に口付けた。


「どんなことをされても、好きでたまらぬ」


「…………」


 その言葉の持つ切ない響きに目を開くと、シェンフゥが額を寄せたまま目を合わせて静かに紡いだ。


「その全てが愛おしいと思っておる」


「……きゅ、急になんなの……?」


 いつになく真摯な目で見つめられ、戸惑うように問い返す。

 シェンフゥは眉を下げ、自分でも困ったように笑うと、リサの唇にそっと口付けた。


「今一度、ご主人に愛を誓わせてはくれぬかの?」


「誓ったことなんてあったかしら?」


「わしはずっと、誓っておるよ。わしの心が、ご主人に届いておらぬだけで」


 シェンフゥの声に含まれている切実さは、普段の彼女がずっと秘めていた不安なのかもしれない。


「…………」


 応える言葉が見つからずに、目を見つめて頷くと、シェンフゥはリサの頬をそっと手で包み込んで口を開いた。


「愛しておるぞ、リサ。今も、この先も、わしらはずっと一緒じゃ」


 愛という言葉を語るのは、まだ自分には早いのかもしれない。

 けれど、心に決めたのは、シェンフゥ以外にいない。

 それだけは確かだ。


「……今宵はもう邪魔は入らぬ。二人きりじゃ」


「そうね……」


 応じる唇に、シェンフゥの唇が重ねられる。

 引き寄せられるように口付けた二人は、身体を重ね、愛おしく互いを求めた。


「シェンフゥ……」


「ずっと一緒じゃ」


 シェンフゥの優しい口付けに、静かに息を漏らしながらゆったりと目を閉じる。

 すぐそばにいるシェンフゥの気配は頼もしく、リサに安堵をもたらす。


「……手、繋いで?」


「もちろんじゃ……」


 絡められた指に指輪の感触を見つけて、リサは微笑んだ。

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