第16話 最奥へ

「――で、こいつがヘイゼルニグラートの聖騎士団とナクラバルの街の人たちを消し去った犯人というわけね」


「ああ、そういうことになるな」


 ウガルだったものの残骸を狐火で照らしながら、シェンフゥが頷く。

 天井の抜けた地下水路の淀んだ水は、夕闇の紅と狐火の紫色を反射して妖しく揺らめいている。

 その流れの上に、ウガルに食われた人ものと思しき未消化の衣服の切れ端が浮かんでいた。


「……間に合わなかった……」


 エプロンのような白い布地が流れて行くのを一瞥し、リサは沈痛な面持ちで目を閉じる。

 地下水路に巣喰っていた魔族が二人によって殲滅されたことにより、耳に痛いほどの沈黙が夜の帳と共に降り始めていた。


「おぬしのせいではない。油断しておると、魔族に足をすくわれるぞ」


「言われなくてもわかっているわ。狐火、ちょっと貸してくれる?」


「もちろんじゃ」


 シェンフゥがリサに向けてふっと息を吹きかける。

 その吐息は尾に小さな火を点した狐と化し、ちょこんとリサの肩に乗った。


「ありがとう」


 狐火を借りたリサが、瓦礫の山の向こうへと跳躍する。


 ほどなくして魔導散弾砲を抱えてシェンフゥの元へと戻ったリサは、フレームからシリンダーを横に振り出し、残り少ない魔法弾を全て装填した。


「氷晶弾と雷光弾……。長刀はもう使えないし、心許ないわね」


 役目を終えた狐火が、リサの腕を伝ってシェンフゥへと飛び移る。

 シェンフゥの身体に触れた瞬間、小さかった狐火は紫の炎を纏い、明るくリサを照らし出した。


「ここはわしの出番じゃの。タラララン、新しい武器~!」


 どや顔のシェンフゥが、どこから出したのか真新しい長刀をリサの目の前に示す。


「えっ!? どうしたの、それ?」


 驚きを隠せずにリサが問うと、シェンフゥは腹の辺りにポケットの形を描きながら口を開いた。


「わしのポケットは四次元に繋がっておる……」


「はいはい。つまり妖術で刃物を作れるってことね?」


「身も蓋もないことを言うなぁ~」


 またはじまった、とばかりにあしらうリサに、シェンフゥが抗議する。


「だって、それも私が生まれるよりもずぅーっと前の娯楽の台詞かなにかでしょ? さすがに付き合いきれないわよ」


 その例え話が緊張を解くこともあるが、今は敢えて黙っておく。

 シェンフゥは、もどかしそうに低く唸っていたがすぐに諦めたようで、リサの傍によって鼻を鳴らした。


「鼻、効くの?」


 嗅覚を閉じているわけではないが、地下水路の汚臭と魔族の腐臭を避けるためになんらかの術をかけたあったはずだ。


「おぬしよりは、多少、の」


 リサの問いかけにシェンフゥは鼻を摘まんで頷き、顔を歪めて前を見据えた。

 狐火が飛び、ウガルの巣一帯が昼間のように照らし出される。


「……なに、これ……」


 照らされたのはほんの一瞬だったが、それでも夥しい量の血がさらに奥へと続いているのがリサの目にもはっきりと映った。


「ウガルから逃れている時に見つけたんじゃ。市街とは真逆の方角じゃの。知能のあるウガルといえども、人間を食す以外の目的を持つとは考え辛い――」


「つまり、まだ裏があるってこと?」


「そういうことじゃ。まあ、わしにはまるっとお見通しなんじゃがのぅ」


 虚空を指差すという、意味ありげな仕草を披露しているシェンフゥの横を早足で通り過ぎる。


「じゃあ、早速行きましょ。時間が惜しいわ」


 シェンフゥの推理を聞くまでもなく、リサは血の跡を辿って地下水路を奥へ奥へと進んでいった。

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