第17話 真の黒幕
「ふぅん。ここで地上に出るってわけ……」
かつての排水施設の名残か、斜面状の排水路を上った先には、深い窪地が広がっていた。
「街外れにあるという古城のようじゃな」
リサに僅かに遅れて地上へと這い上がったシェンフゥは、月明かりに照らされた古城を見上げて大きく伸びをした。
「はぁ、これで新鮮な空気が吸えるわい」
確かに空気は良くなり、微かに枯れ草のような匂いを感じる。
シェンフゥに施された術は解けつつあるようだ。
「……悠長なことを言ってられるのも、今のうちよ?」
いざという時には役に立つのだが、普段のシェンフゥにはどうも危機感が足りない。
古城へと続く石畳に血の跡が続いていることから、何者かが古城へと血か遺体のいずれかを運ぼうとしたことは明らかだった。
「どうする? 機関に応援を頼むかの?」
「……静かに。誰か来るわ」
石畳の上を、小型の蒸気車両が近づいてくる。
窪地に身を伏せ、通過する車両を注意深く観察していたリサとシェンフゥは、車両の動力音が遠ざかるのを待ってゆっくりと身を起こした。
「あの蒸気車両、怪しいわね……」
「異変に気づいて、様子でも見に来たかのぅ」
「だとしたら、応援を頼んでる場合じゃないわ」
窪地を抜け出したリサが、石畳の上を疾走する。
「ご主人、どうするつもりじゃ!?」
「決まってるじゃない、私たちだけで始末するのよ」
「……まったく、魔族のこととなると油断ならぬのぅ、我がご主人は……」
苦く呟いて後ろ頭を掻いたシェンフゥもすぐに、リサの後を追って駆け出した。
* * *
蒸気車両は扉を開け放ったまま、古城の門の前に乗り捨てられていた。
「相当焦っておるようじゃの」
「向こうも余裕がないみたいね」
小声で確かめ合いながら、古城のエントランスホールに入る。
古城のエントランスホールは生活の匂いがなく、酷く
ホールを数歩進むと、罅割れた大理石の床に足音が響き渡る。
侵入者を察したのか、ホールの壁に設けられた燭台とホール中央のシャンデリアに一斉に火が灯され、おぞましい儀式の全貌が露わになった。
「……うっ……」
リサが口許を押さえて数歩下がる。
ホールの白い大理石の床には、巨大な転移門の魔法陣が禍々しく描かれていた。
「人の――血……」
魔法陣を構成する赤褐色の液体は、濃い血の匂いを漂わせている。
匂いの正体に気づいたリサは、口許を抑えて
「ふーむ、拉致された人間はこいつを作るための犠牲になったという訳か……。見たところ魔法陣はもうほとんど完成しておるようじゃな」
一方のシェンフゥは、冷静に魔法陣を観察しながら、低く呟いている。
「ウガルはその手助けをして、おこぼれに預かったというわけじゃ」
「じゃあ、あの蒸気車両でここに乗り付けたのが本当の黒幕ってこと……。……それにしても――」
浅く呼吸し、冷静さを保つよう努めながらリサが険しく顔を歪める。
「どうしたのじゃ、ご主人」
「魔法陣にある、この紋様……以前に見たことがあるのよ。ナクラバルでの初任務の時に――」
「あぁ、となれば、この転移門が繋がる先は決まったも同然じゃの」
魔法陣に近づきながら、シェンフゥがぴんと耳をそばだてる。
まるで警戒していないようでいて、しっかりと警戒を怠らないのは、そうしてリサに危険を知らせているのかもしれない。
「……ええ。誰かが、魔界とこの街を繋げようとしてる。でも、一体誰が――」
「恐らく、あの領主じゃろうな」
リサの疑問符を引き継ぐように、シェンフゥが付け加える。
核心に触れるようなシェンフゥの応えに、リサは驚きの声を上げた。
「えっ? やっぱり
「いや、魔族かどうかはまだわからぬ。だが、領主館のあの甘ったるい匂いの香と、同じ匂いが流れて来ておるぞ。ご主人にはわからぬか?」
嫌悪するような濃い血の匂いが充満するエントランスホールには、異様な空気が漂っている。
あの領主館の至るところで焚きしめられた香の匂いは、リサには感じ取ることができなかった。
「蒸気車両に乗っているのがザルクの可能性が高いってこと……。私にはわからないけど、シェンフゥの鼻が嗅ぎ取ってるなら確かね」
匂いを感じ取ることを諦め、警戒心を滲ませながら周囲を注意深く観察する。
「これで違和感の正体がわかったわ。ナクラバルの行方不明者を捜索されたら、困るのが領主だってことも……。けど、人間が魔界とこの街を繋げるなんて――」
「魔族という確証もないが、人間であるという保証もないぞ。人間の皮を被って成り代わる魔族もおるからのぅ」
「……そうね」
シェンフゥがくい、と顎でホール奥の大階段の上を示す。
リサは腰に装備した魔導散弾砲のグリップを握りしめ、そこに現れた黒い影に、シェンフゥと同時に狙いを定めた。
「いずれにしても、これで魔族《あいつら》の計画の全貌が見えてきたわ。殲滅以外の選択肢はないわね」
「そうじゃな。この魔法陣を発動させて、魔界で待機している奴らごとフルボッコじゃぞ、ご主人。そこに本物の黒幕もおるじゃろうからなっ!」
魔導散弾砲の雷光弾とシェンフゥが放った
狐の形をした雷――雷狐の疾走は雷光弾の軌道と重なり、影に向かって突進した。
「ハッ! とんだ挨拶ですねぇ」
高圧的な笑いと共に紅い矢が飛ぶ。
雷撃を相殺した矢は、血のように散った。
「ゲヘナを使って血を武器に変えるようじゃな。どうせなら、栗山なんとかのような、眼鏡の美少女だったら良かったんじゃがのぅ……」
「どう見ても魔族のオッサンでしょ!」
姿を現したザルクが、二人の声に反応して高らかに笑う。
笑い声と共に飛ばされた血の矢が二人の足元に突き刺さり、どろどろと血だまりを広げた。
「ゲヘナを使ったことで、あんたの正体が魔族だってバレてるのよ。さっさと姿を現しなさい!」
「ほう……そんなにも死に急ぎたいというわけですか。良いでしょう――」
影が蠢き、ザルクの姿が人から魔族たる本来の姿へと変貌を始める。
「だから、それが要らないって言ってんのよぉ!」
吠えるように叫んだリサは氷晶弾を放ち、無数の氷の矢でザルクの身体を貫いた。
「貴様、領主にそのような狼藉、許されんぞ!」
「魔族だとわかった今、生かしておくわけにはいかなくなったわ。くたばりなさい!」
氷晶弾を全て撃ち尽くし、シリンダーを回して雷光弾を容赦なく撃ち込む。
「そういうことじゃ。観念せい!」
シェンフゥの雷狐が咆吼と共に電撃を迸らせる。
鋭い
「水があると、雷撃が良く効くわね」
「これで倒される私ではないぞ?」
ザルクが両の手から血の剣を生み出してリサと対峙する。
「そんな構えで私が倒せるとでも?」
一閃。冷ややかな声を浴びせ、リサが長刀でザルクの片腕ごと血の剣を払った。
「人間の血を、こんなことに使うなぁ!」
「私に指図するな!!」
リサの怒りと素早く後退しながら放つザルクの血の矢が激突する。
リサは血の矢をものともせずザルクとの距離を一瞬で詰め、その大腿部を長刀で薙いだ。
「あ……あ……」
骨と腱を断たれたザルクが立ち上がることもままならずに階段を滑り落ちる。
白い大理石の階段には、ザルクが武器として使った犠牲者の血と、ザルク本人の体液が夥しく広がっていく。
「……はあっ、はあっ……。こんな、こんなところで……ああああっ!」
「最期に言うことはないかのぅ?」
這うようにしてホールの魔法陣に辿り着いたザルクの胴を踏みつけ、シェンフゥが問いかける。
ザルクは荒く呼吸を繰り返すと、呪うような咆吼と共に両の手を掲げ、勢いよく魔法陣の上に叩きつけた。
「貴様らも、道連れにしてやる!」
ザルクによって起動した魔法陣が妖しく光を放ち、ホールに埋め込まれていた装置が発動を始める。
「おっと!」
シェンフゥが飛び退いて離れるのと同時に、地鳴りと共に足元が揺らぎ、基礎を失った古城はゆっくりと崩壊を始めた。
「馬鹿ね。魔族専門の殺し屋を、道連れに出来るとでも思ってるの?」
崩れゆく古城の床に佇み、リサが冷たい声を浴びせる。
「なん……だと……?」
ザルクが顔を上げたその刹那。
「地獄へは一人で行って頂戴」
リサの長刀が容赦なく振り下ろされ、ザルクの首を刎ねた。
「ご主人、崩れるぞ!」
「今行く!」
魔法陣が禍々しく紅い光を放ちながら浮上を始める。
その光に飲み込まれるように古城は崩壊を進め、シャンデリアが次々と割れたかと思うと、天井が崩れ落ちた。
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