第3話 舞台に上がる者、傍観する者

 ノラが落ち着いたのを見計らい、僕たちは移動を再開する。

 ゴツゴツした磯を抜け、真っ白な砂浜を歩き……予定より少し遅れて集落近くに到着。

 僕は彼女を岩場の陰に押し込み、ひとり族長のところに向かった。


 すると……


「……どうしたんだろ?」


 この時間帯なら酒盛りをしているはずのおっさん達は、何故か葉っぱの町役場の周りに集まっている。

 定期船は桟橋に到着している頃合いだし、わざわざボッタクリのツマミを買いに来るはずもない。


 些か不穏な空気を感じ取った僕は、族長には声をかけず……こっそりとおっさん達の輪に混ざることにした。


     ◇


「だから、報酬は弾むって言っているだろうが! それも、ちょっとやそっとじゃねえんだぞ!」


 族長が口にした耳寄りな情報に、僕の耳はピクピクと動く。

 彼が同行してくれるかはさておき、路銀の確保は必須の課題だ。


「成功報酬だけってのが気に食わねえ。金になるかも分からねえのに、いちいち身体を動かしてたまるかよ!」


 堕落者らしい反論をしたのは、堕落した腹回りのおっさんだ。

 つまり……危険な仕事だからではなく、成功率が低いから乗り気にならないわけか。


 それでも僕なら何とかなるんじゃないかと思い、続くやり取りに耳を傾ける。


「いるかどうかも分からねえのに、全員に参加報酬なんか出せるか! くそっ、どいつもこいつも一攫千金に興味はないのか!?」


 何とも魅力的なフレーズが飛び出すも、色々と諦めている堕落者たちの反応は薄い。

 その手の希望を胸に抱いているのなら、こんな所で燻ってはいないだろう。


 かく言う僕は、別のフレーズのせいで天を仰いだ。

 『ある』でも『できる』でもなく、『いる』の意味するところは明らか。


 ……神酒密造なんてヤバい仕事に手を出している族長が、今さら密林で珍獣探しなんて考えるはずがない。


「この緊急依頼は、言わば人助けなんだぞ?上手くいきゃ気分がいいし、そのうえカネなりコネなりも手に入って……」


 族長は堕落者たちの良心や再起への希望に訴えかけているけど、彼らの琴線には一向に響かない。

 加えて、緊急依頼という体をとっているらしいけど、ペナルティを気にしない彼らにとっては何ら強制力を持たないようだ。


 そして、話の続きを聞く必要がなくなった僕は、おっさん達の輪を静かに後にする。


 ……定期船から積み荷とともに齎されたのは、間違いなく尋ね人の情報。

 それも……たぶん、高額の報酬が約束された家出人捜索依頼だ。


     ◇


 僕とノラの行動は一足遅かったわけだけど、まだ最悪な状況ではない。


 直接追っ手を差し向けて来ないということは、彼女の正確な居場所を把握できていない証拠だ。

 もちろん、大まかには居場所を絞り込まれているのだろうけど、此処から大移動すれば裏をかくことが出来る。


 それに、族長への協力依頼だって、まだ望みを捨てる必要はない。

 『家出』の裏事情を話して相応の報酬を提示すれば、こちらに引き込むことも不可能ではないはず。


 ……まぁ、今のノラは実家からお金を引き出せないので、ハッタリを含めた綱渡りの交渉になるけれど。


「よし……」


 林立する葉っぱの山の合間を慎重に移動して、僕は集落外周の藪に身を隠すことに成功する。


 何はともあれ、まずはノラと合流して相談が必要だ。

 彼女が隠れているのは、集落を挟んでちょうど反対側。


 最後に、族長たちの話し合いの行方を確認しておこうと振り返った僕は……最悪の状況を目にすることになった。


     ◇


「山狩りなんて必要ないわ!」


 集落の入口で堂々と謳い上げるのは、言うまでもなく原始人ルックの馬鹿女。

 当然、おっさん達に広がる感情は、驚き、理解、好奇あるいは嘲笑へと推移していく。


 その一方で……当然、僕はイラつきなどを超越したドス黒い怒りに震えていた。


「…………」


 脳筋なのは、生来の性格だろうから仕方がない。

 ワガママを言うのも、ある程度までは我慢しよう。

 しかし、自分の身を案じ、心を砕いてくれている者がいるというのに……何なんだ、それは?


「私には、決して譲れぬ目標がある! だから、もう逃げも隠れもしない!」


 騎士たる兄に憧れ、ともに鍛錬を重ねたお転婆姫の構えは、得物が石槍と言えども大層サマになっている。

 凛然と響いた口上に淀みはなく、おっさん達が発していた喧騒も自然と収まった。


 ……何だ、この芝居がかった茶番劇は?


「さぁ! 誰でもいいから、さっさとかかって来なさい! 何なら、全員まとめてでも構わないわよ!」


 不敵に笑って挑発する相手は、総勢百名近いおっさんの群れ。

 ほとんどは無手だけど、ナイフを持っている者もいるし、木の棒くらいは辺りに幾らでも転がっている。

 たとえ一対一なら遅れをとらなくても、この数を相手にすれば、間違いなく途中で体力が尽きる。


 それに、何より……


「……やっぱり、あれはヤバい」


 葉っぱの頂でニヤニヤと笑う族長は、おそらく他とは桁違いの手練れ。

 未だ臨戦態勢には入っていないのに、石槍の穂先を追う視線の動きだけでも、そんな雰囲気がビシビシと伝わってくる。


 ……仮に僕とノラが二人掛かりで挑んでみたところで、まともに勝負になるか怪しいレベルだと思う。


「……ああ、もう! 貴方たち、それでも付いてるの?! それとも、採り忘れた果物みたいに腐れ落ちてしまったのかしら?」


 その下品な煽り文句は、堕落したおっさん達でも看過できなかったらしい。

 先ほど族長とやり取りしていた小太り男を先頭に、ゆっくりノラへと近づいていく。

 族長のほうは動かず、この下らない出し物を肴に酒を飲むつもりのようだ。


 戦端が開かれるのは、もう間近。

 しかし……僕は、その場に腰を下ろして鼻で笑った。


「……好きにすればいいさ」


 さすがにこのまま見捨てるつもりはないけれど……あいつは自分の愚行の報いを受けるべきだ。

 念のため神酒を一本ガメてきているから、ズタボロになったところで問題はない。


「…………」


 ノラの譲れぬ目標とやらが此処で武勇伝を打ち立てる事ならば……望みどおり、思う存分暴れればいい。

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