第6話 湖のほとりに佇む白亜

 その美しい白亜の離宮は、やはり用途に相応しい牢獄のような造りになっていた。


「…………」


 高く分厚い外壁は住まう者からの眺望など一切無視しており、四隅の尖塔は内向きの監視台として機能している。

 当然、通用門も最低限の数しか設けられていない。


 ……もっとも、それは今の私には関係ないけれど。


「…………」


 その中の建物が全て整然と立ち並ぶ平屋の一戸建てとなっているのは、おそらく監視をし易くするためだろう。


 敷地全体には整えられた芝生が植わっており、所々に美しい庭園や噴水などもある。

 しかし、離宮の用途を知っている者からすれば、囚人に日光浴させるためのスペースのように思えて仕方がない。


 そして、懸念していた魔術的な警戒については……


「…………♪」


 障壁の類は通用門のみで、外壁より上方は素通りできる。

 全域に張り巡らされているのは魔術行使時の検知のみで、魔術行使自体を阻害されることはない。


 今の姿であの影響圏内に入ると、常時頭痛がするんだけど……幸いなことに、最近は慣れたものだ。


「…………」


 つまり、私ならば問題なく侵入できる。

 では、何処に向かうか。

 どの建物も無機質な矩形で、違いといえば配置と大小だけ。


 ならば……


「…………♪」


 私は翼をはためかせ、離宮中央の少し大きな白を目指すことにした。


     ◇


 当然のことながら、離宮には多数の警備兵も存在する。

 遮蔽物のない空では彼らの目を逃れることなど不可能で、私は無防備に身を晒しながら翔ぶしかない。


「…………」


 自由気ままに、旋回、上昇、急降下。

 逸る気持ちを抑え込み、本物の小鳥に見えるよう空をダンスする。


 ……こんな偵察の指南書なんて存在しないので、何とか自分で工夫するしかない。


「…………?」


 レヴィン君ならどんな風にダンスするのだろう……などと浮かれた考えに取りつかれそうになったとき、ふと気づく。


 ……どうにも、警備兵たちの様子が妙だ。


「…………」


 此処の広さを考えると、人数は最低限。

 そのうえ、ほぼ全ての人員が仲間との談笑にかまけているか、只ぼうっとしている。


 ひどい者に至っては眠っているし、噴水傍のベンチでは酒を飲んでいる者までいるという有様だ。


 ……厳戒どころか、おそらく平時より弛んだ警備態勢。


「…………♪」


 願ってもない状況だけど、私はむしろ気を引き締める。


 ……メリンダから教えられた『何もないことの違和感』という指摘は、もちろん忘れていないのだから。


     ◇

 

 真っ先に中央を目指した私の判断は、どうやら正しかったらしい。

 他の建物とは異なり、此処だけ警備兵が扉の前で立ち番をしている。


 しかし、それも一人だけ。もし中の人間が何か事を起こせば、周囲に知らせに走ることは出来ない。


 ……か弱い姫君か、弱り切った病人か。少なくとも、戦力を有する人間が囚われているわけではなさそうだ。


「…………」


 此処の建物はどれも同じ形状なので、探すまでもなく窓は見つかった。

 太い鉄格子の向こう側で揺れるレースのカーテンは、何とも哀しいアンバランスだ。


 そして……たしかに、人の気配もある。

 が、さすがにカーテン越しでは、顔まではよく見えない。


「…………」


 ……さて、どうしたものか。


 中の人物の正体を知ることが最大の目標であり、本来ならば三日ほどをかけて少しずつ調査を進めるつもりだった。

 なので、ここまで順調だと却って迷いが出てきてしまう。


 当然ながら、室内に入るのはリスクを伴うし……それならば、先に他の建物を調査するべきだろうか。

 あるいは、扉の辺りで人の出入りを待つという手もあるし、警備兵の休憩所でも探して会話を盗み聞きするという手もある。


「…………♪」


 レヴィン君ならどうするだろうか……と考えたところで、さすがに今度は自分の不甲斐なさに苦笑する。


 ……後輩を守るのは先輩の役目だなんて、一体どこの誰がどの口で言ったのだろうか?


     ◇


 錆びた鉄格子の隙間からピョンと身を躍らせ、白いレースの襞を身体で押し拡げる。

 ……堂々たる侵入にして、神経を限界まで擦り減らす偽装。


 もちろん……私の存在は、直ちに部屋の主が知るところとなった。


「……あら、可愛い小鳥さんね」


 ベッドに腰掛けて足をブラブラと揺らしていたのは……真っ白な肌に真っ白なワンピースを纏う、真っ黒な髪で真っ黒な瞳の美女。


 子供っぽい仕草ではあるものの年齢不詳の容姿で、華奢で痩せ細ってはいるものの病人ではなさそうに見える。


「ねぇ、こっちでお話しましょうよ?」


 小鳥に話しかけてはいるものの気が触れているわけではなく、その瞳が映しているのは玩具を見つけたような稚気の輝き。

 ……果てしない退屈に飽いた末の、単なる気まぐれか。


 ともあれ、勝手に独り語りしてもらえるのは願ってもない状況だ。

 私は彼女の招きに応じ、部屋の中央に陣取るテーブルへと飛び移った。


「……もう! どうして、こっちに止まってくれないの?」


 白と黒の姫君は、水晶の指輪で飾られた止まり木を作ったまま頬を膨らませている。


 改めて間近で見直してみても、年齢不詳という評価は変わらない。

 ……が、この匂い立つような妖艶さは、成人して間もない小娘などには決して出せないだろう。


「まぁいいわ、ちゃんとお話を聞いてくれるのなら……」


 実に楽しげだった姫君の表情が、まるで仮面を付け替えたかのように一変する。


「……!」


 鋭利さを感じさせるほどに引き締められた目元と口元は凛然と表現するより他になく、部屋に満ちる空気も季節を忘れさせるほどに冷え込んだ。


 ……この圧倒的な雰囲気、高位貴族どころの話ではない!


「ところで、自分からお話をすることは出来ないの? ……その不思議な魔術は」


 瞬時に背筋を凍らされた私は、小鳥の身体から反射的に抜け出していた。

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